表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/96

17話


「え……」


 アイーシャは、ゆっくりと自分が先程まで座っていたソファの足元に視線を落とす。

 視線の先には砕けてバラバラになった硝子の破片が散らばっていて、アイーシャはサァっと背筋が冷えていくのを感じる。


 ――もし直撃していたら。

 ――どうして、こんなことをされなくてはいけないのだろう。

 ――叔父夫婦に、ここまで嫌われているなんて。


 ぐるぐる、とアイーシャの胸の内に様々な感情が渦巻き、ぶわり、と視界が涙で滲む。

 アイーシャを抱き寄せ、庇ったクォンツは自分の腕の中で震えるアイーシャに気付き、抱き締める力を強めた。

 アイーシャの泣き顔が晒されないよう、ぐっと抱き込んだ。


「……どう言うつもりだ」


 クォンツの口からは低く、冷たい声が零れる。

 室内の温度がぐっと下がったような感覚に、怒りで頭に血がのぼっていたケネブははっとし、そして顔を真っ青にした。


「わ、悪かったアイーシャ。ついついかっとなってしまって……」


 クォンツとリドルの冷たく、威圧感ある視線にケネブはちらちらと二人を気にしながらアイーシャへの謝罪を口にする。

 悪かった、と口にしてはいるものの、その言葉には全く謝罪の感情など籠っておらず、アイーシャは益々瞳から涙を零す。


「で、でもお前も悪いんだぞ? 聞き分けなく口ごたえをするから、そんな目に合うんだっ」

「そ、そうよ……アイーシャ! お父様に謝って? あ、あなたはいつも生意気な態度ばかりとるんだからっあなたは頷いていればいいのよ、お父様のいうことを聞いていればいいのだから!」

「ふふっ、お馬鹿ですねお姉様? お父様に歯向かうからこんなことになってしまうんですよ?」


 反省の、謝罪の気持ちを全く見せず、口々にアイーシャを責めだす子爵家の三人に、その様子を見ていたクォンツとリドルは苛立ちを顕わにした。


「悪い、アイーシャ嬢。限界だ」

「え……」


 アイーシャを抱き込んでいたクォンツが呟いた。

 クォンツの声が小さく、聞き取れなかったアイーシャがもそり、とクォンツの腕の中から顔を上げた瞬間。

 クォンツはアイーシャを抱き上げ、立ち上がった。


「なっ、どこへっ!?」


 立ち上がったクォンツにケネブが焦ったようにソファから立ち上がり、アイーシャに手を伸ばす。

 が、クォンツに次いで立ち上がったリドルにケネブが伸ばした手が弾かれた。

 リドルに弾かれた自分の手を、驚きに目を見開き見詰めた後、ケネブはリドルに顔を向けた。


「これ以上、この家にアイーシャ嬢をいさせる訳にはいきません。命を落とす可能性がある。アイーシャ・ルドラン嬢は、私リドル・アーキワンデがアーキワンデ公爵家の名の元、保護します」

「そっ、そんな勝手な真似……! これは家族の問題だ、それを横入りしてっ」

「ああ、それと……ルドラン子爵家のご息女、エリシャ嬢ですが。国に届けを出さねばならない魔法を発動している疑惑がある。王城に登城する準備をしておくように」


 リドルは冷たい視線を子爵家の三人に向けて告げると、扉の方へと振り返ろうとした。

 振り返る際に、視界の端にベルトルトの姿が映る。

 ベルトルトは一連の流れを目の当たりにし、アイーシャに向かって暴行を働こうとしたケネブに軽蔑するような視線を向けている。


(だが、あの男が今更この子爵家の異常性に気付いたとしても手遅れだ)


 リドルは、怒りによって足早に退出してしまった友人を追う。

 未だ背後ではケネブやエリザベート、エリシャが何事かを叫んでいる声が聞こえるがリドルの感情も今は怒りに昂っている。

 一切合切を全て無視し、少々強引な手でアイーシャを邸から連れ出したクォンツを追うため、駆け出した。




 つかつか、と足早に廊下を歩くクォンツに抱えられながらアイーシャは背後から近付いてくる足音に反応してふ、と顔を上げた。


「お嬢様っ、お嬢様っ!」

「ルミア」


 アイーシャが小さく呟いた声が聞こえたのだろう。

 クォンツがぴたりと足を止めて「顔馴染みか?」と優しく声をかけた。

 アイーシャは涙に濡れている自分の目元をごしごし、と擦りながらクォンツの言葉に肯定するように頷く。


「はい、幼い頃から私に良くしてくれている使用人です……」

「そうか……。ここに戻ることはないかもしれない。話すか?」


 クォンツの問いに、アイーシャは強く頷く。

 どこかアイーシャが座れる場所がないか、と周囲を見回すクォンツだったが、どこにもアイーシャを座らせられそうな場所がないことに気付き、頭を悩ませた。

 クォンツの気遣いに気付いたアイーシャが「立てます」と告げると、クォンツは少し躊躇った後、そっとアイーシャを廊下に下ろし、壁に凭れさせてやると少しだけ二人から距離を取った。


「ありがとうございます、クォンツ様」

「気にするな……少し離れた所にいる」


 アイーシャとクォンツがやり取りをしていると、リドルもやって来て現状を理解してくれたのだろう。

 リドルもアイーシャに微笑み「ゆっくり話しておいで」と声をかけてからクォンツの下に向かった。


「お嬢様……」

「ごめんね、ルミア。私はもう、ここにはいられないわ……」

「いいのです、いいのです……。お嬢様が元気に、幸せに暮らして下されば私はそれだけで良いのです」

「ありがとう、ルミア」


 アイーシャとルミアは暫し二人で話をした後、そっと抱き締めあってから、離れた。


(ルミアとはもう会えないかもしれない)


 アイーシャはそう考え、ぐっと涙を耐えて唇を噛み締める。


(でも、これ以上この邸にいるのはもう怖い……)


 先ほどの出来事を思い出すと、自然と自分の体が震えてきて。

 アイーシャは震える体を自分の腕で抱き締める。


 先ほど、クォンツが魔法障壁で守ってくれていなかったら。

 魔法の発動が少しでも遅れていたら。

 それに。


(私だけではなく……高位貴族であるお二人に万が一お怪我をさせてしまっていたら……! ルドラン子爵家が大変なことになっていたかもしれないのに……! それなのに、どうしてお義父様もお義母様もそのことが分からないの……!)


 子爵家が高位貴族である侯爵家と公爵家の嫡男に大怪我を負わせてしまったら。

 子爵家が取り潰されてしまう可能性だってゼロではない。


(それに、クォンツ様もアーキワンデ卿も、私に優しく……普通に接して下さる。そんな優しいお二人を危険な目に遭わせる可能性だってあったのだから、お義父様を許せないわ……っ)


 ルミアと離れたアイーシャは、自分に向かって歩いてくるクォンツとリドルを視界に入れ、先ほどの恐怖が段々と怒りに塗り替わっていくのを感じた。



「アイーシャ!」


 アイーシャ達三人が邸の外にある馬車に向かっている最中、邸から飛び出してきたベルトルトがアイーシャの名前を叫んだ。

 どうしてベルトルトが、と思っている内にベルトルトの後からケネブやエリザベート達が後に続いて邸から姿を現す。


「往生際の悪い……」


 アイーシャを抱え歩いていたクォンツは忌々し気に呟いたが、その呟きはケネブ達には勿論聞こえておらず、ケネブが大声でアイーシャを呼び止める。


「アイーシャ! 今戻れば許してやる、戻ってくるんだ……! 世間も知らず、まだ未成年のお前が一人で生きていける訳がないだろう!」

「ア、アイーシャ、お父上の言う通りだよ! 邸を出て何処に行くと言うのか……っ、それに学園に通うにも、家の援助がなければ通えなくなってしまうだろう!? 君一人では何もできないのだから、戻った方が良い! いつものように謝って、また──」


 ベルトルトの言葉を途中で遮るように、クォンツは馬車の扉を閉めてしまうと御者に「出せ」と声をかける。

 馬車の御者は躊躇っているが、アイーシャに「出してください」とはっきりとした口調で告げられ、戸惑いつつ馬車を動かした。


 邸の玄関から懲りずにこちらに向かって叫び続けるルドラン家の面々と、婚約者ベルトルトの声を聞きたくない、とばかりにアイーシャは馬車の窓を閉めた。


「クォンツ様、アーキワンデ卿。連れ出して下さりありがとうございました」


 窓を閉め、アイーシャは姿勢を正すと向かいに座る二人に向かってぺこり、と頭を下げる。


「私一人では、あの人達の言葉に逆らうことはできませんでした。お二人がお力添えして下さったお陰で、あの家から出ることができました」

「当然のことをしたまでだ。頭を下げるなアイーシャ嬢」

「そうだよ。俺達は友人がこれ以上酷い目に遭うのを黙っていられなかっただけだし……。それに俺自身は何も。家の権力を振りかざしただけだからね」


 アイーシャの言葉に、クォンツは優しく言葉を返し、リドルは少しだけふざけたように肩を竦めて言葉を返す。


「──ふふっ、アーキワンデ卿の公爵家のお力、効果は絶大ですね。一瞬で黙ってしまいましたもの」

「うんうん、そうなんだよね。……けれど……、公爵家の名前を出しても最後はあのように再び追いかけてきた。どうしてあれほどアイーシャ嬢に固執するのか……調べないと」

「……確かにな」


 リドルの言葉に、クォンツも頷く。

 クォンツは、以前アイーシャの両親が転落死した馬車の事故を調べていたが、国内ではなく隣国で起きた事故だ。

 資料も隣国から取り寄せる必要があり、時間がかかっている。


(今回のアイーシャ嬢への暴力と、両親の事故死。……両親の事故死に万が一"今の"子爵……子爵家が関わっていたら直ぐにどうとでもできるんだがな)


 クォンツは、リドルと同じく自分の家の力を利用することに躊躇いはない。

 それと同時に、国内の魔物や魔獣被害に対する討伐の実績を持つクォンツは侯爵家嫡男として、魔法剣士として国内で発言力も影響力もある、と理解している。


「まあ……先ずはルドラン嬢の当面の住む場所だね。うちの家ではちょっとね……ルドラン嬢の安全を確保するとは言え、いきなり公爵家でルドラン嬢を預かると……」


 リドルは何処か含みを持った視線をちらり、とクォンツへ向ける。

 リドルからの視線にクォンツは何故か気恥ずかしそうに小さく舌打ちをすると、アイーシャが気にする前に素早く口を開いた。


「それなら、うちの侯爵家でアイーシャ嬢の身柄を預かる。……うちには、妹もいるし……妹に淑女としてのマナーを教えてくれるよう、俺が友人であるアイーシャ嬢に頼んだ、という体で行こう。学園にもそう届けりゃいい。色々言われても、それで通しちまえばいいさ」


 クォンツの言葉にリドルは「いい案だね」と笑い、アイーシャは本当にお邪魔してもいいのか、と何度もクォンツに確認したのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ