14話
アイーシャを迎えに来たのだろう。
クォンツとリドルが訝し気に、教室に入って来る。
二人が教室に入ってきたことで、エリシャは勿論、教室内に残っていた学園生が色めき立つ。
クォンツ・ユルドラークとリドル・アーキワンデは侯爵家と公爵家の嫡男であり、二人とも家柄の良さも然ることながら容姿端麗。
令嬢達からは秋波を送られ、令息達からは憧れの視線を向けられる二人だ。
アイーシャの隣にいたエリシャはベルトルトがいるにも関わらず、そんな二人と顔見知りなのだ、という優越感を隠しもせず猫なで声でクォンツとリドルに話しかけた。
「お二人共、お姉様が悪いことをしたのですから……お父様から罰を受けるのは仕方ないですわ……! きっと、お父様もお母様も本当はしたくないのです。けれど、お姉様は罰されるほどのことをしたのですから胸が痛んでも……仕方ないのです」
エリシャは最後のほうの言葉を紡ぐにつれ、悲痛な面持ちで俯く。
そして一拍後、隣にいるベルトルトに向かって首をこてり、と傾け「ね? ベルトルト様」と同意を得るように話しかけた。
エリシャの言葉に教室内に残っていた生徒達は困惑し、アイーシャにちらちらと視線を送る。
エリシャの物言いを信じ、アイーシャに胡乱気な視線を向ける生徒達から庇うようにクォンツはアイーシャの身を引き寄せた。
その様子を横目で見ていたリドルがゆったりと腕を組み、徐に口を開く。
「ルドラン子爵令嬢。悪いことって? 君の姉君、アイーシャ嬢がそのような仕打ちを受けるに至った罪、っていうのは一体なんだい?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう。リドルの言葉に、エリシャはあからさまに慌て、言葉に詰まる。
「そ、それは……えっと……」
「うん。なんだい? 姉君が何か、子爵家にとって不益となるような失態を? それとも、赤の他人を傷付けた? それとも何か罪を犯した? それとも、……婚約者がいながら不貞行為を行ったわけでもないだろう?」
リドルの視線を受けたベルトルトは、顔色を悪くさせ自分の腕に絡んでいたエリシャの腕を勢いよく離す。
ベルトルトの行動に、腕を払われたエリシャは不服そうに頬をぷくっ、と膨らませた。
「それ以外に咎められるようなことと言えば……王族に対して不敬な物言いくらいしかないが……。それだったら爵位を持つ家の長として、君の姉君であるアイーシャ嬢を罰するために監視の意味合いも含めて何処かに閉じ込め、動向を監視する、というのも頷けるのだが……」
リドルはそこで言葉を切ると、微笑み「どうなんだい?」と返答を促す。
リドルに微笑まれたエリシャは、ぽうっと頬を染め見蕩れながら「えっと、」ともじもじとした後にキッとアイーシャを見据えて得意気に口を開いた。
「そ、そのようなことはしておりませんが、お姉様は私に恥をかかせてしまったのです! だからこそ、お父様もお母様もお怒りになり、お姉様を──」
「うん? まさか、恥をかかされたから閉じ込めたとでもいうの? 姉妹間で?」
リドルは、にこやかにだが容赦なく事実を確認しようと詰める。
この状況に、このままだと何か悪いことになるのでは、と焦ったベルトルトは咄嗟に言葉を挟んだ。
「ア、アーキワンデ卿……っ! お待ち下さい、昨日の出来事は──……っ、」
「君。君の発言はいらない。君は今回の事柄について無関係だろう?」
だが、リドルにぴしゃりと言葉を遮られ、ベルトルトはぐっ、と言葉を飲み込む。
リドルの言葉は最もで、アイーシャに行われた事柄とベルトルトは無関係だ。
「──っ!」
ベルトルトはだがそこではっと妙案を得た。
「ア、アイーシャの婚約者である私にも関係はあるかと……!」
「婚約者? 君が? アイーシャ・ルドラン嬢の?」
リドルは冗談だろう? と言うように薄ら笑みを浮かべ、ベルトルトに冷たい視線を向ける。
「君は、先程までそこにいるルドラン子爵令嬢と腕を組んでいたではないか? 君の言葉が本当なのであれば、どうして君は婚約者の前で他の女性と親密そうにしているんだい? 君の行動はアイーシャ嬢ではなく、妹君の婚約者のようだが?」
「──そっ、それは……っ」
リドルの言葉に何も言い返せなくなってしまったベルトルトはしどろもどろになりながら最後は尻すぼみに何事か小さく呟きながら黙り込んでしまった。
その様子を冷たい視線で見やった後、リドルは風魔法を発動した。
「あーあ、怒らせた……」
クォンツが小さく呟くと、アイーシャは驚いたようにクォンツに顔を向ける。
だが、クォンツがアイーシャに説明するよりも早く、リドルが言葉を発した。
「──エリシャ・ルドラン子爵令嬢の発言の真偽について正式に確認する。そのためにルドラン子爵家を訪問しよう。鳥を飛ばして先触れを出す。いいね、エリシャ・ルドラン子爵令嬢」
エリシャは、事の重大性を理解していないのか。リドルが自分の邸にやってくる、という点だけに重点を置き、嬉しそうにこくこくと頷いた。
そうして、真っ青になってしまったベルトルトとどこか嬉しそうにしているエリシャはそのままに、リドルはアイーシャ達の方に振り向き、笑顔で「行こうか」と声をかけた。
未だざわつく教室を出て、門に辿り着いたアイーシャ達三人は、さっさと同じ馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込むなり、事態の動きの速さに目を回していたアイーシャに向かってリドルは苦笑いを浮かべる。
「すまないね、ルドラン嬢。貴女の邸に訪問するのに正当な理由が欲しくて、少々無理矢理理由を作ってしまった。注目も浴びて、嫌だったろう?」
申し訳なさそうに眉を下げるリドルに、はっとしたアイーシャは慌てて首を横に振る。
「い、いえっ! そもそも、私がエリシャを納得させることができなかったせいです。むしろお二人にご迷惑をかけてしまい、申し訳ございません」
しゅん、と肩を落とすアイーシャに、今度はリドルは慌てて首を横に振る。
「ああ、いいんだ気にしないで欲しい、ルドラン嬢……! 君の妹君は話が通じないだろう? だから多少強引な手を使ってしまったよ。謝罪するのはこちらの方だ」
「そうだぞ、アイーシャ嬢が気にすることも、気に病むこともない。そもそも俺達が勝手にやってることだしな」
肩を竦め、あっけらかんと話すクォンツに、アイーシャは感謝で胸がいっぱいになる。
「本当に、ありがとうございますお二方……。このように心配していただけるのは、とても嬉しいことなのですね」
アイーシャの晴れやかな笑顔を間近から直視してしまったクォンツは、僅かに頬を染めて見惚れてしまった。
すると、隣に座っていたリドルが揶揄うような視線をクォンツに向け、リドルの生暖かい視線に気付いたクォンツがリドルの足をみしり、と踏み付ける。
ゴトゴト、と揺れる馬車の中。
三人は邸に着いた後のことについて話し合う。
「ルドラン嬢。この後だが、子爵邸に着いたら昨日の出来事について子爵と子爵夫人に確認を取ろうと思う。先程ルドラン嬢の妹君が言っていたようなくだらない理由で本当に閉じ込められてしまったのかい?」
リドルの言葉に、アイーシャは肯定するように頷く。
「はい。アーキワンデ卿の仰る通りです。……その、昨日は私がエリシャに恥をかかせ、エリシャは学園を早退した、と認識しているようです」
「──ちなみに、その恥って?」
「恐らく、昨日の医務室の一件を言っているのかと……」
アイーシャが答えると、リドルは「嘘だろう」と額に手を当て、頭上を仰ぐ。
「あの医務室の一件で? ルドラン嬢が常識とは、と説明した一件でかい?」
信じられない、とリドルが告げると、それまで黙って聞いていたクォンツが真剣な顔で口を開いた。
「アイーシャ嬢に、リドル。ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか……?」
「どうした? 厄介事か?」
クォンツはリドルに視線を向け、頷いた後、自分の懐からある手紙を取り出す。
クォンツの手の中の手紙に、リドルは眉を寄せ視線で問う。
「昨日、あの常勤医から話があっただろう? アイーシャ嬢の妹が医務室で何か魔法を使っている、と。それについて、常勤医が思い至る魔法を全て記載してくれた」
「ああ、あの先生……魔力は少ないけれど、確か魔力には敏感だったな。魔法に興味があって色々な種類の魔法を知っているし……結構種類がありそうだね」
リドルの言葉にクォンツは頷き返すと、その手紙をぺりぺりと開封する。
「あくまで、予測ではあるが……記載されている種類の魔法であれば、対策が立てられる。正式な調査は妹をとっ捕まえてから、だな」
「ああ。この手紙に記載されている魔法に問題があれば、捕縛する流れで行こうか」
何処か緊張した面持ちで開封した手紙を広げ、クォンツの手の中にある手紙に皆で視線を落とす。
すると、そこに記載されていた魔法は数種類しかなかった。
一つ目は、「魅了」
だが、魅了の魔法は習得する事自体とても難しく、また魅了を発動した時点で犯罪行為に当たる。
「魅了はちらっと考えたが……これは、習得がかなり難しい。それに発動したら学園に設置してある精神干渉の防御結界が発動するからなさそう、だな」
「そうすると……一番面倒そうなこれ、か?」
リドルが表情を硬いものに変え、指差したその場所には「信用魔法」と文字が記載されていた。




