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明希のゆううつ。

「フローライト」第二十話

それからしばらくは仕事も休むことにした。何もする気になれなかった。


「ただいま」と利成がいつもよりも早い時間に帰って来た。


「おかえりなさい」


明希はソファに座って本を読んでいた。最近はたまに本を読んだ。内容は何でもよかった。物語の中に入り込んでいれば今を忘れられる。


「ご飯、どうする?」と利成が聞いてきた。


「ん・・・あまり食べたくなくて・・・」


「昨日も同じこと言ってたよ。何か食べにでも行く?」


「でも・・・」


外に行くと必ず誰かに見つかって声をかけられるのだ。それが煩わしい気がした。


「あんまり閉じこもってると食欲もわかないよ」


「ん・・・」


「よし、じゃあ、行こう」と利成に抱き上げられた。そのまま口づけられてから顔をのぞきこまれた。


「じゃあ。顔洗ってくる」


「うん、待ってるよ」


顔を洗って化粧をした。長く伸びてしまった髪を束ねたら少しすっきりした。オレンジ系の口紅をつけるとリビングに戻った。


「利成、いいよ」と言うと、利成がスマホを見ていた。


(あれ?)


よく見ると明希のスマホだったので「どうかした?」と聞いた。


「メールが来てたよ」


利成がスマホを明希の手に渡してから言った。


「そう?」


何気なく画面を見たら、表示されてたのは翔太からのショートメールだった。もちろん名前はでてなかったけど、内容ですぐにわかった。


<体調大丈夫?俺が行った日だったんだよね?体調悪かったのにごめんね>


(あ・・・)と思った。きっとこれを見たのだ。


「利成・・。」と言うと、「明希、まず食事に行こう。その話は帰ってからね」と言われた。


そんなんでもちろん食事はなかなか喉を通らなかった。食事に行ったレストランはあまり明希が行ったことのない高級な雰囲気の店だったせいか、利成も露骨に声をかけられてはなかったけれど、それでも帰り際に若い女性数名から声をかけられていた。


 


マンションに戻ると利成が言った。


「明希、そこに座って」


明希はダイニングテーブルの椅子に座った。


「まず。明希から話して。何のことかはわかるよね?」


穏やかな口調だった。


「・・・ん・・・あの・・・ちょうど病院に救急車で行ったその日の昼間、突然翔太が来て・・・」


「そう」


「それで・・・あの・・・部屋に・・・」


「あげたんだね?」


「うん・・・」


そこで明希はうつむいた。浅はかな行動を取っていることはわかっていた。


「そうか・・・」


利成が黙った。長い時間何も言わなかった。こんなことは初めてだった。そうやってしばらく黙っていた利成がようやく口を開いた。


「明希」と名前を呼ばれる。


「明希にまず聞くよ。彼とどうなりたい?」


「どうって・・・?」


「彼は明希を俺から奪おうとしてるんだよ。わかるよね?」


「・・・・・・」


そうだろうかと思った。


「でもそれよりも、明希がそうしたいのかだよ?」


「どうしたいもない・・・」


「明希、明希が彼に惹かれてるのは知ってるよ」


「惹かれてる?」


「どうなの?」


「わかんない・・・」


「そうか・・・」


それからまた利成が黙った。今度は少しのあいだ黙った後に口を開いた。


「どうしようか・・・」と珍しく利成が逡巡していた。


明希はうつむいたまま何も言えなかった。自分がいけなかったのだ。家にあげるなんて、咎められて当り前だ。


「三回目だからね」


そう言われてハッとして明希は顔を上げた。利成は明希の方は見ずに壁の方を見つめていた。


「・・・困ったな・・・」


利成がそう言ってまた黙った。


「・・・利成、ごめんなさい・・・」


「ん・・・今ね、ちょっとものすごく彼に腹が立ってて・・・」


腹が立っているという利成の顔は逆に青ざめて見えた。


「もう一回聞くね。明希は彼とどうなりたいの?」


「・・・どうもなりたくないよ」


「よく考えて。俺は一回しかチャンスをあげないよ?」


そう言われてびっくりして利成の顔を見つめた。


「彼のところに行きたいなら今なら許すよ」


明希は初めて利成の視線が冷たく自分を見ているのを感じた。


「翔太のところになんて行きたくないよ」


涙が浮かんだ。初めて利成が自分を捨てようとしていると感じた。


「・・・そうか」


それからまた利成が考え込んでいた。


「あの日、お腹が痛くなったよね?それと彼は関係ある?」


(え・・・?)と思った。


「どういう・・・意味・・・?」


「はっきり言うから、気分悪くさせちゃうと思うけど・・・彼と肉体関係あった?」


(え・・・)と思った。


「ないよ。そんなの、絶対に」


そう言ったら利成が明希の目を見つめてきた。その視線に耐えられなくなって、「キスだけされた」と答えた。


「そう」と利成は明希から目をそらした。


「さあ、じゃあどうしようかな」と利成が立ち上がった。


「利成?」


「まず夏目との仕事から手を引くよ」


「・・・・・・」


「明希、おいで」と言われた。利成の後をついて寝室に入った。


「明希の身体が大変だろうと思って今まで明希に触れなかったんだけどね」


何だろうと思った。後から思ったけれど、この時ほど怖かったことはないと思った。利成の言っていたフィルターを通して見ているというのはほんとだったのだ。自分は利成のことを何もみていなかった。いつも優しくて全部許してくれている。明希にとって利成はそういう人だった。


でも利成は翔太とのことを許してくれていたわけではなかったのだ。許していなかったけれど、明希の気持ちを肯定していてくれていただけだった。その時その時ですべて優しくて賢くて穏やかな利成・・・は明希のフィルターを通して見えていた利成だった。


「最後に聞くよ?夏目は多分もう明希に会えないからね。彼のところに行くなら今だよ」


「・・・・・・」


「明希?」


「大丈夫・・・利成といたい・・・」


翔太への思いはもう今、この瞬間に断ち切らなければならなかった。そして今後はもう二度と翔太の声は聞けないし、会うこともできないと明希は悟った。また寂しい思いがこみ上げてきそうになった。でも、もう決断しないと・・・そうしないと永遠に利成を失うだろう。


「うん・・・わかった。もう次はないよ」


「うん・・・」


「大丈夫?」


「大丈夫」と利成を見つめ返した。胸の痛みより利成が大事だった。


「うん」と利成がやっと笑顔になった。そしてそれから明希の服を脱がせてきた。


「利成?」


「明希、明希は今日から俺だけのものね」


利成がそういって着ていたブラウスのボタンをはずしてきた。それからスカートも下着も脱がされた。


「ベッドに入って」と言われベッドに入った。シーツが少し冷たく感じた。利成も服を脱いでからベッドに入って来る。


明希の上になって利成が口づけてきた。その唇が首筋をたどり胸のふくらみをたどり下半身に下りていく。


敏感な部分を執拗に舌で刺激されて、そのまま明希はそのまま絶頂感に達して首をのけぞらせた。それから利成が明希の中に入って来る。


「明希、綺麗だよ」


利成が言う。


「利成・・・」と名前を呼んで手を伸ばした。その手を取り、利成が口づけてくる。


「明希は何も心配しないで・・・俺だけ求めて・・・」


「ん・・・」


不安を埋めようと翔太への思いを断ち切れなかった。愛されていたかった、翔太にも・・・。でも、今こうしている利成こそが今、明希の真実・・・。


── 大丈夫?


うん・・・大丈夫・・・。


 

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