7話「ハーレムワールド」
一人の女の子がいた。
名はエノキ・ユキノシタと言って、白髪の肩ラインボブに赤と青のオッドアイが特徴的。
頭には、髪の色と同化しているかのような真っ白なミニベレー帽を被っている。瞳の中にはハイライトがない。まさに仏頂面ガールだ。
服は黒の半袖セーラーで、対照的に白いリボンが似合っている。下には服と同じ黒色の膝上丈のスカートを履いていた。
十字柄の黒のスクールソックスが膝下まで履き揃えられていて、細い足の肌が少しだけ露出している。
さらに、肩から腰にかけては小さな白色のバッグがぶら下がっているのだが、その小ささ故に、中に何が入っているのかは分からなかった。
そんなエノキは今、とある世界の野原を歩いていた。
穏やかな草原が続く野原で、地平線の果てまでそれは続いている。時々木が不規則に生えているばかりで、景色に変わり映えがない。
一本の踏み固められた道が草原を裂くように走っていて、ひたすらまっすぐ進むようになっていた。
エノキはそんな道の上を歩いているのだが、
「静かで穏やかだなあ……」
まったくと言っていいほど人間に出会うことがなかった。べつに、これ自体は珍しいことではないのだが、数時間かけても人に出会わないのは稀だった。
周辺に魔物がいるわけでもないので、ただひたすらに平和な景色が広がっている。太陽の光は心地良いし、時々気持ちのいい風まで吹いてくるし、あまりにも平和すぎて身も心も溶けてしまいそうなほどだった。
そうしてしばらく歩いていると、ようやくその景色にも終わりが見えて、一つの村がはるか遠くに見えてきた。
「あ、やっと村が見えた……。どんな世界なのかなあ……」
自然の雄大な景色によって、エノキは気が緩みまくっていた。寝起きのようなだらだらとした状態で、若干猫背になりながらふらふらと歩く。
「おっと、気を引き締めないと……!」
旅に危険は付き物。エノキははっとしながら両頬を二度叩いて、切り替える。
地平線に浮かぶうっすらと見える村に向かって、エノキはゆっくりと向かった。
「はあ……。やっと着いた……」
歩き始めて数十分、エノキは村へとたどり着いた。たしかに村は見えているのに、歩いても歩いても一向に近付けない感覚を味わうことで、エノキは精神的に少し疲れていた。
ため息をつきながら、村の中へとお邪魔する。村の景色はよくあるものと大差はなく、木造の家や畑などがたくさん建っていた。
ちょうどいいところに、ある村人の男が農作業をしていたので、エノキは声をかけることにした。
「あの、すみません。旅をしているエノキという者ですが……」
作業をしている男の横から、覗き込むように話しかける。
男は、汗を流しながら真面目に働いていた。突然話しかけられても気が付かないくらいに。
エノキの声に反応一つすら見せずに、クワで畑を耕している。
なのでエノキは、何度も呼びかけてみたり、視界に映るように手を振ってみた。物凄く失礼な行為だが、他に人間もいなかったのでそうするしかなかった。
やがて、男は自身の視界に映る子供の手を認識して、その手を差し出した者のほうへと首を向ける。
「ごめんなさい、こうするしか方法がなくて……。私はエノキと申します。旅をしながら各地を転々としているのですが……」
「なっ……!」
男は、エノキを見て思わず目を見開き、そのまま固まってしまった。まるで珍獣でも発見したかのような奇異な瞳で、エノキを凝視している。
「……え?」
自己紹介の途中で男の驚きの声に遮られたので、エノキも困惑をする。よほど外からの来訪者が珍しいのだろうか。もしくは、この村以外に人が住んでいないのだろうか。
訳も分からずエノキは、
「あ、あの……どうかされま……」
戸惑いを見せながら、ゆっくりと目の前まで近付く。すると、
「う、うわあ……!」
男はその場で尻もちをついて、腰を抜かし始めた。がたがたと震えて、まともに言葉を発せなくなっていた。
(どういうこと……?)
エノキはいよいよ本気で困った。この世界は何なのか。どういった個性を持ち合わせているのか。
男の態度から察しようとするが、まったく分からずその場で立ち尽くしてしまう。
エノキが、がたがたと震える男の前で必死に考えていると、
「どうした! 何かあったのか?」
そこに、驚きの声を聞いて別の一人の男が駆けつけて来た。
そうだ、あの人に聞いてみれば何か分かるかも……。エノキはそう思って、声を発そうとする。しかし、エノキよりも先にその男が叫んだ。
「あの……」
「お、女だ!!!!」
「……は?」
女……? なぜ急に性別の話……?
エノキが冷や汗を流しながら首を傾げていると、
「女が出てきたぞ!」
「な、なに?! 嘘だろ?!」
「やった! ついに……!」
「ひゃっほおおおおい!」
男の叫び声を聞いて、続々と家や建物の影から続々と男達が姿を表す。その中に女の姿は一人もいない。全員が男だった。
男達は、物珍しいものを見るように、突然エノキの容姿を隅々まで凝視しだす。
女特有の長い髪に、白くて細い小さな体。白色の髪や赤と青のオッドアイはこの世界では珍しかったようで、その目の奥を覗き込むように様々な角度から見られた。
「え、えっと……」
エノキには男達が変態にしか見えなかった。いや、変態なのだろう。突然叫び出したかと思えば、様々な角度から多人数で女を覗き込むのだから、変態以外の何者でもない。変態の世界だ。
エノキは、さすがにジロジロ見られるのが恥ずかしくて、訳が分からず体を縮こませながら男達に威圧を返す。
だが男達は、エノキにビビりながらも凝視をやめない。エノキが、この男達に何かしらの制裁でも加えてやろうかと考えていると、
「これ、お前達。いい加減にせんか。その子が困っておるだろう」
エノキを囲む男達の群をかき分けて、一人の老人がやって来る。
足腰のしっかりした顎髭が立派な男だった。老人は、
「すみませんな。こやつらは女性を見たことがないもので……。大丈夫ですかな?」
謝りながら、エノキの心配をする。話の通じる人間が現れたようだ。
エノキは老人に返す。
「はい、何も危害は加えられていません……。ところで、この人達は何なんですか……? 私を見るなり叫び出してジロジロ見てくるのですが、なぜこのようなことになったんですか?」
普通は、異性を見るだけでここまで叫び声を上げたりはしない。村の様子から何となく察しがつくように、この村には女がいないのだろうが、なぜいないのか、なぜそんなことになってしまったのかまでは推測がつかない。
そんな、この世界の根幹に関わるであろう質問をエノキはいきなり飛ばした。
老人はそれに答えてくれた。
「もしかして知らないのですかな? この村の歴史を」
「歴史……ですか? 分かりません。教えていただきたいです」
「ふむ、ではお教えしましょう。この村には、かつて女性が存在していました。しかし、あることが原因で女性は消えてしまい、男性のみが存在する事態となってしまいました」
「……何が起こったんですか?」
「……一言で言えば決別ですな」
「決別……。つまり、男女で喧嘩でもしたと?」
「その通りです。この村では、男性が農作業や狩りなどを行い、女性が家事や育児などを行って生活を営んでいました。ですがあるとき、とある夫婦の間で喧嘩が起こったのです。内容としましては、妻の側が自分ばかり家で拘束されるのはおかしいと言い出したところから始まります。それに対して、夫が自分も外に出ているからといって、遊んでいるわけではないんだよと返すと、今度は自棄を起こした妻が、村中の女性に自身の考えを広め始めました。そこで止まれば良かったのですが、そういった考えを持つ女性が多かったために、次第に男女の間で亀裂が生まれ始めました。そして、最終的に女性側が自分達がこの村を出て行くと言って、本当にそのまま村から子供を連れて出て行ってしまったのです」
「価値観の違いってやつですね……。それで、この村には男性しか残らなくなったということですか」
「そうです」
「では、女性達は最終的にどうなったのですか?」
老人は、エノキに聞かれて言い辛そうに、俯いた。周りにいた男達も、皆顔を背けたり、泣いたりしていた。そこでエノキは気が付いた。ああ、一人残らず滅んでしまったのだろうなと。
普段から狩りを行っていない分、サバイバルのノウハウを知らずにあてもなく彷徨って人間が死んでしまうというのは、発展度の低い後進世界ではよくある話だ。
狩りの途中で獲物に喰い殺されてしまったり、生活基盤を整えることができずに野垂れ死んでしまったり。大抵はこういった場合が多い。
この村の女や子供達がどんな結末をたどったのかは分からないが、それは知る必要もない。なぜなら、死んでしまったという事実が残っているのだから。
エノキは、村の男達の心中を察して、
「……ごめんなさい。考えが足りてませんでした。教えてくれてありがとうございます」
謝罪を行うと同時に、教えてくれたことへの感謝を伝えた。
「いえいえ、知ってくださることが何よりも嬉しいのです。して、こちらからも聞きたいことがあるのですが、聞いてもよろしいですかな?」
今度は老人がエノキに訊ねる。
「はい、何かありましたか?」
「あなたは、一体どこからやって来たのですか? わしらは、普段から狩りを行うために森へ遠出をしたり、かつては他に人がいないか大捜索を行ったこともありました。ですが、これまで人と出会ったことがないのです。よければ教えていただきたい」
エノキは、手で片目を覆い隠しながら、その手の下で目を紅く発光させる。その状態で、
「私は、別世界から旅をしに来ました。ただ、それだけです」
そう言い放った。
「……そうですか。では、ここにしばらく滞在されるということでよろしいですかな?」
村の人間達は、とくに何の反応も示さずに、エノキの答えに納得した。
「はい、少しの間ですが、よろしくお願いします」
「やったああああ!」
「女だああああ!」
「これ、うるさいぞお前達」
こうして、エノキはしばらくこの村に厄介になることにした。
当然だが、女がたった一人しかいないとのことなので、大歓迎され手厚くもてなされた。
まず案内されたのは、周りとは一際規模の違う、石造りの家だった。元々は先ほど場を取り仕切った老人、もとい村長の家らしく、滞在する間はエノキが一人で使っていいことになった。
部屋の中も、村全体の雰囲気に比べるとアンティークな感じで、おしゃれだった。
エノキは、白のミニベレー帽とバッグを机に置いて、家の中を少し見渡す。
「すごい……。この世界で唯一文化を有している村の可能性すらあるのに、ここまでおしゃれな部屋が出来上がるんだ……」
部屋の中だけ見れば、そこそこ先進的な世界のものと言っても差し支えはなかった。それくらい、見栄えが良かった。
エノキは、家具の配置などを確認すると、外へ出た。外に出る頃には、皆各々の生活に戻っていて、それぞれ農作業をしたり、井戸から水を引いたりしていた。
エノキは、仕事の邪魔をするわけにもいかないので、村全体を散歩して回ったり、作業の様子を眺めさせてもらったりしながら、時間を過ごした。
「この村はのどかで落ち着くなあ……」
それが感想だった。村に来る以前もそうだったが、この場所は気候が良く、遠くに出向かなければ脅威の無い平和な所だった。
エノキはあまりの心地良さに眠くなってしまったので、村から少し離れた木の下で、風に揺られながら、木漏れ日を浴びながら寝始めた。
起きるのは、この数時間後のことだった。
夕方になると、狩りに行っていた部隊が帰ってきた。複数人の手には動物の死骸が握られていて、今日はいつもより結果を出せたと満足そうだった。
エノキは、村の男達と一緒に出迎える。村の男達の労いの言葉に混じって、
「すごいですね」
なんて言ってみる。当然、狩りをしていた男達が全員とてつもない驚きを見せた。尻もちをついたり、ひょっとこのような顔を見せたり。それを見て、元々村にいた男達は笑い転げる。
その後、村長が狩りをしていた人間達に説明を行っている間、他の男達はそれを焼いたり捌いたりして、木製の皿に野菜や穀物と一緒に盛り付ける。
村長の長時間の説明が済むと、その皿が全員に配られて、晩飯の時間になった。村の真ん中の空いたスペースで円の形を作って、真ん中に村長が座る。
そして、食材に感謝を込めて、皆で手を合わる。ただ手を合わせるのではなく、きちんと祈りが込められていることから、命をいただくという行為がどれだけ貴重なことなのかを、エノキは余所者ながら思い知らされた。エノキも祈りを込めて手を合わせる。
それが終わると、食事の時間になった。フォークを使って獲れた肉を食べたり、スプーンで穀物をすくって口元まで運んだりして食べる。
黙々と食べていると村長が、
「今日からしばらくの間、エノキ様が我々の仲間として加わる。その間、丁重にもてなすのだぞ。いいな?」
皆に向けて、改めてエノキが村に滞在すること、客人として丁寧にもてなさなければならないことを告げる。口々に「はい!」だったり、「分かりました!」だったり、村長の言葉に口々に元気な反応を返す。
しばらく、楽しい生活になりそうだなとエノキは思った。
ご飯を食べ終えると、片付けを済ませたりして、すぐに家の中へと入っていく。
村というのもあって、明かりがそこら中にあふれているわけではないので、ご飯を食べ終えると寝るくらいしかやることがなくなってしまうのだ。
エノキも、とっとと家の中に入ると、ろうそくに火を灯して、ソファーに座りながら余韻に浸る。
「この世界は何だかとっても落ち着く……。いい村だな……」
いつまでここにいるかは決めていない。だが、手で数えられないくらいはいてもいいかも。そう思った。
考え事を済ませたら、ろうそくの火を消して、毛布をかけてソファーに寝そべりながら寝た。布団で寝なかったのは、単なる気分だ。
それから、二日目、三日目と村で過ごした。初めこそあまり交流はなかったが、少しずつ村の男達と会話する機会も増えてきて、エノキは村人と仲良く会話を弾ませるようになった。
時には畑仕事を手伝わせてもらったり、誰かの家のお手伝いをさせてもらったりして、もてなしを受けつつも、村の一員として過ごすようになった。エノキは、仲間になれたみたいで、少し楽しかった。
四日目のことだった。
「なあ、エノキさん」
ある男がエノキに話しかける。数日生活を過ごすうちに、エノキさんという呼び名で親しまれるようになっていた。
「はい、何でしょう?」
「どうして旅なんてしてるんだ? 一箇所に留まらずに場所を移り続けても、大切な人ができないだろ? 一人は寂しくないのかい?」
「……そうですね。寂しくなることも無くはないですけど、これからも大切な人を作る気はありません」
「そりゃどうして?」
「もうすでに心に決めた人がいるからです。その人達のことを第一に考え続けたいので、私は友達も恋人も作らないようにしています」
「へえ、立派なもんだな。そんなに若いのに、人生の方向性が決まってるなんて」
「そんなことないですよ。進む先に何があるかも分からないのに、ただ無我夢中で進み続けているだけの、ただの愚かな女です」
「何言ってる、それが人生ってもんだろ。自分の好きを貫けるなんて、これほど立派な人がいるかよ。もっと胸を張りなって!」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃあ、作業に戻るわ」
エノキは、はっとした顔で去っていく男の背中を眺める。
こんな何気ない会話で気付かされることもあるのだなと、エノキは思った。
(自分の好きを貫ける……か。たしかに、そう簡単なことじゃないのかも)
エノキは、働き続ける男達を遠目に、景色を見て黄昏れた。
* * *
二週間が経ったある日のことだった。
あれからも、ずっと村の人間のお手伝いなどをして過ごしていたエノキは、今日も今日とて小屋の中で仕事をしていた。
客人という関係なので仕事をする必要はないのだが、週をいくつか跨ぐほど住まわせてもらっている身なので、これくらいはエノキにとってやらなくてはならない最低限のことだった。
今は、物の仕分けを行っていた。
「これはここで……あれがこっちで……」
手際は決して良くないが、その分丁寧に作業を進めていく。
そこに、村の男達がぞろぞろと入ってきた。
「なあ、エノキさん……」
「ん、どうしました?」
「いや、ちょっとな……」
男達は、様子が豹変していた。いつものような気さくな感じではなく、どこか申し訳のなさそうな様子だった。指で顔を掻いたりして、どこか後ろめたい表情を浮かべる。
向こうから話しかけてきたのにも関わらず、無言の時間がずっと続くので、エノキは不審に思って聞いた。
「何があったんですか? いつもと様子が違いますよ?」
「くっ……!」
男達は、図星を突かれて冷や汗を浮かべる。
「言いたいことがあるなら言ってください。話さなきゃ、何も分からないですよ?」
エノキが、さらに詰め寄る。すると、思いもよらない話が、男の口から出てきた。
「い、言いにくいんだけどさ……。聞いてくれるか?」
「……何ですか?」
「俺達の子供を産んでくれないかな……?」
「……は?」
エノキは意味の分からないその発言に、困惑した。唐突すぎて反応できずにいると、男は続ける。
「分かるだろ? エノキさん……。この村には女がいない。このまま生きていたって、女と巡り合うことなんて絶対にない。だから、村の存続のために子供が必要なんだ。だからエノキさん……頼むから、俺達の子供を産んでくれ!」
必死にそう訴える。そこでエノキは理解した。そうか、この二週間ずっと私に優しくしていたのは、この訴えを否定しにくくなるような状況を作り出すためだったのかと。
そして思った。ああ、この村は男も女も教育の足りていない愚か者ばかりだなと。まるで……、
「まるで、私が物みたいな言いぶりですね。自分で言っていて気が付かないんですか? 人を利用しようとしていることに」
エノキは、不機嫌そうな顔つきで、村の男達を威圧する。目にハイライトが無い分、余計に怖い。村の男達はそれを見て震えだすが、それでも抵抗を見せてくる。
「わ、分かってる……! でも考えてほしい! エノキさんが俺達の立場ならそうするしかないだろ?!」
だがエノキも引き下がらない。
「いや、するわけないでしょ。たった二週間しか関わっていない赤の他人に、必死になって頼み込むほど落ちぶれたりはしません。私を客や村の一員としてではなく、ただ女としてしか見ていなかったことに虫唾が走ります」
躍起になってお互い言い返す。これまであれほど空気が良かったのに、今はとても空気が悪い。平和やのどかさを一切感じない地獄のような雰囲気だった。
村の男達は、
「そうか……。なら、仕方ないよな……」
そう言って背中に隠していたものを取り出す。
「……!」
それは、剣や斧にクワだった。普段は狩りや農作業に使われるそれらを、脅しの道具として手に持ち始めたのだ。
「し、死にたくなきゃ従ってくれ……! た、頼むからさあ……!」
男は声も手も震え、息が荒くなる。本当に危ない人になっていた。全員で小屋の出口を塞ぐ。
エノキは、もう和解なんてできないことを察して、立ち上がった。
「そうですか……。なら、容赦はしません」
立ち上がって、目を蒼く発光させる。
「多次元干渉」
エノキがそう言うと、ワープホールのような異次元空間がエノキの体の横に現れる。そこにエノキは手を突っ込んで、白色のバッグを取り出した。
異次元空間にビビっていた男達だったが、取り出したのは白色のバッグ。驚かせやがってと武器を持って一歩ずつ近づいて来る。
エノキは、白色のバッグを肩から腰にかけて下げると、バッグの中にあるそれを取り出した。拳銃だった。
「な、何だそれ……?」
男達は、初めて見るそれに疑問を覚える。エノキは、質問に答えずに拳術を自分から最も近い男に向けて、何の前振りもなく引き金を引いた。
パンッ……!
銃口から白色のエネルギーが目にも止まらぬ速さで発射され、男の体の中に命中し、それが取り込まれていく。
「がはっ……」
光を体に呑んだ男は、そのまま深い苦しみに襲われて、意識を失った。
「な、何が起こって……!」
「銃と言います。とは言っても、ただの銃ではありませんが。まず、私の精神力の一部をエネルギーに変換して、引き金を引いて銃口からエネルギーを飛ばします。すると当たった人間は、このエネルギーを取り込むことで拒絶反応を起こし失神。場合によっては死に至るというものです」
「何だそりゃ……」
「装弾数は10発で、有効射程はエネルギー量によって変化しますが、最小で50メートルほど。ちなみに、エネルギーを体から銃に流し込むだけなので、リロードは必要ありません。ただ敵に向けて撃つだけ。ずっと発射し続けられます」
「で、でも、さすがに一斉にかかればいけるだろ……! 一発ずつ撃ってる間に誰かが押さえ込めば……」
「……」
エノキが黙ると、男達は一斉に顔を見合わせ頷きあう。そして、前方にいる皆で一斉に飛びかかった。無我夢中で、我を失った獣のように襲いかかる。
エノキは、再び目を蒼く発光させて、冷静に一人ずつ撃った。蒼色のエネルギーが、男達の体に取り込まれていく。やがて、それぞれが目から光を失って、その場に倒れ込んだ。
「いけると思いました? 残念ですね」
後ろで控えていた男達は、その一方的な光景を見て、いよいよ武器を離してその場に座り込んでしまう。
「私の能力が込められたエネルギーを取り込むことで、人間の心に干渉しました。心というのは、人間一人一人が持つ自分だけの世界。心と脳は密接に関係していますから、心を通して脳、体と少しずつ掌握していきます。掌握したらあとは簡単」
エノキは、パチンと指を鳴らす。その瞬間、蒼色のエネルギーを取り込んだ男達が、一斉に消えていった。
「な、何をして……?」
「ああ、分からないですよね。今私は、人間をこの世から……いえ、次元から抹消しました」
「それはどういう……」
「つまり、あなた達は次元から抹消された人間を認識できなくなったので覚えていませんが、私は今さっきまでここに確かに存在した人間を能力で消したってことです」
「う、嘘だろ……?」
要するに、蒼色のエネルギーを取り込んだ敵を操れるようになったので、そのまま不必要と判断して次元から人間を存在ごと抹消してしまったというわけだ。
元々この世界で抹消された人物とどれだけ仲が良かったとしても、存在が抹消されたので、その人物を認識できなくなる。
多次元に干渉ができるエノキだからこそできることだった。
エノキは、一旦銃をしまうと、
「さて、エネルギーの消費は今後にも影響してくるのでそろそろ使用をやめますが、だからと言ってただの人間に力で負けるほど弱くはありませんので覚悟してくださいね?」
エノキは、とっくに戦う気力を失った男達の前で構えを取り、容赦なくボコボコにした。痛ましく鈍い音が、小屋の中に響き渡り続けた。
やがて襲ってきた男達を全員返り討ちにした頃だった。
「おーい、作業は進んでおりますかな? できたものを回収しに来ましたぞい」
村長が様子を見てエノキの下までやって来た。
「……」
そして見た。一人残らず意識を失って倒れている男達と、拳に血のついたエノキの姿を。
「あ、村長さん。作業はまだ終わってないです。色々あったもので……」
エノキはいつもと変わらない調子で、そう言った。
「な、何があったのですかな?」
村長が倒れておる村の男達を横目に、冷や汗をかきながら訊ねる。
エノキは、そこで行われていたことを事細かに説明をした。突然襲われ、逆に返り討ちにしたことについて。
それを聞いた村長は、重苦しい表情を浮かべて、
「そうですか……。それは本当に申し訳ないことを……」
辛そうに呟く。
「いえ、何もされていませんので大丈夫です。村長さんが気にすることではありませんよ。」
「そういうわけにはいきませぬ。こやつらを統制できなかったのは、村の代表である私の責任です。誠に申し訳ございませんでした……」
村長は、土下座をした。頭を地面に擦り付けて、誠意を表す。
「……頭を上げてください。私は、散々これらを殴り倒してストレスを発散したのでもう気にしていません」
「そうですか……。その深い心に感謝いたします……」
「それにしても、教育というのは大切なんですね」
「教育……ですかな?」
「ええ、教育です。たくさんの人に教え育ててもらい、豊かな心を形成できなければ、今回のように他者を私利私欲を満たすためだけに加害するようになってしまいます。この村に必要だったのは、話し合いとそれをするために必要な知能だったのです」
「おっしゃる通りですな……。しかし、この村は唯一この世界で文化を持つ集まり。誰かを教えられるなんて立派なことができないのもまた事実。それにこの有様です。もう取り返しはつきません」
エノキは、
「そうですね。過ちを繰り返さないように動こうにも、それができないほどこの村は疲弊しています。時代が悪かったんです。何もかも」
そう言って拳についた血が付かないように、身長にバッグを肩から下げた。
「……お気を付けて」
「はい、準備が整い次第すぐにここを出ます。この二週間、本当にありがとうございました」
エノキは、村長に見送られながらその場を離れた。
「手を洗って、ベレー帽を取って村を出る……。はあ……結局平和には終わらなかった……。この世界はとても美しいのに、何で人間はこうも醜いんだろう……」
ため息をつきながらエノキは歩いていた。次は平和な世界に行けるかな……。そんなことを考えながら、手に水をかけて洗い、村長の家にベレー帽を取りに行く。
「そういえば、最初に言っておけば良かったかな?」
ベレー帽を取って、村長の家を出て、エノキは呟いた。
「私に子供を産む機能なんて備わってないこと」