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2話「エノキの過去 その1」

 野原で少女と幼女が話をしていた。


「ねえねえ、エノキお姉ちゃん!」

「どうしたの? 名も知らぬ幼女」


「クラリだってば!」

「ごめんごめん。それで、何かあったの?」


「ずっと思ってたんだけど、何でエノキお姉ちゃんって時々目が光るの?」

「ああ、それはね。私の能力だよ」


「能力?」

「そう、能力の使用時に目が光るようになっていてね。目が蒼く光ったときは『多次元干渉(たじげんかんしょう)』と言って、色々な世界に干渉したりすることができるの。たとえば、自由に世界を渡ったり……。ちょうど、この世界に来たみたいにね」


「ふふっ、あのときは驚いたよー。いきなり目の前にエノキお姉ちゃんが現れてきたんだから」

「うん……。これからは人目のつかない所に意識して飛ぶようにしないとな……」


「じゃあ、紅く光ったときはどうなるの?」

「紅く光ったときは『矛盾縫合(むじゅんほうごう)』と言って、不自然な要素をむりやり埋めることができるの。あなたが最初私を見たとき、初めて会ったはずなのに名前を知っていたでしょ?」


「あ、本当だ! 矛盾が生まれても強制力が働くことで、点と点を線でつないでしまえるんだね! まるでマインドコントロールみたい!」

「うん、理解力が凄まじいね。君が5歳とは思えないよ」


「えへへ、ひゃくたすひゃくだってできるんだよ!」

「やっぱり5歳児だった。まあ、分かってくれたようで何よりだよ。他に何か聞きたいことはある?」


「うーん……。あ、そうだ! エノキお姉ちゃんはどんな世界でどうやって生まれたの? 人間じゃないんでしょ?」

「う、うん……。面と向かって人間じゃないとか言われるのは少し傷付くけど……。なら、少し長くなるけど、聞いてくれるかな?」


「うん!」

「あれは、53年前のことだった……」

「端数まで……?!」


     *     *     *


 少女はある時、突然意識を獲得した。

 目を覚ましたと呼ぶには、少し不可解な感覚だ。

 物心がつくかのごとく、少女はいつの間にか自意識を手に入れていて、今はっきりと感覚を有すこととなった。


「……?」


 少女は、服を着ていなかった。

 見た目は十代半ばほど。体は細く、白い透き通るような肌を、ただありのままに露出している。

 白髪の肩ラインボブで、赤と青のオッドアイ。

 きょとんとした表情を浮かべていて、目のハイライトからは純粋さが感じ取れる。

 少女は、意識を獲得して最初に辺りを見渡した。


「わっ……ああっ……」


 周りには、西洋風のお洒落な建物がずらりと並んでいた。

 少女が今いる街の広場を中心に、何方向にも道が伸びている。

 街には人がたくさんいた。街の雰囲気に溶け込むように、皆タキシードやドレスなどを着ていて、己を美しく着飾っている。

 少女は思った。自分だけ何かが違うと。服や雰囲気など、何もかもが違うと。

 しかし、言葉を話す術を持たないので、うめき声のようなものをあげ続けて、ただ呆然とするしかなかった。

 そのうち、少女の存在に気が付いた人々が、陰口をし始めた。


「何だ……? あいつ服着てないぞ」

「見るな……。どうせ下民だよ。視界に映るだけで俺達が(けが)れちまう」

「やっぱり奴隷を解放して権利を与えたのが間違いだったのよ。こうしている間にも()()みたいに奴隷の血が混ざった下民が街をうろつくわけだし……ああ、考えるだけで恐ろしい……!」

「んむ……?」


 少女はその内容を理解はできなかったが、感覚で自分を悪く言っていることだけは理解できた。

 道行く人の誰もが陰で少女を噂する。

 陰口を叩かれるのが気に障ったので、少女はその場を離れることにした。

 走りながら、街の外へと向かう。

 走っている最中、当然だが大勢の人に見られた。

 街の中で走っているのは少女だけだったし、恥部はある程度手で隠しているとはいえ、素っ裸なのでなおさら目立った。

 母親が子供の目を塞ぐ場面や男性がジロジロ見て側にいる女性に咎められる場面が見られた。

 少女は、脇目も振らずに全力で走り、やがて門までたどり着いた。


「おい、止まれ!」


 門自体は封鎖(ふうさ)されていたが、門番である兵士が数十人、槍を持って待ち構えていた。

 少女は言葉を理解していない。だが、数十人に待ち構えられてはそう易々と通れないので、その言葉通りに立ち止まった。


「ぐむうぅぅぅ……!」


 少女は、門を通ってその先に広がる大自然の景色へと飛び込みたかった。

 今いる得体の知れない檻のような悪夢の場所から一刻も早く逃げ出したかった。

 八重歯を出して威嚇するが、それで引き下がるほど兵士もやわではない。


「捕えろ!」


 髭がよく目立つ、兵士を束ねるリーダーの一言で、全員が飛びかかった。

 少女は、それに本能的に恐怖を感じて、真上に高く飛んだ。

 人間離れした身体能力のおかげか、建物の三階に到達しそうなほど、はるか高く飛ぶことができた。

 兵士達は上を見上げるが、偶然にも太陽が輝いていたせいで、太陽を直視して眩しさに目を閉じてしまった。

 少女はその隙を狙った。兵士達の鎧や兜を踏み台にして、あっという間に門まで近付き、


「があああっ!」


 物凄いスピードでそのまま森の方向へと駆けて行った。

 住民や兵士達は、唖然(あぜん)としてただその後ろ姿を眺めることしかできなかった。




 少女は、追っ手が来ないことを知ると、呼吸を整えてゆっくりと歩き始めた。

 先ほどとは違い、自分を縛り付けるような感覚が無い雄大な自然。少女は心を躍らせた。

 自分を包み込んでくれるかのような優しい陽の光の下、踊りながらしばらく歩いた。

 森は、ジャングルと言えるくらい険しいもので、木や草が一面に生えている。

 方向感覚を見失ってしまいそうなほど景色に変わり映えがなく、一度迷ってしまえば出てこれなさそうな場所だった。

 一応、人が通るためか細い道のようなものがあるが、整地が行われていないので、苔や草などで途切れ途切れになっていた。


「あうう……」


 少女は、まず何をしようかと考えた。

 目的も無く街を飛び出して来たので、生きる上で何か目的を立てようと考えたのだ。

 しかし、少女はさっき生まれたばかりだ。体は第二次成長期を過ぎたか過ぎてないかくらいだが、中身は赤子も同然。

 考えるという行為には至るが、それで目的が浮かんでくることはなかった。

 結局、あてもなくふらふらと歩き続ける。


「んぅ?」


 道中、様々なものを見かけた。

 どんぐりを集めるリスだったり、ジャングルの中を優雅に飛行する鳥だったり、自身とは姿形の異なる動物がたくさんいた。

 少女は興味本位で近付くが、その度に逃げられる。

 とくに、捕まえたいなどという強い意志があるわけではないので、潔く諦めてまた歩き出す。それをひたすら繰り返した。

 そうして優雅な自然での生活を楽しんでいこうと心に決める少女だったが、時間が経つにつれ異変を感じるようになる。


「……?」


 少しずつ辺りが暗くなり始めたのだ。

 陽の光が落ちていき、これまで見えていた景色が闇に紛れていく。少女はそれに強い不安を覚えた。

 何度も辺りを見渡して、次第に恐怖で体が震え始める。だが、無情にも太陽は沈んでいく。

 最後には完全に沈み切って、夜になった。


「わあうう……」


 森の中は真っ暗で、初めてここに来たときとは様子がまったく異なっていた。

 優しく包みこんでくれるような開放感を感じていたのに、今は四方八方から得体の知れない何者かが襲いかかってきそうな、そんな不安が少女の脳内をちらつく。

 その場に留まり続けるのも怖いので、お化け屋敷に入る女子のように体を縮こませながら、涙を浮かべて森の中を彷徨う。

 誰も襲ってこないし、襲ってきたとしても少女よりもはるかに弱いだろう。

 しかしそのことを知らない、何も知らない生まれたばかりの少女は存在しない敵に怯える。

 月は昇っているが、ジャングルで険しいために、森の中まで光が差してこない。

 少女はこの日、気を張り詰めたまま夜を過ごした。




 次の日のことだった。

 涙を流しながら夜に耐えていると、少しずつ辺りが明るくなってくる。朝の到来だ。


「わうあ……!」


 一刻も早く太陽を拝みたかった少女は、木をよじ登ったり、華麗に飛んで伝いながら木のてっぺんまで向かった。

 タイミングが良かったようで、日の出を直接拝むことができた。

 暗い暗い森の中を、少しずつ光が包み込んでいく。

 少女は高揚した。また開放感が私を包み込んでくれるのだと。

 やがて朝になり、活動時間になった少女は、夜のとき感じた恐怖を紛らわすために、何かに打ち込むために服を着ることにした。

 街の人間の真似事をすることで、あの人間達がどんなことを考えているのかを知ろうと考えたのだ。服になりそうな素材を探す。


「うあーう……」


 少女は長い時間をかけて考える。だが、中々思いつかない。

 元々、考えるだけの知能はあったのだが、結果にたどり着いて行動するに至るだけの頭脳は持ち合わせていない。

 なので、動物の皮を剥いで服を作るなどの発想は湧いてこず、正直言って考えるだけ時間の無駄だった。

 歩きながら、ただひたすらに大自然の中を歩いて考え続ける。

 すると、幸運にもそんな少女に知恵を与えるものに出会うことができた。


「あーう!」


 都合良く、無地の布が落ちていた。

 それも、敷き布団と掛け布団に分けて寝られるほどの大きさ。

 人間が落としたのか、あるいは不法に投棄したものなのかは分からない。

 少女は、目をキラキラさせて布を拾った。

 布を拾ったら、今度はこれをどうやって服にするのかを考えていく。


「!」


 少女は、何かを思いついたようで、布を頭に被せると、布に手を突っ込んで貫通させた。

 決して薄い布ではない。だが、少女は持ち前の力で布を貫くことができた。

 そのまま、正確に頭の大きさくらいに手刀で刃物のように切って、頭に被る。


「むう……」


 一応服にはなったが、布が大きいために地面についてしまう。

 このままでは歩きにくいし、引っかかると抜け出せなくなってしまう。

 なので、余分なところをカットして丁度いいサイズにした。


「♪」


 少女も満足したようだ。

 初めてのファッションにワクワクして、両手を真横に(かざ)しながら片足をあげて、舞いながら出来栄えを確認し始める。

 今この瞬間だけは、まるで普通の女の子のように見えた。

 少しの間舞い続けて、やがて気分が落ち着いてくると、少女は胸を張って自信満々に森の中を歩き始めた。

 この服を見てくれと言わんばかりに、えっへんと鼻を高くして歩いている。

 もちろん、誰も見ていない。ただの彼女の自己満足である。

 それでも少女は、見せびらかすようにただの無地の布を自信満々に羽織(はお)っている。

 そんなときだった。


 ひゅーー……。


 森の中を風が吹き始めた。強い風が少女を襲い、羽織っていた布が靡き、布の下に隠れていた白い肌が露出してしまう。


「あう……!」


 少女は、すぐに布を持って自分の肌を隠しながらしゃがんだ。

 そして、周りに誰もいないかを、顔を赤らめながら確認する。

 誰もいないことが分かると、深く息を吐いて立ち上がる。

 少女はこの時を持って、恥じらいを覚えた。




 無地の布の服を着ながら、少女はまた森の中を歩いていた。

 森はとても広く、一日二日歩き続けても未だに鬱蒼とした木々や生い茂る草が広がるばかり。

 少女にとっては、街よりもはるかに安全で開放的な環境なのでこっちのほうが合っていた。

 しかし、彼女は夜という概念をよく知らないので、暗闇が怖くて仕方がない。

 なので、暗闇の無い安全な環境を求めて別の地に行こうと必死になっていた。


「むう……」


 またあの暗闇がくるかもしれない。そうなる前に、安全な場所に移動しないと。

 少女は、そんな焦燥を胸に少し急ぎ足になりながら、とにかく森の外を目指した。

 少女は、木が生えていないぽっかりと穴の空いた空間に出た。

 そのときだった。


 ダッダッダッダッ……!


「……?!」


 突然、大地が大きく揺れ、地響きが始まった。

 大きな何者かの足音が、森の奥から一直線に少女の下へと向かってくるのが分かる。

 少女は、後ろに跳んで後退りした。


 ダンッ……!


「……っ!」


 先ほどまで少女がいた場所に、巨大な魔物が土や石を撒き散らしながら現れた。

 四足歩行の獣で鼻がでっぱっていて、口からは大きな二本の牙が反り上がっている。

 5メートルほどの大きさをした、邪悪なオーラを(まと)った巨大なイノシシ型の魔物だった。

 目は明らかに少女のほうを(にら)んでいる。ターゲットにされてしまったようだ。

 イノシシは荒い鼻息をあげて、少女の下へと突進を始める。

 鋼鉄のような体がぐんっと押し寄せてきた。

 少女はそれを、


「あうっ!」


 横へ跳んで、すんでのところで躱わす。

 ごろごろ転がりながら膝をついて、体勢を立て直した。

 目線をイノシシのほうに向けると、すでに体の方向がこちらに向けて、構えを取っていた。

 イノシシは突進をやめない。


「わあっ! わふ……! ひゃあっ!」


 何度も何度も突進をしてきては、その度にギリギリで躱わす。

 一心不乱の攻防が、そこで繰り広げられていた。

 少女は、転がってどんどんボロボロになるが、そんなことを気にする余裕は無い。

 なりふり構わず避けて、難を逃れようと抗い続ける。

 だが……、


「……ぐう゛っ!」


 ある時、恐怖で一瞬体がすくんでしまい、逃げ遅れてしまう。

 横に跳んで転がろうとした際に、イノシシの振り上げた牙がもろにふくらはぎに命中し、少女は転がったまま動けなくなってしまう。

 血こそ出ていないものの、無傷では済まなかった。

 イノシシは、ようやく突進に成功したことで、雄叫びをあげて歓喜に満ちていた。


「ぐうぅぅ……!」


 少女は、痛みに顔をしかめながらも、立ち上がる。

 呼吸を整えて、イノシシをしっかりと見つめ、観察した。

 体の大きさのわりに短い足、鋼鉄の体を持ちながらも、一箇所だけ弱点っぽく前面に飛び出ている鼻。

 生存本能が、少女の思考力を瞬間的に加速させ、今取るべき最善の行動について、少女は熟考した。

 イノシシは、後ろ足で地面を二回擦ると、構えの姿勢を取り、そして、


「グゥゥゥ!」


 叫びながら一直線に走ってきた。

 少女は覚悟を決めると、宙返りをしながら真後ろに飛び、木の幹を掴んで樹木にぶら下がる。


「グゥッ……!」


 少女が高い場所に飛び乗り、攻撃が届かないことを理解して、イノシシは少女が元々いた辺りで突進をやめ、滑りながら動きを止めた。

 少女は、その瞬間を狙った。

 掴んでいた幹から手を離して、樹木を精一杯蹴って、人間の目では捉えきれないほどの速度で、イノシシの目の前まで移動する。

 そこから、拳を力強く握って、イノシシの鼻へと繰り出した。


「たあっ……!」

 

 イノシシは痛みに(もだ)えて、顔をぶんぶんと振り始める。

 少女は、さらに畳み掛けるように、殴打を繰り返した。

 目や鼻、時にはイノシシの顎を強く蹴り飛ばして、最後にはイノシシの鼻の上に飛び乗って、両牙を折ってそのまま目に突き刺した。


「ガァァッ……!」


 イノシシは、悲痛の叫びをあげて森の奥へと逃げていった。


「……ふうっ」


 少女は、緊張が解けたのか、安心して一息ついた。

 その場に座り込みながら、攻撃を受けたふくらはぎを見る。

 見た目に外傷は無かった。ほんの少し痛みを感じているが、歩く際に少し気になる程度。戦いは、少女の圧勝に終わった。

 しかし、一つだけ残念なことに気が付いてしまう。


「うぁ……あうぅ……!」


 無地の布でできた服が、かなり汚れていた。

 イノシシの突進を避ける際に、地面で転がりまくった影響で、土の汚れが布に付着したのだ。

 白かった布が、今は軽く変色してしまっている。

 少女は、急いで布の汚れを落とすために走った。

 元々彷徨(さまよ)っているので迷うことなど気にせず、森の中をひたすら駆け回る。

 イノシシに対して抱いた恐怖だとか、イノシシを倒し追い返した喜びだとか、そんな余韻になんて浸る暇も無く、代えが利かない服のことで頭がいっぱいになりながら、木々の間を突き進む。

 躍起になって辺りを見渡しながら走っていると、


「ああっ!」


 森の中を川が流れていた。水は澄んでいて、川の中には大きな石が点在して、水の真っ直ぐな流れを遮っていた。

 少女は、川を見るなり一目散に駆け寄って、服を脱ぐ。それを川の中に突っ込んで、洗い始めた。

 指で擦ったり、布同士をゴシゴシと擦って、入念に洗う。

 汚れが落ちたことを確認すると、ようやく安心することができた。

 あとは、水で濡れていることを気にせずに、少女は服を着る。


「うええ……」


 服が体にべっちゃりと張り付いて、少女は言葉にしがたい気持ち悪い感覚に襲われた。

 だが、服は代えが利かないし、地べたに置いたまま動かないのもどうかと思ったので、水をぽたぽたと落としながら、森を歩き始めた。

 ちなみにこの後のこと。服は乾いたが、乾く頃には夜になっていて、少女はまた神経を研ぎ澄ませながら、暗闇に怯えて夜を過ごすこととなった。




 三日目のことだった。

 少女はいつものように森の中を歩いていたのだが、少女の身に少しずつ異変が起こっていた。


「うぅ……」


 体は鉛のように重く、脳が正常に動かず何かを考えるほどの余裕が無い。

 目の下にはクマができていて、歩くときも体はふらふらとしている。

 時々立ちくらみで立ち止まったり、少し歩く度にその場に座り込んでぐったりとしていたり。

 少女は度重なる要因により、重度の倦怠感(けんたいかん)に苛まれていた。


「……っ」


 原因は少女自身も何となく理解していた。それは精神疲労だ。

 少女はこの数日の間、ずっと活動を続けていた。

 街から逃げたり、夜に怯えたり、イノシシと戦ったり、作った汚れた服を無我夢中で洗ったり、夜に怯えたりと、神経を研ぎ澄ませ続けていたので、とにかく休む機会が無かった。

 そのツケが今日、すべて回ってきてしまったのだ。

 太陽が昇り始めてから数時間は横になっていたが、体調は一向に良くなる気配が無い。

 なので少女は、目が(うつろ)になりながらも、森の外を目指していた。

 だが、


 バタッ……。


「げふっ……げふっ……うっ……! オエェッ……」


 限界が近づいてきているようだ。

 その場で倒れるように膝をついて、嘔吐を繰り返すようになってきた。

 嘔吐による痛みでお腹を押さえて、息を切らしながら立ち上がる。

 もはや、昨日までの元気さは欠片も無かった。

 

「ああっ……ううっ……」


 少女は、少しずつ意識が朦朧(もうろう)としてくるのを感じた。

 少女の目の前に、人影が微かに映った。どうやら幻覚まで見えてきてしまったようだ。

 ああっ……このまま自分はどうなってしまうのだろうか。

 少女は、そんなことを思いながら、まぶたの裏に映る暗闇に飲まれていった。

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