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この星屑を口にして  作者: 冬馬海良
Ⅵ.星屑
39/40

7月26日(金)

 早朝の教室。本を読んでいると、挨拶が聞こえた。

「おはよう、橘」

「菊永、おはよう。今日は早いね」

「お前こそ早いな」

「僕はいつもこの時間だよ」

「まじか、早すぎだろ」

 いつもは誰も来ない教室に来た菊永と話す。彼の席はかなり離れているが、近づくことなく会話を続ける。大きな声を出さなくてもお互いにちゃんと声が届いている。誰もいない、朝の特権だ。

「で、どうしたの?」

「中庭を撮りたくてな。いつも人がいるから朝くらいしかタイミングがない」

 菊永はそう言いながらカメラが入っている黒い鞄を見せた。僕はふと思い出したように彼に言う。

「今度さ、夜に駅近くのコンビニがある通りで撮ってきてよ」

「はあ? なんで?」

「心霊写真撮れるかも」

「……お前、そういうの好きな奴だったっけ」

 しかもあの辺りで通り魔事件あっただろ、と気味の悪そうな顔を見せる。そんな反応になるのは当たり前だ。僕は本気だが。

 菊永はスクールバッグを置いて、カメラだけ持ち教室を出ていった。

 再び静寂が訪れ、僕も物語の世界へと戻っていった。

 救えたもの、救えなかったもの。

 解決したこと、しなかったこと。

 報われる者、報われない者。

 知った事実、知れなかった事実。

 見たくない現実、見なければいけない現実。

 残念なことに、虚構じゃない。

 嬉しいことに、架空じゃない。

 彼女のエメラルドグリーンを思い出す。

 彼らはいなくなったが、彼らの価値観が自分の中に刻まれている。

 自分と他人は全く違う。どんなになりたくてもなれない。同じ世界を見ることはできない。違う道を歩んでいく。

 しかし、同じになれなくても、何かを読み取ることはできる。何かを感じることができる。話して、君はこうなんだねって、知っていくんだ。そうやって少しずつ人からもらって、こぼされた痕跡を拾って、集めていく。

 特別ができていく。その欠片に救われる。同時に、絶望することもある。

 それらを抱えて、大切にして、咀嚼して、飲み込んで、だんだん僕の一部になっていく。

『私たちは星屑でできている』

 誰の言葉だったかは覚えていない。もう後ろの黒板には別の言葉が書き込まれているから、確認はできなかったけど気にしなかった。

 あながち間違いではないと思った。これもきっとこの言葉の真意とは違うのだけれど、僕たちは星屑でできていると思う。

 非日常に飛び込んだあの日々を。

 〈境界〉で触れた、人の心を。

 否、〈境界〉なんてなくても、すぐ側に非日常はある。

 気付いていなかっただけで。

「僕の星屑も、誰か拾ってくれるのかな」

 僕の言葉を拾って口にした誰かの一部になれたらいいなと思う。

 それが、この先少ない僕ができることで、僕のやりたいことだと思った。

 本を閉じ、手始めに自分の言葉をノートに書き出してみた。

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