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第七十一話 魔王様、周囲が騒がしくなる(その1)

「へぇ、ここが噂の0号ダンジョンか……」



 六本木0号ダンジョンの鬱蒼とした森の中に、女性の声がふわりと浮かんだ。


 その声の主は、森の中には似つかわしくないド派手な格好の女の子だった。


 くるくるとカールさせた長く赤い髪。


 白い肌が際立つ、ふりふりのレースがついたゴシックロリータファッション。


 そして、その手には巨大な鎌。


 彼女の名前は月乃輪つきのわアリサ。


 大手スカベンジャー事務所BASTERDの10期生にして、ダンTV登録者100万人を越える、漆黒淑女ダークネスレディの異名を持つ人気ストリーマーだ。


 そんな彼女が、隣に立つ女性に声をかける。



「ねぇ、しののん? 森林型のダンジョンって珍しくな〜い?」

「ん〜、どうでしょう。そうでもない……と思いますけど?」


 

 しののんと呼ばれた女性が首をひねった。


 特徴的なウエーブがかった腰まであろうかという長い髪。


 フード付きのマントに革の鎧。


 そして、ロングブーツに細身の剣と、実にオーソドックスなスカベンジャースタイルだが、その所作からは気品が感じられる。


 それもそのはず。彼女──東雲しののめあおいは正真正銘のお嬢様なのだ。


 曽祖父が元総理大臣、叔父が現職の国会議員を務める、正に政治家一族の家系。


 そんな東雲はアリサと同じくBASTERD10期生で、ファンからは「可憐な戦乙女ヴァリキュリア」と呼ばれている超人気ダンジョン配信者でもある。


 東雲が、優雅に続ける。



「ほら、恵比寿9号ダンジョンがそうだったじゃありませんか」

「え? 恵比寿9号も森林型だったっけ? てか良く知ってるね、しののん? 行ったことあんの?」

「うそでしょう? 先日、コラボ配信で一緒に行ったじゃないですか」

「……あれ? そうだっけ?」

「そ、そんな……超盛り上がったのに……」

「あっはっは、ウソウソ。覚えてるって。ごめ〜んね☆」



 テヘペロとおどけるアリサ。


 東雲とアリサはパーティを組んでダンジョンに潜ることが多く、ファンから「しのっさ」というペア名で呼ばれるほどなのだ。


 人気、可愛さ、実力ともにトップを張るふたりは10期生……いや、BASTERDの顔とも言える存在。


 そんなふたりが危険なイレギュラーダンジョン、六本木0号ダンジョンの探索に名乗りを上げたのは当然の流れとも言える。


 だけれど、今回0号に足を踏み入れたのは彼女たちだけではなかった。



「ええっと、和気あいあいとしてるとこ悪いんですけど、もう少し緊張感を持ってもらえませんかね、先輩方?」



 あはは、と苦笑いを浮かべたのは、黒い鎧を身にまとったひとりの青年。


 どこか気弱な雰囲気をにじませながらも、BASTERD指折りの実力者にのし上がった人気ストリーマー、四野見だ。


 そして──さらにその隣には栗色のショートヘアの女性がひとり。


 彗星のごとく現れストリーマー界の頂点に君臨した、トモ様こと神原トモ。


 今回、0号ダンジョン攻略のためにBASTERDが送り込んだメンバーが、彼女らトップストリーマー4人だった。



「心配しなさんなって」



 少し呆れたような笑顔を見せるアリサ。



「周囲警戒はしののんの『人形ドール』がやってるし、50メートル以内にモンスターがいたら流石にあたしでもわかるから」

「し、しかし、このダンジョンでやられたら本当に死んじゃいますし──」

「わかってるって。だから百戦錬磨のあたしらにまかせな? 14期生のまこっちくん?」

「ま、ま、まこっち……」



 四野見が頬を引きつらせる。


 確かに四野見は「まこと」という名前。


 だが、アリサはおろかリスナーにすらそんなふうに呼ばれたことは一回もなかった。



「それに、今回はトモもいるわけだし問題ないよ。だよね? トモ?」

「……ええ、そうですね」



 トモがこくりと頷き、静かに続ける。



「ですが、このダンジョンは命を落とすと本当に死んでしまう稀有なダンジョンです。どんなモンスターが現れるのかもはっきりとわかっていないわけですし、最大限の警戒をしておいたほうが良いと思いますよ、月乃輪先輩」

「……おかしいな? まこっちと同じこと言われてるんだけど、トモが言うとマジでそうしないといけないなって気になる。不っ思議〜♪」

「はいはい。甲斐性がない男ですみませんね、先輩」

「いや〜ん、まこっちってば、オコっちゃやーよ?」



 アリサがおどける。


 そんな彼女の背後から、東雲が羨望の眼差しをトモに向けていた。



「は、はわわっ……ト、トモ様、カ、カ、カッコいい……っ! 天使が降臨なされた……っ!」



 どこから取り出したのか、巨大な一眼レフカメラをトモに向け、パシャパシャとシャッターを切りはじめる。


 それを見て、四野見は苦笑い。



「あの、東雲先輩? 何をしてるんですかね?」

「……? 何って、見ての通りトモ様の写真を撮っているんですけど? あ、もしかしてカメラ、ご存知でない?」

「いや、流石の僕もカメラくらい知ってますよ」

「……えっ?」

「いや、何の『えっ?』なんですか。そこは驚く所じゃないです」

「いきなり漫才はじめるのやめて?」



 アリサが呆れ顔で続ける。



「ごめんねまこっち。しののんってばトモ推しでさ? 今日の探索が楽しみで仕方がなかったみたいなんだよね〜」

「東雲先輩って、トモファミだったんですか?」

「ええ。実は私……トモファミ2号なんです」

「そっ、そうだったんですか、東雲さん!?」



 びっくりした様子のトモ。


 トモファミはファンクラブ登録の際に番号が付与されるのだ。


 2号ともなれば相当の筋金入りのトモファン。


 ──なのだけれど、ファン1号を取れなかったのが人生最大の汚点だと東雲はことあるごとに語っていた。



「あ、ありがとうございます、東雲さん」



 トモが少し恥ずかしそうにハニカミながら続ける。



「私も東雲さんの配信はチェックしてます。この前の赤坂13号のしのっさ配信、すごく楽しかったです」

「……っ!? っっっ!?」



 声にならない悲鳴をあげる東雲。


 推しに配信を見てもらえて感激しているのか──と思いきや、ハッと何かに気づき、まるで小動物のように、ピューッとアリサの後ろに隠れてしまった。



「あれ? どしたん、しののん? 憧れのトモに話しかけられたのに、そんな縮こまっちゃって」

「おっ」

「……お?」

「お、お、推しとは一定の距離を保ってこそ、一流の神ファンというものですから……」

「なにそれウケるんだが」



 良くわからん定義だな、とアリサは思う。


 好きな相手がいるんだから、当たって砕けろよ。



「ていうか、本当に良いのかい? トモ?」 



 四野見が不安げにトモに尋ねた。



「キミは未成年なんだし、引き返したほうがいいんじゃない? このダンジョンはやっぱり危険すぎるよ。それに、《《今日は土曜で学校がない》》とはいえ、部活を休んでまで来るってのは……」



 命を落とせば文字通り終わりという危険なダンジョンゆえ、未成年のトモは両親に大反対を受けたが、歴史的偉業を達成したいと考え「事務所の仕事」という名目で部活を休んでここにやってきていた。



「愚問ですよ、四野見さん」



 トモは悩むことなく首を横に振る。



「もし四野見さんが同じ立場だとして、潔く諦めますか?」

「……ん〜、ちょっと諦めきれないな。確かに命の危険はあるけど、このダンジョン踏破はダンジョンストリーマーとして魅力的すぎるし」

「それな」

「ですね」



 アリサと東雲も四野見に続く。


 ダンジョンが現れて十数年が経つが、未知のダンジョンが発見されるのは初めてのことだ。


 故に、このダンジョンを最初に踏破した者は、歴史に名を刻むことができる。


 たとえ危険だとわかっていても、ダンジョン配信を生業とするストリーマーであれば、誰しもがその栄誉にあずかりたいと思って当然のことなのだ。


 ため息をひとつはさみ、四野見が続ける。



「……まぁ、今から帰れっていうのも少し無理があるし、『命を大事に』で行きましょうか」 

「ええ、そうですね。四野見さん」



 真剣な眼差しを向けるトモ。



「おけ丸水産〜」

「は〜い、わかりました〜」



 だが、残りのふたりは、あっけらかんとした返事。


 さらに、



「ねぇ、ちょっと聞いてよ、しののん? 実は昨日、グリブロの限定ガチャで大爆死しちゃってさ。天井まで引いたのに水着マリアちゃんが出ねぇの」

「アリサは相変わらずおバカですね。あなたの運ステータスはマイナス値なので、ガチャに全財産ぶっこむのはやめろと毎回言っているのに……」

「だって水着マリアちゃん、どちゃシコなんだもん。あんたも水着トモが実装されあら天井いくっしょ?」

「みっ、水着トモ様!? それ、どこに行けば買えるのですか!?」



 と、スマホゲーのグリーンブロッカーズ……略してグリブロに実装された限定ガチャで大爆死してしまった話題で盛り上がり始める始末。


 完全にいつもの「しのっさ」配信のノリである。


 

「……ほ、本当に大丈夫なのかなぁ」


 

 不安の声を漏らしてしまう四野見。


 彼女らは、まごうことなき一流スカベンジャー。


 たとえS級モンスターが現れたとて遅れをとることはないと四野見もわかっている。


 わかっているのだけれど、こうまで能天気な姿を見せられると、やっぱりそこはかとなく不安になってしまうのであった。



***



 四野見がパーティメンバーに不安を抱いていた頃。


 0号ダンジョンの待機エリアに、ふたりのスカベンジャーが現れた。



「う、うわっ、人が多いでござるな……!?」

「へぇ? 盛り上がってんじゃん。都内のスカベンジャーは全員チン無しだと思ってたんだけどねぇ」

『き、喜屋武ちゃん、そ、そういう発言は、はしたないからやめて……』



 現れたのは、栗色の髪にピンクのリボンを付けた少女と、ボディースーツに見を包んだ黒髪ストレートヘアの女性。


 みのりと喜屋武だ。


 さらに、ふたりの後ろには小型のドローンが一台。


 ちずるが遠隔操作しているドローンだ。


 みのりと喜屋武、さらにちずると、まったくもって、意外すぎる組み合わせなのだが──。



『だ、だけど、喜屋武ちゃんとみのりちゃんがパーティを組んでダンジョンに来てるなんて、ちょ、ちょっと不思議……』

「本当はまおちゃんも呼びたかったんだけどね〜」



 喜屋武が残念そうに肩を竦める。



「まお殿は風邪を引いて寝込んでるみたいなので、しかたないでござるよ」

「《《せっかくの土曜日》》なのに風邪ひいちゃうなんて、本当にまおちゃんってば持ってないよね……てか、みのりちゃん、だったよね? そのござる語尾なんなの?」

「嗜みでござる」

「意味わかんない」



 こうして喜屋武がみのりやちずると0号ダンジョンにやってきたのは理由がある。


 丁度週末の土曜を迎え、噂の0号ダンジョンに潜るために、まおを誘おうと天草高校の部室棟に乗り込んだが不在で、代わりにみのりを「エリア1だけ」という条件で引っ張ってきたのである。


 そして、流石にふたりだけじゃ心配なので、ちずるがサポート役を買って出た……というわけだ。



「ちなみにちずるちゃん、0号ダンジョンの下見ってもうやってるの?」

『も、もちろんだよ、喜屋武ちゃん。すでにドローンで上層の半分くらいチェック済みだから、デ、データ転送するね』

「おお! ありがとうでござるよ、ちずる殿!」



 ピピッと電子音が放たれ、喜屋武とみのりのスマホにダンジョンナビの通知が届いた。


 アプリを開くと周囲のマップが画面に映し出される。


 マップには細々とアイテムやモンスターの位置が記されていた。



「す、すごいでござる。こんな機能、初めて見た」

「流石だな、ちずるちゃん」

『こ、これはGeegleMAPのAPIをカスタムしたやつで、私が記録した情報を共有できる機能をアドオンしたんだ……こっちで入力した情報がリアルタイムで反映されるから、たまにチェックして……』

「なるほど、よくわからんでござるがわかったでござる」



 遠い目で虚空を見つめるみのりちゃん。


 一方、達観した雰囲気でマップを見ていた喜屋武だったが、



「……ま、とりま中に入りましょうか」


 

 と、ポケットの中にスマホをしまった。


 喜屋武もそこらへんは理解していないのである。



『……だ、大丈夫かなぁ……?』



 意気揚々とダンジョンの中に入っていくみのりと喜屋武を見て、不安の声をあげるちずる。


 その予感は、見事的中することになる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます! 楽しく読ませていただいてます! まさかの休日はたまげたなぁ…… お母さんに仮病使って学校を休んだ認識のまおたんの曜日感覚はどこにお出かけしちゃったんでしょ?
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