第四十六話 魔王様、探される(幕間)
「……ん?」
我がそのことに気づいたのは、遅めの夕食を食べ終わったときだった。
この世界で「気を招き入れる場所」と言われている玄関に置いた魔道具「明鏡水晶」が淡く光っていたのだ。
「お、おおっ!? 魔力反応かっ!?」
食器を洗っていた手を止め、慌てて明鏡水晶を取る。
じっと水晶の中を見つめると、海流のように激しく渦巻くゆらぎを感じた。
「こっ、これは……魔王様の魔力!?」
全身が粟立つ。
見間違えるはずがない。
この色、形、大きさ──。
200年前に突然姿を消された、我が主にして世界を統べる魔族の王……魔王イブリズ様の魔力のゆらぎだ!!
「や、やはりこの世界にいらっしゃったのですねっ!!」
長かった……。
本当に途方もない時間が経ってしまった。
行方知れずになった魔王イブリズ様を探しはじめたのが200年前──。
かすかに残る魔王様の魔力の痕跡を発見し、秘術でこの世界に転移したのだが、いまだ魔王様を発見するには至っていなかった。
「……これは白金のダンジョンか」
明鏡水晶がゆらぎを感じているのは、白金という土地にあるダンジョン。
白金は、この国の裕福な者たちが住まう静かな場所と聞く。
そんな場所にいらっしゃるなんて、もしや静養中なのだろうか?
だとしたら、そっとしておいたほうが良いのかもしれないが……いや、待て。何よりも先に、魔王様をお迎えにあがるのが我の務めだろう。
しかし、なぜ突然魔王様の魔力反応が?
「もしや大奔流のおかげか?」
明鏡水晶はダンジョンに滞留する魔力量を測るための魔道具だが、配下のモンスターを介して感知している。
つまり、配下が多ければ多いほど、微量の魔力でも感知するというわけだ。
最近、人間の幼女が配下のモンスターたちをひねり殺しているという噂を耳にし、彼奴を討ち滅ぼすために大奔流を起こしたのだが、これは僥倖だ。
このような事象をこの世界では何と言うのだったか?
タナカラボタモチ……だったか?
何にしても、ここまで絞り込むことができたのなら、後は時間の問題。
待っていてください、魔王様。
すぐにあなたの側近にして執事である「灰燼の魔道士」と呼ばれた、このエリオット・マクドネル・ジュドーがお迎えに──。
「……む?」
テーブルに置いてあるスマートフォンが小さく鳴った。
どうやらメッセージアプリ「LINKS」で、誰かが我にメッセージを発信したようだ。
珍しい。
この小さな機械は、生活する上で非常に便利なものだと教えてもらって手に入れたのだが、あまり鳴ることはない。
なにせ、この世界に親しい人間など数えるほどしかいないのだ。
一体誰だろう?
不思議に思ってスマートフォンを手に取った。
画面に表示されていたその名前を見て、ギョッとしてしまった。
「かっ、かか、楓どの!?」
楓どのは、バイト先のカフェで働く女性だ。
背は我と同じくらい。スタイルが良く、髪の毛は絹のように美しい。
年齢は19歳で、趣味は読書と音楽鑑賞。
彼女は、我にこの世界のことを色々と教えてくれた女性なのだが、LINKSのやりとりをしたことは一度もなかった。
恐る恐る、LINKSを開く。
『いきなりなんだけど、今度の連休って予定あるかな?』
「……レンキュウ? ああ、休みのことか」
確かに今週末から4日ほど連なった休みがあると言っていた。
この世界の人間は、レンキュウに家族や恋人と出かけたりするのだという。
休みくらい家でのんびりすればいいのにと思うのだが、せわしなく動き回るのが好きな人間が多いらしい。
だが、どうして楓どのは我の予定を?
しばし思考を巡らせる。
「……はっ、まさかデートのお誘いかっ!?」
これは、あれだ。
挨拶がわりの「予定ある?」からはじまり「暇だったら遊びに行こうよ」へ続く連携攻撃──。
そして、思いつきで入った雰囲気の良いバーで、美しい夜景を背景に愛の告白を受け、我らは恋人の関係に……なんて展開になるのではないだろうか。
「ふふ、ふふふ……」
い、いかん。我としたことが、つい笑みがこぼれてしまった。
正直なところ、楓どのは美人だと思う。
生を受けて300年余り。
数多の女性と出会ってきたが、彼女の美しさは5本の指に入るといっても過言ではない。
しかも楓どのは、超優しい。
妻にするならこういう気立てのよい女性が良いなと常々思っていた。
とはいえ、だ。
我がこの世界にやってきたのは、行方不明になっている魔王イブリズ様捜索のため……。
人間の小娘との色恋にうつつを抜かしている暇などありはしないのだっ!
「……ええっと、彼女はいないし、予定はないよ……っと」
たぷたぷたぷ。
しゅぽっ。
すぐに既読が付き、楓どのからの返事がくる。
『そうなの!? 良かった!(^ ^)』
「……なっ! ニッ、ニッコリマーク付きだとっ!?」
こっ、これは間違いなく脈ありの返事ではないか……!
ふ、ふふふ……参ったな。
この世界に来て8年と3ヶ月──まさか、この我がリア充の仲間入りを果たすことになるとは。
毎年クリスマスに仲睦まじく街を歩いているカップルを見ては「爆発しろ」とか「死ね」などといった呪いの言葉をかけまくっていたあの頃が遠い昔のようだ。
しかし、デートとなれば綿密に計画を練らねばなるまい。
我は魔王様の側近中の側近……灰燼の魔道士と呼ばれていた男。
楓どのを失望させるわけにはいかない。
楽しみにしておれ、楓どの……いや、これからは親しみを込めて「かえっち」と呼ばせてもらおうか!
「……ん?」
なんて思ってたら、かえっちからのメッセージが。
『実は次の連休に彼氏と旅行することになってね』
「……えっ?」
スンッ、と我の周囲から音が消えた。
『だから連休中のバイトのシフト、代わってくれないかな?』
しゅぽっ。
『一生のおねがい! このお礼は絶対するから!』
「……」
完全思考停止。
シンと静まり返った我の部屋に、アパートのすぐ脇を通る電車のやかましい音が響き渡る。
「……かっ、かか、悲しくなんてないからな」
喉の奥から、なんとか声をひねり出す。
震えているように聞こえるのが、気のせいだ。
「お、お、おまえなんて、こっちから願い下げだからな。かっ、勘違いするなよ、この、おま、くっ、この……クソ野郎おおおおおおんんんんんっ!」
スマートフォンを思いっきりフローリングに叩きつけようとしたけど、踏みとどまって布団の上にバシッ!
──と、同時に隣の部屋から凄まじい壁ドンが。
「うるせぇぞっ!! 一体何時だと思ってやがる!!」
「……っ!? すっ、すみませんっ!」
即座に壁に向かって平伏。
確か隣に住んでる人って、ヤクザみたいな見た目だった気がする……。
こ、怖い。
次会ったら、冗談抜きでホントに東京湾に沈められるかもしれない。
「ま、魔王様……魔王イブリズ様……一刻も早くお戻りください……我がそうなっちゃう前に……どうかお願いします……」
額をフローリングにこすりつけ、心の底からそう願う我であった。
余談だが、カフェのバイトシフトは代わってやった。
だって、予定がないと言ってしまった手前、断ることなんて出来ないであろう?
【読者様へのお願い】
「面白い!」「続きを読みたい」と思われましたら、作者フォローとブックマーク、広告の下にある「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして応援して下さると嬉しいです。
皆様の応援が作品継続の原動力になります!
よろしくお願いします!




