陽だまりタライ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんなはなぜ、盆地は気温の変化が大きくなりがちか知っているかな?
――そう、海がそばにないからだね。
水は熱しづらく、冷めづらい性質をもっている。これが陸との温度差を生じさせ、結果として陸の温度を安定させるのに貢献しているわけだ。
暖かい空気は上昇し、その下のすき間へ冷たい空気が流れ込む。日中は陽の光によって陸が先に暑くなり、熱を海へ送る。
逆に夜は、陸よりも高い温度を保っている海が、昼間の陸と同じようなことをする。
これによって海に近い陸は、ある程度安定した気温を持つことができるんだな。
一方の盆地は山に囲まれた平地。山そのものが壁となって、空気の循環をしづらくさせる。
昼間は熱せられても、夜になればぐんぐんとその空気は空へ逃げ、代わりに山のてっぺんから冷えた空気がなだれ込む。
暖かい空気を送ってくれるだろう海は遠く、たどり着けるころには洗礼を受け続けて冷気の仲間入りだ。
空気の流れを含めた自然は、人間へ都合のよい配慮はしてくれない。ただ厳然と決まりに従って結果をもたらすのみ。
ゆえに人間はどうにかもたらされる苦境を、逆手に取れないかと工夫を凝らしてきた。
その試行錯誤、どうしても結果を残したものが歴史に刻まれてしまうのは仕方ないものだ。あるいは失敗でも劇的な契機をもたらしたレベルとかじゃないとね。
でも伝える人がいるならば、それは消えてなくなるわけじゃない。
ひとつ先生の地元に伝わる、熱を逃がさんとした話を聞いてみないか?
むかしむかし。
先生の地元である盆地では、一年に一度。村人たちが総出でタライを作る日があったのだそうだ。
ひとつの巨大なタライを製造する、といったたぐいのものじゃない。個々人が手ずから木を加工し、作成していくものだ。
これらのタライは、「陽だまり」と総称される。
陽のあたる暖かい場所を指す言葉として広く知られるが、私たちの地元ではため池のごとき意味合いで使用された。
すなわち、陽の光と暖まりをタライの中へ閉じ込めるというものだ。
先に話した科学的な仕組みが、まだ知られていない時代の話だが、熱が空に逃げていくという考えはあったのだろうね。
昼間の間に蓄えた熱。それをタライで蓋をすることによって、逃がさずに内側へとどめる。そのような試みだったのだろう。
日がな一日、同じ場所にひっくり返しておかれたタライは、夜半に回収されて家の梁などに吊るされた。
屋根に遮られて、普段はじかに室内へ注がれることなき陽のぬくもり。それをもたらしてくれるだろうことを期待して。暖をとる助けになればと思ったんだな。
実際にそううまくいくはずがなく、徒労に終わることが9割以上。だが、残りの一割以下を信じての試みは、長く続けられたらしい。
その一割、先生の知るケースではこのようなものだ。
その日は曇っていたものの、暖気があたりにうずくまる陽気だったそうな。
じっとしていても、汗がおのずとにじみ出て服を湿らせる、居心地の悪い空気。その中で、例の「陽だまり」を行っている家があったんだ。
当時、陽だまりは晴れ渡る空のもとで行うことが通例だったらしい。じかに受ける陽の光こそが至高であり、それを鈍らせる曇り空はそう喜ばれるものじゃなかったんだ。
しかし、その日の陽気は寒くなりがちな盆地では、めったに見られないほどで、つい試してみたくなった人がいたらしい。
結果として、この陽だまりは大きな効果をもたらすことになる。
夜半の冷たい空気の中にあっても、吊るした屋内をいささかも冷やすことなく、暖気をとどまらせ続ける。それを吊るした家は、たとえ布団代わりのわらにくるまれずとも、眠気の方から身体にやってくるほどだったとか。
そして効果も長い。
そのときのような曇り空は、すでにどこかへ消えてしまっていたが、陽だまりとなったタライは冷めることなく、その暖気を提供し続けている。
それは実に冬場を乗り切る三カ月ほど続き、人々のひとときの暖まりをおおいに助けた……とのことだ。
その伝説があって以来、曇り空でも比較的暖かめな日だとタライが用意され、陽だまりの求めは続いたのだという。
しかしそれも、中断しなくてはならない事件が起きた。
はじめてその事象が確認されて200年あまり経ったとき、話に聞く気候の再来かという、暖かい曇りの日がやってきたそうなんだ。
あのときは村民の一部のみだったが、今回は村全体が同じように陽だまりを用意した。
一年に一度、新しいタライも作るから粗雑に扱う家でない限り、用意するタライの数はどんどん増えていく。
かの言い伝えのこともあり、タライは村内のおよそ半分以上の面積を占めるほどにもなったそうだ。
日中の仕事の際も、皆がこぞってそれを避けていく。ぶつかりそうになる、荷車の運用などにも気をつかう。今日においてはタライが人様の上に立つ存在かのごときだったとか。
――こうも丁重に扱ったのならば、伝え聞いたより素晴らしい効果が期待できるかもしれない。
実行した村民たちも、どこかそう気を抜いていたのかもしれない。
そうして雲の下、たっぷりと暖気を蓄えたタライたちだったが、村民たちは彼らを回収することはできなかった。
陽が完全に山へ隠れる寸前、タライたちはいきなり地面にかぶさった姿勢のまま、空へ浮かび上がり始めたんだ。
近づくことはできなかった。タライの持ち上がった地面から噴き出すのは、熱風。大人の身体すらのけぞらせ、満足に歩み寄ることさえさせてもらえなかった。
村民たちが吹きすさぶ風をどうにかこらえている間に、タライたちは残らず星の瞬き始めた空へ吸い込まれてしまったらしいんだ。
理由は分からないままだが、当時の人々は神様がお仕置きでタライを取り上げてしまったのではないかと思ったらしいなあ。
以降、また機嫌を損ねてはならないと陽だまりの風習はじょじょに廃れていったとのことだ。