幼女転生~わたし、料理できませんけど~
ふわっと異世界転生もの。魔法のある世界ですが、ほとんど出る余地がありませんでした。内心だから主人公の口は悪いです。
異世界転生することになった。
詳細はテンプレということで略。神様と現在面談中。
「で、希望はある?」
「性別は変更なしでお願いします。TS転生とかさせられたら心が病みそう」
「了解。性別は女性、っと。赤ん坊からにする? それとも成長してから?」
「異世界に慣れるためにはできるだけ幼い方がいいですね。でもさすがに赤ちゃんはきついので幼女を希望します」
「幼女。じゃあ三歳から五歳くらいでいいかな」
「自力で動けて喋っても違和感ない年齢なら」
「じゃ、三歳にしようか。魔法は?」
「使いたいです! 魔法幼女、ひゃっほー!!!」
「いきなりテンションあがったねえ。君とこと同じ出身者もそうだけど、魔法への憧れ強すぎない?」
「そういう文化だと思っていただければ!」
「うん、前向きに対処してくれてありがたいけどね。じゃ、魔法のある世界と。他に希望は?」
「アイテムボックス・鑑定・生活魔法は欲しいです!」
「それ、君んとこの人たち、皆言うんだよねー。まああったら便利なのは確かだけど。はい、三種基礎セット入りましたー」
「よろこんでー!」
「本当に良いノリだよ。じゃあ後のスキルは適当に決めちゃうからね。さて、これが最後だよ。他に望みがあれば言ってみて」
「よっ、太っ腹! お大尽! その世界基準でやや良いくらいの容姿がいいです」
「絶世の美貌とかもいけるけど?」
「そんなん、トラブルの元じゃないですかー。人生ほどほどよりちょっと上が美味しいんですよ」
「ああ、うん。真理かもしれないねえ。美貌も過ぎるとあんまり幸せになった人いないみたいだし。じゃあ君の場合、王女とか聖女とかは」
「ノーセンキュー! 勇者とか賢者もパスで!」
「分かった。一般人枠で登録しておく。じゃあ、改めて。この異世界転生の条件は最初に言った通り、記憶を持ったままの転生になります。前世知識を利用して文明の発達に寄与してください」
「一般人にあまり期待しすぎないで欲しいんですが」
「君んとこの出身者、基礎レベルが最低でも高いんだよ」
「義務教育の賜物ですね!」
「では良い転生ライフを!」
そんなわけで、私は色々貰って異世界転生をした。
新しい身体は名前をアザレアちゃんという三歳の女の子。アザレアちゃんの記憶は身体に残っているので言葉も少し分かる。まだ三歳だから語彙が少ないのだ。
ちなみにアザレアちゃんの魂はもういない。彼女は死病にかかって魂が先に死んで輪廻に旅立った。死体一歩手前だった身体を貰った形だ。私の魂を受け入れたことで死病の影響は消えている。ただし体力はない。よく寝てよく食べて回復せねばならない。
目を覚ましてすぐに目に入ったのは三人の人物だった。寄り添った男女はアザレアちゃんの記憶にある両親。もう一人は長髪に床まで届きそうな長衣の男性。三人共、若いと言って良い年齢に見える。それは私の前世の感覚に寄るものだろう。
「目覚められました」
長衣の男性がそう言うと、涙を流していた男女がまっすぐ私を見つめた。
「アザレア!」
「生きて……」
うなれ、私の演技力! 女優、女優になるのだ。大丈夫、女は生まれながらの女優だ。
「まま……ぱぱ……」
こうして私はアザレアちゃんライフに突入する。まだ三歳で自我もそんなに育ってないから入れ替わりはスムーズに行われた。最初は罪悪感あったけど、アザレアちゃんの魂がどこにも残ってないから仕方ない。幼女ボディに行動や考え方が引きずられるのか、すぐに両親に慣れたよ。あちらも死病からの生還で多少の違和感は無視したっぽいし。あと人間の記憶力って結構曖昧だからね。そんなわけでベッドから起きられるようになった頃には、仲良し家族の完成である。
アザレアちゃんは薄茶の髪に紫の瞳の美幼女である。両親から良い所取りしたみたい。文句なしに可愛い。前世ならば学年で二番目の美少女クラスと言えば分かってもらえるだろうか。
ちなみに目覚めた時、両親の側にいたのは神官だとか。何でも、神からどこどこの三歳児のアザレアちゃんにこの薬を飲ませるのだ、という神託と薬が与えられたそうで。稀によくあるらしい。この表現って前から思ってたけど矛盾してるよね。まあ彼も時々様子を見に来てくれている。顔面レベルの高いお兄さんなので、私の目の保養。来るついでに遊んでもらったりもしている。
「ハーデンおにいちゃま」
本日も我が家にやってきた彼に両手を伸ばして抱っこをせがむと、柔和な微笑を湛えながら膝に抱き上げてくれる。美幼女を抱き上げる美青年。うん、外から見たいわー。この世界、結婚も出産も早いから、二十三歳という彼は立派に父親の年代である。二十歳差はさすがに恋愛対象にはならん。つか犯罪。
「アザレアは随分元気になりましたね」
「はい! おにいちゃま、まほー、みせて!」
「アザレアは本当に魔法が好きですねえ」
この世界の神官は知識層であり、また神聖魔法が使える。病気や怪我の治療、アンデッドの浄化など。……いるんである、アンデッド。だから墓場は神殿の管轄で、神官により常に浄化されている。ただ、そうやって管理されていない墓場はアンデッドの巣窟になってしまうため、浄化のために派遣されることもあるらしい。スケルトンはまだいいけど、グールやゾンビは浄化撲滅してもらわないと。
「少し遠出をすることになりました。しばらく様子を見に来られませんが、よいこにしてるんですよ」
私にきらきらと光る浄化魔法を見せてくれながら語りかけてくれる声が心地よい。声優顔負けのテノール。
「ハーデン様、浄化にいらっしゃるのですか?」
ママがお茶を出しながら会話に入ってくる。
「はい。マルノン村周囲にアンデッドの出現が報告されまして」
「あのあたりには神殿がありませんものねえ」
「もう少し神官が増えれば良いのですが」
ママとのお話によると、どうやら往復二月の旅程らしい。その間、この綺麗なお顔が見られないとなると、しっかり今のうちに見ておかねば。お話わかりません、な態度でにこにこ鑑賞していると。
「アザレアは本当にハーデン様が大好きねえ」
「うん、すき!」
「こんなに可愛い子が娘さんだなんて、トリフォー夫妻が羨ましいです」
トリフォーはうちの家名。貴族じゃないけどご先祖の功績でもらったみたい。
「ふふっ。そう言っていただけると嬉しいです。夫の親馬鹿も相当で」
「ぱぱもすきー!」
「あら、ママは?」
「まま、だいすきー!」
うむ。ママは小柄で可愛いひとなのだ。お胸もふかふかで抱っこ、最高。幼女の特権。大きくなれば同性であっても他人の胸なぞ触れないものなのだよ。女子同士できゃっきゃうふふ、とかあれはフィクションだ。抱き着いたり手を繋いだりはしたけどさ。
はしゃいでるうちに眠くなる。まだ体力が戻っていないから仕方ない。それに幼児だし。
「アザレア、お昼寝しましょうね」
「うんー」
「次に会うまではもっと元気になっていますように」
ハーデン様はそう言って、半分眠りかかった私に神聖魔法をかけてくださる。なんか、きらきらが身体の中に染み込むようで気持ちよい。全力で眠ってしまったのでお見送りはできなかったよ。
さて、ハーデン様が旅立たれても幼女ライフは続く。食べて寝て。起きて動ける時間が少しずつ増えて。
「ぱぱー!」
今日はパパの職場訪問。と言っても職場兼住居なのだが。我が家は商家である。街の一角にあり、商材は幅広い。食品各種から家具から謎の道具まで。
「アザレア! 会いたかったよー!」
パパとは朝ごはんを一緒してからだからちょっとぶりである。一人娘を溺愛するパパには長い時間だったらしい。私をママから受け取って抱き上げると頬ずりする。剃り残しのお髭がちょっと痛いです。
「おひげ、やー!」
「そんなあ!」
「だから丁寧に剃らないと嫌がられるって言ったでしょう」
「い、今からもう一回剃ってくる!」
「もう、お客様がいらっしゃったわよ」
ママが店の入り口に視線を送るので釣られて見てみると、たしかにお客様のようだ。いっぱい買っていってね!
「あ、これはこれは。ブッドレア様、いらっしゃいませ」
でれでれしていたパパが、すっと外向きの顔になる。多分もうさっきの顔、見られているけど。
「おはよう。仲が良いねえ。奥さんと娘さんかな」
店に現れたお客は、恰幅も身なりも良い中年の男性だった。
「はい。妻のアニスと娘のアザレアです」
「はじめましてだね。おじさんはブッドレアと言うんだよ」
「ぶーちょえあ、しゃん?」
まだ呂律がちょっとね……。恥ずかしいけど美幼女なら許される!
「はは。ちょっと呼びにくいよねえ」
「アザレア、ブッドレアさんは街の真ん中で美味しいご飯を食べられる大きなお店を持ってられるんだよ」
「ごはんー! だいじー!」
ふむ。大きなレストランのシェフ兼オーナーというところかな。お腹も立派だし。
「そうだね。大事だね。アザレアはよく分かってるねー」
「ぜひ、ご家族で店の方にもいらしてください」
「ありがとうございます。それで本日はどのような……」
パパはそのままブッドレアさんとの商談に入っていったので、私はママに回収されて住居部分に連れ戻される。お客のいない時にまたじっくり見よう。
幼女の行動範囲は狭い。とっても狭い。おかげで情報が不足している。だが私はなるべく早くにこの世界のことが知りたい。厚遇条件で転生させて貰った分は働かないと。そんなわけで、私は現在、住居と店舗の観察に余念がない。せめて文化レベルを把握しないと。
ただ、これまでに見て感じたことなのだが。
この世界の文化、結構、滅茶苦茶なのだ。
建物はいわゆる中世ヨーロッパ風。あれよ、ロマンチック街道にあるような家並み。家の中も、店舗や台所の床は土間なのに、水道がある。で、煮炊きするのは竈なのに、横に冷蔵庫のようなものがあるんですが?
人々の服装は中世から近世が混じっている。貫頭衣的なチュニックの人もいれば、かっちり裁断縫製された上着やドレスの人もいる。アザレアちゃんはそれしかないといえるエプロンワンピである。幼女のエプロンワンピは正義だ。下のワンピースは簡素な形だけど真っ白エプロンには刺繍とフリル付きである。さすがにファスナーやスナップはなくて、全部ボタン留めになる。くるみボタンね。
食事は主食がパンで、これは家で焼かずにお店で買うみたい。それが、天然酵母のふかふかパンなのである。正直、食べる私としては、固いぼそぼそしたパンとかじゃなくて嬉しいんだけど、一緒に出て来るスープは塩味のみのシンプルさ。朝と昼はこのパンとスープだけ。夕ご飯にはもう一品付く。大抵はお肉。焼いただけの。かなり固い。私の分は小さく切って貰っているが顎が丈夫になりそう。お野菜はごくたまに出て来る。
うちはわりと裕福っぽくて。住み込みではないけれど通いの女中さんが二人来て家事をしてくれている。料理もその人たちがしてくれてて、その話を聞く限り、我が家の食事は良い方らしいのだが。
魔法のある世界だから、と言ってしまえばすべて解決する気もするけど、そんなちぐはぐさが目に入ってくるわけ。
まだこの世界の「普通」を把握してもいないから、どう質問していいのかも悩みどころ。ただ今なら幼児の「なぜなぜ期」で押し切れるような気もするから、両親にはちょこちょこ聞いてるんだけど、あまり納得できる答えが返って来ない。外に出られるようになったら、もっと違うのかな。
そうやって日々を過ごすうちに少しずつ体力も付き、家から外に出られるようになり。私の日課に庭で過ごすことが加わった。お日様に当たるのも大切だし、もっと歩けるようにならないと。
で、現在。誘拐されました。
ほんの少しママが家に入った隙に。自宅の裏庭ですよ? 生垣もあるので安全地帯だと思っていたのにっ!
それはもう、鮮やかにすみやかに袋詰めにされて運ばれた。美幼女過ぎたのか!? まだ魔法習ってないから我が身すら守れない。売られるのかな。嫌だよ怖いよ。涙がぼたぼた鼻水もぼたぼた。口は布で覆われているから息が辛くなってきた。転生してまだ二月も経ってないのに、死因は窒息死ですかね。
お花畑が見えかかった頃、唐突に袋から解放された。
「おい! 丁寧にお招きしろと言っただろう!」
誘拐に丁寧もくそもあるかよ。内心悪態をつきながら、意識が飛びかけていると口から布が外された。涙と鼻水と涎で大変なことになっている顔面を濡れた布で拭かれて、ようやく息がまともにできた。泣き続けたから、明日は目が腫れあがっていそうだ。美幼女の美が取れちゃう。……まあ、それどころじゃないんだけど。
「手違いがあったようで申し訳ございません」
見たことのある顔だった。あれだ、店に来てたおじさんだ。
「ぶーしゃん?」
「ぐっ、ブッドレアでございます、神使さま」
神使とはなんのこと?
「ぶーぢょえー?」
「いえ、ですからブッドレアです」
「ブッドレアさん、神使さまは年齢的に口が回らないのでは?」
「むっ、ならば仕方ない。好きにお呼びください」
よく見れば他に周囲には何人もいた。場所は思っていたような暗い場所ではなく、かなり明るく広い厨房に見える。
「かえりゅ。ままー! ぱぱー!」
こちらは庇護がまだ必要な幼女なんだぞ。感情の揺れ幅が大きいから、また涙がぼたぼた出てくる。まだトイレトレーニング途中なんだから、お漏らしされたくなかったら、とっとと家に帰せよ誘拐犯。自力でトイレに間に合わない幼女の事故率舐めんな。
「そのような芝居は結構でございますよ。あなたさまの中身が大人であらせられるのは承知しております」
芝居じゃねーんだよ。身体に精神は引きずられるもんなんだよ。
あ? なんかバレてる?
「わざわざ神託を降ろして神官を派遣される、死んでもおかしくない状態から復活される方こそ、特別な神使さまだと我々はもう知っているのです」
知らんがな。そんなにバレバレだとか聞いてないし。
「その中でも、更に特別に神薬を与えられるのはチキウのイポンから招かれた者だと!」
地球、日本、か。色々惜しい。神様の口ぶりから、私と同じ条件で転生した人は他にもいそうだったし、それは不思議じゃないにしろ、それは誘拐の理由にはならん。私は怒っているのだ、この理不尽に!
「さあ、神使さま、このブッドレアに神の知恵たるレシピをお与えください!」
周りの人たちも声を合わせる。
「「お与えください!」」
なんぞ!?
「ここ十年くらい、イポンから降臨された神使さまたちから、特別な知識が広まっております」
それが転生条件だったからね。文明が停滞したまま動かない世界がいくつもあるから、地球からの魂を招くことで打開したいというのが。特に、アニメやラノベで異世界転生ものがもてはやされる日本人は親和性が高いらしく、優先的に転生されていると聞いている。つまり私が転生するよりも前から、この世界の文明は動き始めているということ。
普通に。衛生面とか食事レベルとか学習レベルとか、低すぎると耐えられないだろうからね、現代日本人は。積極的に動いてきたことも想像できるし納得する。しかし。
「まろやかなる新たな味覚のマヨネーズ!」
「ふわふわの柔らかいパン!」
「ミルクを使ったバターに生クリーム!」
「そこから生まれたケーキやパフェ!」
「肉汁たっぷりハンバーグ!」
「衣さくさくトンカツ!」
「いくらでも食べたいカラアゲ!」
歌うように、その場にいた人々が声を上げる。先人はどうやら既にマヨ無双とかやらかしているようだ。卵の安全性はクリアしたのかな。彼らの話によると、ごく一部の上層階級にこれらは広まっているらしい。我が家でお目見えしてないということは、まだ一般層に浸透はしていないのだろう。酵母パンが口に入るのは先行して広められたせいかな。
「現在、神使さまたちの主導により、コメなる穀物の探索と、万能調味料たるショウユの開発が行われております。しかし、それらを待たずとも、まだまだ神の国の料理はあるはずではありませんか」
「「「我らに新たなレシピを!!!」」」
盛り上がる彼らには申し訳ないが、こちらにも言いたいことはある。しかし幼女の滑舌がそれを許さない。どうしたものかと思い悩んでいると、そこに聞き覚えのある声がして、ふわりと私の身体が浮き上がった。後ろから抱っこされたのだ。そしてこの感覚にも覚えがある。
「すみません、怖い思いをさせましたね、アザレア」
「ハーデンおにいちゃま!」
「ど、どうしてここが!?」
私に向ける慈愛のこもった視線は、突然の彼の出現に焦るブッドレア他に氷のように冷え切ったものになって刺さる。おうっ、美人のお怒りは怖いぜ。
「この子がイポンからの神使と知るならば、神使が自立できるまで神官によって守られていることも知っているはずでしょう。アザレアの担当である私が他行している隙を狙ってこのような蛮行に至ったようですから。彼女の居場所が急に動いたのが魔法によって伝わってきたので、それを辿って来たにすぎません」
GPS付きだったのね。まだ外に出られるはずもない私が家から離れれば異常事態と判断されたわけか。見張られていると考えればうっとおしいけど、保護の必要な幼女なら見守られていてもまあ受け入れられる。実際、助かったし。それに担当者が美形だから許すよ、私は。
「神使と知りながらのこの暴挙。あなた方には厳しい沙汰が下されるでしょう。しかしその前に、彼女にも言いたいことがあるようです。アザレア、これを」
ハーデンさまは私の口に飴を入れた。鑑定すると一定期間、思考をそのまま言葉として伝えられるものらしい。助かる。この口では言いたいことも言えないからね。
『誘拐されて私は怒っています。両親の元で普通の子供として暮らしていただけなのに、理由も告げずに人を攫うような犯罪者には然るべき罰を望みます。ですが、その前にどうしても言いたいことがあります。
私、料理できませんけど。レシピなぞ知らんわ』
「そ、そんなはずはっ!」
「これまでの神使さまたちは皆っ!」
一挙に焦りだす面々。だがね、私は前から言いたかったのだ。
『転生された人間が全員料理できるとか思うなよ。これまではたまたまそういう人材ばかりだっただけ。あなたたちの周囲だって、料理できない人は当たり前のようにいるでしょう。それと同じことです。
たしかに、私が以前いた日本は、食に拘りのある日本人によって多彩な料理の溢れる場所でした。私も、それを甘受していたひとりです。同時に、料理ができない人間でも美味しいものが食べられる国でした。食事できる店は山のようにあったし、その店が閉まっていても、コンビニやスーパーで遅い時間でも出来合いのものが購入できた。冷凍食品も充実していたから、レンジがあれば温められる。一応、その気になれば私でもあの国では料理は多少ならばできました。ネットでレシピは沢山見られたし、料理本だってあったから、指示通りの材料を分量通りに使えば、それなりのものは出来上がる。逆を言えば、そのレシピを自力で覚えている必要などなかったから、人に教えられるレシピなんて私にはないのです。
もちろん、料理できる人は沢山います。家族のために作る人だって当たり前にいました。一人暮らしで自炊している人も。
でもそれは私じゃない。
朝から晩まで仕事に追われて、帰宅してから料理する気力なんてなかったし、休みの日だって身体を休めること優先で、料理のストックを作ったりするほどマメじゃないし、もちろん朝にお弁当とか作る時間もない。
しかも一人で消費するにも限界があるから、材料だってどれほど腐らせてきたか。水になった茄子やモヤシを見た絶望。使いきれず放置の末にエイリアンのようになったジャガイモやタマネギ。それらが、私には料理をする資格はないと教えてきたのです。
しなくても生きていけるから、しなかった。しなかったからレシピなぞ覚えていない。食べてくれる人がいればまだしも、対象が自分ひとりならば労力に報いがない。材料の無駄を考えると経済面でもさして節約にならない。しかも苦労して作ったものより出来合いのものの方が味がいい。
さらに一番の理由は、私は料理するのが好きじゃないってこと。転生者が増えれば、料理できない私のような人間が混じることだって普通に考えたら納得できるはずでしょう』
一挙にまくし立てた私に、周囲は言葉もない。
理解できない言葉も多いだろうが知ったことか。
私はずっと思ってきたのだ。異世界への転移や転生した人たちが、なんで料理できる人が多いのかと。
そりゃ、環境によってせざるを得ない場合もあるだろう。味や材料に文句があれば自力でなんとかせねばならないだろう。でも人を魅了するほどの腕が自分にあるとは間違っても思わない。火力調整のできるコンロやオーブンがあって、しかも分量を覚えていればまだしも、各種調味料やスパイスだってないんだから。舌が覚えていたって、その通りに作れるようになるのに、どれほどの努力が必要になるだろう。
『あと、日本人はたしかに米を愛しているし、醤油や味噌があればと願うでしょう。それはソウルフードだからです。生まれた時から食べ慣れた味を求めるのは当然かと。
では、あなたたちは?
その土地で作られたものをその土地で育った人が工夫せずに、よそから入った知識をありがたがるばかりで、本当に料理は発展するの? それはあなたたちが毎日口にしたいものなの? 転生者が好むものが正義じゃない。これまで与えられたレシピを自分たちにより合うようにできるはずでしょう。過去の日本人は取り入れて魔改造して自分たちのために作り替えてきた。新しいものばかり追い求めていても、あなたたちの料理にはならない。そんなもの、ただの借り物に過ぎないんだから』
物語の中で、転生者の作るものを何でも美味しい美味しいと持て囃す異世界人に、私はずっと疑問を覚えていたのだ。それはお前らのソウルフードではないだろう、と。お店の料理より母の料理を美味しく感じるのは、その味に慣れ親しんできたから。
たしかに転生者のもたらしたレシピは、停滞した文明(この場合は料理)では刺激的だろう。でもその刺激的な料理より、死ぬ前に食べたいのは母の味ではないの?
主食がパンである民族に、口中調理の必要な米が美味なものと、すぐに受け入れられるのにも違和感しかない。丼系ならば米に味が染み込むから分かるけれど、米単体で本当に美味しいと思えるのは慣れた人間だけだろう。ならば美味と感じるのは錯覚では?
私だって美味しいものは食べたいし、これから米や醤油ができれば素直に嬉しいと思う。でもどうせなら、日本と同じものを目指すのではなく、この世界に合わせてより美味しくなったものが食べたい。あと、野菜食え、野菜。
『あなたたちの今後の努力に期待しています。この土地に合った、私たち転生者すら知らない美味しいものを生み出すのは、あなたたちの仕事ですから』
兵士らしき人たちがなだれ込んで来て、厨房にいた人たちを捕らえていく。彼らは皆、一様に考え込んで抵抗はしなかった。
「もう言いたいことは言えましたか?」
『はい、ハーデンさま。すっきりしました。あと、助けに来てくれてありがとうございます』
「いいえ、当然のことをしたまでです。
あなたが神使であることを告げずにトリフォー家の娘として振舞っていたので、これまではその意思を尊重してあえて普通に接しておりましたが」
『バレていたのは気まずいですけど、これまでと同じにしてもらえませんか?』
「それでよろしいのですか? 望めば王侯貴族のような暮らしもできますが」
『普通がいいです。私はこの身体と一緒にゆっくり成長していきたいんです。両親とも離れたくないですし』
「分かりました。ではそのように」
『ハーデンさまはずっと私の担当なのですか?』
「その予定ですが、ご不満があれば変更もいたします」
『いえ、これからもよろしくお願いします。あと、この世界に転生した他の人たちのことも、両親に内緒で教えてもらえればうれしいです』
「王侯貴族に生まれて、存分に力を振るっておられる方や、あなたのように前世を隠して市井でひっそりと活動しておられる方もいらっしゃいます。担当神官はその方たちの意に添ってお仕えいたします」
『まだ、この世界のために私が出来ることがどんなことかは分かっていません。まずこの世界のことが知りたいと思っています』
「では少しずつ、お教えしてまいりましょう」
ふふっ。「なぜなぜ期」を体験させてあげますよ、覚悟してね、ハーデンさま。うざいぞ。
『はい。自立できるようになるまで、よろしくお願いします』
私たちは互いに微笑みあい、抱っこされたまま家へと向かう。そう遠くはないらしい。
『あ、でもハーデンさま』
「なんでしょう?」
『できればハンバーグが食べたいです!』
ハーデンさまは目を一瞬見開いて、それからふわりと春のひだまりのような笑みを向けてくれる。
「神使さまの思し召しのままに」
これから大きくなって、何ができるだろう。神様との約束をどうやって果たしていくのだろう。憧れの魔法だって使えるようになりたいし、貰ったスキルだってまだ眠ったまま。冒険者になって旅に出てもいい。前世知識商品を作ってうちの商家を大きくしてもいい。魔道具とか錬金術にも好奇心そそられます! アザレアちゃんなら年頃になればきっと引く手数多だろうから、前世はおひとりさまだったけど、恋愛とか結婚してもいい。
この世界で未来を貰ったから、そのお返しはちゃんとするつもり。
でも料理はナシでお願いします。
一部、ノンフィクション。食材系。
あと、他人様の作品への不満はございません。メシテロも歓迎。