発生
Chapter 1
発生
2026年8月15日 AM3:01
ギリシャ船籍のSelene号は乗員乗客およそ470名を乗せて日本の千葉県銚子南方約57kmの太平洋上を寄港地である神奈川県横浜港目指し航行していた。
セレーネ号は53400t、上甲板上5階層建の中型クルーズ船だ。船内はギリシャ神話をイメージした装飾物で飾られ、快適な設備、落ち着いた雰囲気の豪華な客室、デッキ最上部にドーム型の広いソラリウムを備えている。
セレーネ号のキャプテン、ダニエル・ロイゼンは深夜の海原に目をこらしている。
ダニエル・ロイゼン
最近の船は何でもかんでもオートでやってくれるが、時々災いの元になる。私はそれによって起きた悲惨な事故をいくつか見聞きしてきた。その経験から今でも昔ながらのやり方をする時がある。今だってそうだ。こんな夜の帳に包まれた海原を目視したところで何が分かると笑われそうだが、やはり最後は自身の目で確認しないと気が済まないのだ。
横浜港まであと4時間ほど。航海は至って順調。
さて、副船長のミカエルがそろそろ交代にやって来る時間だ。後は彼に任せて一休みするとしよう。
ダニエルはブリッジのキャプテン席にゆっくりと腰を下ろす。
やがて、入口の扉が開き交代のミカエルがやって来た。
ミカエル
「お疲れ様です、キャプテン」
ダニエル
「お疲れ様、交代を頼めるかな」
ミカエル
「もちろん。何か問題は」
ダニエル
「特にないよ、航海は順調だ。それからこれまでの航海データをそっちのファイルに入れておいたからよろしく」
キャプテン席を立ちブリッジを出ていこうとするダニエル。その時、船員用の緊急無線が鳴った。
ミカエルの顔が強ばり、休憩に行こうとしていたダニエルも踵を返して真剣な面持ちで戻ってくる。
ミカエル
「こちらブリッジ、ミカエルだ。何か問題でも」
デクスター
「副船長、客室係のデクスターです。3デッキで複数の客が暴れています!船長は?!」
ダニエルがミカエルの手から無線を取り上げる。
「ここにいる、デクスター、一体何が起きているのか落ち着いて説明してくれ」
デクスター
「ほんの数分前に3デッキの利用客から廊下が騒がしいと連絡があって、我々客室係と警備が数名で様子を見に行ったんです。そうしたら・・・
人が人に噛みついたり、殴ったり、止めようとした警備の1人がそいつらに拐われて!!」
ダニエル
「落ち着け、暴れているのは何名なんだ」
デクスター
「6-7名です、たぶんグループで乗船していたアジア人です」
ダニエル
「3デッキの他の利用客は」
デクスター
「騒ぎに反応して部屋から出てきた方達が何名か怪我をした様ですが、今は全員自室に籠っています」
ダニエル
「船員を増員して止められそうか」
デクスター
「相手がかなりの興奮状態にあるので出来るかは分かりません」
ダニエル
「分かったデクスター、それでは3デッキに居る他の利用客を各部屋のテラスからデッキ外へ避難させて3デッキを封鎖しろ。それなら出来るだろう。
私は船全体に事態の連絡をして、緊急発報する」
デクスター
「やってみます」
ダニエルはミカエルに様子を見に行くよう伝えると、すぐさま船内の全体放送を使い利用客に暴れている乗客がいて危険だから部屋に鍵を掛けて外に出ないようにと連絡をした。
続けざまに無線chを16に切り替えメーデーを発報。船の位置と現在の状況を伝えた。