都市伝説好きな少女が誕生させた人面犬
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
私の通う堺市立土居川小学校では、ここ最近では人面犬の都市伝説が流行っているんだ。
塾帰りで夜遅くなった子が目撃したらしくて、秋田犬の身体に白人男性の顔が付いているみたい。
オマケに件の白人男性の顔は、作り物みたいに端正だけど不気味なまでにノッペリとしていたんだって。
「人面犬?首無し犬の間違いじゃないの?」
「えっ、首無し犬?やだなぁ、鳳さんったら古いなぁ。」
ギョッとしたのも束の間、同級生の女子生徒は直ちに眉をひそめて私に応じたんだ。
あの敬遠するかのような素振り、まるで私が首無し犬か人面犬の同類とでも思っているかのようだよ。
まあ、「霊能力開眼の早道」だの「河童のミイラ」だのといった薄気味悪い煽り文が踊るオカルト雑誌を抱えていたんじゃ、無理もないけどね。
「あんな古臭いの、私達のお父さんやお母さんが子供だった頃に流行った話じゃない。今の流行りは人面犬よ。」
「ふ〜ん、そんな物かなぁ…」
クラスメイトの答えを聞いた私は、何事もなかったかのように装いながら自分の席へ戻り、図書室から借りてきた民俗学の資料とオカルト雑誌のバックナンバーを広げたの。
『フフフ、上手くいった…』
そうして広げた雑誌で顔を隠しながら、私は漸く隠していた感情を解放したんだ。
危ない、危ない。
あのまま話を聞いていたら、もう少しで笑い出す所だったじゃないの。
何しろ噂の人面犬を誕生させてしまったのも、首無し犬の都市伝説を風化させてしまったのも、全部この私の仕業なんだからね。
首を失った秋田犬が、自分の首を探して夜の街を彷徨っている。
この堺県堺市の少年少女の間で語り継がれてきた奇妙な都市伝説は、二十年以上前の小正月に起きた猟奇事件が発端らしいんだ。
市立図書館の本館が収蔵する地方新聞の縮刷版によると、とんど焼きの神事の最中に櫓から秋田犬の生首が発見されて大騒ぎになったんだって。
その後の警察の捜査によって容疑者は逮捕されたんだけど、医大の受験に落ち続けたストレスから精神に異常を来たした浪人生の取り調べは難航したらしいの。
首を切断した秋田犬の胴体の行方にしたって、「滝畑ダムに捨てた」とか「金剛山の奥に埋めた」という具合に証言が二転三転する始末で、まるで埒が明かなかったんだ。
それで精神鑑定の末に責任能力無しと判断されて病院送りになったんだけど、程無くして原因不明の心臓発作でポックリ逝っちゃったみたい。
こうして全ての謎は容疑者の死と共に闇へ消えたんだけど、見つからず仕舞いとなった秋田犬の胴体を巡って様々な噂が流れたんだ。
例えば「山奥の水源に投げ込まれた」とか、「マッドサイエンティストに回収されてサイボーグ犬に改造された」とかね。
それらの流言飛語の大半は時代の流れで淘汰されていったんだけど、首無し犬の噂だけは今日に至るまで都市伝説として生き延びたんだ。
噂の詳細は時代によって多少の差異はあるものの、目撃例は日没後から明け方までの間に集中していて白昼堂々と現れた例は皆無だったね。
中には「発火能力を備えていて目撃者を焼死させる」だの「切断面から猛毒を水鉄砲の要領で飛ばして来る」といった攻撃的な噂もあったけど、これらは首無し犬の都市伝説を又聞きした誰かが面白半分で付け加えた脚色に過ぎないよ。
そもそも遭遇した人間が焼き殺されたり猛毒で殺されたりしたのなら、その話が語り伝えられているのはおかしくないかな。
仮に首無し犬の殺人行為を目撃した人が生き延びたとしたなら、その人の証言から警察が捜査をするはずだし、変死事件として新聞に載るはずだよね。
だけど、首無し犬の関与が疑われる焼死事件や毒物事件は、私の調べる限りでは見つからなかったんだ。
とにかく厄介なのは、相手が理屈の通じない動物霊だって事だよ。
トイレで「赤い紙いるか、青い紙いるか」と聞いてくる声や、徐々に距離を詰めている事を電話で報告して後ろを取ろうとしてくるメリーさんなら、向こうの言葉尻を捕らえてコテンパンにしてやった事があるんだけどね…
だけど今回の首無し犬に関しては、そんな私の常套手段である屁理屈と精神攻撃が使えないんだ。
とはいえ理屈の通じない動物霊でも誕生経緯と行動パターンが分かっているなら、付け入る隙は必ず存在するからね。
手始めに私は、コンビニに行く振りをして家から抜け出し、人気のない児童公園に足を運んだんだ。
そうして午後八時になったのを見計って、西北西を向いて犬笛を九回吹き鳴らしたの。
戌の刻に戌の方角へ向かい、犬にしか聞こえない周波数で呼び掛けるとは、何とも凝った道具立てだよね。
オマケに犬笛を鳴らす回数だって、「苦」や「首」を想起させる九回だもの。
「首無し犬の召喚方法を考えた人も、なかなかセンスあるよね。」
この召喚の儀式がガセネタじゃなかった事は、すぐに分かったんだ。
「来たか…」
背筋のゾクッとするような生暖かい風と、鼻の曲がりそうな獣臭い気配。
それらの漂う先に佇立していたのは、赤黒い切断面も生々しい首無し犬だったんだ。
首から上がスッパリと切断されている事に目を瞑れば、それは至って普通の秋田犬だったの。
長い足といい腰長のガッシリしたフォルムといい、帝都の渋谷に建てられた忠犬ハチ公の銅像や二円切手なんかで見慣れた姿だったよ。
だけど本来あるべき物が失われているというのは、何とも薄気味悪くて物悲しいね。
まるで自分の首を探しているかのように身を捩る姿を見ていると、同情を禁じえないよ。
そして、それこそが私の狙いなんだ。
「首が欲しいのかい…だったらあげるよ。代用品で良かったらね!」
そうして私は件の首無し犬に目掛けて、マネキン人形の首を投げ付けてやったんだ。
「そ〜れ!持ってけ!」
何処ぞの美容学校の学生さんが捨てたと思しきザンバラ髪のカットマネキンは、美しい放物線を描いて宙を舞い、哀れな首無し犬の切断面にピッタリとくっついたの。
「…?…!」
長らく首無し状態で彷徨っていたせいなんだろうね。
マネキン人形の首を据えられた秋田犬の亡霊は、自分の身に起きた変化に戸惑うように首を傾げながら、そのままスタスタと歩いて去ってしまったんだ。
「首を探して彷徨っていたなら、代わりの首をあげたら良い…意外と単純明快な答えだったね…」
同じ人形の首でも、犬の首をあげた方が良かったかもね。
トリマー専門学校の近所のゴミ捨て場なら、犬のマネキンもあったのかな…
とはいえ、一旦渡したマネキンの首を今更取り返すのは変な話だからね。
あの首無し犬が新しい首を気に入ってくれるのを、祈るばかりだよ。
そういう訳で、長らく堺県堺市の少年少女達の間で囁かれていた首無し犬の都市伝説は、人面犬に取って代わられてしまったんだ。
他ならぬ、この私の仕業でね。
都市伝説の人面犬は人間と意思疎通も出来るみたいだから、あのマネキン人形の首を持つ人面犬だって、そのうち人語を解するようになるかもね。
そうなったら、私にだって付け入る隙が出来るかも知れないじゃない。
そもそも人面犬は、比較的人間に無害な現代妖怪だもの。
今は勝てない相手でも、適切な準備をして機が熟すのを待てば、いつか必ず倒せる時がやって来る。
それを目指して、私も準備をしとかないとね。
こうして教室でオカルト雑誌を読み漁っているのも、都市伝説や怪異と渡り合うための大切な情報収集なんだよ。
『霊能力を高めるための座禅か…私もやってみようかな。』
そうして興味深い記事を見つけた私が手帳にメモを取り始めた、まさにその時だったよ。
「ねえ、聞いた?夜の児童公園に現れた、首無しバスケット選手の幽霊の話!」
「うん、知ってるよ!自分の頭をボール代わりにしてフリースローの練習をしてたんでしょ?」
児童公園でフリースローの練習をするバスケット選手の幽霊って、もしかして私の事なのかな…
首無し犬目掛けてマネキンの首を投げたのを、誰かに見られちゃったのかもね。
万一にも首無し犬に顔を覚えられたら面倒だからって、上着で顔を隠していたのを誤解されちゃったのかも…
古人曰く、「ミイラ取りがミイラになる」。
都市伝説とやり合っていた私が、まさか都市伝説の張本人になってしまうなんて、世の中って分からないものだなぁ…




