8 1章 8話 氷霊剣鬼
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衛兵の詰所にはしばらく行かない。
当面、衛兵の下っ端も、夜の副業もお休みとすることにした。物騒な事件があったからか。まったく、引きこもりたい気分だ。まあ、引きこもらないし、やるべき事が出来た訳だが。
もちろん家を壊されたばかりで、修繕費やら、食料はあるだけ良いのだが。今が備蓄を切り崩すべき時だろう。今までのバイト代と宝石や、死体が持っていた武具。金に換えられる物は多い。
今回の仕事の対価として、たったパン1つ相当の硬貨を、つまりスラムの3食に相当する金銭、3ヒエロを受け取って、詰所を後にしたのだった。
町の外も中も危険となれば、あまり日が落ちては家を出たくないのだろう。心なしか人の流れがいつもと違う気がする。
食料品や武具関係の店での出入りが多く、おそらくは今のうちに買いだめをしたり、万が一の保険として、銀のナイフでも購入しているのだろう。お守りのほうが正しいかもしれない。
「コソ泥が鉢合わせたらボコボコにされそうだね。私には関係ないけど」
こういう時は農村の家は怪物から逃げてがら空きになる。自体が解決するまで、町に避難してくる訳だ。。場合によっては、町の空家という空家にに農村から避難しているなんて事もある。
すると、空家に不法に住んでいたホームレスがつまみ出されたりする。大抵、こんな緊急時にそういった輩が刺されたりするのだ。刺されるのはホームレスの方である。
もっとも、町にも村にも、衛兵はいつにも増して巡回しているだろうし、町民も戸締まりを厳しくして引きこもるだろう。
唯一、衛兵の家はよりがら空きになるだろうけれど、巡回の人数が増えランダムで動きが読めない。
やはり火事場泥棒のデメリットばかりが目立つ。この世界で火事場泥棒はなかなか聞いたためしがない。そういう愚かな人から怪物に食われて死んだのだろう。
そして何より、そんな事にかまけている暇ではなくなった。
「詰所でもっと詳しく聞ければ良かったけれど。怪しまれるだけならともかく、子供が興味本位に首を突っ込んでいると思われて、善意で監視でもつけられようものなら、致命的に出遅れるかもしれない」
いつもなら詰所の衛兵ともっと雑談をして、町の様子やこの町の外の話、警備の様子を聞いたりするが、今日に限ってはその必要は無い。
「それにしても今日は良い天気だね。少し肌寒いけれど。まあ、暑いよりはマシだね」
思わず顔のうえに手を掲げるほどの良い天気だった。太陽が高いうちに、こう街道を歩いているのも、随分久しぶりかも知れない。
そういえば、以前に住んでいたところに比べれば、随分と晴天の多い、天気が良い地方だ。この気候がこの世界の性質なのか、この地方の性質なのか。不定期に一日中、夜だったり、昼だったり、赤かったり、人間が溶ける果粉が降ったり、化け物が降ったりはするが、その代わりにか、年中カラリとしている。
「どうだい坊主、この果物、安くしとくよ」
これはリンゴのような、ほぼリンゴだ。梨のようなみずみずみさがあってなんなら、前世で食べた安いリンゴよりも美味しいかもしれない。この世界の食べ物は料理は美味しくないが、素材はなんだかんだ美味しいものが多い。どこか新しい味がいいのか分からないが、飢えこそしても、食文化で困ったことは無い。まあ、前世の料理なんてそこまで多く覚えていないのだけれど。
「1つ。いや、2つもらうよ。いくらだい」
こういう露天で、ぼったくらたことはないが、別に安くもない。変な値段をふっかけられないコツはやはりなめられないことだろうか。過剰に威嚇、警戒してもしょうがないけれど、笑顔は良いが気弱そうなのはいいカモだ。
「そうだな、16、14ヒエロでどうだ」
「うーん8ヒエロ」
「11ヒエロでどうだ」
「それでもらうよ」
リンゴは2つで素材調達から頑張ればパン1作れるぐらいの値段がしたが、特別に買っていこう。今日の報酬が早速無くなったけれど、それはそれ。
衝撃的な話になるかもしれない。少なくともこの五年の間で私の中では最も衝撃的だった。だからそう、二人でこのリンゴを食べて、そして話をするのだ。
「外国には行ったことがなかったと思うけれど、行けばこんな感じの場所だったのかね」
私は今後の予定を伝えるために、そして安否を確認する為、カミナの家に向かっていた。
カミナは貴族の養子だ。
カミナの母は凄腕の魔術師でありながら、この町の、いや、この砦の建造に携わっていたという一族の由緒正しい血統らしい。だが5年前に行方不明になってから、消息がつかめていない。以前から家に帰らないことは度々あったそうだが、それとはまるで性質が違う。失踪する直前に娘であるカミナを妹、カミナから見て叔母に、今では義母となるわけだが、カミナを手放し預けている。
それでも、万に1つ。彼女の唯一の生きているかもしれない肉親であり、カミナの唯一の師匠でもある。なにより、今のカミナの親よりは数倍ましかも知れない。
つまり今向かっているカミナの家は、いわゆる貴族様の邸宅だ。もっとも貴族とは言っても、貴種としては最下級の万年男爵に相当する家であり、この都市での立場は非常に曖昧だ。初代の功績の後は都市経営に貢献こそするものの、自身の民の居ない領地を統治することはない。代々ニューケイオスを治める伯爵の文官として仕えている。
男爵の先祖は開拓者として、自ら怪物を打ち倒しそこを領土としたが、周囲に住まう怪物に逆侵攻され、事実上領地を失っている。その後怪物を討伐するものはなく、かれこれ100年以上人類は取り戻せずにいた。
この国の人間は英雄という生き物にたいそうな敬意を示すが、一方で自らの領地すら取り戻せず、商いこそ上手くやっているが、武力も財力もパッとせず。そんな男爵はそれ相応な評価を受けている。
だからこそ、母方の血縁とは言え、縁を結び現在養子となっているカミナにとても大きな人材的価値、商品価値を見出している。だが財宝にも等しいそのカミナを鑑定も教育もできず、販売先を決めるだけのコネがない、地力のなさところが足を引っ張り、カミナを冷遇することこそないが、家での立場は相続権が与えられていない養子のなかでも、紙の上での情報はともかく、カミナは大事ではあるが大切ではない、という扱いを受けているのだ。
「ここに来るのもあのとき以来か。出来れば、なにごともなく。あり得ないな」
2年前。カミナに初めて会ったとき。痩せこけ瞳に消えかけの火をともした、彼女と会ったとき。あのときからカミナの扱いは変わらない。
「頼りない記憶力でも、案外すんなりとたどり着くもんだね」
道に迷ってたどり着けなかったらどうしようかと思っていたが、立派な家は近くまで来ればよく目立つ。
そういえば前にこの屋敷に来たときも、カミナに会いに来たのだったか。あれからもうすでに2年以上経っている。そうだと思えば、少しは考え深くもあるだろうか。
あれから私は前に進めているのだろうか。
実年齢はともかく、奇怪なことに肉体はより大きくなった。新たな力はまだ、得られていない。
「カミナさんと同じクラスで友達のシーカという者ですけれど。って、玄関を通しちゃもらえないよな。どうせ別邸に一人で居るんだろうし、塀を乗り越えるか」
貴族の家に正面から訪問するのはどう考えても、扉の前で止められるだろう。そういうパターンは 運が悪いことに盗賊とかに決めつけられて、地蔵を説明しても話を聞いてもらえないと相場が決まっている。
前に来たときは、塀にせこせこ穴を開けて通り抜けたのだけれど、あれから二年は過ぎている。さすがに穴は塞がっているだろうし今回は、壁に穴を開けてる時間はない。幸い別宅に近い壁の位置はまだ覚えている。少々乱暴だが、飛び越えることが出来るのは分かっている。
前に塀に穴を開けたところにやってくると不自然に石板が立てかけられていた。
「まさかこれ」
横にずらすと見覚えのある穴があった、何なら前よりも少し広がっているような気すらする。
「まさか。あの後、こんな石版で蓋して直したつもりなのか。2年間、見つけていないのなら、納得は出来るけれど、いやこれは。点検ぐらいしろとツッコミをしたくなる。これはあまりにずさんすぎるだろう。私はこんな板置いた覚えは無いし。誰がこんな状態で放っているのだか」
ザザザっと。草をかき分けるような音が鳴る。どうやら壁挟んだ向こう側に誰か居るらしい。伏せて穴をのぞき込むが藪で塞がれて良く見えない。二年前から庭の手入れがされていないとは思っていたけれど、全く視界が無いとは。以前はここまでひどくは。
黒い影が中から現れドンッと鈍い音を立て、頭をぶつけた。
「フベ、痛ッたくはそんなにないけど心臓に悪い。一体なんなんだよ。ありゃ、カミナ?」
足から曲芸みたいに飛び出てきた先に私が居たことで、跳び蹴りを受ける形になったみたいだが。頭を抱えて起き上がると、その弾丸人間の顔が露わになる。それは私の探し人、カミナだった。
「シーカ。どう したの、あなたからここに来るなんて、あの夜、以来じゃないかしら」
カミナは、私と会うとは思っていなかったようだ。いや、私もこんなところから飛び出てくるとは思っていなかったけれど。
こういうのは頭と頭を打ち付けて、恋に落ちるヤツじゃなかろうか。実際に頭を結構な勢いでぶつけると殺意が沸くが、意図してなくとも顔面に蹴りはあまりにひどい
私も鼻に受けたダメージで少し涙目だが、カミナもどうやら様子がおかしい。思えばものすごい勢いで飛び出てきていたし、声が細く、少し震えていた。
「衝撃的な再会だ。言葉通り。どうしたんだ、そんなに震えて。案外カミナも怖がりか?悪い夢でも見ていたのかい。そんな事より、会えて良かった。心配していたよ、カミナ」
「うるさい。バカ、死ね」
ポロポロとカミナから涙がこぼれる。私ははっきり言って慌てふためいていた。
「あー、悪かった。状況が全然分からないのだけれど、どこか別の場所に行った方が良い感じかな」
「いい。関係ない」
心配していたというのは嘘だ。私はカミナをこの2日間心配していなかった。
カミナなら、私が何もしなくとも大丈夫だと思っていた。
私は体の良い言葉を掛けただけだ。この娘を手放さないように適当を言っただけだ。
腐っても貴族の邸宅。ここに居ればスラムのどこよりも安全だ。誰にも害されることは無いはずなのだ。カミナなら、何者にも臆せず、何事にも動じないとどこか幻想を抱いていたのかもしれない。
だが今涙を浮かべているのは誰だ。肩が冷たい。ここに居るのは才能にあふれた魔術師の娘で無く、ただの少女だった。
「カミナ。大丈夫だ」
この2日の間に何があったのだろう。今日この壁の向こうでは何が起こったのだろう。私にそれを聞く資格はあるのだろうか。
沈黙があって。その間に胸のうちの震えは収まった。
「ええ、問題ないわ、シーカ。それより何か用事があってここに来たのでしょう」
「あ、ああ。そうだな、話があって」
少しは落ち着いたらしい。目元が赤くなっているけれど、カミナは、自分はいつも通りだと主張しているようだ。
今のカミナに話をして大丈夫なのだろうか。
大丈夫なわけがない。今のカミナは脆く、明らかにやせ我慢をしているだけだ。
けれど、私の中に今、このときに話さないという選択肢は無かった。
「うん、そうだね。君と始めって会った夜以来ここには来たくなかったのだけれど、私にとって大事な話があってね。今日はカミナの様子を見たかったのと、これからの方針を伝えようと思って。私はね、今後しばらくカミナとのタッグを解消する」
「え……」
「泥棒のまねごと。野犬や低級の怪物狩りもしばらくお休みだ。今までのささやかなスリルも、終わりにする」
これだけでは説明か不足しているだろう。けれどこれは先送りにはしないしさせない。
「森に現れた男は当然覚えているね、それと今噂になってる怪物の話は分かるかな。怪物の話に関しては今度、話をするよ。その機会がなければ他の人から聞いても良い。私は今後、あの森であった男と骸骨の幽霊を追う。私は私の目的のために邁進する。君はどうする。君も来るか?」
「あ゛たし――は、あたしは」
普段のカミナなら今すぐにキッパリとどうするのか決めることができただろうが、今の彼女にはおそらく時間が必要なのだろう。些細な問題など覚えてすらいないというのに、カミナらしくもない。どうにも間の悪いアクシデントだ。
いや、カミナの動揺は会ったときよりも、激しくなっている。間が悪いのは私の方か。
誰か相談する相手が必要だったのだろうか。だが、そうだったとして、その相手として私はふさわしいのか?
「これから先は君に利があるわけじゃない。今まで通り食べ物をあげるぐらい出来るけれどね、私は私のためだけに行動する。男はともかく骸骨の幽霊、幽鬼は危険だ、怪我をするかもしれない。死ぬかもしれない。今までみたいにただ命を繋いで緩やかと力をつける、そんな安全で幸せな日常を私は放棄する」
カミナが付き合う必要はないことだ。これは私個人の復讐で。私自身の望みで、私が抱いた殺意なのだから。
「それでも、もし。カミナが」
「カミナとシーカじゃねえか、なんだよ俺様だけハブかよ。悲しいぜ」
空気を読まない大声だ。
この声はさっき聞いたばかりの声だ。振り返る。屋敷の正面がある方、大通りからわざわざとこの小道に入ってやってきたらしい。少し離れたところに今朝と変わらない様子の馬鹿みたいな服を着た男がいた。
「デン。どうしてここに」
「ストウデン・バーグ様だ、シーカ」
随分とわざとらしい名乗りだ。デンが普段何をしているのかなんてまるで興味が無かったが、週に1度会えばという人物に、日に2度も会うとはどうにも違和感がある。
「なに、俺様も直接無事なところを見ておこうと思っただけのことよ。シーカ、お前と会ったのはたまたまだ」
デンの場合は普段からこちらの行動もどこか見透かしている説がある、こちらの行動を知っているのは気持ちが悪いが不思議では無い。しかし、いつもはあえてこちらと会う回数をコントロールしているような感じがする。何故かデンは月に一度は私の所にふとやってくる。それがあのボロ小屋にいないときでも、必ず同じ周期で会いに来る。普通に気持ちの悪い。
あの後の私の行動をトレースすることぐらい、デンは簡単に出来る男だ。果たして、その行動にたまたまなんてあるだろうか。
「デン、久しぶりね。あなたは元気そうね。良かったわ」
カミナの声は心なしか私と話しているときよりも、いつも通りであろうとしているように聞こえる。
やはり私の話が波風を立ているのだろうか。私の行動の結果彼女の心は揺れ動いている。その責任は私が取るべきだろうに。だが私にそんな資格があるのだろうか。
だったらデンに任せてみるというのも。この男に任せるのは少し気が進まないが、私には何もできそうに無い。この触れただけで壊れそうなほど、脆く弱っているこれをどう扱えば良い。この少なくとも私はいたいけな少女の慰め方など知らない。
「私はもう帰るよ。カミナ。カミナは、気持ちに決心が……。いつでも良い私に合いたくなったらスラムまで来てくれ。待っているよ、カミナ。デンお前は来なくても良い」
私の所に来なければ、あまり満足に食べられないだろう。バックパックに入っていた食料をできるだけ麻袋に詰めて渡す。リンゴを1つカミナ手にしっかりと握らせ、私は背を向けて、理由もないのに走り出していた。
都合良くいつまでもいつまでも、今まで通りとはならない。
新たに手に入れるものがあれば失うものもあるはずだ。分かっているはずだ。
良いね。賛否感想お持ちしております。
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