6 1章 6話 氷霊剣鬼
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物が散乱し、扉は乱雑に蹴破られている。唯一無事なのはかまどと竈ぐらいのものだ。あったはずのテーブルや椅子も壊されるか、持ち出されたのか引きずられた痕がある。外はともかく中は見るも無惨だったが、私のボロ小屋だ。
ボロ小屋を荒らしても得るものなんて少ないだろうに、随分タイミングの良い賊だ。まあ良い。最悪何か刺客みたいなのが待ち伏せしているかもしれないと思っていたけれど、少し自意識過剰か、創作の読み過ぎだっただろうか。
ここのところ本なんて手に取った覚えが無いが
しかし襲撃者も詰めが甘い、床下にこっそりとしまった食品は全て無事だった。床板の隠しスタックを作るという発想自体が無いらしい。それこそ盗難事件なんてスラム以外で聞いたことが無いし当然か。
それに食料やワインのような必需品は、なけなしが鞄にもある。大型の美術品を始め、扱いに困る希少な品の類いは、別に用意した隠れ家にしっているので、生死に関わる被害はないのだけれど。まさかここまで露骨に荒らされるとは思わなかった。もちろん家具の1つや2つ無くなっているだろうとは。いや素晴らしい、すばらしい。まったくスラムのお仲間はたくましい。
だが、少々不愉快であることは確かだ。こんなボロ小屋でも、私とカミナが板材の一つ一つ手ずから作り上げた家だ。それを壊されて愉快なはずがない。
ただ、家に兵士が待ち伏せしているような最悪の事態はないらしい。それが唯一の朗報だろう。
「何にせよ片付けからだな」
二日収益がゼロだったから、持ち歩いている備えは使い切った。床板をめくって食料を全てあらかたバックパックに詰め込んだ。それは何かそうするべきという予感に従ったものだったが、それが間違うとは欠片も思わないほどの確かなものだった。
家が荒らされたままでは気分が悪い。家具の残骸を軽く外にかたづけて、木の破片なんかを無事だった竈に詰め込んだ。水晶を一つポケットから取り出して、砕いてそれも投げ入れる。
砕ける前はとても頑丈な水晶だが、割れた水晶が途端に脆くなり、竈の中で更に細かく割れる。
粉末や砕片と小さい順からチリチリと音を立て、たちまちにポンッとはじけて程よい火が上がる。アポテフロシの欠片。魔の法則、力が込められたアイテムだ。この世界であふれたもので、ただ当然に取引されている。この世界で初めに作られた魔術によって量産されるアイテムだ。
この結晶が生まれたことによって、火が格段に扱いやすい技術となり文明が進歩したと聞いている。
ようやく一息つけそうだ。
「こんなものか。カミナにも分担してもらわないとね。いつまで経っても終わらないよ、これは」
これから簡単なテーブルでも見つけてこようかと思っていたが、キャンセルだ。
この時間はたくさんの足音が外で聞こえるがその内1つが、この小屋の前で足を止める
気配に反応しスタッフに手をかける、倒れた扉を踏んで現れたのは見知った顔だった。武器を納める。
「おいシーカ、久しぶりだなぁ。あんまり、会わないもんで、くたばったかと思ったぜ。それでよ、お前ぇ骸骨の幽霊の話、知ってるか。知らないだろ、なあ」
柄の悪い彼の名前は。ええっと、確か、そう、デンだ。年齢はカミナよりも何才か年が上だろうか。身長は私と同じか少し上だろう。半年程前に行きだおれていたヤツに、一枚のクラッカーと一杯ワインを渡してやった。それを食べたのか、売ったのか、どうしたのか知らないが、上手くやったらしい。部外者だったこのうさんくさい男は、このスラムに馴染んで今も暮らしている。別に必死になるほど飢えちゃいないのに、今もこうして、稀に町の噂話で食い物をたかりに来るのだ。
「食べものはやらんぞデン」
「デンじゃねえっていってんだろ。俺はストウデン・バーグ様だ。それにアレが見えないのか、俺様の馬車だぜ。そんなに貧困しているように見えるのか」
偉ぶっているが、デンは私とたいして身長の変わらない男だ。子供とは思われなくとも、とてもじゃないが威厳があるようには見えない。あまりきれいとは言えない貴族風の服を纏っているが、あまりにボロくかたなしだ。容姿や言動、全てが合わさりどうにも馬鹿っぽい。道化のようにも見える。
だが一方、このスラムで1から自分の居場所を生み出した実績もある。無能と見捨てるにはためらわれる男だ。
実際、ついこの間まで、服や装飾が少しずつ悪趣味になっていたが、ついに馬車と従者を手に入れたらしい。
ともかく、戦闘だとはならずにすみそうだ。まったく驚いて損をした。ここ数日の出来事もせいで気が立っていたのだろうか。
「じゃあ一体何の用だよ。なんとかデン・なんとか殿。何だわざわざ新しいオモチャを自慢しに来たのか」
「結局デンのところしか覚えていないだろうが、お前は頭は良いのに本当に人の名前を覚えないヤツだな」
森での敗北。謎の男との遭遇は、それからずっと私を生きた心地にしなかった。
あれから二日が立った。私たちは警戒して住処とは別の隠れ家で身を潜めたが、本当にあの男は何もしないらしい。
ここに今、衛兵がいないことを考えると確かだろう。
この強盗騒ぎはあの男とは何も関係ないだ。一日家を空けただけでよくもまあ、ここの住人はめざといというかなんというか。
衛兵は多少ヤクザなところがあるけれど、もっと生産的な事を行うだけの力がある。少なくともあの男であれば正面から奪い、痕には小屋すら残らないに違いない。
アレは私の物差しでは測れない類いの生き物だ。
怪物。
噂に聞く未開地域の怪物なのではないかと錯覚するほどの威圧感の人間をやっと目にした。衛兵達もカミナも私も、随分人間離れしているが、それは神だなんだと聞く怪物ほどではない。魔術士、開拓者。
人の社会が保たれているこの世界に、そんな空母クラスの強力な化け物が居るのかと疑問に思っていたが、どうやらこの世界の人のスケールは大きく私が居た世界とは異なるようだ。
なら、私の故郷を焼いた怪物も、もしかするとこの世界にまだ居るのかもしれない。
「おいおい、俺様がやってやってきたってのに、何をぼけっとしてるんだ。そんなに見つめたって、俺様の馬車には乗せてやらないぜ。カミナちゃんなら別だがな」
「別に良いよ、そんな下品な馬車。よくもまあ、そんな金持ち貴族が乗っていそうなものを。それ、中の貴人の顔が見えないようにしつつ、中に光を取り込む作りだろう。しかも無駄にでかいし。いつからそんなに偉くなったんだ」
そんなんだからデンはデンなんだよ。何だろう、優秀なんだけど、どこかアホというか何というか。形が同じなら、ボロくても何でも良いのかこの男は。
「それで、そのスケルトンなのか、ゴーストなのか、よく分からない怪物の噂は、スラムと町どっちの話だい」
「おや、たかが噂話だぜ。真かも分からん話をすんなり聞く気になるとは、お前には珍しい。殊勝な心がけじゃないか」
「どうせ、すんなりと聞かなかったら、対価を払わなければならない状況に追い詰めようとするだけだろうに。大体、その内容を交渉も無く、相手を引き込むだけにバラしているのがどうも胡散臭くてたまらない。普段のお前なら、耳寄りな情報がー、だの何だの散々じらして最大限価値を引き上げるだろうに。ほら早く話せよ」
「さあな。スラムも要塞も町も全部だぜ。詳しくは知らねえが、どうやら昨日農村の方で人死にが出たらしい。
貴族様の衛兵から色町にすら入れないスラムの売女までこの話でも持ちきりだ。だがそれだけでもねぇ。もっと死人がいる。
この大騒ぎに衛兵達はてんてこ舞いだ。なんならあんたがちょうど詰所に来なかった日にそんな話があったものだから、死んだと思われているかもだぜ」
なぜコイツはそんな誰でも知っているような話題を、私が知っていない事を知っているのだろう。どう調べたのか。聞いたところでどうせ、「昨日もここに来た」などとはぐらかすだけであだろうが。
そもそも、なぜ私が衛兵の詰所に通っていて、昨日行っていなかったことすら知っているのか。やはりコイツもカミナと同じ何か持っている方の人間なのだ、コイツも。
敵対しないうちは頼もしい話ではあるが。
ともかく、引きこもっている間に噂が広まったらしい。タイミングが良いのか悪いのか。一日遅ければ危なかったと思う一方、一日遅ければ自分の肌で町の空気を感じられる。感じたからなんだという気がしなくもないが、こういう些細なことが後に響いたりするのがこの世界なのだと学んでいる。
場所からして、どうしてもあの男が頭にちらつくが。
「そりゃないだろう。私は別に毎日あそこ、衛兵達の詰所で下僕をやってるわけじゃない。あまりにこじつけが過ぎるってものだよ」
そうこじつけだ。けれど予感がある。あの男が幽霊の正体ということはないだろう。だが全くの無関係だと逆に違和感があるのも事実。正解は本人に詳しく話を聞かないことにはどうにもならないか。あんなおっかない生き物に二度と会うことも無い、いや私たちが目的じゃないのなら、もう一度会うのも悪くはないのだろうか。
「そうか、そういえば、カミナちゃんはどうしたんだ。いつもならもうここに居るころじゃなかったか?」
「さあね、昨日はここに来ないように言いつけておいたけれど。別にカミナは私のペットじゃないんだ、一人になりたいこともあるだろう。なにか思うとこでもあったんじゃないのか。だいたいお前には関係ないだろう」
カミナのことは仕事となればいつも連れ回している関係上、私が仕事のとき以外は、ほとんど一緒に居ることが多い。けれども先日のように夕方なんかに24時間べったりというのも違う。このホームレスハウス寸前になってしまったボロ小屋を作ったときも、彼女の魔術を活用していたし、彼女の家というわけではないのだが、やはりカミナも私が居ないときですらこの家に居ることが多く、そのため文句も言いにくい。
私は私で隠れ家の洞穴を持っていて、今回のような不測の事態が起こった場合は避難している。食料や服に縫い付けられる小さい換金アイテムと違い、持ち歩くわけにもいかない物もそちらにしまっている。
その天然の洞窟のことをカミナは知らない。
そして彼女は彼女で彼女の世界がある。そこがどんなにカミナにとって居心地の悪い空間だろうと、それを捨てる事はできないだろう。事実、今回はあそこがセーフルームとして機能したんだ。関係を結ぶのは簡単でも、それを捨て去るには覚悟が要るものだ。それが良い物でも、悪い物でも。
「ふーん。ならいいぜ。この町じゃ昨日元気だったヤツが次の日に死んでるなんて珍しくないからな。さすがの俺様も少し心配したというだけだ」
カミナに限ってはその心配は無い。
「彼女は寝込みは狙われないさ。才能があるからな」
才能があるものは、才能相応の待遇を受けるからだ。
「何だぁそのよく分からない判断基準は。カミナの才能っていってもよ、魔術なんて教えてもらえれば誰でも使える技術だぜ」
魔術師に教えを請うというのが困難なのだ。カミナに聞くところによると、魔術師は様々な派閥があり派閥によって技術形態が違う。優秀な者達で研鑽をしなければ他から遅れるが一方、肥大化しすぎた組織は裏切り者を生みかねない。魔術師も無敵ではない。持ち得る魔術にメタを張られては、力比べでは勝てても足を取られかねない。もっとも実際は完全に相伝の一族などを除いて、そこまで仲が悪いわけではないらしいが。
それに素養に関わらず、誰でも使える人間の機能の一つであるらしい魔術だが、才能によってその力は大海と水たまりほどの差があるらしい。その点カミナは才能だけなら保証されているのだ。
「お前はそう思っていればいい。そうだな……デンも誰かに教えてもらえば良いんじゃないか」
デンは首を傾げるが、何も言わなかった。デンは納得していないのだろうが、末端とはいえ魔術師であるカミナから直接聞いている私と、おそらく魔術師を使う側から話を聞いているデンで感覚がずれるのは仕方が無い。
とはいえあまり無関心というのも良くないか。一応友人兼上司枠な訳だし。
「おいおい、どこへ行くんだよ。客を放ってそれはねぇぜ。茶とはいわずとも、パンやワイン。水の一杯ぐらい。情報提供者にくれても良いんじゃねーか」
「どうせこのあと詰所に行けば知ってたことを、随分と高く売りつけるじゃないか。チッしょうがないな」
身長よりも一回り大きいバックパックから、取り出した箱からクラッカーを一袋取り出して、それをデンに投げつけた。食い物だってただじゃないんだぞ。
「俺、この乾パン苦手なんだよ。口の中の水分持って行かれるというかさ」
何で、ここに来たんだよお前。
「黙れ、クラッカーだって言ってんだろ。砂糖も塩を入ってないあんなパンのなり損ないと一緒にするな。ただの固めた小麦粉じゃないか。こっちには塩と油がちゃんと入ってるし、携帯性が良かったり、色々好きで持ち歩いてんの」
それに意外と衛兵達には受けが良いのだ。
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