2 1章 2話 氷霊剣鬼
異国の食文化は恐ろしく受け入れられなかったりもしますが、歴史を遡ると大抵似たようなものを食っているものです。しかし爪を煎じて飲むならともかく、赤子粉末はちょっと頭おかしいんじゃないかと思うのでした。
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悪臭漂う汚い町だ。この体で生まれてこの方、ずっとここで暮らしているけれど未だになれなやしない。特にこの夕暮れ時は、風が強くなることが多くて、私が指導したエリアの外からそれが流れ込む。
人間や動物、血肉と糞尿の匂い。それも今では大分ましにしたのだけれど、鼻が馬鹿になっただけかもしれなかった。
町の下水を勝手に引いてきて公衆トイレを作ってみたりしたが、その利用率としては微妙なところだったりする。便利なものであるということは理解しているようだが、ここの人はそう簡単に病気になったりしないもので、用を立つ度に出かけるのは不便で、面倒ほうが勝ってしまうのだろう。
それにもし糞尿の匂いは消えても、血肉の匂いが消えることはないだろう。
このスラムではたとえ自分の家でくつろいでいたとしても油断はいけない。銃器を持った子供はいないが、武器を持った子供が闊歩して、子供を食う生き物、怪物がスラムに入り込む。そんな環境だ。
脅威は怪物だけではない。ただの野犬が、野鳥が子供を殺したり、子供に殺されたりしている。そんな日常がここにはある
だが、私のボロ小屋の外で響く彼女の声は、幸い知っているものだった。
「シーカ、居る?」
もう日も落ち始めようとしているというのに元気な声だ。コレで無邪気なキャラクターだったのなら少しは可愛げもあるのだけれど、実際は平然と毒を吐くのだからたくましいというか。
声の主は私の良き友人、カミナだ。その声に私は返事もしていなかったが、カミナはボロ小屋の中にずけずけと入ってきた。
別に良いけれど、中にいたのが私じゃなかったらどうするつもりなのだろうか。この小屋の耐久性が心配である。
「そんな大声で言わなくとも聞こえているよ」
「そう?おはよう、シーカ」
何年か前と比べると、元気なのは良いのだけれど、もう少しインテリな方に意欲を見せてもらえないだろうかとも思う。私には上等な家庭教師など居ないもので、あちらこちらで効いた知識は継ぎ接ぎだ。
彼女が座学を受けて、その内容を私に教えてもらえると、それはとても助かるのだけれど。彼女が興味ないと思うのなら、私は強要することはできない。
何より私が何か言ったところで従順に従うことはないだろう。
彼女と私は友人で平等に他人だ。
「今日は遅かったな、何かトラブルかい」
カミナは昼頃に、早ければ朝にはスラムに建っている私の小屋に来ることが多い。大概、毎日ただ飯にやってくるのだ。
そしてその対価というわけじゃないが、時々協力をしてもらったり、この世界の知識を教えてもらって居る。それがこの友人との約束だ。
「いえ、べつに」
竈の中にはたった今焼き上がった、原始的な乾パン、クラッカーが並んでいる。私が一から製作したものだ。ワインを取り出して、根菜と干し肉のスープを少しとクラッカーを机に並べお互い向かい合って食卓に着いた。
カミナはしらっとした様子で、彼女の派手な赤毛を後ろで一つにまとめ、かつては立派であったであろう服を着ている。その上からフードの付いたケープをかぶっていた。
「シーカ、そんなに見つめても何にも出ないわよ。しかし、相変わらずさえない顔をしているわね。まあいいわ。今日は森に行きましょうよ。鹿とかは罠を仕掛けていないから難しいけれど、ウサギや野犬は見つかるかもしれないでしょう」
食べ盛りだね。まあ確かにこの量の食事というか、この質素な食事だとね。どうしても腹一杯とはいかないからな。私もできることなら、腹一杯に米と焼き肉を掻き込みたいとも思うのだけれど、そもそも牛を見たことがない。牛肉、牛肉っぽい肉なら何でも良いが、私も久々に金網で焼いた肉が食べたいものだ。
「私も焼き肉を食べたいところは同意するけれど、ウサギはともかく犬はちょっと嫌だな。やっぱり五年程度では食べ物ではないって先入観は抜けないよね」
「よく分からないけれど、分かったわ。シーカには犬の脳みそのところを食べさせてあげるわよ」
「話を聞いてた、何が悲しくてそんな狂犬病になりそうな所を食べなければならんのだ。言ったよねえ、犬は食べたくないって」
「じゃあ猫の方が良いかしら」
「お前に愛玩動物を慈しむ心は無いのか、この鬼、悪魔」
「贅沢ね。じゃあ最近、海岸に人食いの怪物がでるって聞くから」
「その怪物ってまさか、カッパみたいなヌメヌメの人型の怪物じゃないだろうな」
四足獣なのが問題なわけじゃねえよ。二足なのも、死体っぽいのも、ヌメヌメしているのもダメだよ。3アウトだよ。
「はあ。それよりも今日は仕事に行くよ。カミナも、夜、大丈夫だよね」
「えー、分かった。けれど日が全部落ちるまでまだ時間があるわ。それまでどうするの」
暗に狩りに行こうということだろう。どんだけ殺意高いんだよ。
「さあ。まずはコレを食べてから考えよう」
まったく、せっかくのスープが冷めてしまう。ついに手に入れた鍋で作った暖かい食べ物だというのに。陶器の鍋でも安く売っていれば良かったが、陶器そのものをなかなか見ない。金属の鍋は家宝ものである。
「シーカは、最近変わったよね」
一体何事だ。忌事か、お願い事か。
「昔のシーカならグール狩りだ何だって、あたしを連れ回していただろうなと思って」
それは暗に昔私が魔術を使わざるを得ないように誘導していたことを非難しているのだろうか。
それで言うなら、カミナは元気があふれすぎて困ったものだ。出会った頃はもっとしょぼくれていたというのに。
せっかちで、食欲旺盛、傲慢で子供らしい、というか明らかに子供なのだが。肉体年齢は私よりも3つぐらい上だろう。二回目の私のほうが、ある意味では年上だけれど。私も今の体はたった五年ほどしか生きていないものだから、どうにも不思議な気分にもなる。
「それで、今日はどうしたの、家の用事かい?」
「まさか。あの人達は顔を合わせすらしないわ、自分の仕事で忙しいんでしょう。そういえば最近は特に騒がしい気もするけれど、関係ないわ。今日はお母様のお墓に行っていたの」
「ああ、共同墓地のか。私もついて行ったのに」
彼女の血縁の母親は彼女のそばに居ない。それどころか遺体も発見されていない。行方不明になってからすでに五年経っていると聞いている。死んだのか、幽鬼にでもなっているのか。生きている可能性もあるが、だとすれば一人娘を売り飛ばして今頃何をしているのか。
母親にはそのつもりは無かったのかもしれないが。どうせ碌な人じゃ無い。
「シーカは昼間は何をやってたの」
「私はいつも通り衛兵の詰所に行って、スラムで話を聞いてって感じかな。なかなか都合が良い感じで忙しそうだったよ。つまりはいつも通りだよ。ああ、だけど、カミナは少し気をつけた方が良いかも。最近、町中での行方不明者が増えて居るみたい。それも子供のね」
「ふうん。あたしがもし攫われたら、シーカが助けてくれるのかしら」
嫌だよ面倒くさい。そもそも攫われないように気をつけろって。
「ま、生きている限りは、見つけに行くよ。まだまだ一人で生きるには知らないことが多すぎる」
「本当?」
「本当、本当」
食事を終えてると、バックパックに残りの干し肉、ワイン、クラッカーを詰め込んでおく。基本的に厳重に守られていなければ、家にあるものはへったりなくなるものだ。見つからないように隠しても良いが。わざわざ出したりしまったりして、それで隠し場所がばれても馬鹿らしい。
なんだかんだ防犯的には持ち歩くのが一番良い。
そんな思想の元、盗まれたくないものと、武器なんかの携帯しておきたいアイテムを詰めていった結果、気がついたときには巨大なバックパックをオーダーメイドしていた。
いつの間に、そんなまるで歩荷のようなスタイルで生活していたのだけれど、寝袋もどきやロープや武器を詰め込んであるところは歩荷よりも登山家や軍人らしい、いや放牧民族?野人でもプレッパーでも何でも良いけれど。そんな大荷物の私の姿を見て、なんでも開拓者達を中心と、今までかごを背負う必要のある仕事の人たちの間で密かに流行っているらしい。
この優れた肉体だからこその歩荷的巨大バックパックスタイルなもので、そのうち小型化した普通のバックパックが流行ると思っていたのだが、当然のように同じサイズ感のものを背負っているのだから、「この世界の人は強靱だなぁ」と声に出して感心していたものだ。もっとも、無敵でも最強でもないが。
この世界ではバックパックとは巨大で巌のような大男が背負っているものの意として定着しようとしているのは、誠に遺憾である。
ボロ布の服、といってもスラムの他の仲間と比べると十分立派なものだが、少し肌寒くて竈に薪を足す。このパン屋顔負けの竈もカミナと協力して作ったのだ。カミナの協力があったからこそ、いくつも煙突や竈の形をテストしたりとこだわりがあるのだ。
「カミナ、今日は日が落ちるまで森に罠を仕掛けよう。今日は肉が手に入らないかもしれないけれど、失敗もしないし、森の奥まで追いかけて長引くこともない。って、寝てしまったのか」
振り返るとカミナは藁にパッチワークをかぶせたソファーで眠っていた。夜に出かけようとしているのだから、今のうちに寝ておくのも良いか。
カミナの横に寝転んで一緒にクロークにくるまる。良い断熱材も暖房も無いから、夏でも冬でも、夜は冷える。風邪を引きにくいし体力も使わない。私もカミナもいつも一人で寝ているから人肌が恋しくなることは良くあるものだ。
「お休み、カミナ」
バトルものやミステリーにある日常。そういう所が意外と一番面白かったりするものです(漫画は除く)。今回は世界観ではなくヒロイン1を描写するパートです。ちなみに1章に他のヒロインは出る予定がありません。もしかしたら名前ぐらいは出るかもしれませんが。
それ以前に読んでくれる人が居ると良いのですが。
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