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19 1章 19話 氷霊剣鬼

 1章まで毎日投稿予定。

 良いね。賛否感想お持ちしております。

 読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。

 

 森から脱出した我々は、ウーダンコット邸に帰るべく向かっていた。報酬、つまりこのスタッフ。嫌われ者(アナテマ)はすでに支払われている。ウースー卿の粋な計らいで結果的に命拾いしたが、報酬が前払いされていればもっと苦労が少なかっただろうと思うと微妙に釈然としない。

 何にしろ、マードブ殿にあの老人を改めて紹介して貰わなければならないわけで、一度、私もウーダンコット卿の所に寄ることとになった。

 ベットに倒れ込みたいような、むしろ寝ないで貴族邸の調査に向かいたいような、ともかくニューケイオスに早く向かいたかったけれど、ウーダンコット邸に寄るのは全くの無駄でもない。現状、この武器は手元に引き寄せられて、なんだか堅い敵に有効打を与えられることしか分からない。

 もしや、すでに強力なのでは。

 まあ、詳しいカタログはないみたいだけれど、入手の経緯や、十中八九槍でも剣でもないからだけれど、今までなぜ死蔵されていたのかぐらいは知りたいものだ。


「これは」

 

 首元にチリチリと針が刺さるような感覚がまとわりつく。嫌な空気だ。

 私の経験したことのない異物感。思わず首に手がかかるが、異常はない。

 隣に目をやると、マードブは張り詰めた顔をして、ついでにモウドットは全く何も気がついていないようだった。


「モドブ殿これは一体」


「戦だ。この感覚は何度か感じたことがある。いつかの戦場、あるいは5年前のニューケイオス。多くの命が失われたときの感覚と同じだ。俺はすぐに屋敷に戻るが、シーカはどうする」


 体はすでにニューケイオスに向かっていた。

 

「私は、申し訳ない」


「気をつけろよ、シーカ」


 町に近づけば嫌でも気がつく。まぶたが凍って、鼻が張り付く異常な気温。こんな現象を起こしているのは間違いなく氷精霊。

 世界が凍てついていた。

 村のように氷に包まれる、確かに驚異だろう。だがコレにはまるで及ばない。見渡す限り、町に周囲の土地から海まで完全に凍結していた。一体どれほどの規模の力なのだ。殺傷力自体はまるで足らない。だが規模だけなら、あの竜に匹敵するやも。


「フハハハハ。良いぞ。素晴らしい。コレを起こした怪物も、怪物を殺す魔人も。なんと理想的な」


 スラムの建物は積極的に破壊されているわけではないが、布張りの住まいは吹き飛ばされ、木製の建造物も大型の生き物に挽きつぶされたような痕跡が幾つもある。

 

 ふと目をやった路傍の隅に、ゴミクズのように転がった人が居た。ああそうだ。これだけの力、当然死人も出るだろう。

 私はまだ行動可能だが、凍傷だろうか。この世界の人間はかなり寒さ、暑さ、乾き、飢え、そういった生命維持の限界がかなり高いはずだが。それでも耐えられなかったか。

 かわいそうに。


「シーカ、さま」


 ああ、彼は私に子供捜しを依頼した孤児院の老人だ。かろうじて息がある。だが体そのものが彫刻のようになっている、彼が声を発せたのは最後の執念とも言うべき思いなのだろう。


「どうか、子供達を」


 彼は静かに私を呼び、そして息絶えた。

 

「カミナ」

 

 私のボロ小屋は静まりかえっている。私の置き手紙はそのままに、生き物の痕跡はない。

 私は走り、城門まで向かう。城壁は閉ざされ、数多の亡骸が山となっていた。猟犬や人、あるいはまだ見たことのない氷精霊とやらか、近い眷属か。

 遺体ももれなく凍てついてまるで地獄のようだった。


「これは巨人とかそういう生き物かな」


 大穴が空いていたりバラバラになっていたりと欠損が激しいが、その大きさ以外は人のように見える。おそらく建物の破壊の跡はコイツが作り出したものだ。城壁まであと一歩。コレが壁を破壊していたらいよいよ危険だった。

 その他様々な怪物が、城壁に近づくほど行く手を阻む。雑魚には違いないが、長々と相手はしていられない。

 心なしか、スラムの端よりも雪が激しい感じがして、視界も悪い。後どれだけの後続が居るのかも分からず、やがてこの遺体すら雪に包まれて見えなくなるだろう。この中に知り合いがいないことを願いつつ、私はこの壁を越えなければならない。完全に町はシャットアウトされていて、中に入るためには城壁を越えねばならず、町の外で戦っている戦士の姿はない。生き物の姿は魔人種の敵以外に見当たらなかった。

 嫌われ者(アナテマ)を握りしめ、助走を大きく取り城壁に向かって走り出す。巨人の亡骸を踏みしめ、まるで上空に引っ張られるように飛ぶが、城壁を飛び越えるには少し足りない。このままでは顔面から城壁に突っ込むことになる。頭上で嫌われ者(アナテマ)を城壁に突き刺し停止した。


 振り子のようにその上に立って、垂直跳びでついに城壁の端に手がかかった。城壁の上に立って指先に集中する。嫌われ者(アナテマ)とわずかに何か繋がりが感じられる。おそらくコレが魔力なのだろう。壁に突き刺さった嫌われ者(アナテマ)が手の中に吸い込まれるように引き寄せられた。

 飛び降りるとすぐそこに詰所があるが扉は開け放たれて出払っている。通りはあまりに風が強く視界がホワイトアウトしている。建物の影を蛇行してあの場所に向かう。


「邪魔だ、排除する」


 道中開拓者か衛兵かが、猟犬と戦闘していた。因縁の相手というか、前回は苦渋をのまされたがこちらも以前とは違う。攻撃力が格段に上がっているし、戦闘の感も全盛期に近い。おまけにデコイまで居てこちらに意識が向いていないと来ている。負ける理由はなかった。

 クルリとスタッフが弧を描き担ぐように構えたそれを相手も脳天にたたきつけるべく。更に大きな弧を逆順で描き、最後に真っ赤な花が咲いた。


「ありがとう、助かったぞ坊主。他の戦士をどこかで見なかったか」


「いいえ。待ちの外から城壁を越えてきましたが、今のところは。城壁の外は完全に包囲され、占領されています」


 アレでは他の門の辺りも全滅だろう。

 

「まさか城壁の外から来たのか。門は閉じたはずだが」


「ええ、なので登りました」


 登ったと言うよりは飛び上がったという感じで、しかも城壁に穴を開けてスマートではなかったけれど。緊急事態だ、許して欲しい。


「現状はどうです。こちらの戦力や被害状況、避難場所は。急いでいるので手短に分かっていることを教えて頂てくれます」

 

 私はすぐにでもカミナの所へ、ストルトム男爵の屋敷に行かなければならないのだ。町の人々がなすすべもなく壊滅したというのは考えにくい。門が閉まっているということはある程度、防衛に成功しているはずだ。でなければ、もっと多くの死体がスラムにもっと転がっているはずである。


「唐突に奴らは攻めてきたんだ。初めは城壁を使って防衛をしていたんだがスラムの人間がなだれ込んだせいで町へかなりの数の侵入を許しちまった。仕方なく城門を閉じ防衛戦をしていたんだが」


「中に侵入された敵に内部から崩された」


「そうだ、この町の兵力は案外少ない。開拓者の半数以上は他の町や、前線の防衛に回っている。開拓者の最大拠点といっても衛兵まで一流って分けじゃねえ。貴族もニューケイオス伯爵以外は兵団を所有していないからな、町の全域を守る力はない。俺たちは造船砦までの撤退を余儀なくされたんだ」


 造船砦。かつてニューケイオスの象徴だった、今は造船所となった400年不落の要塞。確かにあそこなら、落ちることはないだろう。数はともかく、この町の戦力はどれも優秀だ。装備も含めれば昨日までの私よりも戦力として優秀だ。


「町の住民の避難はどうなっている、無事な人は」


「生き残っている住民は伯爵を中心に、多くが避難完了している。逃げ遅れている人は、たった今捜索しているが、まだ見ていない。探している人がいるなら、君も一度砦に立ち寄ってくれ。生きていればそこで見つかるはずだ」


 砦ね。皆無事なら良いが。

 

「町はこの有様だが、後は内側の怪物をじわじわと排除すればなんとかなるだろうな。心配は要らない。出来れば今すぐにでも協力して貰いたいところだが、君には目的があるんだろう、砦に立ち寄ってからでかまわない」


 しかし砦か。面倒だな。この吹雪ではどうしても感覚が鈍る。

 この体はとことん頑丈だ。吹雪で冷えた体も、繊細に操作できる。痙攣もせず、凍傷にもならない。体から熱が奪われる感覚自体が随分と薄かった。

 だが、視界皆無の状態ではどうしてもまっすぐ歩くのが難しい。ストルトム邸へは距離も近く、ついこの間に行ったばかりだが、造船砦には無事たどり着けるかどうか。

 

「ああ、坊主コイツを持って行くと良い」


「これは」


魔法武具(マジック)の中には持ち主へ戻ろうとする類いのアイテムがある。これはその壊れた破片だ。これを使えば伯爵の元に、つまり要塞にたどりつける。ただ……」


 ただ、なんだ。 


「伯爵家以外の貴族の多くが、どうやら自らの屋敷にこもっているらしい。もしかしたらそっちにも避難している住民がいるかもしれない」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 何故か、ここに来る度に何かしらトラブルがあったが、三度目の訪問は今までで最も不愉快なものだった。

 立てこもっているはずの、キーマン・ストルトムもその夫人も、見当たらず。それどころか、執事や警備、従僕(じゅうぼく)端女(はしため)も居ない。カミナの姿もまたなかった。

 屋敷の本邸を見て、その後見慣れた別邸に向かった。そこに争った痕跡こそないが、寒気後吹き込む扉を閉めると、全体的に埃っぽかった。屋敷の敷地には、怪物の姿も、血痕も見当たらないが、逆にこの状況の異常さを浮き彫りとしていた。


「一体どうなっているんだ。奴ら一見視覚で判断しているようだが、建物の中だろうが的確に人を襲う。他のおかしな所を無視しても。何故このエリアだけが初めから何もなかったかのように空っぽだ」


 がらんどうな屋敷を一通り探したが何もない。諦めて造船砦に向かうべきだ。

 特に理由はなかった。振り返りなんとなしに、その扉を開けた。多くの酒瓶。高価な机や椅子。それに書籍。おそらく、キーマン・ストルトムの書斎だろう。アルコールの臭気や獣臭と糊の香る書物の中に、ジメジメとしたカビのような匂いが微かにした。

 毛皮を剥がすと少しずれているハッチがそこにあった。


「松明かランタンの1つぐらい置いてあっても良いのではないかと思うのだけれど、如何だろう。全く、不親切だね」


 普段から出入りする場所ではないのだろうか。だとすればただのシェルターであってくれると、心安らかなのだけれど。そうはならない確信が私にはあった。

 いくら夜目が利くといっても完全な暗闇では何も見えないそこら辺に転がっていた獣皮に火をつけて松明代わりにしているのだが、手は熱いし、すぐ燃え尽きるしで文句も出るというものだ。どうやら、何か地下室への入り口ではなく、どこかへ向かう地下通路だ。

 この町で地下室の類いは、下水だか地盤沈下だかで作れないと聞いていたのだけれど。そんなものはお構いなしなのか。壁の質感からして、魔術の痕跡を感じる。崩落する危険性こそないだろうが、わざわざ金をかけて作りたかった何かがここにあるのだろう

 何度か一本道を曲がり、平坦なただの壁にたどり着く。


「これだけ歩かされて行き止まりか?脇道はなかったはずだが。困ったな」


 壁に触れると、魔術の扉だろうか壁が溶けて、通行できるようになった。

 通り過ぎると元に戻る。

 ようやくたどり着いたのは、まるで子供が夢見る秘密基地のようだ。

 詳しく探して弄って壊して奪いたいものもたくさんあったけれど、先にすすむ。

 ロビーのような所を抜け、大扉をひらき円卓を踏み越えた先、その秘められた研究室を暴いた。

 少し部屋全体が血なまぐさく、そこにあるものの正体はよく分からないが、どれも物珍しい。

 そもそも大部分が破壊され、一部氷の彫刻のようなものに組み替えられている。

 彫刻は複雑な装飾だが、よく見るとその中心にあるのは方位磁針のような機構だ。針は揺れ動いているが、何やら今入ってきた円卓の方向を、私の方を指している。

 道中曲がりくねっていてわかりにくいが、海ではなくスラムやジャッカーロープの方を刺しているのだと思う。

 更に奥に進むと巨大な水槽、あるいは培養管としか言えないものがあった。この世界でこれほど上質なガラスを初めて見たかもしれない。酔狂な水槽などではなく、やはり何か実験のようなことを行っていたのだろう。


「気色が悪いオブジェだな」

 

 部屋の隅には元人間らしき氷像が、積み重ねられるようになっている。よく見ると上の方の氷像の方がより人形を失い、まるで繭のようになっている。そして中には背中が内側から破られたように破裂していた。

 全体的に小柄な氷像が多く、これらがかつて子供の魔人種だったことがうかがえる。そして共通して胸の辺りに短剣で突かれた傷が残っていた。

 胸骨を砕いてわざわざ胸の中心につけられたその傷は、心の臓を止めるためというよりも、より儀式的な目的を感じる。

 コレを検分するのは躊躇われた。

 書類も当たりに散乱して残っているがまだ知らない言葉が多く解読できない。魂がどうとかと書かれていた。

 無作為に服にしまって、当たりに手がかりは無いかと見渡すと、半開きの扉が目についた。

 更に奥の扉を開けると鉄格子に囲われた牢屋、あるいは実験動物の檻だろうか。破壊されているが、ただ1つを除いて他に何もなかった。


「コレが馬鹿げた大惨事の果てに作り出したかったものか」

 

 薄氷を鍛えたかのような短剣が転がっていた。手に取ってみてもおかしな所は見当たらない。だが刃の形が丁度、子供達だったものの傷跡と同じものに見える。

 傷跡にもう一度合わせてみようかとも思ったが、やめた。そんな事をしなくとも、あの傷に間違いない。

 そう思うと人を切りつければどんな悪影響があるか分からず、抜き身で持ち歩くのはためらわれ、そっと元の場所に戻した。

 結局、誰も見つけられなかった。カミナもストルトム家の人も。

 良かったのか悪かったのか、ため息を吐いて、振り返った。

 赤。

 赤。

 赤。

 赤。

 この部屋にある血の匂をもう一度、息を吸って改める。

 入ってきた扉のある壁には、血文字で『預かった』とだけ大きく書かれていた。

 そしてそれは釘で打ち付けられた。

 その無残な人の腕のようなペンキブラシの指には、見覚えのある指輪がはめられていたのだった。

 彫られている文字は、


「ストウデンバーグより」


 部屋を出ると。積み上げられた氷像とは別の所にあった、1つの繭が、大人の氷像がひび割れる。

 ピキリッリ と。音を立て背中を突き破り生まれたのは、出来損ないの氷精霊の猟犬だ。それは私の元にたどり着く前に。

 息絶える。

 

「か……み な」


 なり損ないの猟犬からか。たった今避けた卵の殻か。幻聴のような顔が聞こえる。


「コイツはキーマンストルトム男爵か」


 勇気を出して。かつて魔人だった、肉塊ですら無い成れの果てをよく調べる。

 積み重ねられた氷像の首元を見ると取り込まれてはいるが、木簡がかけられている。

 服の上から分かる。堅い感触を頼りに、ポケットから木簡を取り出して見比べる。力のない細腕で、不器用にだが丁寧に彫られている。

 この子達は発見されなかった、孤児院の子供達だった。

 これは。


「どうか」

 

 神にも祈らない私だが、たった今だけは彼らの魂の安息を祈ったのだった。

 

 

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