14 1章 14話 氷霊剣鬼
この話は少し長くなってしまいましたが、過去編はコレで終わりです
1章まで毎日投稿予定。
良いね。賛否感想お持ちしております。
読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。
「ねえ、おじさん。いつもこの家に品物を卸しているの」
老馬が一頭で引く小さな馬車が一人の商人に率いられている。この町に暮らしている商人だろう。
「そうだよ。衣類や遠方の食品を男爵に買って頂くのさ」
そうか。貴族にもなると店に行くのではなく、商人の方を呼びつけるらしい。
なるほど、なるほど。アレだ、営業のようなものか。呼びつけておいてか、勝手にやってきたのか知らないが、貴族か何も買わずに家から追い出したとなれば、懐事情か商人の品性を疑われる。安い品の一つぐらい購入して貰えるんだろう。
貴族は優秀な商人との関係と上下をアピールしつつ、足を運ぶ手間も省く。それが定期的な取引となれば、商人は確実な収益が見込めて、貴族は一定の品質と信頼が持てる。
信頼を盾に停滞した商家を、守るだけの存在になり果てた存在は害悪だが、システムを考えた人は頭が良い。
「へえ、立派な品ばかりだねえ。私もこんな品が扱える、立派な商人になりたいよ。ところで1つ聞きたいのだけれど。僕と同じくらいの背丈の女物の衣類はあるかな」
「いやないよ。男爵には娘は居ないからね。それに男爵に頼まれたこともないし。どうしたんだい」
「本当に。無いのなら良いんだ、私の友達にとても良い服をプレゼントしたくて、試しに聞いてみただけだから。気をつけてね」
いい話を聞けた。感謝しなければ。
「ああ、けど、3年前。一度だけ女物の子供の衣類を頼まれたことがあるよ。はぐらかされてしまったのだけれどね。いろいろな商人に声をかけて、物を最も早く用意出来るのは誰かと躍起になっていたから覚えているよ。今に思えば君と同じく友人への贈り物だったのかな」
「へー。そうなんだ。ありがとね、おじさん」
本当にいい話を聞けた。
私は引きつりかけてきた頬の筋肉をほぐしながら路地の方へと進む。視線は上に周囲の塀を観察していた。
塀の上部には、有刺鉄線とも違うが鎖あるいは荒縄のような物に繋がれた穂先のような物が突き刺さっていて周囲に近づいた鳥をチリッという音と共に気絶させている。雷ではない、もっと得体の知れない力だ。おそらく魔術が関係しているのだろう。私に対する防衛能力は十分だ。ガーゴイルが動き出す防衛機構なんかよりはましだが。上からの侵入はかなり難しそうだ。
となると壁を壊すか下からか。あるいは先ほどの商人のように正面からか。
今から商人になるのは難しい、使用人も。衛兵として屋敷に入る。無理だな。服は手に入っても背丈はどうしようもない。やはり潜入ではなく侵入となるのかな。
「とりあえず穴を開けてみるのが手っ取り早いかな」
私はここ2日この屋敷を観察してきた。出入り口は正面の門とその横にある扉だけ。敷地は全て塀に囲われて、おそらく、ここが最後に残ったストルトム男爵領なのだろう。周囲の建物に登れば少し中を見ることができる。まあ視界が広いということは、相手からの視線も通るということだが。
門から先に、まず馬小屋と使用人の宿舎、それと物置があって屋敷が迎えている。屋敷の周囲は庭園になっていて、来客や、もちろん居住者を楽しませる工夫がされている。
そして庭園を抜けた先、小さな家が建っている。おそらくアレが別邸だろう。
あの建物を調べてそこに隠されたお姫様を見つければいい。
簡単な話だ。
塀は木材の枠、セメントのようなものと石の混合物、石材の三層で出来ている。随分と贅沢な壁だ石材といっても化粧タイルのような物で、防壁としての役目を果たしているのは、おおよそ石とセメントの混合物だ。わずかに基礎も作られているようで、地下をトンネルで抜けるのは難しそうだ。やはり一部分を削り取るほかないだろう。
幸い庭園はこう言っては何だが、草が塀に差し掛かるまで草木が茂っている。特に別邸の周辺は穴が1つ空いたぐらいでは気がつかないほどだ。
セメントといえば水中でもお構いなし。鉄筋はともかくセメントだけならば100年以上の耐久性を誇る、引っ張りと重いこと以外は非常に優れた素材というイメージだ。だが確か昔のものは水に弱いと聞いたことがある気がする。
「まあ水をかけただけで溶けるみたいなことは当然無いだろうけれど、強度が下がればそれでよし」
数日後、計画はすぐに完了した。天候は大雨。濁流のような雨音が、全てをかき消していた。ツルハシの先端だけを取り出したような、平たく先端のみが鋭い鉄の杭が、モルタルを数度打ち付け、ボロボロと中から石が崩れる。
こんな時のために用意していた秘密兵器。武器屋から聞いた話、その情報代として購入した物だ。
見る見るうちに作業は完了し、数時間の内に丁度人が通れるだけの道ができあがった。
日が暮れて、雨はやんだが絶好の曇り模様、足下もすっかり見えなくなった。あの世界とも違う、雨の匂いが鼻についた。星が町をがほのかに照らすなか、他に明りもなく別邸の前までたどり着いたのだった。
ストルトム男爵邸には蝋燭のような明りが見えるが、別邸はとても暗い。中に入れば尚のこと。ランタンでも持ってきた方が良かっただろうか。いくら夜目が利くと言っても、完全な暗闇でも見ることができる、みたいな特殊能力は持っていない。
目は赤外線カメラではないのだ、赤外線があるのか知らないが。ともかくこちらの顔も見えないのに交渉もクソもないだろう。
そう思っていたのだが
「あたしを楽しませててみせて」
「は?」
そこには確かに少女がいた。それは想像のような箱入り娘でも、枷に繋がれてもいない。野良猫のような。一度町に出れば背景の一部となってしまうような女だ。どんなしょぼくれた魔術士がいるかと思えば、しおらしくもなく傲慢で、どこか孤高であろうとしているようにも見える。
「だからあたしに魔術を教えて欲しいのでしょう。それならあたしの一日をあなたにあげる。だからあたしを楽しませて見せなさい。頼み事をした相手の機嫌を取るなんて誰でもやっているじゃない、それとも何の対価もなく頼み事をしようとでも。そうしたらあたしの知っていることを教えてあげるわ」
ひどい顔だ。私も、自分も、生命も、死も、他人も、赤子も、大人も、全てが平等に気に入らなくて、全てが平等に興味がない。そんな恨みや苦しみで摩れきって、死人の面をしていた。
「本当に魔術を教えてくれるんだな」
「教えられることは、全てを」
「教えられることね。はあ。まあ、教えてくれるというのなら良しとしようか。それでは、明後日またここに伺います。それでは私とデートをして頂けますか」
「ええ。喜んで」
どうしてこうなったんだか。
面倒なことになった。コントロールするどころか、あんなじゃじゃ馬がいるとは。
けれど、面白いじゃないか。魔術の基礎を話に聞くぐらいの気持ちだったが。コレのルーツを暴いてみたくなってきた。
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日を改めて。私は馬車の中大量の衣服に紛れていた。衣類の隙間からいつ警備員が中に入るかと待っていたが、ちらりとも確認されなかった。警備が馬車の中を確認しないのは、怠慢なのか、そんな心配は不要なのか。
もし見つかればドキドキ、ステルスミッション、見よう見まねCQCを披露しようと思っていたのだが、ものすごく平和だ。ナンバー63824のトラックまで出番はお預けらしい。
これだけ平和なら、歩いて入らなかった価値もあるというものだ。だが、仕掛けが無くてもなんとかなったのではないかと思ってしまうのも仕方が無い。
「シーカさん。出てきて大丈夫ですよ」
馬車の荷台からでるとストルトム男爵の馬小屋の前だ。
「ありがとう、あー、んーと。トープス助かるよ」
知り合いの商人に無理を言って、馬車を用意して貰った。あまり頼りたくはない相手だが、忌避するほどでもない。
「いえ、未来の英雄の頼みなら何でも聞きますとも。私が生きているのはシーカさんのおかげですから。グリフォンライダー・シーカ。シーカさんさえ良ければ、いつでも町に噂を広めますとも。知人にとても有名な詩人がいるんです。きっと彼なら喜んで歌を書いてくれます」
「勘弁してくれ。散々引きずり回されたあげく、グリフォンを撃退しただけで殺すどころか、傷を負わせられたかも怪しいよ」
これだから彼は嫌なんだ。思わず名前も覚えてしまうほどに。かといって悪意がある訳でもなくやりにくい。
屋敷に向かうトープスを確認して、屋敷の横を通り過ぎる。途中、庭師らしき男に出会った。
「久しぶりだね、おはよう、ご苦労様」
「お、おはようございます」
何故か顔を合わせようとしない、初対面の庭師を尻目に庭園の中に入る。こう見ると壁の穴は注意してみないと分からない
庭園を横断し、堂々と別邸の扉を開け放った。
「おはよう、約束通り迎えに来たよ。私の名前はシーカ。名前を伺ってもよろしいかな、マドモアゼル」
「髪を結ってきたのね。よく見ると珍しい髪だわ。青みがかった」
青、気にもしなかったが確かに毛先の方は青く見えるかもしれない。太陽に掲げて見ると確かに水色だ。
今の私は身を清めて髪を整えてある。服装はボロ布の中でもましなボロ布で、腰には今使っている剣を吊していた。自分で言うのも何だが、小汚いスラムや町の人間と比べるとかなりましだと思う。
「ふさわしい格好だろう、それで君の名前は」
「カミナ。ただのカミナ」
「オーケー、それじゃあ行きますか」
カミナの手を引いて、外の世界に連れ出した連れだした。彼女を馬車の荷台に招待する。
「あら随分小さで小汚い馬車ね」
「そいつは失礼」
とんと肩を押しと、尻餅をつくように、衣服の山の中にすっぽりとカミナが吸い込まれる。外を確認すると、商談を早々に切り上げたトープスが、こちらに向かってきているところだった。
馬車が無事に門を越え。ゆっくりと町並みが通り過ぎる。
「シーカさん、まずはどちらに」
「理容師のところへお願いするよ。それと例の品を持ってきてくれる」
今度はなされるがままに、理容室の扉の中に吸い込まれていったカミナは、いかにもな男か女か分からないマッチョになされるがまま。カミナは次々と整えられていく。
カミナの着ていた、元の汗臭い服は捨て去って。高価とは言えないながらも、赤く染められた良いコタルディを着ている。
ベルトや、少し衣装のシルエットまで一番立派なのを私が見繕った物だ。手痛い出費だったが、カミナの体に合わないところは手直ししてくれているみたいだし、魔術の対価としては悪くない。コタルディと整えられた髪が、二つの異なる赤で良く映える。野良猫とは言えなくなってしまったかな。
「見違えたね。なんだ、美人じゃないか。どうだいトープス。私は良いと思うのだけれど、私の感性はかなりずれているからね。どうだい、マシになったのじゃないかい」
「ええ私から見ても立派だと思います」
元より衣類のセンスを磨いた覚えもないが、この世界の文化なんて何も見ちゃいないものだから、特に自信がなくて良くない。
「ありがとうトープス。ここから先はこっちでなんとかするよ。本当に今日は助かった」
「いえいえ。また何かあれば言ってください。なかなかスリリングで面白かったです」
ものすごい笑顔で商人と別れた後、その何かを期待したかのような目にしばらくうんざりしながらも、実際、楽しくエスコートする。
全てを物珍しそうにするものだから、カミナと共に町を歩き、時には出店で更に散財するというのもそこまで悪くない。思い出話をするほど老いていなかったが、それでもいつしかの青春のようだった。連れているのが幼女でなければだが。
そうして私はある建物に向かった。
円形のその建物は時に劇場と使われ、時には競売の会場となり、今は闘技場だ。
闘技場と言っても民衆の娯楽という側面と共に、市民の中から英雄の卵、あるいは開拓者の卵を見つけるための施設でもある。貧民がそれなりの報酬を求め、どうせ死ぬならと、一糸の救いを求めて戦いに挑むのだ。もちろんそれ以外に闘争を求めて捉えられた怪物と戦う物好きも居る、それに最もおこなわれることが多いのは剣闘士同士の戦いだ。剣闘士達は、ある種、民のヒーローであり、広告塔なのだ。
闘技場の入り口に一人の子供が立っていた。
「やあやあ我こそは、モウドット・ウーダンコット。貴様達を我が子分に――あっ……」
建物の入り口を塞ぐ子供の脇を通り過ぎて中に入る。中には、通路が二つありその中央にカウンターがあった。
「ねえ。あの子供、無視して良かったのかしら」
「え、そんな人居た?」
「いえ、何でもないわ」
カウンターには恰幅のいい男が何人か見えるが、その他、少々小柄な男が声をかけてきた。男は私たちの服装をなめるように見て、私とカミナを交互に見比べ、そして何か納得したようだ。
「子供が観戦するものではありませんよ」
仕事熱心なのは良いけれど、雰囲気からしてやさぐれた、ちょっと腹黒そうな男だ。
うわずった言葉は彼なりの配慮なのだろうが、もう少し皮肉っぽいというか、小馬鹿にしたような態度は、閉っておけないのだろうか。まあその、金持ちの子供が血を見ると面倒くさいという心配はもっともだけれど、私に限っては不要だ。
「観戦?いいえ。私は参加しにきたんですよ、怪物殺しに」
「ですが。いえ、分かりました。私が口を出すことではありませんね。それでは、説明を。現在捕獲されている小型の怪物との1対1の戦闘を行います。一度怪物が放たれれば、例外を除いて怪物が死ぬまで出入り口は塞がれます。これはたとえあなたが命の危機に瀕した場合も同様です。あなたが死亡した後、職員によって怪物は処分されます。よろしいですか」
「概ねかまわない、だけど戦いは5対2だ」
「シーカ。まさか私も参加させるつもり」
カミナが横やりを入れるが。その心配の必要はない。それに今更逃げ帰るなんて事は許さない。今日一日は私に付き合ってもらう。
「いいや。カミナは後ろ安心して見ていれば良い。私なら一人で5体全て殺せる」
「そんなめちゃくちゃよ」
カミナは見ていると良い。そして私に見せてくれ。
魔術の輝きを。
「はあ。いえ、何でも良いですけれど」
受付の男は不服そうだったが、問答なく中に入れてくれた。準備があるのか、今すぐにとは行かなかったが長く待つことはなかった。
その間、カミナは不満たらたらという様子だったが。ヒステリックやパニックを起こす様子は無く落ち着いている。あるいは諦めているのかもしれない。少しは信用して欲しいのだけれど。まあそれならそれでかまわない。
「それじゃあ始めますか」
闘技場中心部。舞台の中に入ると、鉄格子が下ろされ私たちは隔離された
歯車の回る轟音を響かせ、対面する鉄格子が開け放たれる。
グルルル と。黒い影が直線に、矢のように突撃してきた。そして私と相対する直前で進路を後ろのカミナへと曲げ突き進む。
そうして私の背後で、朽ちた野犬が胴の辺りで左右に分かれた。
「そんな動きで私から逃れられる訳がないだろう」
後ろから悲鳴が聞こえた気がしなくもないが、確認してみると服が汚れていないようで安心する。さすがに新しい服が腐肉で汚れてしまうなんて事になったら涙が出る。
スラムに居ても違和感がなさそうな野犬が。よそ見をした私に噛みつこうとしているが、鼻っ面を殴りつけるとすぐにおとなしくなった。そして剣を頭蓋に刺せばすぐ動かなくなる。
「何だ。怪物の頭数が足りなかったのかね。後はただの野生動物じゃないか」
あるいはあの受付の男の計らいだろうか。余計な事だが、それならそれで良いか。怪物は動く死体が一匹だけで、後はただの興奮した動物だけだった。
手近なところで立ち止まっている個体が居たので駆け出した。殺してくれと言うばかりに中型のイノシシだ。この世界のイノシシは牙が本体かというほどのアンバランスな剣よりよく刺さる牙を持っているため、安全とはほど遠いが。
一歩で滑るように接近し、返り血をかぶらないように首を半分ほど切り裂く。そのまま勢いで通り過ぎ、円を描くようにカミナの方へ戻る。
武術なんて立派なものも、技もない。返り血を浴びたくないのなら血が出る前に離れてしまえば良い。なんちゃって剣術の脳筋歩法だ。今考えた。
「カミナー、昼食はコレにしよう」
後2体。
残った野犬は、怯えてしまったのか私を避けてカミナの元に走り出す。いや初めからカミナを襲おうとしていたのだったか。そういう強さみたいなのを感じる能力が野生にはあるのかな。
先頭を行く野犬に剣を投げつけて胴に突き刺さる。それでも牙をカミナの首元にねじ込もうと歩いているが、もはや長くはあるまい。
すっかり足の止まった最後の野犬は、走るまでもなく素手で鎮圧した。剣を手放したのが少し不味かったが、地面に何度か殴りつければ野犬程度は静かになる。
残ったのは胴に剣が刺さった野犬のみだ。残った命の灯火を使い、必死にカミナの元に向かおうとする。
「さあカミナ。君がとどめを刺せ。その魔術で」
カミナは戸惑っていたが、意を決したようだ。それから更に30秒ほどの時間を要して。光を球を解き放った。光の球が拡散し。チリチリと炎を放射状に吐き出して。野犬の息の根を止めた。
「見事な戦いでした。こちらが報酬です」
そうしてイノシシと生の魔術を見るという報酬を手に入れ。ついでに少しの金銭を受け取った私は。近くの適当な食堂で焼き肉をたしなんでいた。
「シーカ、あたし、私言いたいことがあるのだけれど良いかしら」
「うん、カミナ。良い魔術だったよ。素晴らしい。とても楽しかった」
「あなた、見ているだけで良いと言っていなかったかしら、念のためにテスタを使えるように準備をしていたけれど、まさか本当に魔術を使うはめになるだなんて」
「楽しかっただろ。焼き肉もただで手に入ったし」
食事は別で金を払わなければならないかと思って、愉快な解体ショーと魔術を使わざるをえない状況に追い込む他に、お金が手に入る事も期待していたのだけれど。なかなか運が良い。
「ところでテスタってのはさっきの炎の魔術のことかい」
「いいえ、防御膜の魔術。ええっと、透明な壁みたいなもので相手の攻撃を防ぐんだけれど、」
「ああバリアーね。良いな、便利そうで。貫かれる可能性は拭えないけれど、初見の敵に対しては安定行動じゃないか。この世界に来て、戦いに身を置くようになってから思うけれど、敵に対して必ず通用するシステムがあるってのは安心感がある。私もこの肉体の性能がとても優れているというアドバンテージがなければ、こんなにアグレッシブな行動は取れないよ」
この肉体の性能は、前世とは比べるまでもなく、この世界の人と比べてもとても優れている。おそらく英雄と呼ばれる類いの存在に迫れるほどに。
「おいしい」
ぽつりと。不意に漏れた言葉だった。私に向けた言葉ではない。だが、それがたまらなく私は嬉しかったのだろう。仏頂面よりは笑顔の方が好感が持てる。
「良かった。やっと笑ってくれた。不安だったんだ。私はもうよく分からなくなってしまっているから。元の世界からだったのかもしれないけれど、それすらも分かりゃしない」
それから町の観光スポットらしき物を全て見て回った。昨日のうちに色々調べたのが良かったのか、楽しんでもらえたんじゃないかと思う。あの世界みたいに娯楽がたくさんあるわけではないけれど、それでも私も見たこともない場所も幾つもあって、私も気がつけば笑っていた。
「ねえ、シーカ。最後に寄りたいところがあるの」
城壁を背に、途中砂浜を越えてたどり着いた岸壁の空気は冷たく。波の音が突き抜け、そして静かだった。
監視小屋の横を通り抜けると、グリッド状に墓石が規則的に並ぶ。花束や武具が捧げられた幾つもの墓石の横を通り過ぎると、草が茂るようになり、気がつけば墓地の更に端だ。もう少しで森の中に入るかというところでカミナが立ち止まり見下ろす、そこには丸石が膝ぐらいまで積み上げられた塚のような墓があった。墓前に咲き乱れた花々が唯一の参拝者だったようだが、今日はそこにもう二人分の祈りが加えられた。
「これは」
「お母さんのお墓よ。何も埋まっていないのだけれどね」
「あたしの母、アリアは魔術士だったわ。私の一族はあの砦の建造にも携わっている魔術士の一族。当然、私も4才までは魔術を習っていたわ。けれど3年前、私の母親は突然と姿を消したわ。忽然と、煙のように。どうせどこかで死んでいるだろうにね。そして私はストルトム男爵家に迎えられることになったわ。母の妹、ストルトム男爵夫人は、あまり良く思わなかったみたいだけれどね。
「あたしの利用価値はストルトム男爵としては無視できないもの。ストルトム男爵は元々魔術士の血を取り込むために叔母と結婚したわけだけれど、結果として、魔術士の卵を手に入れたのだから正解だったというわけね」
なるほど私の戯言も全くの的外れでもなかったのかな。望まれ、恨まれ、挙句の果てに品評される。結果、本人の才覚に関係なく。魔術士にすら拒まれたわけだ。
「ふふ。それでどうしてあんなところに封じ込まれていたんだい、男爵は身に余る物を手に入れたにしても、蝶や花やと蜜の一滴まで搾り取られそうなものだろうに」
「1つは私が拒んだからでしょうね。叔母、継母からしては私は目の上のたんこぶでしょうし」
「その叔母は魔術が使えなかったのか。魔術は人であれば全員使うことが出来ると聞いていたが」
「魔術を使うだけならね。魔術には二種の才能があると言われているわ。1つは器。理論は色々あるみたいだけれど確証はないわ。魔神様にどれだけ近い構造をしているかだとかね。つまり魔力で崩れない体をしているかどうか。もう1つは術。術との相性が悪ければ起動できないし、頭が悪くてもダメ。それらが叔母にはなかったのよ、一族の落ちこぼれだった訳ね。それに有用な術は派閥ごとに独占されているわ。才能だけではなくコネも必要なの」
「それは知っているよ。だから君に会いに来た。派閥に属していない魔術士で、そしてしがらみにも捕らわれていない君に」
「あたしは魔術をあなたに教える事はできないわ。あたしは魔術士として下の下、魔術もほとんど扱えない。中途半端に教えて変な癖が付いてしまえば、あなたに悪影響となってしまう」
それが知っていることの全てか。
「まあ。だろうね」
「知っていたの。何で」
彼女に初めて会ったとき、彼女には何もなく。けれどこの人は、私を騙したいのだと確かな意思があった。
「何でだろうね。面白そうなおもちゃを見つけたからかな」
心が折れるほどの絶望でもなお強く、足掻く意思の獣。そこに見たのは、かつて故郷を守る為に戦ったあの亡き英雄達だったのかもしれない。
「あるいは愛だな」
「なによそれ、ふざけないでよ」
「此の世に絶望しきったみたいな顔している子供をぐちゃぐちゃにしてみたくなったのさ」
「大変。それは随分屈折した愛だわ」
良いね。賛否感想お持ちしております。
読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。




