1 1章 1話 氷霊剣鬼
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灰色鴉が赤い大地を見下ろす。地上に生きるもの姿が草一つもまるで見当たらない不毛の地。そこに久方ぶりの訪問者がいた。
岩肌を覆うように石礫が転がる。舞う赤錆びた土埃は、キラキラと月光を反射し、眩しいぐらいだった。
そんな中、四人の男女が馬を駆けさせる。それは何者かに追われているためか、とても素早く、しかし粘り強い。後方の気配が加速すれば馬を急がせ、それ以外の所でもなるべく馬の負担にならないように急がせている。
彼らは馬と体に赤褐色の膜をまとっていて、それは最も有名な魔術の1つだった。時折、氷柱のような不格好な杭のような飛礫がその膜に当たり砕け散る。そのたびに金属音を鳴り響かせている。
ここは人類最終到達域、エンドライン。人が住める領域の端ではない。人がたどり着ける限界地点だという意味だ。
200年ほど前、100人を超えるの精鋭が、多くの物資、調査、犠牲を前提として到達した大地。だがここに人が暮らすようになるまでは、更に200年以上の時が必要だろう。長らく人はこの土地を手に入られずにいた。
まだ人の支配地ではなく名前もないこの場所だが、後に名前が付くとしたら鉄血渓谷とかだろうか。当然渓谷であることには違いないが、何より特徴的なのはここを支配している種族である。
怪物が支配する領域は多種多様。強力な怪物は風景すらも改変する、まさしく領域の主のような巨大かつ強力な生き物も居れば、強力な群れを率いる怪物。小さな肉体に埒外な強さを獲得した怪物も居る。鉄血渓谷の場合は周囲の生き物全てを切り刻む領域の主、たった一体が支配している。
彼らを襲う飛礫もまた領域の主の影響だが、決して攻撃ではない。当たれば人など簡単に貫かれるが、ただ漏れ出たいびきや屁のようなものでしかない。そんなものすら、一流の実力者でなければ防ぐことも出来ないのだが。
現状人は敵とすら見なされていないのだろう。だがいずれ人が滅ぼす敵だと、人は信じ夢見ているのだ。
「オーエン。奴らはどう、近づいてきている?」
「付かず離れずって具合だな。奴らもこれ以上の速度で移動する術はないだろうよ。俺の魔術で馬はこの速度で走らせ続ける間は追いつかせない。だが長くは保たねえぞ、あいつらと違ってこっちは生命力を浪費する。俺か馬がくたばればそれまでだ」
ここの支配者は今は人を襲う理由が無い。ならば、彼らを追う10数の影は、鉄血渓谷の主とは別の脅威だった。
白磁色の髑髏面の奥、人魂のように揺蕩う青い光を二つともした騎士は、竜頭の馬、麒麟にまたがっている。髑髏の面は外骨格のように全身をまとい、悪寒すら覚える。冷たく、てらりとした白色は、見ようによっては騎士のようであった。事実、奴らは騎士は騎士だろうが、きっと極寒地獄からの使者だろう。
麒麟が纏う炎は、大地を凍てつかせる。骸骨の軍団が通ったところだけが、まるで冬のような光景に、別の世界に上書きされていた。鉄血渓谷の領域が塗り替えられているのだ。
彼らの視界中に、しっかりと四騎の赤褐色の影が収まっている。道こそ曲がりくねっているが、双方の間に遮蔽物はない。視界を遮ることはできず、脇道もなかった。それは近づかれれば、どうあっても攻撃を遮ることはできないということであり、捉えられている今、追跡を切ることも出来ないということである。
四人の逃走者が跨がる馬は、度重なる貴種交配と魔術的強化、薬学的強化によって、素の状態で、屍鬼や野生の熊ぐらいは蹴り殺すほどの名馬だが、それでも麒麟を千切るほどでも、三日三晩を走り続けるほどでもなし。
そんなところ命を前借りさせて走り続けているのだ。
援軍は居ない。安全な陣地も無い。孤軍奮闘のすえに勝利はあり得ない。すでに状況は詰んでいた。
詰んではいるが、薄氷の上をすれすれの延命行為が繰り返されている。あるいは予想外の手助けや、幸運を期待してのことだったのかもしれない、あるいは距離を稼ぐことそのものが目的なのかもしれない。そう骸骨の軍団も予想しているだろう。
骸骨の軍団の勝利は確実だ、なにせこのまま一日だろうが一月だろうが追い続ける執念深さを持っている。しかし時が経てばあの四人の逃亡者が不利になるという前提が覆る、そんな可能性があるのなら、それすらも潰しておくというのが彼らの狡猾さだ。
人でしかない四騎の逃亡者は肉体的には可能であっても、そこまで精神的に強くない。
能力的な不足と状況からくる精神への負担。更に言えば環境に対する防御魔術の長期行使。
状況の全てが彼らを蝕み。些細なミスが敗因となうる。
「奴ら、本当に少しも疲労しないんだな。英雄クラスの術者がいないことがせめてもの救いだが。嬉しいんだか、悲しいんだか。こんなことなら腕利きの開拓者を軍団規模で連れてくるんだったぞ。なあアリア」
「開拓魔術士協会以外の人間を、連れてこられる分けないでしょう。あいつのところへ無事に、そして密かに運ばなきゃいけないことも忘れた?もう少し頭の良い魔術士を連れてくるべきだったかしら」
「そりゃあ申し訳ないね。見ての通り、魔術組合を破門された劣等生なんだ、知らなかったのか?おかげでこんな命がけの仕事をしている」
アリアとオーエンは言い合いながらも、必死に魔術を展開し続けている。魔術の達人、大魔術士、あるいは英雄と彼女たちは呼ばれている。
「ブロンウェン、ディアミド、あなた達は、怪我の様子はどう。まだ走らせられる?」
「なんとか、ただディアミドが不味い。さっきから声は掛けているけれど、今にも気絶しそう。私も今はテスタを使いながらだと他の魔術は」
「分かった私がテスタを使うわ。あなたの分の防御を受け持つだからなんとか、ディアミドを回復させて。このままだと足りない、彼の魔力がないと目的地まで保たないわ」
そのとき彼らの背後で力が膨張する。先頭を走らせる騎士が、手を横に振るとその手の中に剣が握られる。それは透き通るような青で、氷と言うよりは水晶や金属のようだった。それを麒麟が踏みしめた凍土に投げ入れる。そこから波紋が広がり、そして波のよう湧きだし、さざめく氷塊が、四人を飲み込まんと津波となった。
「俺が防ぐ。アリア、防御膜を維持してくれ」
一人少し後方に位置して、取り出したるは一振りの短剣。手錠を打ち直して製作されたとされる短剣だ。魔術の発動のうち、発動速度に優れた方法はいくつかあるが、これはその内の触媒を利用したものだ。
因果や希少性、魔術との親和性が高い物体に、その術理を刻むことでそのアイテムにその法則が宿る。その内、強力なアイテムは魔法武具などと呼ばれている。
そうした触媒を魔術士が用いることで即時に魔術の発動を可能とする。
裏技のようなものだ。
「呪え、イフ城の刺剣。『魔鎖禁縛』」
大地からせり出した鎖の束が津波を絡め取って押し返す。
捕らえるのは時間の問題とはいえ、骸骨面の軍団に悠長に追いかけっこに興じる理由はなし。こうした攻防が不意を突いたように行われる。
鎖に押しとどめられ砕かれた氷が、キラキラとあたりに舞い散り、輝いていた。
ふうーっ とオーエンは息を吐きだした。
「危なかったな、言ったそばからだ。油断も隙もない。この仕事を受けた時点で死ぬことは覚悟していたが、こう勇ましく戦う事を期待して……」
アリアが悲鳴のように叫ぶ。
「オーエン、まだだわ。まだ終わってない」
アリアの視線の先には氷に向かう力の奔流が、新たな奇跡のような術を生成する。
輝く氷が粘土をこねたように形をかえ増幅し、それは牙のような鋭利で逃れられず、オーエンを食らう顎となって、閉じた。
テスタ、防御膜は身を守れず。魔術は音を立てて砕け散って、アリア達の視界を真っ赤に染める。吹き荒れる風が血を拭き飛ばし、視界が戻ると。そこは馬に跨がったまま縫い付けられた遺体が、再び動き出した氷の津波に?まれるところだった。
アリアが意識を取り戻す。馬はすでに地に伏せ、味方の声は無い。ゆらりと冷気が立ち上り骸骨の面が彼女の瞳をのぞき込んだ。
「答えよ。我らが神子をどこに隠した。貴様らが持っていることは分かっているのだ。言えぇ」
満身創痍だ。
アリアが辺りを見渡す。周囲は氷の剣を手にした騎士達に包囲され、ブロンウェン、ディアミドの二人は生きているのかも分からない有様だ。そのうえ四肢を大地に氷で縫い付けられている。生きていたとしても何も出来まい。最悪、人質としてつかわれるのだろう。
オーエンの姿は氷の中に捕らわれたのか、アリアは見つけることが出来なかった。あの攻撃をもろに受けたのだ、いくら防御膜、テスタの魔術で守られていても、もう生きていなだろう。
詰みだ。
アリアが口を噤んでいると、あっさりと諦めて、ブロンウェン、ディアミドにも同じ問いかけをする。
そうやら二人も生きてはいるらしい。
アリアはいつの間にかに見えぬよう取り出しておいた、手の平に小瓶を握りしめた。
しかし二人からも良い答えが得られなかった、骸骨面は再びアリアの元へやって来る。
「あくまで答えぬということか、嘆かわしい。なぜ答えない。いや、この逃走劇からしてもそうだ。こうなることは自明だった。貴様が立ち止まれば無駄な時間を過ごすことも、無意味に貴様の仲間が死ぬことも無かった。まあいい。最後のチャンスだ。神子はどこに居る」
「あら、赤子を抱えているように見えるかしら、おんぶは?それとも乳母車がお好み?どうやら見かけ通り節穴なようね」
アリアは両の手に魔術の炎を纏わせる。彼女を包囲する軍勢を威圧するように、炎が踊り、熱量をまき散らす。それは彼女の命を燃やすように。
炎を無視してアリアを捕らえようとした、骸骨面の一体が、火の輪に触れたところから焼却された。
アリアの目が赤く染まり、鼻から血が垂れる。
炎の壁で視線が切れたところで小瓶を胸の間に押し込んだ。
徹底抗戦、全てを己すらも灰としようというのか。
「カア、カア、クアアアアァ」
アリア達の上空を旋回する。一羽の鴉の声が鳴り響き、その場違いなノイズに、誰もが上を見上げた。俺の使い魔である、灰色鴉。その灰色の羽を散らして。その義眼で全てを見下した。
『よう、随分なざまじゃないかアリア。勝手なことをされては困るぜ、アリア。俺の元に我らが王を無事に送り届けるのが、貴様らはぐれものの役目だったはずだが』
アリアの炎が霧散していく。体力も尽きたのか膝から崩れた。意識はあるようだが、それもあと数分の間だろう。元より彼女がと救出するのは不可能だ。
「ウォーディーン貴様ぁ」
骸骨面の男が吠える。その騎士の名前には心当たりがある。
『スルーズ殿ではないか、アミウルのヤツに伝えてくれよ、お前の魂は有効に使わせてもらったと』
大地が揺れる。辺りにまいた灰の羽を起点に魔術を発動する。呼び出したるは、かつてこの地で滅んだ数千の魂。幾千の開拓者、様々な怪物達が眠る土地。流血の染みついた大地から、死者の残滓を浮上させる。呼び起こされた呪いにも近しい残留した魂が引き剥がされ、大地が領域のから引き剥がされていく、そうして大地はただの赤錆びた大地へと変質した。更に天へと魂が浮かび上がり、漂白されていく。それらは純粋で無垢な力の塊となり、1つにまとまろうとする。
「ウォーディーン。何を、なんてことを」
『おや、スルーズ殿ともあろう方が、分からないか。ならば説明してやろうじゃないか。本来、神様なんて存在の魂の1欠片だとしてもただの肉の塊に納めることなんか出来ない。だから魂そのもので器を、肉体を作った。まさに新人。生まれながらにして神の力その身に宿すバージとなるはずだった』
おかげでよその神に大きな借りを作ることになったがな。
「そんな事は分かっている。魂を切り取り、盗むという大罪だけでは飽き足らず。それを貴様は、兵器としようなどとどれほどの罪を重ねるつもりだ。その魂は神子は我ら氷霊が取り反さねばならないものだ」
「だが我々は失敗した。神の肉体にふさわしい魂が無ければ、どうやら肉体は内側から崩壊するらしい。そこでふさわしいだけの魔術と魂を別の手段で用意するはずだったが。お前らに赤子の所在がばれてしまった訳だ。さすが将軍スルーズ殿だ俺たちはどうしようもなく詰んでいた。だが考えてみれば有るじゃないか、ここに。鉄血の主。魂を捕らえる蜘蛛の怪物が、溜めに溜めた、ある種の遺物が」
「ウォーディーン、何をしているのか分かっているのか。撤退だ、今すぐに撤退しろ」
スルーズが配下に声を掛けたときにはすでに遅い。軍勢はすでに蝕まれた。白金の子蜘蛛がわらわらと集まってきた。蜘蛛にわらわらと群がられ、音もなく貪られた残骸が転がる。奇襲から逃れた騎士達は、すかさず蜘蛛を停止させにかかるが、悠長にはしていられないだろう。
「わざと眠れる土地神を目覚めさせたというのか」
『土地神とは大げさな。我らが魔神にも、アウミルにも及ばぬ、精精が怪物だ。それに、そいつらは結果的に目覚めただけだぜ。スルーズ』
渓谷の底、金属の泉の中から真の怪物が姿を現す。
ヤツが暴れる前にこちらも全てを終わらせなければ
キュグァァァァァ
粋がってみたものの、不本意ながら本来は、念入りな準備をしていた儀式だ。完全に都合が良く成功するかは半々。だが、こうなってしまえばここで行うほかない。
とはいえ失敗はありえない。完成するのは人か精霊か怪物か。神の子供が今確実に、俺の手によって誕生する。
辺りに立ちこめた魂は悲鳴を上げるように泣き、アリアの胸元へと吸い込まれていく。アリアの胸元に押し込まれたそれ。とても小さな小さな赤子が詰められている小瓶がアリアの元からふわりと浮かび上がり、いっそう魂が吸い込まれていく。そしてより大きな力の塊となり、赤子そのものが儀式の核となる。
本来であればこの儀式は作られた肉体にふさわしい魂を生成する魔術である。どこかの魔術士が古に禁忌とした術を、神の子供を完成させる術に改造したのだ。
『ふははは、魔術はこれで完了する。私の勝利だアウミル』
誰もが、このウォーディーンの勝利を確信し、あるものは安堵を。あるものは怒りを。あるものは無表情で、その光景を見た。
バリっ と。空間が割れた。
「はぁ」
誰ものもか間抜けな声が漏れる。
それはきっと計画が、勝敗が、前提が崩れる音だった。
突如空から光の柱が降ってきた。いや光ではない。魂の研究をしていたからこそ分かる。これはすさまじい強度を持つ、強靱な魂だ。それこそ成熟した肉体から劣化なしで取り出したような。
儀式の、術の制御が失われていく。
『何が起きている。これはいったい何だ、誰だ。アリア、今すぐ俺の元に、いやどこでも良い、安全な場所に赤子を転移させろ』
アリアは言葉を聞き終える前に、術を構成する。空に湾曲した暗闇が現れ、赤とも青とも分からぬ光の渦、ゲートができあがる。完全に術を手放す前に、どこか違う場所へ、この儀式場から遠ざけなければ。
アリアが開いたゲートは、どこか別の地点へと接続されている。暴走寸前のそれは、赤子を何処か分からぬところに旅立ったせる。だが赤子に引っ張られるように周囲のエネルギー、魂がゲートの先へ引っ張られる。
安全な場所へは移せたみたいだが儀式を中断させるには術の繊細さが足らず、魂の力に耐えられなかったようだ。ゲートはバラバラに砕け、無秩序に転送する。ゲートは次第に消滅するだろう。
想定外の事態だ。
誰にこんなことが予想できようか。
敗北を覆す一手が、この手から滑り落ちたのだ。唖然とする。どんな偶然の積み重ね。どんな不幸。一体何が悪いというのか。
「こうなってしまえば、無事に生まれることを祈るしかないのか」
このまま、赤子を奪われることだけは阻止したが、コレでは赤子の無事を確かめることすら難しい。
この場全ての生命から、手綱は切り離された。そうして、誰もが行動を鈍らせるところ、スルーズのみが機をうかがっていた。
鴉の使い魔の肉体を氷の投擲槍が貫く。
『クソが』
後に残るものが何も無ければ虚無感だけが募ったことだろう。
だがこれは戦いのさなか、一時停止もレフェリーもない。
何も出来ないまま高度が落ち、繋がりが消えていく。
「キュミミミミミミミ」
儀式の副作用のイレギュラー、それが今更手遅れに現れる。鳥も見上げるほどの巨体の蜘蛛足が、下等生物を蹂躙する。
配下が鉄の大蛛に襲われるさなか、すでにスルーズはアリアを小脇に抱えて麒麟に跨がっていた。
「ウォーディーン、此度は痛み分けだ。この魔女は我が預からせてもらう。また会おう。ハイヤ!!走れ」
接続は完全に絶たれ、意識は暗転した。
初めまして。原稿をそれなりにまとめて用意するのって大変ですよね。半年近く毎日投稿している類いの作家は変態か変態の無職に違いありません。いえ、なろう作家は構成の手間が無いだけまだ分かりますが。ですが、西○維新先生や、鎌○和馬先生のように、本気になれば月に一冊刊行出来る作家の頭の中には、一体何が詰まっているのでしょう。きっと夢と希望に違いありませんね。
私も希望とか夢とか嫁とかをお届けしたいと思います。
賛否感想、良いね、評価お待ちしております。
どうか助けると思って、星を押してくだされ。
良かったぞ、ゼータ、頑張れ、APAC North。