捕縛、そして
あれから、二人してスリの行方を追った訳だが結果は芳しくなかった。そもそも、宿場町というのもあって多数の人間が頻繁に出たり入ったりする訳だから人の往来も激しく、顔もろくに知らない相手を探すのは困難を極めた。
--結局、夕暮れ時まで奔走したが有力な手がかりは得られず仕舞いであった。
「どん詰まり、だねぇ……」
「あぁ、もうこれ以上はやっても無駄かもなぁ」
ベンチに腰かけて二人揃って大きくため息を吐く。特にショックが大きいのがスられた当人のショコラだ。自分がうっかりしたせいで財布をスられて、そのせいでレオリアに払うべき金を出せなくなってしまったことが相当に堪えてるようだ……もっと言うと、これが切っ掛けとなってレオリアから契約解消を言い渡されるのを最も恐れてたりする。
なにせ、自分好みの男の娘で尚且つ護衛としても腕利きのレオリアにここで別れられるのは今後の上でも困るし、何より精神的ダメージが途轍もないからだ。
もしそうなってしまったら、数秒で自分は鬱病まっしぐらになるだろうという確信すら抱いてる。そんなもの抱く前に自立しろと言いたいが。
レオリアの方も護衛対象の財産を盗られたことは責任を感じていて、何とか取り返そうと頑張ってみたが結果は上述の通り……こうなっては当面の旅費などは自腹を切る他はないかと考えていた。
二人してボーッと視線を中空に彷徨わせていたが--ふと、道行く通行人の中に紛れて歩く人影に視線がいった。ハンチング帽を目深に被り、色黒の肌色、そして耳に特徴的な星型の多面体のイヤリングを付けてるそいつはあの時にショコラにぶつかった人物に似ていた。
二人の視線に感づいたのか、こちらをチラ見したそいつは……一目散に駆け出した。その行動でショコラもレオリアも確信した、紛れもなくあの時のスリだと。
「レオくんっ!」
「あぁ、絶対逃がさねぇよっ!」
阿吽の呼吸で動いた二人は素早く立ち上がってスリを追いかけた。高飛びせずにまだ街中を彷徨いてたのには虚を突かれたが、偶然にもここで発見できたことはこちらにとっては僥倖である。
また夕暮れ時とあって、昼間と比べれば人通りも減ってので見失う危険も少なく人を掻き分けることなく進めるので追いかけやすい状況なのも都合よかった。
ここで逃がしてしまっては、もう次に接敵できるチャンスもないだろうから意地でも捕まえようと二人は気合い充分であった。
追いかけてくる二人を背中越しから一瞥したスリは舌打ちをすると、方向転換をして狭い路地にへと逃げ込んだ。
ひとり通るのでやっとな程に狭い道で、二人揃って進むには手狭すぎた。更に色々とゴミなどが散らかっており、歩くだけでも難儀しそうなそこをスリは軽やかな動きでスムーズに駆けていく。そこから察するに日頃から逃走経路として利用してるのだろう。
裏道に慣れてないショコラ達ではまともに追い付けそうにもなかったが。
「俺は地上から追う。あんたは上から先回りしてくれるか?」
「オッケーだよ」
レオリアの指示を受けたショコラは一旦彼から離れると、まず街灯をよじ登って天辺にまで到達するとそこから大ジャンプを決めて今度は民家の横壁に行くと隣の家の壁を交互に蹴り飛んでいきながら屋根にまであっという間に登った。キャットピープル族ならではの身軽さを活用して、見晴らしの効く上からスリの動向を探って追いかけようというのだ。
ショコラが屋根に登るのを走りながら横目で確認したレオリアは、自らはスリが通っていった路地を辿りながら追いかける。
身体能力に比例してレオリアは脚力も速い方だが、やはり土地勘や地の利を活かして逃走するスリの方が一枚上手で視界から外れないように追い縋るので精一杯だ。
とはいえ、なかなか引き離せないレオリアにスリは苛立つように舌打ちをすると更に狭く曲がりくねった路地に入り込んだ。ここでレオリアの視界から逃れて姿を眩ますつもりなのだろう。
「あ、待ちやがれ、この野郎っ!」
後ろから聞こえる怒声を何ら気にかけることなく、スリは華麗にも思える走りでレオリアから遠ざかる。
何度めかの角を曲がりきって、レオリアの視界外にへとようやく逃げ出せたスリはほくそ笑みながら路地から表通りにへと抜けようとしたが、この時スリの頭からショコラの存在を忘れていたのが運のツキだった。
今まさに通りにへと突っ走っていたスリは、上からいきなり降ってきた影に押さえ込まれるようにのし掛かられて諸ともにもんどりうって転げた。
「うゎっ!?」
「ふふ~ん、もう逃がさないよ。手癖の悪いスリさん?」
「このっ、退けっ」
ショコラから逃れようともがくが、こう見えて彼女の腕力は強い。がっちり羽交い締めしてくるショコラからは逃げ出せず、そうしてる内にレオリアも追い付いてきた。
「あ、レオくん。ご覧の通り、捕まえてあるよ」
「よし、それじゃあこいつからスッた物を返して貰うぜ?」
「……知らないね、俺は何もスッてなんかいないし人違いだろ」
「えぇ……ここまできてシラを切るの? 流石にそれで誤魔化される私たちじゃないよ」
この期に及んで惚けようとする往生際の悪さにショコラは逆に感心するが、それで諦めるつもりなど毛頭ない。
「人間、どうしようもなくなったら潔く諦めるのが美徳ってもんだよ。それとも自警団の人らに突き出されたい? 素直に私の財布を返してくれるなら、君のことは黙っててもいいんだよ」
「っ……」
「黙りを決め込む気なら、ちょっと手荒い方法で吐かせてもいいんだぞ。素直に喋るか、痛い目見たいか、自警団に突き出されたいか、どれを選ぶんだ」
レオリアが声を低めにしてボキボキと手の関節を鳴らして脅す。進退窮まって観念したか、不承不承といった体だがスリは話し始めた。
「……その猫女から盗った財布なら今は持ってねぇ。隠し場所の方に置いてんだ、一度成功したら必ずそこに置いてから次の仕事をやるようにしてんだよ」
「本当に持ってねぇんだな?……ちょっと調べるぞ」
ショコラに押さえつけさせたまま、レオリアは服のどこかに隠し持ってないかを入念に調べた。言う通り、財布どころか所持品の類いも持っておらずショコラの財布を今は持ってないというのは嘘ではなさそうだ。
--探してる最中、スリは何も言わなかったがレオリアに射殺すような視線を投げつけてきてたが気にせずに調べる。
「確かに持ってねぇみたいだな。じゃあ、その隠し場所とやらに案内して貰うぞ」
「……分かった」
スリは歯噛みしつつ、項垂れながら渋々と二人を盗品の隠し場所へと連れていく羽目になった。
◇ ◇ ◇ ◇
--隠し場所というのは宿場町から外れたところにある古びた城であった。数百年ほど前はどこだかの爵位持ちの者が主だったということであるが、今となっては寂れ、荒れ果てた廃城といってもいいぐらいの有り様になっている。かつては優美な庭園だったろう中庭は雑草が茂りまくってジャングルのごとき様相になっていて、藪を搔きわけながら三人は歩いた。
「ひどいもんだねぇ、歩くだけでも大変だよ。でもまぁ、何かを隠すにはうってつけの場所だね。好き好んでこんなとこに来る人なんて、数少ないだろうし」
「確かにな、こういう打ち棄てられた場所は後ろめたい事情持ちの奴にとっちゃ垂涎ものだろうしよ。なぁ?」
「……」
スリは黙秘しているが実際その通りだろう、こういった廃墟が犯罪の温床になるのだから。
そのまま、仏頂面したスリを先頭に古城にへと入った。中の方も外観と同じように荒れ果てていて、壁や床や天井には細かい亀裂がいくつも走り、割れ目から草が覗いたりしている。
調度品の類いも処分されたか、あるいは盗まれたかしたのか何もなく物寂しい印象であった。
スリとレオリアが手元に持ったカンテラの灯りだけが周囲を淡く照らし、ちょっとした肝試し気分である。
「う~ん、こんな薄暗い城内を歩くなんて恐くなってくるな~?(チラ)」
「別に何でもねぇだろ。ただボロい城ん中を歩いてるだけなんだから」
「いやいや、充分にホラーテイストな雰囲気あるしさ。実を言うと、こういう場所を歩くのって苦手なんだよね私さ(チラ)」
「へー」
「今こうしてても心臓がバクバクいっちゃっててねぇ……ハグ的なものをしてくれればすご~く安心できちゃったりするんだけどな~?(チラ)」
「言っとくけどな。そんな期待してる目、向けられても俺は応えてやんねぇからな」
会話の合間にチラチラと催促するような視線を投げてくるショコラにレオリアはハッキリと言ってやった。
スリを捕らえて心に余裕が出来てきたのか、いつもの調子に戻り始めていて内心で辟易する。早く隠し場所に着いてくれないものかと思ってた矢先に、スリがある扉の前で止まった。
そこを開けて中に入ると、他と比べてそれなりに綺麗にされてる部屋の一角に無造作に置かれた物品の山があった。
財布っぽいものだけでなく、刀剣やら道具やらもあり手広く仕事をやってるようだ。
「財布の類いはそこんとこに置いてる。どれなのかはそっちで探せよ」
それだけ言うと壁際に寄ってもたれた。手伝おうという気はサラサラ無いらしいが、じっとされてる方がこっちとしても却って安心する。
視界の端には留めておきながら、レオリアはショコラと一緒に盗られた財布の発掘に勤しむ。
「えーと、これでもない、これも違う……あっ、あったあった、私の大事な財布」
「中身は無事か?」
「ちょっと待って……うん、大丈夫。一ゴールドも減ってないよ」
財布だけ置いてて中身を猫ババされてたということはなく、レオリアも安堵する。とんだトラブルだったが、これでひと安心である。
「よし、それじゃあ返して貰ったから俺らは行かせて貰うぜ」
「なるたけ、こういうのは控えて真面目に働きなよ?」
そのまま、二人は立ち去ろうとしたがスリは含みのある笑いをしながら返事をした。
「真面目に、ね……やなこった」
--ガコンっ
「はっ?」
「え?」
何かの音が鳴って、足元に違和感を覚える二人--気付けば、二人の立ってた床が落とし穴のように開いていて事態を理解しきる前に暗い穴底にへと落ちてしまったのだった。




