閉ざされた先にあるもの
「……ふっ!」
ーーバゴォッ!
レオリアの放った正拳突きが違和感が点在していた壁の一部を砕いた。そこからカンテラを差し込んで壁の先がどうなってるのかを確認すると、まだ奥にまで続く通路が広がっていた。やはり、この壁はこの先を隠す為にあったようだ。
「ほらほらっ、やっぱり私の睨んだ通りだったんだよ。この奥に超重要的なものがあるかもしれないっていうのが真実味を帯びてきたね、レオくん♪」
「そう手放しにはしゃぐなよ。こっから先は神経を研ぎ済まなきゃならねぇことになったんだからな」
そうレオリアが危惧するのも、この壁が出来たのが〝ごく最近〟であるということに尽きる。この神殿が建てられた時代にこの奥にある何かを秘匿する為に壁で閉ざされていたならばまだしも、少なくとも結構な後から新たに造られたというのが最大の懸念事項なのである。
通路を隠す程の壁を造ったとあれば、どんな手段にせよ大工事レベルになるだろうがそんなのを周囲に点在する村の人間で出来るとは思えないし、そもそも近寄りすらしていない筈なのだ。
こんな真似をするメリットなども考えられないので、レオリアはこれをやったのは周辺住民でない第三者の可能性を考慮して、尚且つ個人でなく組織だった動きによるものではと推測した。
言うまでもなく、こんな通路を完全に隠す壁を造るなど一人や二人ぐらいでどうにか出来るものではないのだから
それまで特に警戒もしていなかった気を改めて引き直して凛とした雰囲気になる。
「エルフォルト、こっから先は最初と同じ隊列を取って行くぞ。何があるのか分からねぇから気を抜くなよ」
「了解~」
「う、うん分かったよレオくん(わぁ、こういう真面目な顔したレオくん格好いいよぉ、惚れ直しちゃう♡)」
約一名は内心で惚気ていたが、場の空気は流石に読んで外面だけは真面目そうに繕っている。そして、三人は壁で閉ざされていた向こう側にへと進んでいく。
ーーその三人の遥か後ろから様子を窺っている人影が居たが警戒心を高めてるレオリアも洞察力が優れてるエルフォルトも気付かないでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
意図的に隠されていた通路を歩き続けてから十数分は経った頃、突き当たりと思われるところでショコラ達はひとつの扉に辿り着く。
これまでに見かけたものとは違い、大きめの両扉であるそれには紋様のような装飾が彫られているなどしていて一目で重要そうなものがありそうというのを表している。
いち早く中を調べたかったショコラだが、何があるか不明なのもあってまずはレオリアが先行することになった。不満げに口を尖らせてるが、自分の身の安全を優先してくれてるのは分かってるので言うほどに不機嫌にはなっていない。
「……開けるぞ、何が起こっても良いよう身構えといてくれ」
「うん」
「オッケ~」
「よし、行くぜ」
ギギィ……
長年、手入れされてなかったからか少し開けただけでやたら音が響く扉を押してレオリアは中を窺いながら慎重に入った。
入ってみて、まず思ったのは今までと比べて中は圧倒的に暗いということ。これまでは大なり小なり壁や天井に亀裂が走ってたり崩れていたりと、そこから日光が差し込んでいたので燭台に火が灯ってなくとも割と明るかったが、この部屋には風化で脆くなっているような箇所がほとんど見受けられなかった。
つまり、ここだけは他と比べて頑丈な造りになってるということでもある。何か大事な物でも安置されてるのかもしれないが、手持ちのカンテラだけではとても室内を照らしきれない。そこで、エルフォルトが光源となるものを生み出す魔術を使うことになった。
「光よ満ちよ~〝オール・ライト〟~」
彼女の手のひらから発生した淡い光の球が天井付近にへと昇る。充分な高さまで行くと、徐々に光量が増していって擬似的な太陽を模した光球が暗闇に満たされていた部屋の全貌を露にする。
「こいつは……実にらしい部屋だな」
照らされきった部屋を見渡したレオリアは感嘆とした。
これまでには無かった広い空間の部屋には、戦士を思わせる彫像が部屋の脇に立ち並んでいた。どの像も程度の差はあれ損傷してるが、三メートルぐらいはある像が幾つもあるのは圧巻の一言である。
中でもとりわけ目立つのは、正面の奥まったところにある像……他の像よりも倍近い大きさをしており、まるで何かを守護するかのように鎮座している像の足元付近に目をやると床から一段高くなってるところに祭壇のようなものがあった。
如何にも大事な物を安置してるかのようで、後から入ってきたショコラなどは期待感に溢れた目ではしゃいでいる。
「こ、これはやっぱり当たりかもしんないね、レオくんっ? こんな思わせぶりな部屋なんだから絶対にクリスタルはあるよ、きっとそう絶対そうだよ!」
「はいはい、言いたいことは分かったから落ち着け」
止めなければ今すぐにでも祭壇まで走りそうなショコラを宥めながら、三人は進み始めた。念のために祭壇の直前までに落とし穴などが仕掛けられてないかを石などを投げてみて確認したりなどしながら進む中で、ショコラはまだ興奮が鎮まらないのかそわそわと落ち着きない挙動をしている。
その落ち着きの無さを見かねてレオリアが「深呼吸とかして落ち着け」と言うと、どうも興奮だけでそうなってるようではないらしい。
「何て言うのかなぁ、こう何かしらの直感が働いてるというか……そう、第六感的なアレだよアレ。それっぽいのを感じて、変に周りを意識しちゃってるんだよ」
「最初から最後まであやふやじゃねぇか」
言ってる本人すら説明できておらずどうにも的を得ないものだったが、僅かに残っている野生の本能が警鐘を鳴らしているのかもしれなく、レオリアは周囲に視線をやって突然の事態にも対応する構えを取りながら歩いた。
最後尾を行くエルフォルトも、見かけはのんびりと歩いてるがいつでも魔術を放てる態勢に入っていた。
そして、一行はとうとう階段を登りきって巨大な彫像の足元にある祭壇らしきところに着いた。
「ここまでは何も無かったな」
「出来ればこのまま何事もなく行きたいね~……で、何だろねこれ~?」
「さぁ、水晶っぽいけども……石だよねこれ」
祭壇に奉られているように置かれていたのはショコラの言う通り、正三角形の面で構成されたデルタ多面体というものーーを石で削り作ったかのような物体がポツンと置かれていた。
手で触ってみても手触りは石のそれであり、形状だけ見るなら巻物に描かれてる図とそっくりであるが……お探しのクリスタルを模したかのようなものでショコラは露骨にガッカリした表情である。
「もう~、何なのさぁっ! こんなに思わせぶりな展開させておいてあるのが石器みたいなものだけなんて、訴えてやるんだからねっ!」
「どこに訴えるんだよ」
「まぁ、そんなに怒りなさんなってば~、また地道に探していこうじゃん~。それにこれだってさ~、売るところに売れば芸術品の類いとして売れるかもよ~」
確かに石を削り出して作ったとは思えない精巧さであるし、インテリアとして売れる可能性はある。高値がつけば路銀の足しにもなるだろうとエルフォルトが言うが、売れたとしてもここまで来た労力に見合う対価かと問われれば微妙なところである。
「私はまだ諦めてないよ、ひょっとしたらこの辺りに抜け道的なギミックがあるかも……」
「毎度の事ながら、諦めが悪いな」
納得しきれなかったか、ショコラは腰を屈めて祭壇の周りをゴソゴソと探り回り、またしても未練たらたらで諦めきれない姿勢にレオリアは呆れ顔である。もうこの際は好きにさせておこうかと傍観していた時に、彼の目におかしな現象が写った。
「ん、おい。何かポーチが光ってんぞ?」
「え、光ってる?」
「ありゃほんとだ~」
ショコラが腰に提げているポーチが淡い光を放っていたのだ。正確にはポーチの中にある何かが光っていると思われ、指摘されたショコラは自分の目でもその現象を確認し、原因を確かめようと中身を漁って発光元となっている物を掴み出した。
「これは……巻物が光ってる?」
光っていたのはショコラが旅に出る切っ掛けとなったあの巻物であり、閉じていたそれを開いてみるとクリスタルのことなどを記していた部面の文字などが光り輝いていた。
「どうなってんだ一体?」
「わ、私にも分かんないよーーわぁっ!?」
今までにない初めてのことに狼狽えていたが、突如として目が眩むほどの光が巻物を中心に解き放たれ、その眩しさにショコラ達は反射的に目を瞑ったり顔を背けるなどした。
暫しの間、光の奔流が迸ってから数秒後には収まったが三人とも強烈な閃光を一瞬でも浴びたことによって視界がクリアになるまでには更に十数秒ほどは掛かった。
その中で一番早く回復したのはレオリアであり、視界がハッキリとなりだしてからすぐにショコラやエルフォルト、次いで自分の状態などを素早く確認してからホッと一息つく。見たところでは今の光に害らしいものは無かったようで、皆は大丈夫そうであった。
「うぅ、目がチカチカするよぉ……レ、レオくん、そこに居るよね?」
「俺はちゃんと居るよ、エルフォルトも大丈夫か?」
「あぁ~、何とかね~。びっくりしたよほんと~、急にどうしたんだろうねその巻物~」
「本当にいきなりだったから私も訳が分かんないよ、こんなこと今までに無かったもの。何か術式でも組み込まれてたのかなぁ、これ……って、エルフォルト、その持ってるのはっ?」
「持ってるのってそこに置いてた石のクリスタルだけど~……ありゃ? 何これ、いつの間にこんなの持ってんだろあたし~」
光り輝いていた巻物を怪訝な目で見ていたショコラがふと視線を彼女にやった時にその手に持っていた物を注視して声を挙げてから、エルフォルトも自分の片手に握ってたそれを見て首を傾げた。
ついさっきまで持っていたクリスタルの形をした石が、キラキラと光を反射して透き通るような水色をしたまごうことなきクリスタルそのものにへとなっていたのだ。まるで、あの巻物から放たれた光によって変化したように。
「ひょ、ひょっとしてさっきのはこれの本当の姿を現す為のものだったんじゃない、いやきっとそうだよっ! 無闇に奪われたりされないようにっていう配慮で、この巻物がトリガーになって本物のクリスタルになる仕組みなんだよ!」
「マジかよ……ただ、場所とかを記してるだけの紙じゃなかったのか。けどエルフォルト、お前気付かなかったのかよ。こんな術式みたいなのが仕込まれてたら魔力とか感じる筈だろ」
「いんや~、ち~っとも感じなかったよ~。今はビンビンに魔力が流れてるけど~、たぶんこれ本物のクリスタルが近くに来た時だけしか反応しない様になってるのかもね~。あたしの勘だけど、魔術のアイテムっていうのを隠匿する為のもんかもしんないね~」
「なるほどな……盗難防止の為って訳か」
確かにただの古地図と特殊な魔術加工が為されたアイテム……一見すれば後者がより貴重そうに思われるだろうから、それを防ぐ為の措置なのだろうがエルフォルト曰く、こういったある起点をトリガーにして発動する術式というのはかなり高度な技術であるそうだ。それこそ熟練の魔術師が複数人で数日は掛かるのが常ということらしい。
最もそういった方法はあくまで彼女が生者でいた数百年前のことであるので、そこから技術進歩されていたらその限りでないが何にせよ難度が高いことには変わりない。
それまで宝云々の話は半分眉唾物だろうとしていたレオリアであったが、巻物に隠された機能とクリスタルの現物を目の当たりにしては現実的な思考をする彼でも信じざるを得なくなった。
「ほらほら、私の言った通りじゃないレオくん? 何事も最後まで諦めずにいれば結果は自ずと来るんだよ、ダウジングのごとき私の直感は凄いでしょ? 凄いでしょ? でしょでしょ♪」
「分かったっ、直感が凄いのは認めるからくっつくなってのっ!」
クリスタル片手に小躍りしながら抱きついてくるショコラを何とか押し返すレオリア。いつもじゃれてくる時と同じぐらいに喜びを露にしているその無垢な笑顔にちょっと胸が高鳴ったが。
「とにもかくにもこれは大きな一歩だよっ! ここからクリスタルを集めていけば、いつか必ず秘宝に辿り着けるんだから。あ、その前にフランクリン先生のところに寄らないとね、あの人にもこの吉報を知らせてあげたいしさ」
「ああ、それは別に構わねぇけど……っ!?」
ウキウキと手にしたクリスタルをポーチに仕舞おうとしてるショコラを振り返ったレオリアは彼女の背後を見て目を見開いた。
ーーガラス状の半透明のように透き通った〝なにか〟が彼女の後ろに居り、辛うじて肉眼で捉えた輪郭は鎌のようになっている腕を振るうような形だった。ちょうど、立っているショコラの首を斬り落とそうというかのように。
言葉を発する前に条件反射のようにレオリアの体は動いた。急に血相を変えて向かってきたレオリアに戸惑うショコラを乱暴にだが突き飛ばして、即座に腕に付けている手甲で盾をするようにガードしようとしたがーー腕を構える前に一瞬早く向こうが動き、ザシュッ!と肉が切られる音がして二の腕に痛みを感じた。
突き飛ばされた方のショコラは倒れる寸前までに腕から血を流すレオリア、そして半透明状の何かが自分の後ろに居たというのを目で見て青ざめ、よろける彼に向けて半透明だが付着した血によって刃物らしきものがある腕が続けて振られそうになって悲痛な顔で叫んだ。
「レオくんっ!!」
その叫びと半透明な刃が振られたのはほぼ同時であったが、それがレオリアに届くことはなかった。
「〝エア・ショット〟っ!」
エルフォルトが放った空気を押し固めた塊が砲弾のごとき勢いで飛び、半透明状の何かを吹き飛ばした。
「ギョグァッ!!」
奇怪な呻き声を上げたそれが彫像の足首付近に激突し、そのまま床に倒れる。その隙にエルフォルトが回復魔法を掛けて、レオリアの深く裂けた傷を癒した。
「大丈夫、レオリア?」
「あぁ、致命傷じゃあなかったからな。ありがとな、エルフォルト」
彼女の高い魔力によって切り傷は瞬く間に塞がったが、庇われたショコラは怪我を負わせてしまったことにひどくショックを受けていた。
「レオくんっ、ごめんっ、私を助ける為にっ……怪我させちゃってっ」
「気に病んだ顔すんなよ、俺はあんたの護衛なんだから怪我のひとつやふたつぐらい何でもねぇよ」
「そ、そうだけど……でも」
「悪ぃが話は後だ、向こうはまだ殺る気だぜ。下がっててくれ」
そう言ってショコラを後ろに下がらせたレオリアの目には、至近距離から魔術を喰らったにも関わらず、しっかりした足取りで起き上がったあの半透明の相手であった。
エルフォルトの放ったエア・ショットでダメージを受けた影響なのか、ガラス状の半透明じみた姿は解除されていてその全貌を明らかにさせていた。
その外観は黒く艶やかな昆虫のような外殻を纏った蟷螂を人型に近付けたような正体不明の生物だった。
二足で立ち上がりやや猫背の体勢を取っているそいつの両腕は鋭い鎌となっており、その刃先にはレオリアの血潮が滴っていた。昆虫のごとき複眼が付いた顔は感情というのは窺い知れないが、小さな顎をカチカチと鳴らしてる。威嚇か、または怒りを表してるのか判然としないが鎌を振り上げてるその姿勢はこちらを襲う気があるというのを如実に教えている。
ショコラが言っていた第六感というのは、こいつの存在をうっすらとだが感じていたからなのかとレオリアは察した。
「見た目は虫系統のモンスターっぽいが……こんな人型の奴は初めて見るな。二人はどうだ?」
「わ、私も初めて見るよ、あんな得体の知れないモンスターは……」
「あたしもだね、生前でも聞いたことないよあんな風変わりな奴は」
「全員初見って訳か……気が抜けねぇなこいつは」
初見で戦うモンスターとの戦闘の場合、事前情報などが無い分だけ相手の行動パターンや戦法が不明なので後手に回りやすい状況に陥る危険があるのだ。それだけならまだしも、この蟷螂人間は姿を認識させづらくする半透明化の能力、そして攻撃の寸前まで気配を悟らせなかった巧妙な立ち回りなど分かってるだけでも厄介な特性がある。
(突然変異したモンスターか、もしくはクリスタルを守護する番人的な奴か……どちらによ、ショコラに危害を加えようとした以上は明確な敵だ。遠慮無く、殺らせてもらうぜ虫公)
精神集中し、構えを取ったレオリアに猛然と蟷螂人間が襲い掛かってくる。
誰も訪れなくなった古びた神殿、その最深部にて未知の敵との激闘が始まろうとしていた。
次回はこの作品で初の本格的なバトルシーンに入ります。手に汗握る展開にご期待ください。




