華麗なるハンター
トレジャーハンターと名乗ったその女性をレオリアは注視する。
パープル色で肩より下まで毛先が伸びたアンダーツインテールを揺らし、舞踏会で貴婦人が被るような仮面で目元は隠れてるが陽の光で照らされて見える顔は十二分に整った美人のそれで微笑を浮かべて佇む様は麗人のように綺麗に写る。
服装は上下共に白で統一されたノースリーブのシャツにスラックスで間近で見ずとも高級そうな布地を使ってるのが一目瞭然だった。服装だけ見たら女性らしさは薄いーーが、胸元が大きく開け広げられていてそこから覗く深い谷間が明確な性別を表している。それでも彼女の胸は窮屈そうに布地に押し込められていて、パツパツにシャツを引き伸ばしている様が文句のつけようなしにエロかった。
(……で、でけぇ、下手したらショコラよりもあるんじゃ……)
遠くからでも分かるそのメロン並みの豊乳に、見た目美少女でも歴とした男である為にその性から思わず視線がそこに向いてしまったレオリアであったが、ふと気付けば不満ありげにジト目でこっちを睨んでいるショコラと目が合ってしまった。慌てて視線を逸らすが、ショコラには全てお見通しである。
「な、なんだよその目はっ」
「レオくん……今、あの女のでか乳に見とれてたでしょ」
「いや見とれてはねぇよっ、一瞬だけっ、ほんの一瞬だけ見ただけだっ」
「そんなどもった口調で言って誤魔化されると思うっ? レオくんの浮気者っ、見るなら私のを見なよっ! ついさっき、私の胸を堪能してたのにもう他の女のになびくだなんて許さないからねっ!」
「事実と捏造を入り混ぜんなっ!」
「いや~、私は理解してるよ~。レオリアも男の子なんだし、そういうのに興味を持つのは自然自然~」
「そういう理解されんのも嫌だっつーのっ!」
生暖かい目で言われたら余計にダメージが入る。それに堪能と言ってもあれは事故だ、自分は決して喜んだりなどしていない……ドキドキしたがそれはびっくりしただけだ。断じて違うと心の中でスケベ心を律する。
「……貴女たち、同性のカップルですの? 痴話喧嘩なんてしてはいけませんわよ」
一連の口論を聞いていたツインテールの女性がそう窘めるように言ってきた。同性と勘違いしたのは言うまでもなくレオリアの容姿がそうしか見えなかったからだ。しかし、ショコラとしては勘違いとしても嬉しい言葉だった。
「え、カップル?……いやぁ、そんなお似合いな風に見えちゃうかなぁ、にゃははは♪ そう見られるってことはやっぱり私とレオくんは結ばれる運命にあったりしてぇ♪」
「カップルでもねぇし、同性でもねぇっ! そこだけはきっちり宣言しとくからな」
「そんなっ!? レオくん酷いっ、この空気なら合わせるのがマナーってもんじゃないっ」
「生憎とそんなマナーは知らねぇな」
「レオくんのケチっ、いけずっ!」
「ケチでもいけずでも結構っ!」
そんなコント漫才を繰り広げてると、件の女性が軽やかな身のこなしで積まれた石膏像の山から降りてきた。不安定な足場で結構高かったにも関わらず、ステップを踏むような仕草でごく自然に降り立った運動神経を目の当たりしてショコラとなんやかや言い合っていたレオリアもその動きを見て警戒心を取り戻す。
「あら、そこの貴女は男の子でしたのね。それは失礼しましたわ」
「別に。そう見られるのはいつものことだしな……それで? あんた、トレジャーハンターとか言ってたけど」
「ええ、そうですわ……と言っても公的に認められたちゃんとした職業ではありませんし、そう自称してるだけと捉えて貰ってもよろしいですけれど」
そう言っている通り、最初にトレジャーハンターと名乗った時にレオリアは胡散臭いものを感じていた。そもそも世間に置けるトレジャーハンターという認識は「なんか遺跡とかで金目の物を探して生計を立ててる」といった墓荒らしなんかと同列に扱われてる程。
なのでトレジャーハンターと公言したら、大抵は白い目で見られるのが大半である……実際、トレジャーハンターと宣って盗掘を率先してやるような輩が横行してるので無理ない話だが。
しかし、仮に欲に目が眩むような連中とは違うと思っても目の前にいるこの女性からは喋り方も含めて立ち振舞いなどにどことなく気品さがあり、それがレオリアの勘に引っ掛かる。とてもトレジャーハンターだなんてものをやるような人物には見えなさそうなのだ。
「あんた、トレジャーハンターだって言うならここに来たのはなにかお宝でも探しに来てんのか」
「ええ、そうですわ。経験上、こういったマイナーなところに意外な値打ち物が転がってると踏んで遥々来たのですけれど……今回は当てが外れてしまいましたわ。あるのは打ち捨てられて壊れた物ばかり、そろそろ引き上げようかと思っておりました……ですけれど、貴方たちを見たらそれは早計なのかもしれませんわね」
スッと仮面の奥の目が細められて、ショコラ達を検分するかのような視線が流れる。早計、というのは自分たちを見て引き上げるのはまだ早いと思ったのだろう。
「そちらの素性や事情までは知り得ませんけれど、このような場所に赴くということは何かしらの理由がある筈ですもの。世間には知られていない何かをお探しとか……どうですの?」
「聞かれて素直に答えるかよ、得体の知れない初対面のあんたなら尚更だ」
「レオくんの言う通り、教える訳ないよ。分かったら、さっさとどこかに行ってくれないかな」
探るように聞かれるが、レオリアもショコラも警戒が先立ったのでにべもなく突っぱねた。それもそうだろう、相手は女性だがただ者でない雰囲気に素振り、それに目元だけとはいえ仮面で顔を隠してるような怪しい相手だ。迂闊に情報を話すなどもっての他である。
「タダで教えろなんて虫のいい話はしませんわよ、内容によっては対価に私が収集してきた宝石などを差し上げても構いませんわ」
「お生憎様、私たちは別にお金に困ってもなければ守銭奴でもないよ」
「そういう訳だ、何をくれようが教えることはねぇよ」
「そゆこと~」
満場一致で拒否され、金銭などの見返りを提示しても素直に話してくれなさそうだと察した女トレジャーハンターは別方向からのアプローチに切り替えた。
「でしたら……そこの麗しい殿方、レオと呼ばれてましたかしら?」
「何だよ」
「喋っていただければお礼に私の胸を好きにしていただいても宜しいですわよ」
レオリアに意味深な流し目を送りながらそんなことを言ってきた。男だと分かったのでそういう誘惑が効果的だろうと判断したらしい。
事実、そう言われたレオリアは途端にあたふたし始めた。
「は、はぁっ!? な、なに言ってんだよっ! す、好きにしろとかって……そんな要求呑むほど俺は盛ってねぇっ!」
「あら、つい先程は隣に居るキャットピープルの胸を掴んでおりませんでした?」
「あれは事故だっ、純然たる事故っ!」
ショコラの胸を掴んでしまってたことを引き合いに出されるが、故意でなく偶然の事故だと顔を赤くしながら必死に否定してる姿は、性に初心な年頃の少年というのがぴったり合いそうである。
その純真そうな様子に悪戯心でも刺激されたか、蠱惑的に微笑みながらバストの大きさを強調するように胸の下に手を回す形で腕組みをして寄せ上げるようにして見せるーーただでさえ、異性の目を惹き付ける爆乳が殊更に存在感を増させた。
「ふふ、自慢ではありませんけれど私、胸の大きさには自信ありますの♪ 目的を話してくれましたら、触るなり掴むなり揉むなり好きにして宜しいんですのよ?」
「なっ、も、揉むっ……!」
頭の中でそういう想像が無意識に働いてしまったか、レオリアはこれまで以上に顔を赤くさせてしどろもどろのまま俯いた。
こういった手法が効果的なことに気付いた女トレジャーハンターは、いじらしく可愛らしい反応を見せるレオリアが気に入りだしてもっと大胆なのを見せてあげようとしたがその前に膨れっ面をしたショコラが立ちはだかった。
「ちょっとっ! 私のレオくんにあからさまな誘いを掛けるのはご法度なんだからねっ。それ以上、誘惑しようってんから実力行使に出るよ」
「あらあら、嫉妬ですの? でも貴女は確か恋人でもなんでもない方ではなくって? なら、私が彼にちょっかいを出すのを邪魔する道理は無い筈ですわよ」
「道理も摂理も知ったこっちゃないよっ! 何さ、ちょっと胸が大きいからっていい気になっちゃってさ。何事も程々が一番だって分かる? 私みたいに手頃で瑞々しいEカップでバランスの取れた体型が理想的女性のスタイルなんだよ」
「なるほど、そうですのね……ですが、私は贅肉が付かないようシェイプアップにも気を遣ってありますから手足やウエストの細さは貴女に負けてませんわよ。因みに私はIカップですわ♪」
「ぬ、ぬぐぐっ……」
標準以上なのを逆手に取って貶そうとしたが、自信満々に返されてショコラは二の口が告げなくなった。確かに胸の大きさに目が行きがちだが、彼女の体躯は細過ぎず太過ぎずの絶妙なバランスであり、ウエストとて括れがあるプロポーションの持ち主である。
そんな彼女と比べると平坦が目立つ体型であるが、特にやっかむことも羨ましがる様子を見せずにエルフォルトが気さくな感じで話しかける。
「へ~、そんなデカイんだ~。肩とか凝らない~?」
「まぁ、凝りはしますわね。重さには慣れましたがこればかりは自分の力では改善しにくい点ですわ。負担軽減の為にマッサージなどをやって貰うのが日課ですの」
「マッサージか~、良いねそれ~。あたしも肩揉みとか足のツボとか解して貰ったら気持ちよく安眠できそうだな~。ショコラもそう思わない~?」
「そうだね、レオくんにして貰ったらさぞかし極上の気持ちに浸れーーってぇっ、話がズレてるよっ!」
いつの間にか話の焦点がマッサージにすり変わっていたが、ショコラのキレのいいノリツッコミが炸裂して脱線しかけた話が元に戻る。
ただ、色気から遠ざかった話題だったのでその間にレオリアが少し落ち着きを取り戻せる時間を確保できたので良くはあったが。
「あら、そうでしたわね……まぁ、話を纏めますと彼とお似合いなのは包容力たっぷりな私のような女性ということですわ」
「そんな訳ないってばぁ! レオくんにお似合いなのは私なのっ、わーたーしーっ!」
「いいえ、それは違いますわ。見目麗しい彼も貴女が狙ってる物も私の方が相応しいですわ」
「むきゃーーーっ! こんの高慢ちき女ーーーっ!!」
「おい、ちょっと落ち着けって……」
むきになって声を荒げるショコラを宥めようとするが感情がヒートアップしてるからか耳に入っても声が届いていない。
ーーそのせいで、彼女がさらっと言った〝狙ってる物〟というワードにショコラはまんまと引っ掛かってしまった。
「とにかくっ! 君みたいな仮面でか乳女にはレオくんもクリスタルも渡さないんだからねっ、そこら辺をよっく記憶に留めるようにっ!……あっ」
ズビシッ!と女トレジャーハンターに指を差して高々に宣言したショコラであったが、一泊して自分の口でクリスタルのことを暴露してしまった凡ミスに体が固まった。
「なるほど、クリスタルというのが探し物という訳ですのね。貴重な情報を貰いまして感謝致しますわ、ショコラさん♪」
してやったりと言わんばかりのいい笑顔でそう言われた。実にスムーズな尋問誘導に引っ掛かったショコラはガックリと膝をついた。
「あらま~、バレちゃったね~」
「……自分で言ってどうすんだ、バカ」
「返す言葉も……ないよ」
一応、バラしてしまったのはクリスタルという名称だけであるが何にしろここにそういうのがあるのだろうというのは知られてしまった。
これは下手をすれば争奪戦に発展しかねなかったが……ここで彼女は意外な引き際を見せた。
「ですが、ここにありそうなそれはそちらが先んじて探していたものですし、後から知った私が横取りなんて真似をするのは野暮というものですわよね」
「へ?」
「それはつまり……奪おうっていう気はないってことか」
「えぇ、私はあくまでもトレジャーハンターですから。他人を出し抜いて盗み取ろうなどという恥知らずな真似は決してしませんわ。ですので、ここで貴方達が探してるクリスタルというのはお譲りしますわ」
ここで、という含みのある言い方にレオリアは舌打ちをした。裏を返せば、別の場所にあるだろうクリスタルは先に取らせて貰うとも捉えられる。
ここに来たのは全くの偶然かもしれないし、彼女自身がどれだけの情報網を持っているのか知らないが、いずれにしろ面倒な相手になりかねない。
今後の旅路で障害になるかもしれない存在に気を揉んでいたレオリアだったがーー
「では名残惜しいですがお別れの時間ですわ、また会えるのを楽しみにしてますわね、ちゅ♡」
不意に側まで寄ってきていた彼女から頬に軽いキスをされて、レオリアは再び顔を真っ赤にさせて振り払うのも忘れて硬直した。
「うぇっ!?」
「あらま~、大胆だね~」
「んな、なっ、あぁぁぁぁぁぁっ!!! な、なんて真似をしてんだ君はぁぁぁぁぁっ! 私だってまだそこまでやってないってのにっ、この泥棒猫ぉぉぉぉぉっ!!!」
割と平静なエルフォルトとは真逆に、クリスタルを暴露してしまったショックで塞ぎ混んでた隙を狙われたショコラが金切り声を上げる。頬にキスぐらいは挨拶代わりのようなものだが、それさえまだ実行できてないので嫉妬が爆発したショコラはナイフをやたらめったらに振り回しながら突撃したが、刃先が触れる寸前にその場から目を見張る跳躍力を発揮して逃げられる。
「あぁ、そう言えば名乗ってはおりませんでしたわね。私はアスタロッサ・ディーンと言いますの。覚えておいてくださいませね、レオ♪」
駄目押しにレオリアに向けて投げキッスを送ったアスタロッサはそこらの瓦礫を踏み台代わりにして崩落して空いた天井穴から外にへと出ていった。
「ぬぁーーーっ!! 逃げられた、逃げられたっ、逃げられたぁぁぁっ! あんのクソでか乳女っ、私のレオきゅんに、キ、キスするだなんてぇっ……呪ってやるかんね、お百度参りして末代まで祟っちゃるぅっ、ふしゃーーーーっ!!!」
「ちょっとちょっとショコラ落ち着きなって~、口調おかしくなってんよ~」
威嚇する猫のごとく、アスタロッサが飛び出ていった穴を睨み倒して牙を剥き、尻尾を上げて毛を逆立てさせるショコラをエルフォルトが落ち着かせようとしてるがクールダウンにはだいぶ時間が掛かりそうだ……その隣ではレオリアが頬にとはいえキスされたことに生娘のように顔を真っ赤にさせて恥ずかしさからその場にしゃがみこんでいたのだった。
新キャラのアスタロッサは作者の趣味嗜好を詰めたものになりました。巨乳ツインテ、尊し悔いはなし、ですっ。