先生による講座
「ほほぉ、エンドア王国から遥々ここまでワシを訪ねてきたというのか。いやそれは感心感心、ワシのような変わり者の爺にわざわざ会いに来てくれるとはのぉ」
ショコラ達がどういう訳で訪ねてきたのかを聞いたフランクリンは感慨深げに頷いている。いま取り組んでいる財宝伝説とやらに夢中になっている現在では訪問してくる人も滅多に居なくなってしまったらしい……とは言え、元々交遊関係が狭く、それに人がやたら訪ねて来ない方が研究に集中できるとそんなに気にしてないが。
「しかし、随分とまぁ資料だらけだな。よくこれで生活できてるな」
「ははは、要は慣れじゃ慣れ。目下、研究しておるテーマの解明の為に色々と調べておったらこんなにまで膨れ上がってしまっての」
天井まで届くうず高く積もった紙の山に呆れ顔のレオリアだが、フランクリンにとってはなにかを研究する度にこうまでなるのはいつもの事らしい。
ただ、そうであってもショコラ達が来た時のように雪崩を起こした資料の下敷きになるのはたまにあるそうだった……せめて身の丈以上に積むのを止めた方が良いんじゃないかと思うのだが。
「街の人の話だと~、なんか眉唾物のお宝伝説にのめり込んでるって聞いたけど~?」
「眉唾物じゃとっ?」
「こ、こら、先生を不機嫌にさせるようなことを言わないでよエルフォルト」
遠慮なしにそんなことを言ったエルフォルトをショコラが窘める。せっかく博識な学者に会えたのに、下手なことを言って機嫌を損ねられて追い出されたら元も子もない。
だが、既に街の人々から散々に言われて慣れたのかフランクリンはその言葉に怒る様子も機嫌を悪くするようなこともなかった。
「なに、今更じゃよ。以前からそういう類いのことは言われておるからの……眉唾物か、確かに今もってしても確証にまでは辿り着いておらんがそれでもワシは伝説は偽りではないと信じておる! 学者たる者、周りの風評などを気にしておってはいかんからの」
そう力強く言うフランクリンの言葉には周囲がなんと言おうが自分の信じた道はひた走るのみという意思も感じられて、流れ行きから考古学を齧ってるに過ぎないショコラには眩しい志に映る。
そしてそこまでして研究している財宝伝説というのがどういうものなのか、ショコラも気になりだす……自分も似たようなのを調べてるし、手掛かりになる情報があるかもしれないと思って聞いてみた。
「あの、先生が研究している財宝伝説っていうのはどんな内容のものなのかな?」
「お、興味があるのかの。そうじゃな、まあちと話が長くなるが構わんかね」
「もちろん。レオくん達も良いよね?」
「別に良いぜ」
「同じく~」
「では話そうかの、おほん……まずその伝説を調べようと思ったのは各地に伝わる昔話などを調べていたのが始まりじゃった」
それは今から一年ほど前にまで遡るーー当時、これといった研究テーマがなく、時間を持て余していたフランクリンは商人などを通じて各国に点在する伝説や伝承に関する書物などを色々と集めていた。
なにか好奇心を刺激するものがないかと書物を読み漁っていたのだが、なかなか琴線に触れるものがなく半ば惰性で続けていたのだが、そんな中である古びた巻物が彼の目を惹いた。
古代の言葉で書かれたそれには〝これなる秘宝を手にした者には無限の富が与えられるだろう〟という文字があった。
これだけ見たらば、よくある空想のお宝話とも絵空事だとも本気にするには余りにも確証のない戯れ言だと一蹴されるであろう……が、フランクリンは違った。
小難しい理屈など抜きで純真に解き明かしてみたい、という子供心という童心に帰ったというか。とにかく、フランクリンの好奇心が見事に刺激されて彼はこれ以降、この秘宝伝説の解明に乗り出した。
研究の最中で「こんなものを本気にするとは同じ学者として恥ずかしい」とか宣う学者仲間もいたが、他人の誹謗中傷などなんのその。
都市の住民からも「いい歳した大人が……」などと陰口を叩かれたりもしたが全く意に介することなくフランクリンは研究に精を出した。
そこまで話したところでレオリアが感心したように呟く。
「逞しいんだな、あんた。それだけ他人から色々と言われてんのに続けるだなんて」
「さっきも言っただろう、周りの風評など気にせんと。人生というのは一度っきりなんじゃ、ならばワシはワシが思い求めるものを愚直にでも最後まで続けて大往生まで突っ走るのみよ」
「はぁ~、尊敬しちゃうよ先生。私なんて、ちょっとした趣味の延長線上で考古学に傾倒してるだけだもの……先生みたいな学者を目指してる訳でもないし」
「そんなことを気にする必要はない、理由やきっかけはどうあれお主も自分なりの信念でやり始めたのじゃろう。重要なのは意気込みや信念なのじゃ、むしろその若さでこの道に興味を覚えてくれたのは嬉しく思っとるよ」
ほんの興味心と趣味でやり始めたことであったが、本職であるフランクリンにそう言われれば悪い気がしない。なんなら、本格的に目指してみてもいいかなとさえ思った。
「ところでさ~、フランクリン先生の研究してる秘宝伝説ってどこまで分かってるの~?」
「うむ、古文書に書かれとった〝秘宝〟というのについては正確な名称が未だに分からぬのだが……実はつい先日に有力な一文を発見しての。一歩全身といったところじゃ」
「その有力な一文ってのは?」
「ワシが見つけた古文書にはこう書かれておったのだ……〝それは古代の秘宝にして至宝、持たざる者に永遠なる富を約束すべし。だが忘れるなかれ、それを持つことによる責任を。覚悟の無いもの持たれば、それは破滅を呼ぶべし〟と」
神妙な顔で紡がれたそれを聞いたショコラとレオリアは二人して「ん?」と首を傾げた……非常に聞き慣れたフレーズの文言だったようなーーというか、今まさにショコラが大事に持っている巻物に書かれてるのと瓜二つじゃないかと即座に気付く。
「持たざる者に永遠なる富を約束すべし、これだけを素直に読めば使いきれない財宝の山とも解釈できる。じゃが同時に責任を持つべしや破滅を呼ぶともいう物騒な言葉もある……果たして、秘宝の正体がなんなのかは現時点でもあやふやであるが、これでますますワシの研究意欲も深まったということでーー」
「あのー、ちょっといいかな先生?」
「ん、なにかな?」
「実は、先生が研究してる秘宝の手掛かりになりそうなのを持っててね」
「俺らが会いに来たのはそれを解読して貰えないかと思ってさ」
「なぬっ!? 秘宝の手掛かりに繋がる物だとっ。み、見せてくれるか?」
狼狽しかけてるフランクリンにショコラは後生大事に持ち歩いている巻物を手渡した。
封を解いてその中身をじっくりと熟読していく。
「…………」
「えっと、先生、どうかな? 私の知識だとそこに書かれてる文字は半分ぐらいしか読み解けなくて」
「…………」
「おい、先生? 聞いてんのか」
「…………」
「あ~、こりゃめっちゃ集中してんね~。完全に自分の世界に入っちゃってるわ~」
「だとしても集中し過ぎだろ……」
何度話しかけても終始無言であり、表情も真剣そのものなので迂闊に手を触れるのすら躊躇ってしまう程の集中ぶりを発揮しているフランクリン。
どうしようかと一同が顔を見合わせた瞬間であった。
「すんばらしぃぃぃぃぃっっ!!! ワンダフルっ、グレートっ! ブラボーーーーっっっ!!!」
それまで姿勢さえ崩さずにいたフランクリンが、突如として大声を張り上げて万歳をしだしていきなりのことにショコラ達は身を崩したり腰を抜かしたりなどした。
「うわっ!?」
「ひゃあっ!?」
「わっと~っ? なになに突然叫んで~、びっくりしたんですけど~?」
とは言うが、ショコラやレオリアと違って言う程に驚いてなさそうなエルフォルトがなにがあったのかを聞くとフランクリンは興奮気味に話しだした。
「いや大変貴重かつ重要な物だぞこれはっ! この古文書は恐らく、ワシが発見した一文の原本とでも言うべきものじゃっ。〝永遠の富〟というのを指す秘宝の在り処がこれで判明したぞっ!」
「えっ、本当なんですか先生っ!?」
まさか手掛かりどころか、秘宝の在り処が分かるとは思ってもみなかったがこれはまさに僥倖という他はない。
ただ喜びと同時に自分にもっと学があれば早く判明したし、あちこちの遺跡にレオリアを付き合わせることもなかったのだがと申し訳ない気持ちも出てきた。それが顔に出てしまってたか、レオリアがフォローしてきた。
「そんな申し訳なさそうな顔はするなよ。俺は元々、旅慣れしてるしそこまで負担に思ってなんていねぇから」
「あ、うん、ありがとレオくん……いや、でもやっぱりレオくんの労を労う必要はあるよっ! レオくんがお望みとあれば、一肌でも二肌でも脱いで……」
「それでフランクリン先生、秘宝の在り処の詳細な情報は?」
「ちょっとレオくんっ! 女の一世一代の覚悟を華麗にスルーなんて酷いよっ!」
この手の言動には流石に慣れてきたか、レオリアは真顔で見事なスルー耐性を発揮した。しかしソフトタッチなどにはまだ慣れていないから、そこから攻めるべきかとショコラは変な方向に頭を働かせ始める。
それはさておいて、遂に旅の目的に辿り着くかと思われたがそう上手いことにはならなかった。
「あぁ、いやいやすまん。年甲斐もなくはしゃいで言ってしもうだが、秘宝その物の在り処は分からんのだ」
「え? それってどういうことなの先生」
「まず未解読の部分に書かれてた一節はこうじゃった」
〝ーーそれでも秘宝を求めし者いれば、六つのクリスタルを集めよ。全てのクリスタルが揃いし時、永獄の封印解かれ、秘宝は目覚めんーー〟
「……と、これで締めくくられておった。要するにこの六つあるというクリスタルとやらを集めたその時に秘宝への道が拓かれるということなのだと推測できるのだが……」
「それだけ聞くと~、なんか秘宝って奴は危なっかしい気がするけど~」
確かに封印という大仰な単語が入ってる辺り、なにか物騒な気を感じないでもない。それに秘宝が目覚めるという言い回しにもショコラはなにか引っ掛かりを覚えたが、古い物にはなにかしら訳アリの記述ぐらいあるだろうとそんなに深くは考えなかった。
それで肝心のクリスタルというのがどこにあるのか?……それについては巻物に描かれていた絵がヒントになるだろうとフランクリンが話す。
「ここに描かれてる図形は形状からしてクリスタルであろう。その下には地名も一緒に書かれてるからだいぶ大雑把に簡略化されてはいるが、これはこの大陸の地形などを示していると思うのだ」
「へー、そうだったんだ。毎日にらめっこしてたのに全然気付かなかったよ私」
「まぁ、こんだけ簡略化されてたらなぁ。本当に最低限の目印ぐらいしか描かれてねぇし……というより、白紙の方の面積が広いだろこれ」
レオリアが指で差す通り、地図というには余りにも白地の部分が多すぎる。見る限り、クリスタルと思われる図柄はひとつしかないがまた別に地図などが存在してるのだろうか……とにかく、今のところはここに描かれてるクリスタルだけが秘宝へ繋がる唯一の手掛かりである。
そして、肝心の場所であるが〝アルクスラ平原〟という地名のところであるようだ。
「その〝アルクスラ平原〟ってのは?」
「この貿易都市から南西に五十キロ程は行ったところにある平原じゃよ……実を言うとな、前々からあの平原にはなにかあるんじゃないかと睨んでおったのだよ」
「どうしてなの先生?」
「秘宝について調べていた際にその平原の名がちょくちょく見つかったものでな。なにか重要なものがあるんじゃないかと思っとったのだよ」
「じゃ~、まずはその〝アルクスラ平原〟に行くのが目的って訳ね~。あ、先生さんも一緒に来たりする~?」
「もちろんっ!……と言いたいとこじゃが、最近足腰の衰えが酷くてな。君たちの旅路に同行するのはちょいと無理そうじゃし、足手まといになりかねん」
そういう訳なので、甚だ遺憾ではあるがフランクリンはここに留まるそうで、もし例のクリスタルが見つかったらショコラ達は報せに戻ることを約束した。今後もフランクリンの知恵に頼る必要がある筈だし、彼をのけ者にして秘宝探しするつもりなど毛頭ない。
かくして、ショコラ達の次の目的地は南西にある〝アルクスラ平原〟となり、一同は食料などを買い込んで体を休めてから出発することとなった。