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オリュンポスの聖なる炎  作者: 絵之空抱月
一章『戦いの始まり』
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8話「死への価値観」


 勇気を追い出した日の夜、俺は事件現場の近くまで行って単車の回収をした。

 勇気と被らないように陽が落ちてからの時間を選んだ。大通りに続く通りには黄色いテープで立ち入りが制限されていた。

 警察が見張っていると言うのに大通りの惨状を見たいのか見物人が押し寄せている。こんな時間までよくやってるもんだ。

 目に見えない何かが暴れて大通りを滅茶苦茶にしたなんてニュースを聞けば大抵の奴らは恐怖を覚える。だが、一部の奴らは違う。

 事件に面白さを見出しやがる。この手の事件を聞いて騒ぎ出すのはオカルトが好きな人間だったり、当然だが記者だったりする。

 オカルト好きで仲間内で話し合うだけならまだ良い。厄介なのはメディアだ。

 破壊された店のガラス。

 何個の隕石が落ちたのかと言いたくなるほどの棍棒によるクレーター。

 その他、俺たちの戦闘で出た被害諸々。

 これらを通じてメディアが報道すべきなのは危険性だろう。いきなり街灯が倒れ出したりするんだから当然だ。だからと言って見えないんじゃ対処のしようがねぇんだけどな。

 けど、中には面白さを前面に押し出すモノも存在する。それに煽られた奴らは神話生物の正体を掴みに行って何も分からぬまま死ぬのが関の山。

 恐怖が面白さに変わるかだって?

 変わるさ。そうでなきゃ心霊番組は成り立たない。心霊スポットに行く奴も廃墟探索に赴く奴もいなくなることはない。

 《《見えない》》ってのは怖さと信憑性の2つを司る。

 最初こそ見えない存在の怖さに怯えることになっても段々と認識が変わる。見えない存在とはなんだ?と。

 見えない存在への信憑性は薄まり、最終的には見えない存在がやったように見えて実際は普通に人間か、もしくは自分の常識内で片付くことだと認識する。

 

 「やあ、おかえり。バイクは無事だったのかな?」

 「無事だった。ついでに酒も買ってきた。飲むか?」

 「貰おう」


 袋からビールを取り出してグラスに注ぐ。俺は缶から直接よりグラスに移した方が好きだからそうしてる。

 オデュッセウスはチビっと一口。俺はガブっと大量に飲む。


 「これからどうなると思う?」

 「さぁな。これで収まればいっときの災害で済むだろうけど似たような事例が続けば嫌でも信じることになる。見えない存在を」

 「パニックになるだろうね」

 「だろうな」


 良くも悪くもメディアの情報を前面的に信頼して、ネットのデマにも騙されやすい日本人だ。あり得そうで面白い説が支持を集めて、俺たちが真実を言っても耳を傾けないのが目に見える。

 オデュッセウスはそれよりも、と前置きをする。


 「勇気君のことだ。突き放すのは辛そうだったように見えたのだが?」

 「……勇気は間違いなく良い奴だ。でも戦う力が備わってない」

 「じゃあ何故トロイの木馬に連れてきた?」

 「俺の思い違いだ」

 「思い違い?」


 馬に乗ったレムリア兵士に追いかけられているのを見たあの時、俺は即座に追いかけた。駐車場が遠かったのもあって、遅れちまったんだったな。

 遅れた俺は1人をぶっ倒した。直後に拘束から抜け出した勇気を見て木刀を投げ渡した。

 怪我をしている勇気は投げられた木刀をキャッチし、流れるようにもう1人の兵士の頭を斬りつけた。とても初めて剣を握った奴の動きには見えなかった。

 振り抜き方も威力も鬼化してなかったとは言え俺よりも優れていた。

 

 「んで家に行って聞いてみれば巻き込まれたんじゃなくて自分から進んでやってるって言うから大丈夫だと思ったんだ」

 「しかし、蓋を開けたら戦闘の調子にはムラっけが多くて剰え自分の命すら武器にするような自己犠牲精神を持っていたと」

 「自己犠牲自体は悪いことじゃねぇよ。悪いのは自分の死に価値を見出しちまうことだ」

 「自分の死に価値を?」

 「人間は生物である以上確実に死への恐怖が存在する。生きてく上で何よりも優先すべきなのは自分自身だ。だけど、勇気みたいに自己犠牲が度を越すと命さえも天秤に掛ける。唯一無二の命の価値を他と比較しようとする。絶対に比較出来ないはずの自分の命を、だ。

 結果として勇気は自分が生きることよりも俺とヘスティアを救うことが重要だと考えて死を選んだ。そこで矛盾が生じる」


 己が生きていることが最重要である生物いきものが自分の死で他人を救おうとするのだ。


 「これは生きている生物全てへの冒涜と言って良い。塾とは言え人に教える立場にある俺は死を手段として使う奴は許すわけにはいかねぇ」

 「神から人々を守るのなら尚更か」


 俺の言い分に少しでも思うところがあったのかオデュッセウスが呟く。

 そう、人々を守る立場にある俺たちのような存在は死んでも守るでは駄目だ。死んで守れるのはその一瞬だけ、その後に危機が訪れた時はどうする?自分はあの時守ったからと自己満足で終わりか?それじゃ責任感がなさ過ぎる。

 死んでも守るじゃない。

 ゼウスたちに対抗するなら俺たちは死なずに守り続けるのが使命だ。

 結果として死が訪れたのなら仕方ない。けど…目的として死を使うのは御法度なんだよ。

 

 「トロイの木馬に必要なのは死して名を馳せる英雄じゃなく、戦う《《勇気》》と力を持った勇者だ。違うか?」

 「違わない。龍二の言い分はもっとも。死を選択するのはどんな理由でも愚かだ」

 

 俺は飲み干したグラスをどかして袋から新たな酒を取り出す。アルコール度数の高いウィスキーをグラスに注ぐことなく直で喉に通すと、喉を焦がすような熱さが突き抜ける。

 

 「かぁー…!間違いねぇな。自殺は考えることが出来なくなった、やめた人間がするんだ…いくらだって対処の仕方はあるのに辛さに耐えきれねぇで…ったく…嫌になるぜ」


 死者を貶める気は毛頭ない。ただの…俺のちっぽけな持論だ。真面目で、常識があればあるほど罪の意識が芽生えやすくなる。

 そして罪の意識に耐えきれなくなったら——。

 死の選択が許されるのは安楽死とかその辺まで行ってからだ。

 それよりも愚かで醜いのはそこまで追い詰めた輩や死んだ後に『その程度で死ぬのか』とかクソみたいなことを言う奴らだけどな。

 あ…?なんで俺は自殺の話してんだ?酔ってんな…元々死に価値を見出すって話だったじゃねぇかよ…。

 

 「酒呑童子の血を引く君が酔うなんて珍しいこともあるのだな」

 「ほっとけ」

 「勇気君を連れ戻す気はないのか?」

 「俺から?ないだろ。まあ…勇気が戦う力を身に付けて戻ってくるならそん時は受け入れる」

 

 兵士とサイクロプスと戦って、勇気にも怒鳴り散らして。もう今日は疲れた。

 2人掛けのソファに体を預ける。

 酒を飲んだからなのか、精神的な疲れからなのか、はっきりとしていた意識はあっという間に闇に包まれた。

 その夜、俺は懐かしい奴の夢を見ることになった。

 今は懐かしい親友の夢——。

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