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オリュンポスの聖なる炎  作者: 絵之空抱月
一章『戦いの始まり』
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5話「新たなハウスメイト」


 巻いているだけで傷が治る不思議な布のおかげで左肩の傷が回復した勇気は自宅に戻って来た。あれだけの危険に晒されて恐怖もあったが家に帰ってくることがどんなことより安心する。

 

 「うおおおお!すげぇええええ!」

 

 勇気がガレージにバイクを戻していると興奮した龍二の声が聞こえてくる。

 ガレージ内にある数多くのバイクを目の当たりにして龍二は大興奮。特に旧車が気に入ったようで食い入るように眺めている。

 

 「なんだよこれ。全部勇気の私物か!?」

 「一応お父さんのだけど…さっきも話した通り僕のみたいな感じ」

 

 龍二が家に来ることになり、トロイの木馬の事務所で家族について軽く説明しておいた。話を聞いた龍二は「そりゃ大変だな」と言うだけで他には何も言わなかった。

 この話を聞いた人は大抵心無い言葉をぶつけて、勇気の親が残した財産目当てで言い寄ってくるクラスメイトも多かった。

 だから唯人や龍二のような反応をしてくれるのが勇気にとってはありがたい。ただ普通に接してくれればそれで良いのだ。

 

 「龍二さ…龍二はバイク好きそうだもんね。メーカーにこだわりあるの?」

 

 慣れない年上の呼び捨てをしながら勇気が聞く。

 龍二の乗っているバイクは黒に金の文字の仏壇カラーと呼ばれる代物で色違いが有名な映画にも使われたことがある。

 

 「見て分かる通りだ!漢は黙って!ってやつだな。あと俺は旧車大好きだから家に行けば他にもあるぞ。勇気はこだわりとかあるのか?」

 「特に無いかな。僕はこの通り色んなバイクに囲まれて育ったから。強いて言うならこれかな?」

 「あっ!私を助けてくれた時に乗ってた物ですね!とてもスタイリッシュでかっこいいです」

 

 黄色いスーパースポーツが勇気のお気に入りで愛車だ。

 それを見て龍二は感心する。勇気の愛車は国内メーカーの物だが色に関しては違った。どこのメーカーにもイメージカラーがあり、勇気の愛車のメーカーは青、もしくは紅白カラーだ。黄色ももちろんイメージカラーには含まれるが限定品となることが多い。

 龍二は勇気の肩に手を置いた。

 

 「…?」

 「勇気…良いセンスしてるぜ…!」

 「ど…どうも…?」

 「バイク談議は後にしてご飯にしませんか?もうお腹ペコペコです」

 

 話し出したら止まらなそうな空気を察したヘスティアが釘を刺す。ヘスティアのお腹が鳴るのを聞いて腹の虫が共鳴したのか2人のお腹も寂しい音を出す。

 静かなガレージで演奏会を始める腹の虫。3人はお互いの顔を見合わせて、笑った。

 勇気は腹を空かした2人の為に冷蔵庫を開ける。帰ってくる途中に寄ったスーパーで買ったステーキ肉のパックを3つ取り出す。

 朝用に炊いておいた白米は3人分、ちゃんと残っているのを確認してフライパンに油を敷いて火を点ける。

 軽く下準備をしたステーキ肉が1枚、フライパンのベッドに寝っ転がると弾けるような音がフライパンから肉汁と合わせて湧き出てくる。


 「はぁああああああ!良い音です!音だけでご飯食べられそうです!」

 「うおおおおお!美味そうだ!」

 「あの…油飛ぶかもしれないから離れててくれないかな?」

 

 カウンター式になっているキッチンの向かい側から今か今かと顔を近づけて大興奮するヘスティアと龍二を危険だからと勇気が注意するが2人は離れようとしない。

 今まで1人で料理をしてきた勇気は見られていることに凄いやりにくさを感じる。

 今回は焼くだけのステーキだったこともあり、失敗することなく完成した。

 赤かった身の表面はこんがりと焼けて美味しそうな色へと様変わり。玉ねぎを使った勇気特性ステーキソースとの組み合わせに2人は目を輝かせる。

 

 「「「いただきます!!」」」

 

 3人同時にステーキを口に含む。

 しっかりと焼けた外側は堅く、歯が外装を突き抜ければ柔らかい赤身が顔を出す。ゴムを食べていると感じるほど堅い肉ではない為、軽く噛んでやれば肉自体が真っ二つに分かれる。


 「美味ぇ…なんだこれ…高級国産牛なのか…!?」

 「違うよ。グレードとしては中間くらいかな、なんなら安いお肉に近いかも」

 「そうなのですか!?はむはむ…こんなに…はむはむ…美味しいのに…はむはむはむはむ…」

 「高級過ぎると脂でやられちゃうからいっぱい食べられた方が良いかなって思って安めのを美味しく調理してるんだ」

 「意外と高い肉って美味いの最初の一口だけだったりするから確かにこっちの方が腹一杯食べられる感はあるな」

 

 満足そうな2人の顔を見れた勇気はそれだけで嬉しくなる。

 食べながらヘスティアが龍二に聞く。

 

 「どうして龍二様が勇気様の家に来ることになったんですか?」

 「次にターゲットになるのは協力者である勇気か俺の可能性があるから一緒に居ろってオデュッセウスに言われたからだ」

 「勇気様と龍二様さえなんとかしてしまえば私を捕まえるのは簡単だからと思われているのでしょう。事実、私に戦闘能力が無いので正解なのですが…」

 「ならオデュッセウスはなんで事務所に残ったの?」

 

 協力者と言う括りならオデュッセウスも入るだろうと思った勇気が言う。

 

 「あいつはなんか…ワタシは指揮官であるから死んだら危うい。つまりここに引き篭るのが最適解だ!とか言ってたぞ」

 「戦いに巻き込まれて死なれては困りますしそれで良いでしょう。あのオデュッセウスが言うのだからきっと安全だと思い…たいですね」

 「なんだかんだ事務所が襲われても生きてそうな雰囲気あるけどね」

 「俺の知ってる史実通りなら多少の困難で死ぬような奴では無いな」

 

 長い長い苦難の旅を続けても尚生き残ったオデュッセウスの生命力だ。概要を知っている龍二とヘスティアが首を縦に何度か振る。

 そして夕食を食べ終えた3人。勇気が洗い物をしようとするとヘスティアが割り込んでくる。

 

 「居候の身なので私がやりますよ」

 「ありがとう」

 「勇気、少し話そうぜ」

 

 ヘスティアに洗い物を任せてキッチンから出ると龍二が勇気を話し相手に誘う。2本の指を口元で前後させるジェスチャーを見た勇気は2階のベランダに移動した。

 ベランダに出た龍二はポケットからタバコの箱を取り出し、咥えて火を点ける。

 

 「タバコ吸って良かったのか?」

 「良いよ。外で吸えるような場所も減ってきてるし僕の家だから」

 「助かるぜ。ほら!」

 

 龍二は勇気に四角い箱を投げる。

 

 「えっ!?僕は別にタバコ吸わないよ!?」

 

 今では16歳以上なら任意で吸えるようになったタバコ。喫煙者でも吸いたいとも思わない勇気は投げ渡された箱を龍二に返す。

 

 「大丈夫だ。箱よく見てみろよ」

 「えっ…?えーっと…レモンシガレット…?」

 

 勇気が渡されたのはタバコではなくタバコを模したラムネの駄菓子だった。

 黙ってしまった勇気を見て龍二が笑う。

 勇気は大人しく箱の中から一本取り出してタバコを吸うかのように咥えた。

 

 「勇気は日常を捨てる覚悟はあるのか?」

 「日常を捨てる覚悟…」

 「もしかしたら勇気も俺と一緒で家系の影響かもしれないがルーツも分からない状態であいつらが見えてる。見て見ぬ振りをすることだって出来るのに勇気はそれでもヘスティアの力になるのか?」

 

 勇気と龍二が足を踏み入れてるのは神話の神々の争い。激化していない今なら鬼の力を持つ龍二と英雄オデュッセウス、そしてこれから増えるであろう英雄たちに任せることも出来る。

 しかし、勇気はヘスティアと約束した。

 降りる選択肢はない。

 

 「それでもティアを助けたい」

 「そうか、なら良い。巻き込まれただけなら離れることも考えないといけないだろうと思っただけだ」

 「龍二は戦う力があるからオデュッセウスを助けようと思ったの?」

 「それもあるけど少し違う。昼間に俺は鬼の家系…鬼の血を引いてるって言ったけど鬼崎家でも知ってるのは俺と祖父じいさんだけだ。それに全員鬼の力を持ってるなんてことはない」

 

 話している龍二の額に2本の角が生えてくる。薄暗い夜でもはっきりと分かる真っ赤な角。

 

 「現時点で角を出せるのも俺と祖父さんだけだ」

 「じゃあお祖父さんが鬼であることを知ったきっかけがそのまま龍二の戦う理由?」

 「勇気は天使と悪魔事件を知ってるか?」

 「お父さんから聞いたことあるかも」

 

 天使と悪魔事件——それは今から60年ほど前に起きた騒動の名称。とある時期に人間が異形の存在、悪魔のような姿に変わり、暴れだす事例が頻繁に起きた。

 悪魔と化した人は警察の銃火器ではどうすることも出来ず、手の打ちようがなかったのだが気付かぬうちに悪魔になった人は元に戻っていた。

 そして最初とは比べものにならないほど凶悪で強大な悪魔を4人の天使が倒したことでそれ以来悪魔が出現することは無くなった。

 名称として事件となっているが現実ではあり得ない夢のような事件であった為、まともに取り合うのは実際に悪魔になった人やその現場にいた当事者だけだ。

 一時期ネットでは話題になったこの事件も直ぐにドラマか何かの撮影だったと勝手な解釈がされ、段々と風化していった。

 両親が過去の新聞記事を漁り、天使と悪魔事件の話をして盛り上がっていたのを勇気は見たことがある。

 

 「あれ?ってことは?」

 「そう。悪魔を退治していた1人が祖父さん。自分が鬼だってことを気付いたのもその時だったらしい」

 「お祖父さんに憧れてオデュッセウスの手伝い?」

 「そんなところだな。鬼の力があればギリシャ神話の怪物でも相手に出来ると思ってんだ。神様に通じるかどうかは知らねぇけど」

 

 龍二には龍二なりの考えがあった。勢いのまま約束してしまっただけの勇気には無いものだ。

 

 「僕も頑張らないと!」

 「良い心意気だ。そういや勇気は昔から運動神経が良いとか言ってたな」

 「運動神経って言うか身体能力って言うか…とにかく体を自由自在に動かせるんだ。多少の高さからならジャンプしても問題無いくらいに頑丈だったりするかな」

 「……お前の先祖さてはケルト神話の英雄じゃないだろうな?」

 「ケルト神話…?」

 「あぁ…分からないのか…やりにくいな。戦い大好きで屈強な戦士が出てくるんだよ。本当に何も知らないのな」

 

 それこそ何十年も前、龍二の祖父が若かった頃はサブカルチャーの愛する者の立場と言えばお世辞にも高いとは言えず、オタクと呼ばれていた。自分たちの立場が上がって欲しいとは思ってないにしても虐められる理由になるのには異を唱えていた時期である。

 しかし、今ではサブカルチャーも立派な文化として根付いている。

 結果としてアニメや漫画、それに関連した神話の知識を持っている人も増えた。増えたはずなのに異世界から来たのかと龍二が言いたくなるほど勇気は何も知らない。


 「なんか好きなこととかないのか?」

 「バイクは小さい頃から傍にあるから大好き。後はパルクールかな」

 「パルクール?珍しいな」

 「サッカーとかだと怪我させちゃうこともあったから1人で出来ること探してた結果だね。街を駆け回るの楽しかったなぁ…最近はあんまりやってないや」


 言いながら勇気は今日のモール内での動きを思い出す。あれが出来たのも昔パルクールをやっていたおかげだ。


 「スタイリッシュな戦闘期待してるぜ」

 「ちょっと不安だけど…出来るだけ頑張るよ。あっ…」

 「どうした?」

 「両親のベッドをティアが使ってるから寝る場所が…」

 「座敷でもソファでも空いてる場所で寝るから気にすんな」

 

 龍二は申し訳なさそうにする勇気に笑顔で言う。

 

 「ありがとう」

 

 龍二の優しさに勇気は謝罪ではなく感謝をした。

 


 龍二たちが勇気の家に向かい、事務所——トロイの木馬に残っているのはオデュッセウスただ1人だ。龍二が買い置きしておいたインスタントラーメンを独りぼっちで寂しく啜っている最中だった。

 

 「おやおや寂しい夕食を迎えてるんだね」

 「その声はヘルメスか?」

 「せいかーい!少しは寂しさも和らいだかな?」

 

 軽い身のこなしで窓からヘルメスが侵入してくるに対してオデュッセウスは溜息を吐く。

 

 「ペネロペかナウシカアならこの寂しさも吹き飛んだと言うのに…おちゃらけた神では代わりにはならない…」

 「なんだ?喧嘩売ってるのかなー?」

 「安心してくれ、1割冗談だ」

 「ほぼ本音じゃないか!?あまり神を邪険に扱うと…天罰が下るかもしれないよ?」

 

 オデュッセウスはヘルメスの脅しを全く怖がらない。


 「天罰なんて怖くないと言ったら?」

 「そうだね。口から発する言葉が全て下ネタになって情報伝達出来ないようにしてあげよう」

 「すみませんでした」


 オデュッセウスは目にも止まらぬ速さで土下座を敢行していた。

 オデュッセウスの冗談とヘルメスの冗談では話が違う。ヘルメスの冗談は冗談では済まなくなる可能性があった。

 実際、過去にヘルメスをからかって嫁の悪口しか出てこなくなる呪いを掛けられたことがある。あの時は離婚を覚悟した。


 「くだらない茶番はここで終わりにしよう。神々はどうなってるのだ?」

 「そっちが始めたんじゃないか…まあ良いや。ターゲットが人間に切り替わった。明日には町中にレムリア兵士が溢れ返っているはずだ」

 「そうか…」


 ここまではオデュッセウスの予想通り。ヘスティアの性格と勢力の狭さを考えれば大体分かる。


 「ちなみにヘスティアに協力しようとしている神はいないのか?」

 「そうだねぇ…今のところは、としか言えないな。強いて言うならボクじゃないかな?」

 「あの包帯には助けられた。もっと寄越せ」

 「勘弁してくれ。創るのだって時間と材料が要るんだ。それより明日からの戦いは大丈夫なのかい?」


 レムリア兵士が多く派遣される明日からは戦いが激化するとヘルメスは考えている。

 たった2人の人間に数多くの武器を持ったレムリア兵士が襲いかかる。


 「大丈夫さ。レムリア兵士にも勝てないようなら神に挑む資格は無い」

 「正論だな。そして最後に1つ聞きたいことがある。君を復活させたのは誰だ?」


 ヘルメスはオデュッセウスに本題を聞いた。経過報告よりもこちらが本命だ。

 英雄オデュッセウスの復活。

 能天気なヘスティアは自分たちが地上に戻ってきたことに反応してオデュッセウスが復活していたのだろうと考えているがヘルメスは違う。

 神でもない英雄が神に反応して復活するなんてことはあるはずがない。

 オリュンポスの神々とは別になんらかの存在が関与しているとヘルメスは踏んでいる。そうでなければ死者の復活なんて有り得ない。

 その存在に最も近いのが現に復活しているオデュッセウス。

 ふざけた態度のないヘルメスに見つめられるオデュッセウスは答えない。


 「答えられないのか?それとも答えたくないのか?」

 「答えられないのだよ」

 「ならその交換条件になるような物をそのうち提示しよう」

 「まあ待て」


 窓から出ようとしていたヘルメスが再びオデュッセウスに視線を戻す。


 「面白い状況を見たいのであればヘスティアを守るべきだ」

 「肝に命じておくよ」


 助言を聞いたヘルメスは夏の夜空を走り去る。

 オデュッセウスは頭の中で先のことを思い描く。レムリア兵士なんて雑兵はハナから頭に無い。

 オデュッセウスを突き動かすのは敵対するであろう神々。ゼウスにヘラ、アテナ、アレス、デメテルアポロンアルテミス。

 生きていた時は旅こそしていたが神に挑戦する機会なんて無かった。そんな神に対抗できる機会を生み出してくれた存在にオデュッセウスは感謝以外の感情が見つからない。

 オデュッセウスは1人、過去には無かった神への挑戦に向けて策を練るのであった。

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