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オリュンポスの聖なる炎  作者: 絵之空抱月
一章『戦いの始まり』
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4話「トロイの木馬」


 それは唸り声。

 低い唸り声が波打つように何度も聞こえてくる。

 逃げていたヘスティアを救ってくれた鉄の馬の鳴き声。勇気の乗るものとは違った音でも昨日、そして今日も1日中乗っていたから分かる。

 伸びのある低音と共に1台のバイクが廃ビルに入ってきた。

 薄暗い建物にいる4人をライトが照らす。

 長身の日本人を抑え付ける兵士と剣を突き刺している兵士、泣きながらそれを見つめる少女の4人。

 いきなりやってきたオールバックの男はバイクから降りて手に持っている木刀で地面を叩く。


 「みっともねぇ野郎どもだ。ガキンチョ1人を寄ってたかって痛め付けるなんてよ。俺がいくらでも相手してやるから掛かってこいよ雑魚野郎」

 「何だテメェは…!こっちは腹立ってんだよ!邪魔するならテメェも殺すぞ!そんなチンケな木刀で何が出来るってん——」


 男は話を聞き終えないまま木刀で一閃。

 剣を持った兵士の側頭部に直撃し、鈍い音が鳴る。


 「うがぁあああああああああ!」


 鎧は着てても兜を被ってない兵士は木刀での重い一撃を頭に喰らって泣き喚く。

 兵士たちも人と大した違いは無い。頭を木刀で力一杯殴られれば当然死に至る可能性だってある。


 「なっ…!お前…!」


 仲間がやられたのを見て動揺したのか勇気を取り押さえていた兵士の力が緩んだ。

 (……!)

 勇気は力が緩んだのを見逃さず、左肩の激痛を我慢しながら拘束から抜け出す。

 曲げた両足をバネのように跳ね上げて動く右腕を使い、下から兵士の顎にアッパー一発。


 「おごっ…!」

 「ガキンチョ!使え!」


 オールバックの男から投げ渡された木刀を勇気は手に取り——横薙ぎに払う。

 目の前で見たのと同じで無防備な頭に木刀は直撃。

 頭が割れるくらいの強烈な痛みに兵士は地面をのたうち回る。


 「こっちだ!早く逃げるぞ!」

 「勇気様、歩けますか?」

 「なんとか…」


 左肩の出血は止まらない。

 勇気は左肩を右手で抑えながらオールバックの男に近付く。


 「まさかこんな早くに使うことになるとはな」


 男は背負っていた袋の中から真っ白な長い布を取り出して勇気の傷を隠すように巻き付ける。力強く締め付けられて勇気が悶える。


 「ちょっと痛いかもしれねぇけど我慢してくれ。これで一先ず大丈夫だ。バイクにも乗れるな?」

 「はい…」

 「話は後だ。俺の後を付いてこい」


 男の真っ黒いバイクに勇気とヘスティアは大人しくバイクで後ろを付いていった。



 到着したのは廃墟が多くある地域より少し離れた場所にあった小さなビル。事務所と言った方が正しいだろうか。

 少なくとも勇気には『ヤ』の付く職業の方々が運営する事務所にしか見えなかった。

 オールバックの腕っぷしが強い男。

 持っている木刀。

 事務所のような建物。

 勇気の頭の中でパズルのピースが組み上がっていく。今更断ることも出来ず、勇気は死、もしくは指の1本か2本を覚悟して階段を上がった。


 「おーい、帰ったぞー」


 二階の部屋に入る。

 そこにはスーツを着てサングラスを掛けた金髪の男が両肘をテーブルに置き、両手を組み合わせていた。

 勇気の疑いが確信に変わった。

 命乞いだけはしておこうと勇気が頭を下げる前にオールバックの男がサングラスの男の頭を叩いた。


 「馬鹿かお前は。ビビらせてどうすんだよ」

 「いやぁ…ちょっとやってみたかったのですよ」

 「あれ…?」


 思っていたのと違った。

 サングラスの下の顔は整った顔立ちをしていた。頭を叩かれていたずらに笑って見せる。

 男の顔を見て反応を示したのはヘスティア。

 

 「もしかしてあなたは…」

 「自己紹介が遅れたね。ワタシの名前はオデュッセウス。そして君たちを助けたこちらが」

 「鬼崎龍二きざきりゅうじだ。突然で悪かった」

 「助けてもらったので…そんなことは…あっ、僕は坂本勇気です。初めまして」

 「そちらのお嬢さんは?ワタシのことを知っているようでしたが?」

 「ヘスティアです」

 「あー…ヘスティアな…って…はぁ!?ヘスティア!?オリュンポス十二神がなんでこんなところにいるんだよ!」

 

 ヘスティアの名前を聞いて龍二が声を荒げる。

 オデュッセウスも言葉にしていないだけで驚きのあまり口を大きく開けてしまっている。

 ヘスティアからすれば英雄でも人間であるオデュッセウスが今いることに驚いているのだがそれより重要なことがあった。

 

 「勇気様はこのままで大丈夫なのですか?」

 「あ、ああ。すまない。驚きのあまり言葉を失っていましたのですよ」

 「おいオデュッセウス。平静も失いそうになってんぞ」

 

 オデュッセウスは過去に超が付くほど波乱万丈な旅をしてきたおかげで医術に長けていた。とある筋から貰った不思議な布を併用して勇気を治療する。

 平静を取り戻したオデュッセウスが勇気の肩を治療している間にヘスティアはこれまでの経緯とこれからやろうとしていることを2人に打ち明けた。 

 

 「そうだったのですか」

 「オデュッセウスはどうしてここに?」

 「気付いたら日本にいて、どれだけ話しかけても全員に無視されて困っていたところを龍二に救ってもらったのですよ。神の帰還に何らかの力が働いて生き返ったと考えるのが妥当かと」

 「龍二様は何故私たちが見えるのですか?相当な信仰心がないと普通の人には見えませんよ」

 

 オデュッセウスがいることはともかくヘスティアが気になるのは龍二。

 勇気がヘスティアたちを見られる理由も未だ判明していない。もしも龍二が理由を知っているのならそれに準ずるものが勇気にもあるのでは、と思ったのだ。

 趣味としてギリシャ神話が好き!程度では見えないはずだから。

 

 「俺か?俺は古いご先祖様が少々複雑なんだ」

 「複雑と言うと?」

 「俺の先祖、鬼なんだってよ」

 「鬼…って言うとあの鬼…?大阪のおばちゃんが着てそうな柄のパンツ履いてるあの!?」

 

 驚いたのは勇気だけでヘスティアは納得している。

 

 「普通に虎柄って言えよ…ご先祖様が履いてたかどうかは知らねぇぞ」

 「綿棒振り回してるの!?」

 「《《棍棒》》な!?何処に綿棒振り回す鬼がいるんだよ!耳掃除大好きか!?」

 「どんな鬼だったのですか?」

 「聞いて驚け!なんとその名は酒呑童子!日本で最強と恐れられた鬼だ!」

 「酒呑童子!!!」「酒呑童子……?」

 

 龍二はインパクト抜群だと思ったのだが思ってたより反応が悪い。特に勇気。

 日本人なら割と有名なはずの酒呑童子を勇気は知らなかった。

 ギリシャ神話すらロクに知らない勇気が知っているのは泣いた赤鬼くらいだった。

 

 「勇気様にその手の話しても無駄ですよ。オリュンポス十二神すら知らなかったんです」

 「は?じゃあなんでヘスティア様やオデュッセウス見えてんだ?」

 「「さ…さぁ…?」」

 

 それはヘスティアにも勇気本人にも分からない。

 

 「ワタシのことはまさか知ってるんだろう?」

 「すみません…知らないです」

 

 信仰心とかの問題の前にギリシャ神話の知識が全く無い勇気がこうしてヘスティアを見ることが出来ているのか。結局オデュッセウスの知恵を借りても出てこなかった。

 落ち込むオデュッセウスを余所に龍二が話を続ける。

 

 「じゃあ坂本とヘスティア様はゼウスたちに立ち向かうってことでいいんだな?」

 「そうです。このままでは地球がゼウスの良いようにされてしまいます」

 「良し!俺たちも手伝う」

 「ほんとですか!?やりましたよ勇気様!酒呑童子の力を持った龍二様と智将オデュッセウス…こんなに力強い味方はいません!」

 「元々こいつが言ってたんだよ。ワタシが復活したと言うことは…ってな。2人はこのトロイの木馬に乗る覚悟は出来てるか?」

 

 ゼウスに対抗したいヘスティアとヘスティアを守る約束をした勇気にとってその提案は願ったり叶ったり。

 答えはもちろん——。

 

 「「出来てます!」」

 

 威勢の良い返事を聞いて龍二の表情が緩んだ。

 

 「なら今から俺たちは仲間だ!よろしく頼むぜ勇気!」

 「はい、その…龍二さん」

 「呼び捨てで良いぜ。こんなだけどまだ二十歳だからよ。2歳差なんて大したことねぇさ」

 「二十歳…木刀……事務所…ハッ…!」

 「ハッ…!じゃないからな?別に俺は組の者でもなんでもないからな?建物はそっからの流用だけど」

 「なんだ…そうだったんだ…」

 

 (建物が流用されてることには驚かないのですか…?)

 勇気が安心してるので口には出さないヘスティア。

 そうなると龍二は一体何をしているのか。

 

 「じゃあ大学生?」

 「数学と英語が出来なくて行けなかった。今は知り合いに紹介してもらって塾講師やってる」

 「英語が苦手なのは分かるな…」

 「良いんだよ。俺らは日本人なんだからまずは正しい日本語を習得するのが正しい順序だ」

 「うんうん…テレビ見てて専門家とかがエビデンスとかって言ってるの何で?ってなるもんね」

 「それはそう!ったく無駄に横文字使わずに普通に証拠って言えよな!情報発信者が分かりにくい言葉使ってどうすんだよ」

 

 同じ境遇の仲間に出会えたことで勇気と龍二の2人は即座に意気投合している。年齢がそこまで離れていないことも影響しているのだろう。

 微笑ましい会話を神話組の2人が眺める。

 

 「すぐに打ち解けられて良い滑り出しだ」

 「鬼の血筋を受け継いだ龍二様とオデュッセウス…中々の布陣ですね」

 「坂本君のことは後々考えることにして情報が欲しい。オリュンポス十二神での派閥はどうなってる?」

 「だいぶ話し方が変わりましたね」

 

 オデュッセウスからは敬語が抜け落ちていた。

 「初対面の人には敬語を。仲間になったらもう良いと思っただけなので」

 「そうですか。オリュンポス十二神ではほぼ考えが同じですね。ヘルメスがよくわからないのと無関心なヘパイストス。人間寄りなのは私とポセイドンくらいでしょう」

 「アルテミスとアフロディーテは?」

 「仲が悪いですね…でもどうでしょう…?アフロディーテはもしかするとこちら寄りかもしれません」

 

 純潔の女神アルテミスと違って愛や美を司り、浮気性なアフロディーテの仲はすこぶる悪い。

 浮気や不倫をすることが多い人間と言う種族を根本から変えようとしているアルテミスは地球統治に賛成している。

 しかし、アフロディーテは子種を残すこと、その子どもを責任持って育てることに重きを置いているので浮気や不倫をそこまで気にしていない。

 

 「もしもアフロディーテに浮気を怒られても説得力皆無ですけどね」

 「そこはともかく戦の女神としての側面を持っているアフロディーテが味方になってくれるのなら喜ばしいことではないか?」

 

 オデュッセウスは嬉しそうな表情を見せるがヘスティアは微妙そうな顔をしながら話している。

 

 「そうですね…ですが皆さんはここにアフロディーテが居たら耐えられるのでしょうか…」

 「あっ…それはワタシも含まれる案件では…」

 

 究極の美しさを持っているアフロディーテは見る者全てを魅了する。神々ですら虜になるのにあの美しさに耐えられる人間は相当な変わり者か、恋愛対象が女性ではないか、鋼以上のメンタルと自制心を持ち合わせている人だけだろう。

 ここにアフロディーテが来た瞬間、三人が爆発寸前にまで高まり、アフロディーテが快く受け入れるのが想像出来る。

 

 「それはアフロディーテが味方になってくれてから考えるとしよう。もう1つの協力者で考えられるのはワタシと同じ境遇の英雄たち」

 「私たちが帰ってきた影響なのか復活した英雄たちが他にもいるかもしれないと言う訳ですね」

 「アルゴノーツならとても心強い」

 「ヘラクレスにアタランテ…カイニスも戦闘力は折り紙付きです。アスクレピオスなら怪我の心配が無くなりますね。出来ることなら怪我はして欲しくないですが」


 神に反逆する時点でそんな甘いことがないのをヘスティアは知っている。

 こうして勇気とヘスティアは運良く龍二とオデュッセウスと出会い、トロイの木馬に入ることで仲間を獲得したのであった。

 


 「なんだと!?姉上を取り逃した!?」

 

 神殿の中にゼウスの大声が響き渡る。

 ゼウスが声を荒げることを予期していた報告係のヘルメスは指で耳を塞いで鼓膜を守った。

 特に問題無くヘスティアを連れ戻せると思っていたゼウスにヘルメスが説明する。

 

 「どうやら人間の協力者がいたようだね。話を聞くに2人」

 「レムリア兵がたかが人間2人にしてやられたとでも言うのか?」

 「ボクたちが見えてる時点でたかが人間の範疇からは外れている。今の地球…特に日本にボクたちを信じている人なんていないからね」

 

 ヘルメスの話を聞いて毒々しい紫色の髪の毛を長く、腰まで伸ばしたゼウスの妻であるヘラが言う。

 

 「時間を掛けては勢力が拡大する可能性があるわね。早急に対処するのが賢明かと」

 

 ヘラの言葉に賛成したのは兜を被った軍神の女神アテナ。

 戦争の残虐さを体現した軍神アレスとは反対に温厚で策略家、知将としての側面が強いアテナは作戦を立案する。

 

 「兵士の数を増やしませんか?相手は人間ですから人数差があれば探すのも撃退することも容易いと思います」

 「兵士の数を増やす…か。確かに最も手っ取り早い解決策ではあるな」

 「目的をひっくり返すのです。協力者2人をターゲットにして、痛めつけるか殺すかする。ヘスティアの性格なら人質としても使えます」

 

 ヘスティアが極度のお人好しで優しい女神であることはオリュンポス十二神に留まらず、ギリシャ神話を齧った程度の人間でも分かる。

 いくら地球の為だと言っても自分の我が儘で面倒事に引き込んでしまったことに少なからず責任を感じる女神だ。そんなヘスティアは協力者の2人が危険な目、つまりは死に直面すれば迷わず人間の命を選択するだろう。

 

 「姉上なら間違いなく人間の命を優先する。兵士の数を増やすぞ」

 「槌持ちや槍兵を増やしましょう。人間には剣より対処が難しい」

 

 剣は人の持ち物で対処が可能だ。硬ければ攻撃自体は簡単に防ぐことが出来る。

 しかし、槌——ハンマーは薄っぺらい防御など押し潰す。槍も同様に貫くのを防ぐのは難しい。どちらも避けるのが最善手となる。

 次の作戦が決まり、解散になると思いきやヘラがそそくさと逃げ出そうとするヘルメスを呼び止める。

 

 「何か用でも?」

 「ヘスティアを日本に運び出した癖に咎められないとでも思ったの?言い訳くらいは聞いてあげるわ」

 「さぁ?ボクは頼まれたから仕事をしただけさ。まさか、ゼウスに反抗しようなんて思いもしなかったよ。それともヘラも日本観光がしたいのかい?」 

 

 戯けるヘルメスをヘラは睨み付ける。

 

 「白々しい。妾の邪魔をする時はよく考えておけ。ヘルメスであっても容赦しない」

 「おお、怖い怖い。これは仕事を受ける時は気を付けなくちゃならないかな?困ったらヘスティアにでも助けてもらおう」

 「貴様っ!」

 

 ヘルメスに向かって足を出したヘラをアテナが遮る。

 

 「ここは聖なる神殿です。醜い喧嘩なら他所で」

 「わーお!助かるよアテナ!」

 「ヘルメス。あなたも無駄に怒りを煽るようなことをしないでください。未来、人々の安らぎとなるヘスティアを取り戻さない限りは話が進まない」

 

 アテナは荒事を起こそうとしたヘラとそれを煽ったヘルメスを叱責する。アテナにとって無益な争いは忌むべきことだ。 


 「仲間割れをしてどうする。姉上に他の神が味方すれば兵士だけでは手に余る。ヘルメスもヘルメスだがヘラも離反者を出すような行動は控えろ」

 

 今はまだ人間2人だけだ。他にもゼウスたちを視認することが出来て、戦おうなんて思考の人間が集まる可能性がある。ましてやそこにヘルメスやヘパイストスが加わることになれば厄介だ。

 ゼウスにとって最悪な事態にならないよう慎重且つ早急に手を打つ。

 しかし、ゼウスとヘラ、アテナは知らない。

 オデュッセウスたちの存在を。

 今のところオデュッセウスがいることを知っているヘルメスは楽しみで仕方がない。

 これからどんな展開が待ち受けているのか。

 神と人の戦い、もしくは神と神の戦い。

 ヘスティアとゼウスによる地球の未来を賭けた2つの勢力の全面戦争の結末を見る為に御膳立てをしない選択肢は無かった。

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