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オリュンポスの聖なる炎  作者: 絵之空抱月
一章『戦いの始まり』
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3話「奇跡を起こす音」


 ヘスティアが坂本家に引き取られ、一夜が明けた。

 暑い夏の朝でも勇気は早起き。高校に指定の制服がないので今日の私服に着替えて台所で頭を悩ませている。


 「ご飯と…味噌汁…おかずは——」


 ヨーロッパに住んでいた女神ヘスティアのことも考えて最初はパンが良いかと考えた。しかし、勇気はパンより米派であった。

 折角ならヘスティアに日本食をご馳走したいと準備を始めた勇気は間違いに気付く。もう味噌汁を作ってしまったことで軌道修正は不可能になっていることに。

 ご馳走したいと思うあまりにメインメニューを忘れていた。

 朝にぴったりな定食を作るつもりだったが冷蔵庫の中には思ってたより食材が入っていなかった。

 夏だから買い溜めをしていなかったのが原因だ。

 これでは定食の名前を付ける際に前の部分に付けるおかずが無い。焼鮭定食でも唐揚げ定食でもなくご飯と味噌汁のみの定食。定食と呼ぶことがおこがましいレベルの朝食になってしまうではないか。

 夏の朝にぴったりな何かないかと冷蔵庫を覗いていると勇気の目に入ったのはチャック付きの袋。

 勇気が食べたくて一昨日に漬け込んでおいたきゅうりの浅漬けだ。

 袋からきゅうりを2本取り出し、輪切りにして盛り付ける。


 「よし!準備完了!」

 「勇気様、おはようございます。はぁっ!まさかそれは今日の朝食ですか!?」


 ご飯を味噌汁と漬物を見てヘスティアは感激する。

 その並びは何を隠そう憧れの日本食。


 「おはようティア。一緒に食べよう」

 「はい!」


 勇気の向かいに座ったヘスティアは早速手元のフォークを使ってご飯を口に含む。

 初めて食べるご飯の味は美味しいとも不味いとも言えない微妙な味。

 眉を八の字にして微妙な顔をするヘスティアを見て勇気がレクチャーする。


 「こうやって、食べるんだよ?」


 右手の箸を使ってきゅうりを1つ掴んで口に放り込み、きゅうりを飲み込まないまま更に口の中にご飯を放り込んだ。

 そして最後に味噌汁を啜って満足そうな表情を浮かべる。


 「二本の棒をそんな風に使うなんて器用なのですね」

 「持ち方に違いはあると思うけど日本の人なら誰も使えるよ。僕みたいに食べてみて。きっと美味しいから」


 ヘスティアは勇気の言葉を信じて同じ手順で漬物、ご飯の順で同時に食べてみる。

 塩気の強いきゅうりを上手い具合に味の薄いご飯が緩和してくれる。


 「んっ!美味しいです!口の中で野菜とご飯がご挨拶してます!」

 「ま…まあ気に入ってくれたなら嬉しいかな…?」


 ヘスティアの表現は上手い具合に伝わらなかった。

 2人は朝食を終えて、冷たい緑茶を飲んでいる。


 「学校に行くとは言いましたが服はどうしましょう」

 「明日は土曜日だから学校帰りにでも買いに行こう。今日は僕のおさがりで我慢してもらうしかないかな」

 「本当ですか!?それはとっても楽しみです!」


 呑気だと言われても仕方ないが勇気に出来ることと言えばこのくらいだ。

 約束した以上はヘスティアが日本で生活することになる。その上で衣服が必要なのは言うまでもない。

 (周りもティアを見られるのなら祈ちゃんに頼みたかったな…)

 側から見れば男1人でレディース服を買うことになる恥ずかしさに覚悟を決めて、勇気は一旦ガレージに移動する。


 「今日はティアを乗せるからネイキッドにしよう」


 2人乗りをするのなら、と勇気は国産メーカーで希少価値が高くなっている旧車ネイキッドのキーを取り出す。

 こちらも昨日のスーパースポーツと同じく頻繁に乗っている。エンジンはスムーズに息を吹き返し、アクセルレバーを捻ってやれば人気の理由である音が響く。


 「んー!良い音!」


 これで今日の出発の準備は完了した。

 リュックを取りに戻りながらヘスティアをガレージに連れてくる。

 夜はよく分からなかったガレージの中を見てヘスティアは目を星のように輝かせる。


 「わぁ…これが今の技術なんですね…全部勇気様のものなんですか?」

 「昨日のと今日乗るこれは僕のだけど他はお父さんが好きで集めたんだ。一応全部自由にして良いぞって言われてるけどね」

 「太っ腹なお父様ですね。では今日も安全運転、お願いします」

 「しっかり掴まっててね」


 昨日はリュックをヘスティアに預けたことで喜ばしいことが起こる原因となったので今回はそれを踏まえた上でリュックは勇気が背負ったままバイクに跨る。

 柔らかい二つの膨らみは見事にリュックによってガードされる。これなら勇気も気持ちが昂ることなく安心して運転出来る。

 ヘスティアのことも考えて普段より速度を落として走らせた。

 バイクで切る風は2人の身体を沿って突き抜ける。

 決してその風が涼しい訳ではなく、正直暑い。それでも勇気の後ろに乗るヘスティアは暑さが気にならないようでミラーを覗くと首をキョロキョロと動かして街並みを楽しんでいた。

 幾つも立ち並ぶ高さがバラバラなビル、道路を走るバイクとは違った乗り物、街行く大勢の人々。どれもヘスティアが見るにはあまりにも新鮮で神秘的だった。

 科学では説明出来ない力で生活をしてきたヘスティアだからこそ科学技術に目が釘付けになる。

 今乗ってるバイクだってどうやって動いているのか、タイヤの付いた鉄の箱は馬も無しに何故走れるのか不思議なことで一杯だ。

 凄い。

 ヘスティアが思うことはたったそれだけで表せる。

 ゼウスが人間に地球の統治を任せてから何年経ったのか。その間に女神であるヘスティアが想像も出来ない方向に進化を続けてきた。

 ヘスティアは強く願う。

 今、見える楽しそうな人々がこれからもずっと楽しくあり続けて欲しい。ゼウスには邪魔はさせない、と。

 やがて学校に到着する。

 駐輪所にバイクを停めてヘスティアが降りたのを確認してから勇気が降りる。


 「これが学校なんですね。なんだか楽しくなってきちゃいました」

 「目的忘れてない?」

 「とは言っても勇気様が1人立ち向かったところでどうにかなる相手でもありませんから。後は無責任なことは出来ないのでしっかりと今の地球を見極めないといけません」

 「ところで本当に皆んなには見えないんだよね?」

 「はい。その証拠に近くのいる人たちは何の反応もしていないじゃないですか。私と話している時は勇気様の声も聞こえてませんよ」


 勇気がヘスティアに向けて放った言葉も周りには聞こえない。1人で見えない何かと話す頭のおかしい奴にはならないと言う訳だ。

 ヘスティアはバイクのハンドルを少し切る。


 「でもこうやって何かに触れば動きますし、見えないと言っても触れられたことには気付くでしょう。それは私が気を付けるべきことですが」

 「変なことしないでね?」

 「しませんよ。女神の言葉を信じてください」


 勇気は不安に感じたが女神の肩書きを出しているから大丈夫かなと思いながら教室へ移動する。

 移動の途中、勇気は廊下で桜と鉢合わせる。


 「藤原さん、おはよう」

 「坂本君おはよう…っ!?」


 挨拶を返す桜の表情が引き攣った。


 「…?僕の顔に何か付いてた?」

 「う、ううん…なんでもない」


 桜の態度が気になりながらもそれ以上深く聞くのは野暮と言うもの。勇気はそのままヘスティアと一緒に教室に入った。

 美少女なヘスティアが教室に入ってもクラスメイトは特にめぼしい反応を見せることなく勇気が入ってきたことだけを確認して友人との会話に戻った。

 先ほどは自分の触ったものは動かせると言っていたヘスティア。だとしても着ている服だけが浮いて見えてしまうなんてことは無いようで透明人間とはまた別の状態らしい。

 一体何処までが見えなくなる範囲なのか気になった。

 (誰かに頼まないと分からないから無理だけど…)

 勇気は唯人に挨拶する前にヘスティアに予め言っておく。


 「誰かと話してる時は反応出来ないからね」

 「分かってますよ。勇気様に迷惑は掛けません」

 「よう!勇気!」

 「おはよう唯人!」

 「おう?なんだ元気そうだな。機能可愛い後輩ちゃんとなんかあったか?」

 「無いって。それに祈ちゃんは従姉妹だって言ったよね?妹みたいな感じだよ」

 「そうかそうか。じゃあ…女だな?」


 勇気は咳き込んだ。


 「な、なんでそうなるんだよ!?」

 「おっと?その反応は図星か?」


 確かに1人ぼっちだった勇気の家に誰が見ても美女、美少女と言えるヘスティアが住むことになって、勇気のやること為すことに目を輝かせてくれるのが嬉しいのは当たり前だ。


 「ま…まあそんなとこかな…」


 勇気と唯人の会話を聞いたヘスティアは本当ですか?と言わんばかりに勇気を無言で凝視する。

 唯人には見えないとしても元気が出たきっかけになった張本人の前で暴露することになった勇気は顔を真っ赤に染める。


 「なんだよ!そんな照れんなよー!勇気のルックスなら女の2人や3人居てもおかしくねーんだからさ!」

 「そう言うのじゃないんだってー!」


 結局、その日は放課後までヘスティアのことを弄られた。

 ヘスティアは1日授業を物珍しそうに眺めていて、昼食には勇気にパンを買って貰って屋上に行き、2人で食べた。

 帰りのホームルームを終え、帰り支度をしている勇気に唯人が声を掛ける。


 「勇気、明日休日だし暇ならこれからどっか行かね?」

 「ごめん、今から行くところが…」

 「そっか、んじゃまた来週な!」

 「うん、じゃあね」


 勇気は唯人の誘いを泣く泣く断ってヘスティアと一緒にショッピングモールに向かった。

 全国的に有名なそのショッピングモールの駐車場には車が所狭しと並んでいる。モール内では親子連れも学校帰りの高校生も年齢、人数問わず大勢の人で賑わっていた。

 服屋など数え切れないほどある東京の地で何故ここを選んだのかと言えば室内で全てを済ませることが出来るからだ。

 外の服屋を転々とすれば当然道路に出ることも多くなる。そうなると追われているヘスティアがあの兵士に見つかる可能性が高まる。

 少しでもその可能性を減らす為に人が多くて紛れやすく、見つかったとしても逃げやすいからと言う理由が4割。

 残りの6割は男女どちらも取り扱ってる店が入ってるから。

 残念ながら勇気に女性服専門店に1人で行く勇気は無かった。


 「好きなの選んで良いんですか?」

 「良いよ。ただ移動はバイクだからスカート系はちょっと…」

 「分かりました。ではどれにしましょう。迷ってしまいます!」

 「ティアは身長いくつ?」

 「148くらいだった気がします」


 実に勇気と30cm差である。

 小学校で使う物差し1個分と考えると分かりやすい。


 「祈ちゃんが162だから…なんだろ。僕の家系って身長大きいのかな」

 「日本人としては大きめですね。逆に私が小さ過ぎるとも言えます。気にしてはいませんが…あっ!これ良いですね」


 ヘスティアが選んだのはスカートのように見えるキュロット。

 短めのと長めのを1着ずつ選び、それに合うようにトップスを探す。

 ヘスティアのお気に入りを買ったら次は勇気の提案で足に張り付くようなピチッとしたパンツとオーバーサイズのTシャツを組み合わせを購入。

 ヘスティアの服をリュックに入れる。


 「ティアが小さくて良かった。勉強道具と一緒に入るかどうか不安だったんだ」

 「それだけで足りるでしょうか?」

 「サイズが分かったから後はネットで買おう」

 「ネット…?」

 「帰ったら説明するよ」

 「それは楽しみで…!勇気様、隠れてください」

 「うわっと…!」


 いきなりヘスティアに引っ張られて近くにあった本屋に入る。


 「あれを見てください」


 ヘスティアが指し示す方向を見てみるとなんと昨日の鎧を着た2人が堂々とモール内を闊歩していた。

 当然、周りは場違いな存在には気付かず通り過ぎていく。

 兵士たちにはヘスティアの声が聞こえることを考慮して勇気は小声で話す。


 「なんでこんな場所に?」

 「分かりません。ですがこの人混みなら逃げられるはずです。行きましょう」

 「ちょっ…ちょっと待って。あの男の子見て!」


 何故か鎧を着た不審者2人に近付く小学校低学年くらいの男の子がいる。

 偶然歩いているようには見えない。目がはっきりと兵士2人を捉えていた。


 「あの子…もしかして神様の存在を信じてるんじゃ…ほら、サンタクロースを信じるみたいに」

 「信仰心が強い…まだ薄らいでいないと言うことですね。ありえます」

 

 兵士たちは見えるはずのない自分たちを見ている子どもがいることに気付く。

 ハルバードを持った兵士が構え、男の子の真上にある照明に狙いを定める。

 

 「危ない!」

 「勇気様!」

 

 気が付いた時には飛び出していた。

 リュックを投げ捨て、男の子に向かって走る勇気。

 ハルバードが照明を吊り下げる紐を切断。

 小さくても男の子には大きな照明が落下する。

 周りが驚きの声を出すのと同時に勇気が飛び込んで男の子を攫っていく。

 長身で男の子を覆い隠し、飛び散る照明の破片から守る。

 

 「…お…おにいちゃん…大丈夫?」

 

 泣きそうな顔で男の子が勇気に問いかける。

 

 「うん、大丈夫だよ。昔から体は丈夫なんだ」

 

 勇気は笑顔で答えた。

 

 「勇気様ー!こっちですこっちー!」

 「いたぞ!捕まえろ!」

 

 ヘスティアはわざと大きく勇気のリュックを振り回して合図を送るフリをして兵士2人を引き寄せ、逃げ出した。

 勇気は体を起こして男の子の手を引いて立つ手助けをしてあげる。

 すると親らしき人やそうでない人たちが周りに集まって来た。

 

 「本当に本当にありがとうございます!!!」「あんちゃんすげぇなぁ!」「カッコよかったぜ!」

 「あのすみません!急いでるので!」

 

 頭を下げて集団から離脱して吹き抜けから下の階を覗けば2人の兵士から逃げるヘスティアの姿が見える。

 勇気はそのまま上の階から追いかける。

 (方向からして僕のバイクが停めてある場所に向かってる…でも…)

 昨日と違ってバイクのエンジンは掛かっていない。

 ヘスティアと兵士の距離は近い、あのまま駐車場に辿り着いても逃げるのは不可能だ。

 兵士の足止めは必要不可欠。

 (やるしかない…!)

 1階と2階の高さはあるが飛び降りれない高さではない。

 速度を上げた勇気は2階の吹き抜けを乗り越え、ハルバードではなく剣を腰に帯びている兵士に向かって——飛んだ。

 

 「は?」

 

 自分の体に覆い被さる人の影。

 気付いた時にはもう遅い。

 剣を持った兵士の顔面を勇気が踏みつけていた。

 勇気は兵士が倒れる前に顔と肩に乗せた足を蹴ってバク宙。

 綺麗に着地。

 状況を飲み込めないもう1人の騎士とヘスティアは倒れた兵士を唖然として見つめている。

 

 「え!?……えぇ!?」

 「ティア、驚いてないで今のうち!」

 

 驚くヘスティアの手を引っ張ってバイクの場所まで逃げ延びる。

 勇気はバイクのエンジンを掛けて向きを変える。中型だから方向転換がすんなり終わる。

 

 「勇気様…さっきのはなんですか…?正直私が1番驚いたのですが…」

 「昔から運動神経が良くて…ちょっとね」

 「ちょっとってレベルじゃなかったと思いますよ!?」

 「いいから早く逃げよう!多分だけど今回は——」

 「人間…!殺す!」

 

 勇気は言い終える前にアクセル全開にして即座にギアを上げる。

 低かった音が回転数が上がるほど上へ上へと突き抜けていく。

 

 「きゃあっ!?」

 

 突然の加速にヘスティアの可愛い悲鳴が後ろから聞こえて来た。

 バイクに乗った勇気たちを追いかけてくるのは白い馬に乗った剣を持った兵士。悪魔のような形相でヘスティアではなく勇気に迫る。

 ヘスティアが後ろから何かを語りかけてくるが勇気に聞く余裕はない。

 ハンドルを握り、バイクの操作に集中。

 ストレートをアクセル全開で駆け抜けて、交差点に差し掛かる。

 信号は赤。 

 しかし、下に緑色の矢印が見える。

 ミラーで兵士の位置を確認してリアブレーキを踏み込む。

 曲がる方向である右に車体を寝かせ——リアが流れたのを感じたら反対方向に切り返す。

 二輪車でのドリフト。

 速度を大幅に下げることなく進行方向を90度回す。

 勇気はバイクを自在に操り、なるべく遠くへ。

 なるべく人のいない場所へと兵士を誘い込む。

 人気の無い廃ビル、廃アパートが並ぶ場所まで来て前方にハルバードを背負った兵士が馬に乗って行く手を阻む。

 

 「ティア!こっち!」

 

 勇気はバイクを乗り捨てて廃ビルに逃げ込んだ。

 

 「どうするんですか?」

 「戦うしかない。ここならあの戦斧おのは振り回せない」

 

 廃ビルの中は横に広く、縦に狭い。

 勇気の見立てではハルバードを使うには向いてない場所。

 

 「人間風情が…顔を…!顔をおおおお!」

 「1人くらい殺しても構わん。行くぞ」

 「ティア、下がってて…」

 

 激しく打つ鼓動は未だに収まることを知らない。

 勇気は怖かった。

 自分とは違う未知の存在。見た目は人に似通っているが何かが違う人。

 手に持っているのは洋風の剣とハルバード。

 モール内で見た。あれらは決してレプリカでは無い。

 丑満時よりも静かな時間が太陽光を遮る廃ビルに流れる。

 動いたのはハルバードを持つ兵士。

 先端の刃を勇気に突きつけてくる。

 勇気はそれを避けて刃に近い持ち手の部分を右手で掴む。

 強く。

 兵士の想像よりも強く。

 

 「離せ…!」

 「離せって言ってるだろが!」

 

剣を持った兵士が腕を高く振り上げるのを見た勇気はハルバードから素直に手を離す。

 引っ張っていた兵士はその勢いのまま後方へ体が流れて倒れる。

 両手で持つ剣の持ち手の上部は隙間が空いている。

 勇気がその隙間に右手を突っ込む。

 兵士の剣が止まった。

 (手を緩めたら死ぬ…絶対負けるな…!)

 勇気は右手に集中する…いや、し過ぎたのだ。

 兵士の前蹴りを防御する暇もなく貰い、地面へと転がる。

 声にならない呻き声が出る。

 

 「勇気様!」

 

 悶えてる間にハルバードの兵士に体を抑えられた勇気は身動きが取れなくなってしまう。完璧に固められて抜け出すことは出来ない。

 

 「しっかり抑えとけよ。じっくり痛めつけてから殺してやる…」

 

 兵士はまず勇気の左肩に剣を突き立てる。

 

 「うあああああああああああ!」

 「勇気様…!今助けに…!」

 「…めだ…来ちゃ…駄目だ…」

 「まだ喋れる余裕があんのか!?えぇ!?」

 「やめて…ください…!お願いします…私は大人しく戻りますから…勇気様だけは…助けてあげてください…」

 

 ヘスティアはこうするしかない。 

 アテナのように、ヘラのように戦う力は無いヘスティアは大粒の涙を流しながら懇願する。

 ——勇気を助けて。

 その時だった。

 

 「……!」

 

 ヘスティアにとって、奇跡を起こす音が聞こえた。

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