クロの話
「ケン〜痛いよ!そろそろ離して!」
そう言って俺の腕からするりとすぐ逃げ出すところもクロそっくりだ。久しぶりの再開なのにちょっと悲しい。
でも聞きたいことは山ほどある。ここはどこなのかとか、なんで人型なのかとか、いなくなってから今までどうしていたのかとか。
「なに?ジロジロ見てきて」
考え事をしながらクロのことをガン見してしまっていたようだ。不信な目でクロがこちらを見ている。
「いや、ここがどこなのかとか、そのクロの姿とか、今までクロはなにしていたのかとか、色々考えてたんだ」
クロはきょとんとした顔で少し考え出した。
「うーん、ここがどこだかは分かんない。ただね、広い外の世界が嬉しくてケンの家から出たのは覚えてるよ。でね、いっぱい遊んだの。蝶々追っかけたりとか、面白そうなところに潜り込んだりとか…」
そう言ってクロははにかんだ顔で付け足した。
「でもね、外の世界に触れれば触れるほどケンに無性に会いたくなったんだ!で、帰ろうと思ったんだけど、帰り道が分からなくて、近くにあった木に登ったの。そしたら、なんだかケンが迎えに来てくれる気がして。でね、でね、ずっと待ってたら、やっとケンが来た!」
よほど嬉しかったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねながらクロはそう言う。
どういう事だろう。クロは死んだ訳じゃないのにこちらの世界に来たのだろうか。
「そうか…。勝手に扉から出て行ったのは後で怒るとして、で、その姿の理由は?」
さっきまでテンションが高かったクロがビクッとした顔でこちらを見てくる。なんだか猫時代の垂れた尻尾と耳が見えるようだ。
「う…怒らないでよ〜。良い子で待ってたんだから。この姿のことは分かんない。ケンが来たのが分かって木から降りようとしたらケンと同じ人の姿になってた!不思議だよね〜」
しゅんとした姿は一瞬だけだったらしい。
また先程の様子できゃっきゃとはしゃぎだした。腕を伸ばしたり、頭を触ったり、なんだかとても楽しそうだ。
というか、クロにとっては些細な問題のようだな。呑気な姿を見ていると、なんだか肩の力が抜けてきた。
「はぁ、クロが元気ならもうそれで良いよ。それよりも、これからどうするかだ。とりあえず、きっとここは俺たちのいた世界じゃない。それは何となく分かる。」
「僕はとりあえずお腹空いたな〜」
そう言えば、木から現れた時もそんな事言いながらプンスカしていたな。
うーん、周りは大きな木以外何もなし。そういえば、あまり気にしていなかったが、動物や虫すら見ていない。そんな事が自然界であり得るのだろうか…。
「ねぇ〜ケン〜、ご飯ちょーだい」
物欲しそうにうるうるとした目で俺に言われても困る。何も持っていないん…だ…。
いや待て、あるぞ。人の姿になっていてピンとこなかったが、クロの好きなあの餌が。探し回っている時に見つけたら餌で誘き寄せようとしていたんだ。
脱いだパーカーのポケットから出てきたリードと小さな袋に入った餌。リードは必要ないからもう一度ポケットにしまって、餌をまじまじと見る。
ご褒美として時たまあげていた、ちょっとお高いチルドタイプの餌。これ完全に猫用なんだが、果たして人型のクロにあげていいのだろうか…。
「あー!それ、たまに僕にくれてたやつだよね!それ、僕大好きなんだ!」
早くくれと手を出すクロ。ピンと立った嬉しそうな尻尾の幻が見える。なんだか考えるのも面倒になったのであげてみた。
「お腹壊しても自己責任だから」