99 解呪
「主様、レンシアさんをこのままにしてていいんでしょうか」
「なにを言えばいいかわからないから放置で」
できる男は慰めの言葉一つでもかけられるんだろうけど、俺は無理だからなぁ。
「下手に慰めても怒らせるだけかもしれないわ。そんなところを何度か見たことがある」
ローズリットの支援に頷きつつ続ける。
「解呪が終われば、領都に行くんだし、親族に放り投げるにかぎる。領主なんてトップについているんだから、人を宥め慰め元気づける方法は心得ているはず。それでもどうにかしたいっていうなら、まあ一つだけ思いつくかな」
「それは?」
「思いっきり泣かせてやることかなぁ。馬車の中に放り込んで、音が漏れないよう風で囲んで、そのまま馬車に近づかない」
それでほんの少しは気がまぎれると思う。
会話が聞こえているだろうレンシアに視線を向けて、反応を窺う。
うつぶせたまま頷いたレンシアは、のっそりと立ち上がってこちらに顔を見せずに玄関へと向かう。
その後ろから少し離れてついていき、レンシアが馬車に入ると風で馬車をおおう。
「これからどうしようか。村の中を見て回るっていっても小さな村だし、見るところはなさそうだ」
「ポーションの材料集めをしましょう。少し素材が減ってますし」
「そうするか」
休憩に戻ってきたペリウィンクルを加えて、村の周辺で余っていそうな素材を採取していく。質の良いものを取りすぎると、この村の人たちが困るだろうしね。
体感でそろそろ二時間かなといった頃に、ゼンタスの家に戻る。裏に回ると、そろそろ完成するといったところだった。
少しして完成した魔法陣を消さないように注意しつつ、指先から霊土を出してなぞっていく。
たまにミスがないかゼンタスに確認してもらい、一時間を超える作業で魔法陣が完成する。
「ではこれから解呪を行います。ダイオンさんは魔法陣の中へ、リョウジさんは魔法陣に触れていてください」
指示された位置に移動する。シャーレとイリーナは魔法陣に影響を与えないようにと少し離れるよう言われている。念のためローズリットにも離れてもらう。
ゼンタスは俺のそばに立ち、ビー玉サイズの水晶のようなものを握る。ゼンタスが深呼吸して、解呪が始まった。
「ラド。苦難の人、解き放たれる時がきた。ラド。災いは断ち切られる。ラド。今この時で苦しみは終わりになる」
センタスが詠唱を進めるほどに、水晶から力の波動が放たれた。その波動を受けて、ダイオンの体から黒い湯気のようなものが出て、地面へと落ちていく。霊土が霜が降りたように白くなっていく。
「ラド。呪いは終わる。ラド。咎人はおらず、只人がいるのみ。あなたを縛る鎖は今砕け散る!」
ゼンタスがギュッと水晶を握りしめると、これまでで一際大きな波動が生じ、それに触れた白い霊土が粉々になって消えていった。
その様子を見て、ゼンタスはほっと息を吐く。
「終わりです。変化がご自身でもわかるのではないでしょうか?」
ゼンタスに問いかけられ、ダイオンは自身の体を調べていく。
「……体が軽くなった。呪われていない正常な体はこんなふうに軽いものなんだな!」
感動を体中から発して、ダイオンがゼンタスの手を取って礼を言う。
「俺の力だけでは解呪は無理でした。リョウジさんの力がなければ失敗して終わったでしょう。感謝は仲間へ向けてください」
「ああ! リョウジもありがとう!」
礼を言ったダイオンは表情を引き締めて剣を抜いた。なにごと!? もう用無しだから斬られる? などと思っていたら地面に片膝をついた。剣は両手で俺に捧げるように持っている。
「急になにを?」
「解呪ができるとわかってから決めていたことだ。騎士の宣誓をリョウジに捧げたい。ダイオン・ネロウはここに誓う。我が命を救い、我が呪いを解いたあなたを終生の主とする。この誓いを破りしとき我が命は尽きる。許してくれるなら剣に触れてください」
命が尽きるとか言ってるよ。これすっごい重いやつじゃない? 触れちゃっていいの?
俺が迷っている間も、ダイオンは微動だにせず、俺が触れるのを待つ。
どうすればいいのかと考えている俺にローズリットが話しかけてくる。
(私は触れていいと思うわよ)
(騎士の宣誓ってどんなのかわからないのに迂闊なことはできないよ)
(騎士の宣誓は、騎士が仕えるに値すると定めた主を見つけたときに行うもの。国に捧げる忠誠は職業としてのもの。こっちは家や金銭や権力に関係なく、生涯一度のみ行える儀式。あなたには不利益なんてないわ)
(俺に不利益がなくても、ダイオンにはあるんだろう?)
(主を裏切るようなことがあれば自ら命を絶つくらいかしらね。これまでより少しだけあなたを優先するようになるって思えばいいわ)
(少しだけか、それ? ちなみに触れないとどうなる?)
(自分は主にふさわしくないと姿を消して、二度と目の前には現れない)
それは困ると剣に触れる。これまで助けられてきたことが多いし、今後も頼りにしたいのだ。いなくなると聞かされては受け入れるほかなかった。
なんかイリーナから嫉妬の視線が向けられているような気がする。イリーナから取り上げるわけじゃないから、そんな感情は向けないでいただきたい。
「誓いはここになった。これより私はあなたの騎士。我が研鑽、我が功績、我が生き様。どうか見届けていただきたい」
宣言を終えると剣を鞘に戻し、立ち上がる。
「これからもよろしく頼みます」
「受け入れるけど、接し方はこれまでどおりでお願い」
「わかった」
絶対に裏切らないって感じだし、シャーレと一緒に神獣化のことも伝えておこうか。イリーナにはわからない方法を考えないと。ローズリットに頼んで、ダイオンの夢と俺の夢を繋いでもらおうかな。
「ダイオン! これまで以上に強くなったのなら早速模擬戦をしよう」
イリーナが素早くダイオンの隣に移動して、その手を取って誘う。
「ここでやるわけにはいかないだろ。夕食後にでも相手するさ」
「約束よ?」
「試したいのは俺も同じだから、破ることはないよ。リョウジ、解呪の支払いについてレンシアに聞きに行こう。紹介だけなのか、支払いも領主持ちなのか聞いていないからな」
そうしようとゼンタスの家から離れて、馬車を置いているところまで行く。
「もう泣き止んだかな」
「小窓から中の様子を窺ってみましょう」
男の俺に泣き声を聞かれるよりいいだろうと、シャーレに探ってもらう。
シャーレは御者台から小窓を開けて、すぐに御者台からこっちに近づいてくる。
「寝てました」
「泣き疲れたか。起こして、支払いについて聞いてきてくれる?」
「はい」
馬車に入ったシャーレが少しして戻ってきた。
「領主様の支払いということらしいです。そのことをレンシアさんがゼンタスさんに伝えにいこうとしていますけど、どうしましょうか」
「俺たちで行ってこよう。顔を合わせづらいだろうし」
「ついて行こうか?」
ダイオンが聞いてきたのを、いいよいいよと手を振って断る。危険があるわけでもない、ただの伝言だしな。
ゼンタスに支払いについて伝えて戻ると、ダイオンが体を動かして調子を確かめていた。その様子をイリーナがわくわくとした表情で見ている。
「調子はどう?」
「おかえり。思った以上にいいね。戦帝大会に出たときよりも上だよ。間違いなくこれまでの人生で一番だ」
「これからも強くなるつもりなんだから、頼もしいかぎりだね」
「ああ、頼りにしてくれると嬉しい」
もう前衛はダイオンとイリーナに任せていいよね。俺とシャーレは後方から魔法を使っていれば、パーティとしては完成されていると思う。
今から出発しても領都に到着するのは日が暮れてからになって入れないので、ここで野営になった。
レンシアは引き続き馬車の中で過ごし、俺とシャーレは採取してきた薬草の処理やマプルイの世話などをしていく。ダイオンたちは肉を狩ってくると村から離れていった。
夕食はレンシアが好んだものが作られた。これで少しは元気になってくれというシャーレの気遣いなんだろう。
いささか元気のないレンシアもその気遣いに気づいたのか、シャーレに礼を言っていた。
夕食が終わると、ダイオンとイリーナは早速村から少し離れたところで、シャーレの出した明かりの下、模擬戦を始める。
二人が持つのは真剣だ。ダイオンが本格的にやりたいと望んだためだ。多少の怪我は高品質ポーションでどうにかなるので、実戦に近い状況での自身の限界を見極めたいということらしい。
剣を抜いて即座にダイオンが動く。明らかにこれまでと速さが違った。イリーナは嬉しそうに迫ってきた剣をひらりとかわす。反撃だと無邪気さを感じさせるふるまいから斬撃が繰り出される。それをダイオンは剣で弾く。自己修復の能力を持つ剣だからか、刃こぼれなど気にしていない。
「強くはなったけど、もっと上があるでしょう? 私にすべて見せて!」
「すぐに見せてやるさ」
剣を振り、かわし、受け止めながら二人は笑みをこぼし、戦闘に興じていく。
「上があるのか? シャーレはどう思う?」
「ダイオンさんの動きが少しだけぎこちないと思います。今の体にまだ慣れていないということではないでしょうか」
現状は車とかの慣らし運転みたいなものかな。夕食前まで体を動かしていたけど、実戦でないと足りないところもあったんだろうか。
その時は突然訪れた。すべてが嚙み合ったのか、ダイオンの動きが一瞬加速したかと思うと、剣の切っ先がイリーナの鎧に触れた音がした。
きょとんとしたイリーナは鎧を触って、小さくできた傷に触れて、歓喜の笑みを浮かべた。わずかながら狂気的なものも含まれているようで、戦闘に慣れていない一般人には心臓に悪い表情かもしれない。
小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、いつのまにかいた普段着のレンシアが少し離れたところでイリーナを見て後ずさっていた。夕食の場でも模擬戦のことは話してたし気になったんだろう。
「やっぱりあなたは期待したとおりの人。このまま連れ去って延々と戦い続けたいくらい」
「悪いがそれはできないな。得たばかりの主を放置するつもりはないんでな」
イリーナがこっちを見る。ほんの少しだけその視線がなんというか不気味だった。夜道の暗がりの向こうを見るような得体のしれなさとでもいうんだろうか。仲間として行動している人間に向けるようなものじゃないと思う。
「……一瞬だけリョウジから力尽くで奪ってしまおうかって思ったけど、誓約の魔法があるし、なによりダイオンがここまでになったのは彼のおかげだものね。ここまでにしましょうか。これ以上やると我慢できなくなっちゃう」
「そうだな」
剣を鞘に戻しかけたダイオンにイリーナが剣を振る。
ダイオンは迫る剣を落ち着いて避けた。
「残心も問題なし、か」
「そりゃそれだけやる気を見せていたらくるってわかるさ」
不意打ちにダイオンは怒るどころか、なんでもないようにイリーナに話しかけている。
今のも模擬戦のうちらしい。戦士としての在り方は俺にはよくわからん。俺だときっと卑怯だと言うだろう。不意打ちを受けた当人がなんでもないように対応しているから、俺から言うことはない。
模擬戦の反省会をその場で始める二人から離れて、レンシアに声をかけて馬車に戻る。
馬車の屋根には周囲を見張ってくれているペリウィンクルがいて、その周りに姿の見えない精霊が三体ほどいるのがわかる。ペリウィンクルがこのまま朝まで見張ってくれるようなので、今日は全員馬車の中で寝ることになっている。
布団が足りないから俺とシャーレが一緒の布団だ。シャーレがとても嬉しそうだった。
全員分の布団を敷いて、三人でできるゲームをやって時間を潰す。一時間ほど外で話していた二人も戻ってくる。
感想と誤字指摘ありがとうございます




