98 ハートブレイク
夜が明けて、鍛冶場へと運ぶ資材を元気に明るく荷馬車に積む人々を見ながら、山に向かう。ペリウィンクルが自由に空を飛んでいる。とても楽しいという感情が伝わってきた。同時に魔物が近くにいるといった簡単な情報も伝わってきた。
山道を歩いていると、癒しの雰囲気を感じたのか、姿を消した精霊がちらほらと周囲に集まってきてもいた。接触してくることはなかったので、気になっただけなんだろう。
祠に到着して、大精霊たちから報酬を受け取る。ついでということで俺とシャーレの分の希少鉱石をもらうことができた。
鍛冶場の人たちにも迷惑をかけたということで、事故が起こらないように鍛冶場を大精霊たちがこっそりと補修したらしい。そこを使いやすくなったわけではないけど、安全面では当分心配いらないだろう。
大精霊たちに見送られて山を下りる。山から出ると住処を離れるつもりのないらしい精霊たちも離れていった。
町に戻ったその足で武具を作ってくれる職人に報酬の鉱石を渡して、鉱石の特性を生かした武具について再度話し合う。その間にレンシアがファッボさんに補修の件を伝えに行った。
翌日、俺たちは今後の予定をこなすためバセルテルを出る。武具に関してはきちんと話し合ったので、出来上がるまで俺たちがいなくても大丈夫だ。それでも一度か二度は様子を見に来るつもりだ。
ダイオンが御者をして、イリーナがランニングをしながらダイオンやコードルたちと話していて、車内には俺とシャーレとローズリットとレンシアがいる。ペリウィンクルも外だ。
出発してそう時間がたたずに、ローズリットが俺の肩から浮かぶ。
「じゃあ早速やってしまいましょうか」
「なにをするんですか?」
レンシアが興味深そうにローズリットを見ている。
「あなたもいることで中がせまいし、広げるのよ。絨毯をめくってちょうだい」
なんのことだかと不思議そうなレンシアの手も借りて荷物などを移動し、床を露出させる。
そこにローズリットが着地して小さな手を置く。
「レーメ。焦がせ、描け、残せ」
いくつもの数ミリの火球が床を滑る。一分もせずに魔法陣が床に描かれた。たくさんの丸が描かれて、中央は円の重なりで花のように見える。ところどころに文字のようなものも描かれていた。
ローズリットはそれで終りではないと、さらに三つの魔法陣を描いた。
なんでもないようにやったけど、制御がすごいな。同じことは俺には無理だ。きっと複数の火球を出すので精一杯だろう。動かそうとしたらあちこちに飛んでいくが簡単に想像できる。
「準備は終了。シャーレ、あとでこの上からニスでも塗って保護しておいて」
「わかりました」
「じゃあ魔法の発動をするから」
ローズリットは俺の肩に戻って、力をもらうと言ってから空間魔法を発動していく。
最初に車内が広がる。これまでの五割増しといったところだろうか。これならば五人で中にいても窮屈ということもない。
「広がった!?」
驚くレンシアをスルーして、ローズリットはさらに魔法を発動させていく。
詠唱内容から、重量軽減、効果持続、効果拡大の魔法を使ったようだった。
「効果の拡大までする必要はあったの?」
「そうしないと絨毯の届かないところは衝撃が吸収されないわ。がたがたと揺れるタンスや器材がうるさいし、倒れて割れたりするかもしれない」
「絨毯の効果を拡大したのか。それは助かる」
「おーい、なにかしたか? 馬車の速度が少し上がったんだが」
小窓を開けてダイオンが聞いてくる。
重量軽減の効果が早速表れたんだな。それを伝えると納得したとダイオンは小窓を閉める。
「精霊ってこういったことができるんですね」
感心と驚きをないまぜにしてレンシアが言う。
「ローズリットはちょっと特殊だからね。精霊全部がこういったことをできるわけじゃないと思う。タンスとかの配置を戻そう。シャーレ、指示を頼む」
内装はシャーレ任せだから、指示に従った方がさっさと配置できるのだ。
道中、レンシアを大きく驚かせたのはほかにもあったが、今はゆったりと進む。
レンシアは酔わない移動をありがたそうにしていた。
この移動の間にポーションを作り、目的にしていた高品質のポーションが完成してしまった。これまで以上に質の上がった霊水と魂液でのゴリ押しでギリギリ高品質まで届いたらしい。今後もポーション作りの腕を上げていけば、高品質を超えることも不可能ではないかもしれないとローズリットが言っていた。そこまでいくと瀕死の状態からでも回復できそうだ。
レンシアが言うには、特上品質のポーションは領主でも手に入らないそうで、作れる人も廃棄領域で仕事をするトップクラスの錬金術師くらいだろうということだった。作れるようになったら引く手あまただろうとも言っていた。
それが作れるようになっても使うのは身内だけで、誰かに知られることもないだろう。シャーレが俺用にストックする気満々だしな。
ギリギリ届いたせいか、欠点らしきものもある。消費期限がそこまで長くないのだ。通常は高品質ポーション自体の保存性で放置しても二ヶ月は消費期限があるらしいけど、俺たちが作ったものは十五日とそう長くはない。こういった部分で未熟さが出ている。
領都へと戻る途中でコードルたちと別れる。三人はレンシアからの報告書を持って領都へ、俺たちはレンシアの友人に会いに行くのだ。
三人と別れて一日ほどで、前方に村が見えてくる。
村の入口の横に馬車を止めると、ダイオンたちが出てきて、レンシアは降りてこなかった。
「レンシアは?」
「着替えると言ってました」
なんで? 特に汚れた服を着てなかったと思うけど。なにか飲み物でもこぼしたんだろうか。
「お待たせしました」
降りてきたレンシアは以前見た仮面騎士姿だった。わざわざそれに着替える必要はないような。
俺たちの不思議そうな視線を受けてレンシアは、指で頬をかく。照れがあるようにも見えた。
「友人にはこの姿で会いに行っていたので。素顔で気づかれないということはないと思いますけど、見慣れているだろうこっちの方がやっぱりいいなと」
案内しますとレンシアが先導し、村人に仮面騎士のテンションで挨拶しながら村の外れにある家の前で止まる。
ローズリットは村に入る前に姿を消して俺の肩に座っている。自分を見て騒がれるのを面倒がったのだ。
「ここが友人の家です。やあ、ゼンタス! 友が来たよ!」
扉をノックして声をかける。声は弾んでいた。隠しきれない嬉しさや喜びが感じられた。
扉の向こうから足音が聞こえてきて、扉を開けて出てきたのは十八歳くらいの男だ。
「いらっしゃい……今日はまたたくさんの客を連れてきたんだね」
「そうなんだ。こちらの男性なんだが、解呪を求めていてね。呪術師である君を紹介するため連れてきた。中に入っていいかい?」
「あ……仕方ないか。いいよ」
なにか一瞬詰まったな?
ゼンタスに招き入れられリビングに入ると、そこにはゼンタスと同年代の女がいた。レンシアは一瞬だけ固まって、ゼンタスを見る。
「彼女は何度か村で見かけたことがあるな」
「あー、うん。彼女は婚約者だよ」
気まずそうに言う。
「コンヤクシャ?」
「近々結婚を考えている」
「……お、おめでとう。友が幸せになるのは嬉しいよ! この仕事は結婚の前祝いだな!」
「うん、ありがとう」
なんとなく二人の会話でわかった。レンシアはゼンタスに好意を持ってたんだな。それをゼンタスも理解していたから、婚約者と会わせることに躊躇いがあったのか。
「解呪を望むのは俺だから、ここからは俺が話すがいいか?」
無理にテンションを上げているレンシアが忍びないと思ったらしいダイオンが話を進める。
それにゼンタスはありがたそうに頷いた。
「私は仕事の邪魔になるので帰りますね」
婚約者さんがちらちらと乾いた笑いを上げるレンシアを気にしつつ言い、家から出て行く。
「レンシアも馬車の中で休んだらどう?」
「だ、大丈夫だ。うん。ゼンタス、仕事を頼む」
乾いた笑みのままレンシアは言う。仲介として連れてきた者が抜けるわけにはいかないといった責任感なんだろうか。
しばし無言が続き、ゼンタスが口を開く。
「実のところ君からの好意は婚約者ができる前から気付いていたんだ」
「え? なんでばれたの?」
「わりとわかりやすかったよ」
「気づいていて放置していたと?」
ダイオンの問いに、ゼンタスは首を横に振る。
「良い友人ですが、恋人としては見れずに断ろうとはしたんです。でもなぜかタイミングが合わなくてですね。急に魔物が村近くに来たり、村で騒ぎが起きたりして、話がそれたことが何度か」
「覚えがある。なにか話そうとしたところで決まって騒ぎがあったね」
レンシアも呪われてない?
「どうして恋人として見れないのか聞いてもいいのかな」
震える声で尋ねるレンシア。
「正体を隠していたり、演技している人を受け入れる勇気は俺にはなかった」
「演技しているのはわかったんだね。その程度はしっかり見ていたと」
俺の言葉にゼンタスは苦笑を浮かべる。
「しっかり見なくても、たまに素が出ますし」
たしかに出てたなぁ。初めてシャーレのお茶を飲んだときとか。
「もしかして正体を隠さずにいたら受け入れた可能性も?」
「……ありましたね。俺は呪いを扱う仕事をしてますから、どうしても第一印象は悪くなりがちなんですよ。そんな俺をまっすぐに見てくれたのがレンシアで。そのおかげで腐らずにいられた部分もありまして」
レンシアがなにもかも晒していればチャンスはあったんだなぁ。
まっすぐに見ている本人が正体を隠しているから、壁を感じたゼンタス側から一歩踏み込みにくかったのかな。
レンシアが演技を辞めていれば、ゼンタスにもう少し勇気があれば、もっと違った流れになったんだろう。
「照れて変装なんてしなければっ」
近くのテーブルに両手をついて落ち込んだ。そのままテーブルに力なく寄りかかり顔を隠し、ほっといてくださいという雰囲気を醸し出す。
「レンシアには触れないでおこうか。解呪に関してなんだが」
本人の望み通りに話を進めるダイオンに、ゼンタスがありがたそうに乗る。
「あ、はい。どういった呪いかわかりますか」
「先祖が精霊から呪われてな」
精霊と聞いた途端にゼンタスは顔を顰めた。
「精霊の呪いですか。俺では力になれそうにありませんね」
「いやどうにかできるらしい。大精霊からの助言だ。彼はリョウジと言うんだが、彼が力を貸せば解呪できるようなんだ」
「リョウジさんも呪いを使うので?」
「俺は地の大精霊の加護を受けてる。それ関連で力を貸せるんじゃない? 詳細は知らん」
言葉なく驚いたゼンタスはすぐに何かを考え込み始めた。
「解呪の陣を地面に描くんで、それにそって霊土を盛ってくれませんか? あとはこっちで魔法をアレンジをすればいいと思います。俺が失敗しても、俺より腕の良い呪術師に頼めば、その方針でいけると思います」
「わりと簡単に思えるんだけど」
霊土なら探せばわりと手に入るだろうに。本当にそれでいいのか。
「あなたでなければ出せない質の高い霊土を準備できれば簡単なんだと思います。行うのは簡単だけど、準備がとてつもなく難しい類の解呪でしょうね」
精霊の加護で出せる霊土では無理なのか。もしくは四属性が統合された状態で出す霊土でようやく解呪ができると地の大精霊は言いたかったのかもしれない。
魔法陣の準備に二時間ほどかかるということで、それまで自由に過ごすことにする。
ゼンタスは早速裏庭に出て、陣を描き出し、ダイオンはその様子を眺めると言って裏庭に向かう。イリーナは素振りをして時間を潰すといって家を出ていった。
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