97 コードルたちの事情
「ほ、本当なのか?」
霊熱病治療について聞いたダイオンが確かめてくる。
「なんとなくできるってわかるし、神様もそう言ってたよ」
「なにをどうやるんだ」
「人は得意な魔法系統が二つあるだろう? 霊熱病とかはその一つが突出しすぎている。それをもう一つの方へ移すんだ。早速やるから手を貸して」
「あ、ああ」
戸惑い差し出された手を取って、火の資質から風の資質へと才能と言ってしまっていいのか、資質を高めているものを移す。
この様子をシャーレたちが興味深く見ていた。でも見てわかるものじゃないよ。
手を離すとダイオンは手を握って開いてと繰り返し、こっちを見てくる。
「すごいな」
「実感できたの? 資質なんてそうそうわかるもんじゃないと思うけど」
「霊水を飲んでなかったから怠さがあったんだ。それが消えた。このまま怠さが再発しなければ霊熱病は治ったってことだろ?」
そういった方面からの実感だったか。
「微調整は必要かもしれないけどね。まだ少しだけ怠さはあるかもしれないけど、軽症化していて気づかないだけかもしれない」
「ああ、そうかもしれないな。今日一日注意しておくよ」
嬉しそうにダイオンは言う。軽症化していたとしても治るという確信があるからだろう。
「風の資質に動かしたってことは風やその派生の雷の魔法が強化されたってことなんだよな?」
「そうなるね。加護みたいに魔法が覚えやすくなったり、魔法行使による消費が抑えられたりはしないけど、効果や威力は上がる」
この返答にイリーナが反応する。
「リョウジ、それって霊熱病とかじゃないと調整できないものなの?」
「いや、誰にでもできるよ」
「だったら私もやってくれない? 地魔法とその派生の闇魔法ばかり使って、もう一つの資質は使ってないから低くなっても問題ないの」
「まあいいか。じゃあ手を出して」
イリーナの手をとって、地の資質を霊怠病にならない程度にまで高める。そのかわりもう一つの資質はほぼゼロにまで落ちた。
「これでさらなる高みを目指せるわね」
上機嫌なイリーナにダイオンは首を傾げる。
「加護は断ったのに、資質の調整は頼むのか。拘るポイントがわからん」
「加護は外部からの付け足すもので、調整は自分の中にあるものを動かすだけでしょ」
「付け足すってなら武具もそうじゃないか?」
「それは誰でもできることだしね。人間の力だけで強くなりたい私としては、加護は受け入れがたいもの。加護を否定する気はないわよ? 私は才も気質もやりたいことに向いている。でもそうじゃない人もいて、そういった人にとっては加護はありがたいものでしょうし」
納得はできたと頷くダイオン。
「次向かうところは実力を試せるところがいいわね。どれくらい魔法の威力が上がったのか楽しみよ」
「もう少しここらに滞在するけどな。武具の完成を待ったり、呪いを解いてもらったり。呪いが解かれたら、どれくらいできるか俺も試したい」
ちょうどいい話題になったな。思いっきり暴れられるところに向かうとわかったら、イリーナは喜びそうだ。
「ラムヌのあとにヤラハンに向かうけど、そこで大騒動だってさ。思う存分暴れられるよ」
「神が言っていたけど放置するとえらいことになるらしいわよ」
「神がそう言ったのか?」
頷くとダイオンは詳細を求めてくる。
魔獣教団と残党がやっていることと放置したその結果を話す。
霊熱病完治や解呪の喜びはどこにいったのか、深刻な雰囲気で頭を抱える。シャーレとイリーナも似たようなものだ。
「大事じゃないか」
「事が起こる前に知れたし、やるべきことはわかっている。だから最悪ではないよ」
「そうだけどな。今すぐ行って止めた方がいいだろ」
「神が今から行ってもあまり意味はないって言ってるし、準備を整える方がいいと思う。廃棄領域がどういった場所か知らないけど、隠れた特定のなにかを探すには向いてない場所なんじゃないのかな」
「占い師に頼るのはどうだ? ここの町長が頼ったように」
「この町にはいないんじゃなかったっけ。その人のところに行くまでにそれなりの時間がかかると思うし、準備を整えるのとそうかわらないんじゃないの。それと今すぐに占ってもらっても住処を固定する前だったら無駄になる」
魔物が大きく広がるってことで焦っているようにも見える。焦らず落ち着いていこうと言うと、ダイオンから逆に落ち着きすぎじゃないかと返された。
「なんとかしないととは俺も思っているけど、聞かされた情報量が多くてね。それだけに驚けるわけじゃないから。まだ話してない秘密とかもあるんだよ」
「まだあるのか。資質の調整とか魔物の氾濫とかで腹いっぱいなんだが」
「話してないことはたくさんの被害がでるとかじゃないけどね。とりあえず落ち着いて今後の予定を立てていこう」
ダイオンは深呼吸して、表向きは普段通りに戻る。
話し合いで、大きく予定を立てていく。
武具作成と解呪と占い師に会うことをすませたら、今の自分たちがどれくらいできるか確認する。これを今日から最大二ヶ月先までを目処に行い、その後ヤラハンへと向かう。現地に着いたら可能であれば町のトップに話を通して対策をとってもらう。おおまかにこんな感じになった。
そういったことを話していると、レンシアたちが帰ってきた。
ノックをしたレンシアが、扉から顔を少しだけ出す。
「入っても大丈夫ですか?」
「一通りは終わったから大丈夫」
レンシアたちが入ってきて、首を傾げた。
「なんだかダイオンが疲れているように見えるな」
コードルの指摘にレンシアたちが頷く。
「今後の予定が大変でな」
「予定か。俺たちからも頼みがあったんだが、頼みづらいな」
「この先数ヶ月はどうにもできんよ。それでもいいなら話すだけ話してみたらどうだ」
コードルたちは頷き椅子に座る。レンシアはまた席を外した方がいいかと言ったけど、領主にも伝えるつもりのことだからと留まってもらう。
「リョウジには話したが、俺たちは最北のシートビが故郷なんだ」
パーレで崖に行ったときに聞いたっけ。郷土料理が夕食に出てきたのも覚えている。故郷の話が出たってことは、そこに来てほしいのかね?
「シートビはヤラハンと同じように、三種族が混ざっている国だ。といってもどこに行っても三種族が均等に暮らしているわけじゃなくて、それぞれで集まっているんだ。俺たちの故郷はヒューマ種が集まる大都市だ。そこが魔獣に支配されかけている」
魔獣か。本当なら大事なんだろうけど、廃棄領域の獣胎母の方が被害が大きいから、そこまで驚きはない。
レンシアは大変だと手を口に当てて驚いているけど、ダイオンたちは少し驚いただけだ。
そんな様子にコードルたちは不思議そうな表情になる。
「あまり驚いてないな? もしかして知っていたとか」
「いや知らなかった。けれど今後の予定の方が大変だからな。そっちも放置は駄目だとは思うが、こっちは規模が違う」
「なにを抱えてるんだ、そっちは」
大都市の危機以上の問題と返されて、コードルたちは顔を顰めた。
「対策に動かなければ世界中に魔物が溢れる。大精霊からの情報だ」
「魔物はそこらじゅうにいますよね?」
レンシアが首を傾げ聞く。
「大精霊が言うには、十年もすれば大陸中に魔物が闊歩し、三種族の文明からその魔物の文明に切り替わるそうだ」
「……話が大きすぎて現実感がないんですけど、本当にあることなんでしょうか」
「間違いだったらいいなとは思うんだけどな。放置するには怖い情報なんだよ」
詳細を求めたコードルに、ダイオンは獣胎母についてや俺たちがどう動くかを話していく。
今度はコードルたちが頭を抱えた。
「頭のおかしな奴らが組んでやらかすのか。なんだよ獣胎母って、実在するなら確実に殺さなきゃいけない魔物だろ」
「というわけで数ヶ月はそっちにかかりきりだ」
「そりゃそうだよな、俺だってそれを勧める。というかなんで大精霊はヤラハンの住民にそのことを伝えないんだ?」
「大精霊とかは必ずしも人間の味方じゃないから」
管理者からして積極的に解決しようとはしてないんだ。神獣や大精霊もそれに倣ってもおかしくはない。
大精霊から加護を得ている俺の言葉に、コードルたちは複雑そうな顔をしながらも理解したという表情だ。
「俺たちも協力しよう。シバニア、フロス。それでいいか?」
「ああ、放置できないしな」
「私も同感よ」
協力してもらえるなら、獣胎母を終わったあとに、コードルたちの協力しようか。魔獣相手にどれだけやれるかはわからないけど。コードルたちだって無策でどうにかしようとしているわけじゃないだろうし。話を聞いてもそこまで嫌な感じはしないしね。
ダイオンたちにそのことを提案してみる。
「協力してもらって、あっちのことは知らないとは言えないしな。リョウジがそれを望むなら俺は従う」
「母さんたちが挑んだ魔獣に私も挑めるのは気合が入るわね」
「主様にどこまでもついて行きます」
協力をするということになり、コードルたちは嬉しそうに表情を緩めた。
話し合いは終り、サイズを測るため、宿を出てファッボさんから話が通っている武具店へと向かう。
鍛冶場の問題を解決させたことも説明されていて、俺たちは感謝されつつサイズを測られていく。シャーレも弓を作るかどうかはわからないが、弓作りに必要なデータは取られていた。
細かくサイズを測られたあとは、どのような武具がいいかの要望を伝えて終りになった。
少し遅めの昼食を食べて、夕食まで自由に過ごす。その時間でコードルたちの事情を教えてもらう。
コードルとシバニアは騎士で、フロスは二人の上司の娘だ。上司の役職は騎士団の副団長だった。
魔獣について気づいたのはその副団長で、怪しんだ時点で被害が広まりつつあった。魔獣はヒューマの女の姿をとり、都市の長に妾として取り入った。長のお気に入りだったはずの彼女が、少しずつ長の周囲に気に入られていくのを見て、最初は人望があるのだと思っていたのだが、長の命令よりも彼女の命令を優先する人間を見てから、怪しみ始めた。
彼女に気づかれないよう離れた位置から警戒を持って探っていけば、おかしなところはあちこちにみられるようになっていた。ちょっとした法の変更や人の配置が少しずつ変えられていたのだ。
この時点では怪しい魔法か薬でも使ったのだと思っていた副団長だったが、調査を進めていくうちに魔獣としての正体を晒したところに出くわした。彼女も副団長に気づき、一人ならば殺せばいいと戦闘が起こる。
副団長は怪我を負いながら逃げることに成功し、彼女はその副団長を指名手配した。都市の長たちはそれに従い、副団長を追うように兵を動かした。
副団長のこれまでの勤務態度から指名手配されたことに疑問を抱いた者もいて、彼らは逮捕と見せかけて事情を聞くために動く。
副団長は都市の長たちに捕まることなく、事情を聞きたい者たちに保護されて魔獣が城に入っていると伝えることに成功した。
疑った者もいたが、近年変わった法や配置変換について指摘されれば、ありえるかもと思ったのだ。
そして副団長を探し、事情を聞いている間に、彼女の支配は広まっており、完全に都市の長やその周囲の人間を傀儡にしていた。副団長から話を聞いて、城へと情報収集をしに行った者がもたらした情報で、魔獣討つべしと決定されて、都市外の人間を集めて都市に進攻する。
その進攻は彼女にも伝わっていて、騎士団が反逆者を討つべしと命令を受けて動くことになる。
都市の外で人間同士がぶつかり、負けたのは副団長側だった。副団長たちは潜伏し力を蓄え、再度機会を待つことにした。
コードルたちは副団長から指示を受けて、国を出た。その指示は魔獣の存在を各国に知らせて協力を得るようにというものだ。本当は、潜伏中は厳しい状況に置かれるだろうと考え、娘を外に逃がすためだった。しかしそれだとフロスは納得しないだろうとそれらしい理由をつけた。協力がほしかったのも本当であったのだが、都市の長から謀反があったと各国に連絡がいっていれば、各国は様子見を選ぶだろうと考えていた。
コードルたちは一年すれば戻ると言い、国を出たのだった。その一年の間に副団長は事態が好転すればと考える。
あと二ヶ月くらいでその一年が来ようとしている。コードルたちは各国の王などに話は通せたが、返事は芳しいものではなかった。そうだという証拠を三人が示すことができなかったのだ。助力で生じる利益を示せなかったのも理由の一つだ。
それでもコードルたちは諦めず、個人的に友誼を結んだ者たちに助力を頼んで旅を続けたのだ。
コードルたちの事情も大変だな。こっちに協力せずに故郷のために動いてもいいんじゃないか?
そう伝えると、この話は自分たちにもチャンスだからと言ってくる。廃棄領域の問題を解決することでヤラハンからの協力を得るのだそうだ。
今回の鍛冶場の件も領主に話を通しやすくするため動いた面もあるようだ。それについてレンシアが言うにはラムヌ全体からの助力はわからないが、ここの領主からの資金援助くらいは期待できるかもしれないということだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます




