95 転職しました?
ここは夢の中でいつも講義を受けるところだな。畳の敷かれた八畳間。丸い食卓に、座布団が二つ。窓から見える外は夏模様で、入道雲が浮かぶ。
加護をもらって意識が保てなくて、ここに来たのか。
目の前にはどこか疲れた感じのローズリットが机に突っ伏している。
「夢の中で話せるくらいには余裕ができたのね……疲れたお姉ちゃんを労わって」
ローズリットがもぞもぞと動いて、座っている俺の足に頭を載せてくる。
「疲れたって、なにかしていたのか?」
「あふれ出る力の処理で大変だったのよ。あのまま放置していたら一ヶ月以上は眠りっぱなしよ、あなた」
「そんなに眠る可能性があったのか」
「そう。ちなみに今は失神して半日経過しているわよ」
「俺がどうなったのか、ローズリットはわかっているのか? 俺はさっぱりなんだけど」
「大精霊が言うには四つの加護が一つになって力の制御が乱れたんだとか。本当にそれだけなのかわからないわ。一つに合わさるだけなら力があふれ出るなんておかしいと思うし」
加護には力を効率的に使えるようになる効果と消費する力を減らす効果はあっても、力を増やす効果はないしな。四つの加護が一つになって力が増すのはたしかに違和感がある。効果としては魔法を使うときに消費する力がさらに減って、魔法の制御がもっと楽になるという感じだろう。
「説明しよう」
そう言って現れたのは管理者だ。立っていたけど食卓をはさんで正面の位置に正座する。
説明に興味があるらしいローズリットがのっそりと起き上がり「で、原因は?」と敬意の欠片もなく尋ねた。
「膝枕を邪魔されたから不機嫌だな。まあいい。原因だが、君らの考えるように加護が一つになっても力が増すことはない。得られるものは、あらゆる魔法が格段に使いやすくなることと、消費がさらに減ることだ。ではなぜ力が溢れたのか? それは神獣化の条件を満たしたからだ」
「神獣って、あのパーレにいる巨大な鷲だったり、アッツェンの虎だったり?」
「それだ」
「なんでそんなことになってんのさ!?」
自分に起きているとんでもな事態に驚きしかないわ。
ローズリットも驚きの表情を隠さずに、管理者の言葉を待つ。
「神獣というのは三つの特徴がある。すべての魔法に適正を持つこと。国境を自在に越えられること。そして神によって生み出されること。この三つを亮二は達成したんだな。いやーこっちに送り込んだときはこうなるとは思わなんだ」
「加護が一つになったから魔法適正はわかる。国境は……あ、霊獣の魂が精霊として誕生した?」
精霊になったら国境を越えられるようになるってアッツェンの神獣が言ってたもんね。
「その通り。最後の条件も俺が体を作ったことで達成している。まあ、完全に神獣になるのは阻止されたんだけど」
「このままじゃ暴走するかもって私が頑張ったからね。でもいつかなるんでしょう?」
「そうだな。遅らせただけでこの先力が体になじんで神獣になる。今は精霊たちのリーダーとかそんな感じだな。立場的には大精霊に近い。そのうち精霊の王として見られるようになり、神獣化するといった流れだろう。神獣になったら、そのまま精霊に関したことを任せるつもりだ」
神獣化とか言われてもまったく実感がないんだが。
そんな俺の心境を察したのか、管理者は今は普通に過ごせばいいと言ってくる。ありがたいけど、いずれ難しそうなことが待ってるのは避けようがないんだなぁ。
就職先が決まったよ! やったね。なわけあるか!
「現状俺はどんな状態なの?」
「魔法適正高しというのは当然として、精霊に好かれやすくなる。これは精霊が癒される力を発しているからだな。力を精霊に注げば一時的な強化も可能。精霊の加護も一時的に強化できる。あとはありあまる力で、身体能力が底上げされている」
「すっごいパワーアップしてんな。あれ? ローズリットが神獣化は阻止したのに、それなの?」
「そうだぞ。現状はギリギリ人間の範疇で、神獣化すれば当たり前のことだが精霊もぶっちぎっていた。ちなみにギリギリ人間の範疇って言っても、人間の中で一番強いわけでもない。経験やセンスが足りないからな。それでも中級上位の魔物相手なら身体スペックでごり押しできるが」
少し前まで、魔法なしなら中級下位に手間取ってたのになー。今なら棒で一回殴ったら終わりそうだ。
「亮二についてはこんなところか。シャーレについても聞くか?」
「そういやシャーレも加護をもらったんだったか。また霊熱病に悩まされるかもしれないと思ったんだけど」
「その心配はない。地の資質が消えて、火の資質が人間を超えて、体が適応したからな。そのせいで精霊になりかけたんだが、奴隷契約が切れることを本能で察知して抗った。精霊であり人間であるっていう単独種になっているぞ。あと世界の法則を気合で捻じ曲げた初めての存在でもある。素直に感心する」
管理者が褒めるほどに、奴隷に拘るシャーレはすごいな。
でも次の発言で爆弾が落とされて、感心するどころではなくなる。
「そのせいで世界の敵認定されかけたが」
「ちょっ!? されかけたってことは今はそうじゃないってことだよね?」
「珍しいものをみせてもらった礼に、俺の方で調整しておいた」
良かったと胸を撫でおろすけど、続く管理者の言葉にまた驚かされる。
「君と一緒にいるかぎりは安全だ。独立したらまた世界の敵として認定される」
「は? それじゃあの子、結婚できないってことじゃないか」
「シャーレがお前から離れると思っているのか?」
「今は離れないだろうけど、いつか誰かとラブロマンスを繰り広げるかもだろう」
「ライクもラブもお前に向いているから、どこぞの誰かとそんなことにはならんさ」
神様からのお墨付きがきた。鈍感じゃないから好意を持たれているのは知っていたよ。しかしラブもか。愛しているといった様子はなかったんだけどな。「ラブも?」と確認のため聞いてみる。
「ああ、今はまだ小さく、種から発芽したばかりの想いだ。しかしもうそれは確実に芽生えているし、お前への思いを糧に育ち、愛情という花を咲かせることだろう。ほかの誰かに敬意や好意を持っても、それが恋愛に繋がることはない。それはお前だけに向けられるものだから」
「断言しちゃうか」
「シャーレの育ち、これまでの接し方、命を救ったこと。それらが合わされば当然ともいえる流れだ」
シャーレを粗雑に扱わない時点でそうなることは決まってたんだなぁ。俺もシャーレは好きだし、覚悟は決めておこう。しばらくは俺から動くことはないけどな。
「ほかにシャーレについていえることは、精霊でもあるから寿命は延びたし、君による強化も可能。強化込みで火力という点でみると人間の中で間違いなくトップだぞ。今いる町くらいなら一日かけずに廃墟だ」
シャーレがパーフェクトメイドとしての道をまた一歩進んだ。ということでいいんだろうか。
「その力を制御できるの?」
ローズリットの問いに管理者は今は無理だと答えた。
「全力出させたら、俺たちもまとめて焼き死ぬってことか」
「間違いなくな。加減しても十分すぎるほどの火力を持っているから普通に旅をするぶんには問題ないだろうさ。弱点も持っているから注意な。水に弱くなっている。海といった四方が水に囲まれている状況だと、自力では魔法は使えない。水の魔法にも抵抗が弱く、ダメージを多く受ける」
「火に対しては?」
「強くなるが、無傷とはいえないな。人間でもあるのだから、どうしても無効化は無理だ。焚火くらいなら手をつっこんでも温かいですむけどな」
十分な気がする。今後は霊熱病じゃなくて、水に要注意だな。
「シャーレに関してはこれくらいで、あとはローズリットに関しては本人が説明するだろうし、生まれた精霊だ。あれはまだ名がないから、つけてやってくれ。生まれが特殊だから、特定の属性に対応していない。なにができるようになるかは今後の成長次第だ」
「名前ね、わかった」
どういった姿か見て決めよう。
「最後に、ヤラハンに行くようだし、あっちで起きる問題を解決してくれ」
「起きるってことはまだ起きてない?」
「ああ、魔獣教団とアッツェンで残党と呼ばれていた奴らが手を組んで、廃棄領域の魔物に細工しているんだ。あそこを荒されると少し困るからな。俺にとっては少しでも、人間にとってはひどいことになりそうだ」
放置すると人間の数がそれなりに減るだろうと気軽に言ってくる。
「なにをやらかしてるんだ、そいつら」
「あそこの魔物に、あそこで得られた技術を組み込んで、とある魔物を作ろうとしているんだ。でも失敗する」
断定されたそいつらが憐れ。いや憐れでもないな。
「お前にわかりやすく言うと、人が乗り込めるロボットだな。魔物素材の人型巨大ロボット。目指したものはそれだが、出来上がるものは獣胎母とでも名付けようか。栄養さえあれば際限なく魔物を生み出す魔物。生まれてくる魔物は、食ったものの因子を組み合わせたものだ。獣胎母自体は弱いが、護衛として生まれる魔物は強い。増え方もわりとえぐい。餌は周りに豊富にあるから、一年も放置すれば大陸中で当たり前のように生まれた魔物を見られるようになる。三年後には世界中にそいつらが闊歩し人間を餌にして、十年後には知恵を持った奴が生まれて新たな文明を築きだす」
生まれる魔物の数が想像以上なんだけど。廃棄領域の近くにあるという町がなくなるくらいを想像してた。
「文明が変わるって、さっさと向かわないとやばくない?」
「今から向かっても少し遅くなってもたいして変わらん。最初は廃棄領域の中のみで慎重に行動するから見つけられん。二ヶ月くらいすれば住処を固定して、完全に魔物を生み出すことだけに集中する。それくらいから廃棄領域に入る奴らが、魔物の種類の変化や数が多くなったことに気づきだすだろう。四ヶ月もすれば廃棄領域からあふれ出す」
「四ヶ月後に向こうに到着だと遅い感じかな。というかそんな場所に放り込まれるのはまだ早い気もする。実力が足りているところに向かわせるって言ってなかった?」
「足りているぞ。そこに行ってもらうのは実力を把握するのにちょうどいいってこともある」
「そんな場所がちょうどいいのか」
まったく実感ないよ! 今のところ数に飲み込まれる未来しか想像できない。
「ラムヌをもう少しうろついて、ある程度強さを実感するといい。それくらいの時間はある」
「そんな大事ならあんたがどうにかすればいいと思うけどね」
「俺としては文明が切り替わるくらいは、これまで何度か見てきたことだから放置でもいい。廃棄領域がパンクしても、ほかのところに似たものを作ればいいだけだし。作るのは手間だから、あのまま使えると助かる」
世界に変化が起きても、それが正常な流れで起きたことならそのまま受け取るのか。特定のなにかに肩入れしない、平等な在り方だな。こうして人間の危機について話してくれたことはラッキーだったのかも。その幸運を逃さないようにしないと。生み出された魔物が闊歩する世界は住みづらいだろうし。
そんな大事なら国が動いてもおかしくはないよな。知らせるか? いや説得しようがないかな。神様から聞いたって言ってもそれを証明できないし。ならば大精霊から聞いたことにすれば。でもラムヌに伝手がないから、根回しとかできない。となると突然やってきた人間が魔物が溢れるから軍や傭兵を動かしてって言うことになる。すぐには対応してくれないだろう。信じてくれてもまず調査が行われる。どうやっても時間がかかりそう。というか砂漠っていう立地だから軍を動かすのも一苦労っぽい。調査を終えて軍を動かして廃棄領域に到着したら、魔物であふれかえってましたとかありえるかもしれないな。
国に頼る前に、俺らで突っ込んで獣胎母を撃破して、あとはそれぞれで対応してくれってのがベターなのかな。どうやればベストなのかはさっぱりだ。
そういや生まれた魔物は国境を越えられないんじゃないか? ヤラハンにあふれかえって、物量で国と国を繋ぐ町を突破でもするんだろうか。
それを聞いてみる。
「獣胎母に精霊を使っているから、生まれてくる子供も越えられる」
やっぱり獣胎母を倒さないとやばいな!
「ある程度の結論が出たみたいだな。過ごしやすい未来を手に入れたいなら頑張れ。ああ、そうだ。最後に言っておくよ。霊熱病とかを完治できるようになっているから。じゃあな」
おおい!? 最後まで重要な情報を言って帰っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます




