93 指輪お届け
本番当日。工房を訪れると作務衣のような服を着た気合の入ったトルトークさんが待っていた。
工房内はきちんと整理整頓されていて、小さなゴミも落ちていない。今日使う道具も手入れされているようで、汚れはなかった。
始めようとトルトークさんが言い、魔法陣に霊水を注ぐ。工房に水の魔力が満ちて、シャーレが炉に火の魔法を注ぐと、トルトークさんは深呼吸してから、製錬した鉱石を炉に入れる。
作業は一昨日見たものと変わらなかった。職人が見たら、小さな違いはわかったのかもしれない。
午前中の作業が終り、昼食をとってから午後の作業に入る。
休憩を入れながら三時間が過ぎて、表情から力の抜けたトルトークさんは道具を机に置く。
「完成だ」
そう言い、薄手の手袋をしてできあがった指輪を布で磨いてから俺たちに見せてくる。
見た目は一昨日の試作品と変わらない。でも指輪がまとう雰囲気というか、存在感は俺たち素人にわかるくらいに違った。
「確実に一昨日のものよりも上だ。自信をもって言える」
「私にもわかります。良いものをありがとうございました」
トルトークさんは指輪を小箱に入れてレンシアに渡す。大仕事を終えたと安堵の表情だ。
「火の大精霊様に喜んでもらえるといいが」
「ええ、本当に」
レンシアは再度トルトークさんに礼を言い、俺たちと工房を出る。
役所に向かうということで護衛もかねて一緒に向かう。
町長の執務室に入ると、俺たちを見てファッボさんとリンクルスさんが期待のこもった表情になった。
「お待たせしました。こちらできあがった指輪です」
レンシアは小箱を開けて中身を見えるようにして、机に置く。
「完成したのか!」
「試作品とはできが違うのがよくわかりますね」
「明日、地の大精霊様のところに持っていき、確認してもらいます」
「うむ。頼んだ。いよいよ解決が迫ってきたな。喜ばしいことだ」
レンシアは小箱に蓋をしてポケットにしまう。
「ところで中央領地側なんですが、なにか新たな動きをみせましたか?」
「いや特にこれといったものはないな。山に人をやって見回りをさせているが、誰かいたという報告もない。このまま何事もなくいってほしいよ」
「そうですね。火の大精霊様に指輪を渡すときまで、気を抜かず警戒をお願いします」
「任せてくれ」
役所を出て宿に帰り、見回りから帰ってきたダイオンたちにも完成した指輪を見せる。
そろそろ地の大精霊からの依頼が終わるということで、ダイオンの気合が高まる。その気合があれば、中央領地側に雇われた傭兵がきても簡単に蹴散らしそうだ。
夜が明けて、全員で山を登る。指輪を見せたあとは町に戻らず、祠から鍛冶場に向かうつもりで、二食分の食べ物も持っていく。
魔物だけではなく、傭兵にも警戒していたけど、何事もなく祠まで到着することができた。
祠から出てきた石像にレンシアが小箱を開けて完成品を見せる。指輪を見て、石像は頷く。
「良いできだ。これなら問題はないだろう。あとは妻のところまで行って渡してくれ。今鍛冶場の穴にハシゴと空気の通り道を作った。それからこれを」
そう言って石像が水晶のようなものを俺に差し出す。
「我からの加護だ。加護と魔法があればマグマの近くでも少し暑いくらいですむだろうさ」
「遠慮なく受け取ります」
水晶を手に持つと、さらさらと砕けて手に吸収されるように消えていった。
「準備は整った。妻に勘違いさせてすまないと伝えてくれ。今も変わらず愛しているとも」
「わかりました」
「朗報を待っている」
石像は祠の中に戻っていき、俺たちも山を下りて予定通り町に戻らず、鍛冶場へと向かう。
鍛冶場の入口では少しだけ異臭がした。底へと繋がる穴の中に空気の通り道ができたことで、悪い空気が流れ出たのだろう。念のため風の魔法で換気してから鍛冶場に入る。
「ん? 誰か倒れているな」
鍛冶場に到着しすぐにダイオンが誰かを見つける。ダイオンが指示するところにシャーレが火の玉を動かすと、倒れた黒装束の三人がかすかに手足を動かしていた。
「怪しいな。倒れたふりかもしれない。シャーレ、あいつらに火の粉を飛ばせるか?」
「やってみます」
頼まれたシャーレが浮かばせている火の玉に集中すると、それから火の粉が生じて倒れている一人に降り注ぐ。手や顔といった露出した部分に火の粉が当たってはいるものの、わずかに反応を見せるだけで起き上がることはなかった。
「反応なしか。念のため警戒して近づいて拘束しよう」
ダイオンたちが近づいても、彼らは突然起き上がるようなことはなく、鍛冶場にあった鎖で拘束されていく。そしてフロスとシバニアが彼らを診ていく。
「たぶんだけど悪い空気を吸ったせいで倒れたのね」
「手持ちの品ではどこの誰かはわからないが、このように隠れやすい衣装でこんなところにいるのだから、拘束したままでいいだろう」
鉱山でガス発生に遭遇して死んでないだけ、彼らは運が良いのだろうな。
その三人のことはダイオンたちに任せて俺は穴の確認だ。覗き込むと壁に延々とハシゴができていた。それを握って揺さぶってみたけど、びくともしない。下りている途中で壊れるとかなさそうだ。もう一度空気の換気をしておく。
そして防寒具を脱いで、武具も外す。
「んじゃ行ってくるから、指輪をちょうだい」
「どうぞ。お気をつけて」
レンシアから渡された小箱をポケットに入れる。
「主様、向かう先は相当に危険な場所と聞きます。どうか無理をなさらず、これ以上は駄目だと思ったら一度戻ってきてください」
「わかってるよ。無茶したら指輪もなくしそうだしね」
安心させるためシャーレを撫でて、ダイオンたちにも行ってきますと言い、暑さを抑える魔法を使ってハシゴを握る。もう一度壊れないかの確認をして、穴の底へと向かう。
穴の入口ではシャーレがずっと俺を見下ろしていた。それもしばらくすると小さくなり見えなくなる。
ローズリットと喋りながら降りていたことで、暗さと閉塞感はたいして気にならなかった。これが一人なら気が滅入っていたかもしれない。
頭上の明かりが小さな点になり、かわりに眼下の赤さが増していく。徐々に温度も上がっている気がした。
やがてドロドロに流れるマグマがはっきりと視認できるところまでたどりつき、穴がそこで終わる。
「真下はマグマの川か。加護とかのおかげでたいして暑くないけど、落ちたら想像するのも怖いね」
思い出すのはサムズアップして溶鉱炉に沈んでいくロボット。
そんな真似なんぞしたくはないと思いながら、地下空間の天井に続いているハシゴを伝って陸地の上まで移動して、着地する。
ゲームとかではよく見るマグマに囲まれた光景だけど、実際に来てみると絶景というほかない。
「さてと火の大精霊さんは出てきてくれるかな」
(呼びかければ反応はあるでしょ。こんなところまで人間が来るのなんて珍しいから無視はできないわよ)
すうっと息を吸い込み大声で話しかけることにする。
「火の大精霊様はご在宅でしょうか!」
声が地下空間に響いて消えていく。
五秒たって反応なしかなと思っていたら、マグマが湧き出て真っ赤な球体が浮かぶ。そしてそれは祠にあった女の石像とそっくりな人型になる。ただしその表情は落ち込んだものだ。
「このような場所に人間がなんの用です」
おっ出てきた。スルーされなくてよかった。あとはいっきに用件を伝えよう。途中で引っ込まれると困るしね。
「地の大精霊様から依頼を受けて届け物を持ってきました! こちらの指輪をどうぞ。今度は融解してしまうようなことはありません。勘違いさせてしまいすまない、今も俺は君を愛していると言っていました」
どうだ? 小箱を差し出して反応を待つ。
「……夫からですか。その指輪の発する水の魔力ならば、たしかに融解することはないのでしょう。夫は本当に愛していると? 私に愛想を尽かしてはいませんか? 暴走して引きこもった私などいらぬと。指輪は、その強き水の魔力を込めた精霊と今後は一緒に過ごすという意思の表れではありませんか?」
暴走したという自覚があるのなら、少しは頭が冷えたんだろうな。でもまだ後ろ向きだ。
「この一帯に水の大精霊の気配などないでしょう? 確かめてみてください」
火の大精霊は目を閉じて、なにかを探るような様子を見せて、小さく頷いた。
「これに魔力を込めたのは俺です。俺が大精霊の加護を受けています」
「……ああ、たしかにあなたは水と風の大精霊の加護を。ということは本当に」
いまだ不安だと指輪を見るだけで、手を伸ばすことはない。
「愛想を尽かしたのなら、これを準備せずに、この山から去るのではないでしょうか。気配を探れば、地の大精霊様がずっとこの山にいたことはわかるはず。それに嫌がらせのように指輪を見せつける真似をするでしょうか?」
地の大精霊の性格はまだよくわかってないんで、最後のは想像だ。余計なことを言ったかもしれん。
「夫はそのような意地悪をする性格ではないです。夫の気配はずっと感じていた。でもここに残ったのは、山が噴火したりしないよう抑えるためだけだと思っていました。噴火の様子がなくなれば去るのだと」
「噴火を抑えるためではあったのでしょう。あなたと長く暮らした場所を守るため。ですが一番は愛するあなたから離れたくなかったからだと思いますよ。どうにか誤解を解きたいけれど、自分が行ってもどうにもならず、人を待っていたらしいですよ。そうして俺がここに指輪を持ってくることになりました。どうか指輪をはめて、地の大精霊様に会いに行かれてはどうでしょう? その姿を少しでも早く見たがっていると思います」
「……私も夫に会いたい、です。想いは以前と変わらず」
どうぞと一歩踏み出して、指輪を近づける。これ以上はマグマに足を突っ込むことになるんで無理だ。
数秒指輪を見ていた火の大精霊は恐る恐る手を伸ばしてくる。
早く取ってほしいな。近づかれたことで温度が上がってるんだ。
ゆっくりと指輪をつまんで手のひらに載せた火の大精霊は、まったく変化する様子を見せない指輪を両手で握りしめる。
「なくならない。嬉しい」
火の大精霊の表情に笑みが浮かぶ。同時にマグマの動きが激しくなる。気のせいか足場がせまくなってる気もするんだが? 離れたところでは、マグマが波打ち始めた。もしかして感情に同期してマグマが荒れる?
「あ、あの! 喜ぶ気持ちはわかりますけど、マグマの様子がですね。もしマグマが増量でもしたら俺は死ぬんですけど!」
「嬉しい、嬉しい!」
聞こえてねえ! このままだと焼け死ぬ!?
(水をぶっかけてやりなさい)
心なしか焦ったローズリットの助言を聞いて、即実行する。
火の大精霊にぶっかけた水は蒸発した。水蒸気が周囲に満ちて、すぐに消えていく。
水蒸気の向こうから少しだけ不機嫌ですといった火の大精霊がこっちを見ていた。
「なにをするのですか」
「そうしないとマグマが溢れて死ぬかもしれなかったんだよ!」
「あ」
火の大精霊は深呼吸のような仕草を見せる。すると周囲の状況も落ち着いてきた。よかった。本当によかった。目的は果たしたのに死ぬとか冗談じゃない。
感想と誤字指摘ありがとうございます。




