92 試作品
翌日、宿にやってきた役人と一緒に世話になる職人のところへ向かう。
そこも物作りだけを行う工房で、販売はほかの人に任せていた。工房内にはこれまで作った試作品なのか装飾品が棚に飾られている。
役人が職人を紹介する。四十歳ほどの男で、左右の膝に太く短い角が生えていた。
「こちらが今回大精霊様に贈る指輪を作る職人です」
「初めまして、トルトークという名だ。早速鉱石を見せてほしい」
背負っていたリュックを下ろして中身を見せる。
トルトークさんは一つを取り出して、じっくりと眺めていく。
「なにか問題はありそうですか?」
役人に聞かれてトルトークさんは眺めながら口を開く。
「水属性ってことでこの時点で熱に強く製錬にてこずるかもと思ったが、大精霊様がそこらへんなにも忠告をしなかったらしいから、問題なくいくかもしれん」
いつもやるように作業を開始してみようと、トルトークさんはリュックから三分の一の鉱石を取り出した。
「それくらいで指輪がいくつ作れるのですか」
「およそだが一つだ」
幼児よりも確実に重いだろう鉱石からできるのが、たったそれだけかと役人は驚いているけど、製錬ってのをやるとがっつり量が減るはずだから妥当なのかなって思う。
今日のところは俺の出番はないそうなので、残りの鉱石を持って宿に帰る。
まずは耐熱のことを考えず、この鉱石での指輪作りに慣れることを念頭に作業を行うそうだ。順調にいけば明日の午前中にはサンプルができあがっているらしい。この作業だけに集中して、デザインもシンプルでいいからその早さなのだと言っていた。
そして翌日、トルトークさんの工房に来ると、なんの彫刻もされていない無地の指輪ができあがっていた。鉱石が青かったから指輪も青色になるかなと思ったけど銀色だ。平打ちストレートのどこにでもある指輪に見える。
「作り上げてみたが、いつもより高温を必要とする以外は問題なかった。ここから先は裏に熱に強くなる術式を彫刻していくことになる」
「作業手順を把握したのならすぐに本番に入れますか?」
役人の質問にトルトークさんは首を横に振る。テーブルに置いていた指輪をつまんでいじる。
「まずは形になるかどうか試しただけだ。次は水の加護持ちに協力してもらい、ここまでもっていけるか試すことになる。火の大精霊様が耐えられるものをってことなら、これは失敗作だからな。次も試作品で、その次が本番だ。持ってきた鉱石でギリギリだったな」
「俺はなにをすればいいですか?」
「お前さんが加護持ちか。製錬作業は俺だけでいい。製錬されたものを指輪に整えていくときから出番だ。魔法陣を準備するから、その中で霊水を出し続けてくれ。魔法陣が霊水を吸収して魔力に変換し、工房内を水の魔力で満たしてくれる。やることはシンプルだが、長時間霊水を出し続ける必要がある。頻繁に休憩を入れると作業が中途半端に中断されるから、多少の無理を通してもらう必要があるんだが」
「長時間の魔力放出なら経験あるんで、頻繁に休憩をとる必要はないと思います」
「ほう、そうなのか。ちなみにどんなことをしたんだ」
「川の水が溢れて氾濫が起きそうになったとき、ほかの魔法使いと協力して水の流れを制御したんです。あのときより成長しているから二時間なら余裕で水を出し続けられますね」
「それだけ放出し続けられるのはいいな。集中すればいっきに指輪の形まで仕上げてしまえる。その後は休憩して、彫刻のときにも霊水放出を頼む」
霊水を出し続けるだけで、難しいことをやらずにすむのはいいね。
徹夜して疲れているということで、トルトークさんはこの後休んで、夕方前に製錬をやって、明日の朝に指輪作りをやるということで解散になった。
翌日工房に向かう。行くのは俺とシャーレとレンシアだけだ。ダイオンたちは工房周辺の見回りをやるそうだ。
工房に入ると昨日よりも中の熱気がすごかった。動かなくてもじわりと汗がにじみそうだ。待っていたトルトークさんはタンクトップ一枚だ。
「暑いですね」
「ああ、特製の燃料を使ったからな。そうしないと水の魔力に負けて、炉の温度が上がらない」
そうなのか。俺も上着を脱ごうかと思ったけど、霊水を放出したら温度が下がりそうだし、毛皮のマントを脱ぐだけでいいかな。
「魔法陣はそこだ。早速頼む」
わかりましたと返事をして、縦横1メートルの布に描かれた魔法陣の上に乗って霊水を出し始める。
水は布に吸収されて、床に広がっていくことはなく、そのまま布に吸収され続ける。
「魔力が満たされるまで少し待つ。十分くらいで満たされると思うぞ」
トルトークさんの言うように、十分もすると工房内の温度が下がる。上着を着ていても少し暑いなといった感じですむ。
トルトークさんは長袖シャツを着て、製錬した鉱石を炉に入れる。そして顔を顰めて、鉱石を取り出して変化を観察する。
「特製でも温度が足りんか?」
「もしかして作業中止でしょうか」
レンシアが心配そうに聞く。
「大丈夫だとは思うが」
「うちの子は火の魔法が得意なんで、炎を炉に注いだら温度上がりませんか?」
それで大丈夫なのかわからないけど、提案してみる。駄目なら駄目だと言うだろうしね。
トルトークさんは少し考え込んで、頼むと言った。
「シャーレ、トルトークさんの指示に従って魔法を使ってくれ」
「わかりました」
頷いたシャーレはトルトークさんと一緒に炉に近づき、どうすればいいのかを聞いて最大火力でと頼まれる。
少しだけ困った表情になるシャーレ。
「主様」
なにを言いたいのか察して、ひとまず無理のない範囲での最大火力でと返す。
隣にいたレンシアが尋ねてくる。
「どうしてシャーレは許可を求めたんですか?」
「シャーレの本気の最大火力は自分も傷つけるんだ。だから使うときは俺の許可をとるようにしている」
「自分も傷つけるって制御が甘くなるってこと?」
「そうじゃなくて、火の属性に特化しすぎている。普段から水の属性が込められた装飾品で火属性を押さえているくらいだよ」
「そこまでいくと霊熱病になりそう。あ、霊水があるから問題ないのか」
「そのとおり。あの子は霊熱病で、毎朝俺から霊水を受け取っている。本気を出すと、霊水で抑えられる範囲を超えちゃうんだよ」
「そんなことがあるのね」
話しているうちにシャーレが炉に魔法を叩き込む。
満足できるものだったか、トルトークさんは礼を言い、シャーレがこっちに戻ってくる。
よくやったと空いた手で頭を撫でるとシャーレは小さく笑みを浮かべた。
トルトークさんは製錬された塊を温度の上がった炉に入れて、真っ赤になったそれを取り出しハンマーで形を整えていく。
カンカンカンと音が響き、また熱せられ、出されてた叩かれて、少しずつ製錬された鉱石が細長くなっていく。
作業はどんどん進んでいき、指輪ができあがった。
「とりあえず一段階目の作業は終了だ。霊水を止めていいぞ」
「ここまでの作業でなにか問題はありましたか?」
レンシアが尋ね、トルトークさんは濡らした布で汗をふきながら目立った問題は出ていないと返す。
「指輪の色が銀に青みが入ってませんか?」
色が変わっていることをレンシアは問題かもしれないと思い聞く。
「水の魔力の影響だ。問題がでたわけじゃない。このままメタルダークブルーに変化するだろうさ」
「想定の事態なんですね」
トルトークさんは頷く。
「次の作業は昼食後だ。それまでゆっくりと休んでくれ。俺も休んでくる」
指輪を持って母屋に入っていくトルトークさんを見送り、俺たちは工房でゆっくりさせてもらう。昼食にはまだ早すぎる時間なのだ。
この領地やほかの領地についてレンシアから聞いたり、こちらからもほかの土地について話したりしているうちに、昼食に少し早い時間となったので、近場の食堂を探していればちょうどよい時間になるだろうと工房を出る。
三分ほどぶらぶらと歩いているとビーフシチューらしき良い匂いが漂ってきて、今日の昼食はそれにしようかと匂いのする方向に歩き、食堂に入る。牛の魔物の肉が入ったということでビーフシチューにしたと言っていたが、食べた感じでは牛と変わらないように思えた。バゲットで皿に残ったシチューを綺麗にとって食べるくらいには満足な味だった。
工房に戻ると、トルトークさんはまだおらず、戻るまでまた会話で時間を潰す。
これまで食べたものを話したりして二十分ほどで、トルトークさんが工房に入ってきた。
「待たせたな。作業開始だ。これから指輪の裏側に熱に強くなる術式を彫っていく。午前中と同じように霊水を出してほしいが、俺の集中力とかの関係で一時間ごとに十分の休みを入れていく。細かな作業になるんで、休憩をいれないとミスが起きるんだ」
「わかりました。静かにしておいた方がいいですかね?」
「騒がなければ話しててもかまわんよ」
トルトークさんは小型金槌やルーペといった彫金の道具を準備して、指輪を万力で固定し、俺に合図を送ってくる。
霊水を魔法陣に注ぎだすと、コンコンという彫金の音が、工房内に小さく響き始めた。
トルトークさんは話しててもいいと言ったけど、集中している姿を見ると話す気にはならず、静かに作業を眺める。
真剣に慎重に細かくタガネを動かし金槌を打ち付ける姿は、自分の職人としての戦場がここにありと示しているようだった。
だいたい一時間といったところで、トルトークさんは道具を机に置いて、大きく息を吐く。張り詰めた雰囲気が解かれて、こちらも思わず力を抜く。
魔法を止めていいと言われて、霊水を止める。
「話しててもよかったんだぞ? 暇だったろ」
「あれだけ集中しているのを見ると、それを乱すような真似はちょっと」
レンシアが言い、俺たちも頷く。
「どれくらい進みました?」
「本番と同じになるよう慎重に進めてたからな。三分の一といったところか。だからあと二時間と少しで終りだな」
「本番も今回と同じくらいの時間でしょうか」
「ああ、同じくらいだろうな。今回の作業でどんな感じか掴めたが、ミスをおこさないよう丁寧に進めるつもりだから、試行錯誤した今回と作業時間はかわらないだろう」
話しているうちに休憩が終り、トルトークさんは再び作業を開始する。
時間が流れて、作業が終わる。
「できたぞ」
トルトークさんは万力から指輪を外して、こっちにできあがった指輪を見せてくる。
表はつるりとしたメタルダークブルーで、裏には幾何学模様のような術式が刻まれている。
「ちょっと実験しようか。嬢ちゃん、悪いがまた炉に火を入れてくれないか」
「はい」
シャーレが消えかけている炉に火の魔法を注ぐと、午前中ほどではないけど炉の温度が高くなる。
「ありがとよ。ここにこれを入れる」
真っ赤な炉の中に、トルトークさんは魔力を込めた指輪を放り込む。
「失敗なら指輪が熱を持つはずだ」
一分ほど待って火かき棒を使って炉から取り出された指輪は、入れる前となにも変わらず熱を持っているようには見えなかった。
トルトークさんはそのまま水の入ったコップに指輪を入れる。コップは静かだった。指輪が熱を持っているなら沸騰して泡がでそうなものだけど、水はまったく反応しなかった。
「成功でしょうか?」
「そうみたいだな」
「これを持っていっては駄目なんですか」
レンシアが聞き、トルトークさんは首を横に振る。
地の大精霊が求めるものはできてそうだと俺も思うんだけどな。
「大丈夫かもしれんが、職人としては本番用に作ったものを持っていってほしいな。明後日作るものが失敗したらこれを持っていくことになるだろうさ」
明後日なのかと俺たちが不思議そうにしているのを見て、トルトークさんは理由を話す。
「明日は工房を掃除して場を整え、休むことで俺自身のコンディションも整える。大精霊様に渡すものなんだから、そこらへんもきちんとしたい」
職人としての拘りということか。
良い物ができるなら地の大精霊としても歓迎だろうし、俺たちも反対する気はない。町長としてはやきもきするかもしれないけどな。
掃除を手伝おうかと提案したけど、家の人たちとやるからいいってことで試作品二号を受け取り工房を出る。
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