9 ロリメイド
食堂に入ると店主が手招きしてきて、カウンターに座る男にも声をかける。
「こいつが依頼者だ」
「よろしく。お? 大精霊のとき護衛した奴じゃないか」
「あのときの傭兵ですか。よろしくお願いします」
「おう」
傭兵の隣に座り、自己紹介する。クリムロウと名乗り返され、差し出された手を握り返す。
クリムロウさんは四十歳を少し過ぎたくらいの外見で、腕に小さな切り傷がいくつかあった。歴戦の戦士って感じだ。まだまだ現役と思えたけど、日本ほど平均寿命が高くないらしいこの世界では、そろそろ引退を考え始める時期なのだろう。特に傭兵という体が資本の職ならば。
「依頼の確認だ。旅に関した知識を得たいということだったな」
「はい。俺ともう一人十二歳の女の子に指導をお願いしたい」
「問題ない。主に野宿や狩りについての指導になるが問題ないか? 魔物との戦闘は触るくらいだ」
「問題ないです」
「こっちはいつでも始められるが、明日からやるか?」
「女の子が病み上がりで体力がないんですが、座学はともかく実践は無理ですよね?」
「あー、難しいな」
「でしたら二十日くらいかけて体力づくりをしたいんで、それくらいから始めるってことでお願いしたい。大丈夫ですか?」
「わかった。予定を空けておく」
「予約の意味も込めて、報酬は半額くらい先払いしときます」
財布から銀板五枚を取り出し渡す。
クリムロウさんは頷いて、銀板をポケットにしまう。
そのまま一緒に夕食になった。
「この前の護衛のとき一緒にいた男女は仲間じゃなかったんですね」
「あいつらにも指導を依頼されていたんだ。指導の一環として護衛を受けた。大精霊のいるところまでの依頼は簡単な部類に入るからちょうどよかったんだ」
「へー」
大精霊のおかげで魔物が近寄りづらいとかだろうか。たしかに行き来したとき魔物がほとんどいなかったもんな。
「体力づくりにあそこの山登りとか適してますかね?」
「いいんじゃないか? だが魔物が皆無というわけじゃないから、警戒は必要だぞ」
「行くとしたら、まずは村の中である程度体力をつけてからかな」
それがいいとクリムロウさんは頷いて、冷えたビールを飲む。
俺は昨日の戦闘で倒されたエビの魔物の煮込みを口に運ぶ。泥臭さなどない濃厚なエビの旨味がいいね。バケットにスープを吸わせて食べても美味そうだ。
ビールも気になるけど、どうせもう少しで二十歳だ。そのときに飲もう。
食事を進めながら、周辺の村や町について聞く。
ここらは伯爵領で、伯爵がいる町が一番の大きさらしい。ここからは馬車も出ていて、乗り継ぎなしで約五日で着けるそうだ。王都に行こうとしたら、そこからさらに十日くらいかかるらしい。ついでにパーレ国を馬車で横断しようとしたら二ヵ月ほどかかると教えてもらった。
ここに近い町はパレグイナというところだそうで、馬車で二日でいけるということなので、旅を開始したらまずはそこを目指そうと思う。道中村があるということだし、歩きで向かってもいいかな。習ったことの最終確認的な意味で。
地理以外には、ここ最近や少し前にこの国であったことなどを聞き、長めの夕食を終えて別れた。
翌朝、朝食を食べてシャーレを待つ。
朝食で忙しい時間が過ぎて、少しして宿にメイド服を着たシャーレが入ってきた。
本当に一日で手直しすませたのか。
俺を見つけると笑顔で近づいてくる。
「おはようございます! 主様」
大きな声で元気な挨拶は褒めてあげたいけど、最後の主様で食堂に残っている人から視線が痛くなった。
違うんです、小さい子にそう呼ばせる趣味なんてないんです。
「主様はやめないか?」
「これからお仕えするのですから、そう呼んで当然です。変える気はありません」
「……そっか」
なんだか気合十分って感じで、説得しても本当に変えそうにないな。本当にこの子の両親はいらんことしやがって。
霊水をコップに注いで、シャーレに渡す。
「ありがとうございます」
そう言ってコップを両手で持って霊水を飲み干したシャーレに、体の調子はどうか尋ねる。
「怠くはないですし、熱っぽくもないです。健康そのもので動き回れるのが嬉しいです」
「霊水はきちんと効果を発揮しているみたいだな」
「はい」
「これからなにをするのかファーネンさんから聞いてる?」
「すぐ出発はしないで体力づくりをすると聞いてます」
「うん。まずは村の周囲を歩いたり走ったりして体力をつけたい。元気になったとはいえ病み上がり、体力は同世代に比べて低いだろうしね。ある程度体力がついたら川を上ったところにある山まで行って、山登りで体力づくりの予定。それくらいやればひとまず旅でいきなりばてることはないんじゃないかな」
「がんばります」
両手を胸の前で握り言う。その様子は可愛らしかった。
「無理せずやっていこう。今のところ予定もないし。んで二十日くらい体力づくりをしたら、次は旅の準備だ。傭兵に旅に関しての講義を依頼してある。それを受けて教わったことを身に着けたらいよいよ出発だ。予定はパレグイナって町。こんな感じだけど質問はある?」
「ないです。早く体力をつけて、主様のお役に立てるようになります」
ほどほどでいいんだけどなー。
早速二人で宿の外に出る。運動するにはメイド服はむいていないと思い、着替えるよう言ったが、嫌だこれがいいと断られた。汚れるぞとも言ったのだけど、汚れてもかまわない洗濯して翌日には綺麗にすると返ってきた。
主様呼びのこともそうだけど、メイドに関連したことは頑固だな。
シャーレと宿を出て、注目を浴びつつ村から出る。大きな町なら目立たないかもしれないけど、これくらいの規模の村ならメイドはいないだろうしなぁ。
この村で俺の評判がどうなるのか怖い。
「村を出ましたけど、どこに行くとか決めてあるんですか?」
「魔物を避けながら歩き回るだけで、どこにということはないね。ついでに野草や薬草も採取するよ」
外に出るならと宿の主人に依頼を渡されたのだ。
それらを集めながら、昼前まで歩き回る。シャーレが疲れたらその都度休憩を入れるという予定だ。
周囲をよく見て、魔物の姿を探してから歩き出す。開けた場所を歩くので、注意していれば魔物に襲われることはない。
二時間ほど歩き続けて、シャーレのペースが落ちたことで休憩を入れる。椅子替わりの岩に座らせて、俺も近くの岩に座る。
「申し訳ありません」
呼吸を整えながら汗をにじませたシャーレが謝ってくる。
「最初からわかっていたことだから謝らなくていいよ。これから体力をつけていけばいい。ほら食べな」
おやつにと宿で買っていたレーズンと水筒を渡す。
シャーレがそれを食べている間に、その場から周囲を見て野草などを探す。
地面を見ているとシャーレが小さくなにかに気づいた声を出す。
「魔物でも見つけた?」
「いえ、空に神獣様が」
神獣は各エリアに一体存在する神の使いだと与えられた知識が頭に浮かぶ。ここパーレでは鷲の姿をとっているらしい。
シャーレの視線を追って、空を見上げる。晴れた空にいくつか雲が浮かぶ。そんな光景の中に、悠々と空を飛ぶ大型の鳥がいた。
普通の鳥なら小さな粒にしか見えない高度だと思うけど、あれはそれなりの大きさに見える。ということは近くで見たらかなりの大きさなんだろう。
神獣は緩やかに旋回していたが、やがて北へと去っていった。こっちを見てたような気がするが、気のせいだろうな。
「空の散歩でもしてたのかな」
「かもしれませんね。十分休みました。出発しましょう!」
はいはいと返し、水筒などを受け取り歩き出す。
その後村に帰るまで二度休憩して、昼を一緒に宿で食べて解散になる。シャーレは俺の世話をしたいと言ってきたが、今のところやってもらいたいことはない。メイドの仕事である洗濯は宿に頼んであるし、炊事も宿で大丈夫。掃除も宿暮らしなら必要ない。旅をしていればそれらを担当してもらうこともあるだろう。だから家事の腕を上げてくれと頼むと嬉しげに頷いて奉納殿へと帰っていった。
この日から似たような日々を過ごす。午前中にウォーキング、午後からそれぞれの用事をすますといった感じだった。
俺の用事は魔法の鍛錬だったり、村人の手伝いをしてお金を稼いだりだ。
ロリメイドの主ということもあり、村人たちに顔を覚えられるのが早かった。
二週間ほどでシャーレはそれなりに体力がついてきて、ウォーキングに出ても一度の休憩ですむようになった。これなら山登りも大丈夫かと判断し、一度山に向かう。さすがにきつそうではあったが、無事登山に成功し、山頂からの風景を楽しそうに見ていた。
そうしてクリムロウさんと約束していた日になる。
朝からの約束なので、シャーレと一緒に宿の食堂で待つ。
「おはよう」
「「おはようございます」」
シャーレと挨拶を返すと、クリムロウさんは不思議そうな顔になった。そして真面目な顔で俺を見てくる。なにを言いたいのか予想できた。
「小さい子にそんな格好させてるのか。若いうちから変な趣味にはまるのは感心しないぞ」
「ちゃうねん」
思わず普段使わないような言葉遣いで返す。
「これはこの子の趣味のようなもので、俺がやれと言ったわけじゃない」
「そうなのか?」
「この子はシャーレ。わけあって俺と旅をすることになった子だ」
「初めまして。主様の奴隷予定のシャーレと申します」
クリムロウさんの俺を見る目がますますやばくなった!
「メイド服だけじゃなくて奴隷にまで?」
「ゲスを見るような目はやめてくれ。さっきも言ったけど理由があるんだ。俺がそう望んだわけじゃない」
誤解を解くためシャーレに関する事情を話す。それで納得してくれたようで、俺を見る目が普通のものになる。
「霊熱病か。そりゃ加護持ちのそばにいたいわな。あと両親のおかしな教育のせいでこうなったと。ろくでもない方向の合わせ技もあったもんだ」
「理解してくれてよかったよ」
「疑って悪かったな。それじゃ早速始めようか。このままここを使わせてもらおう」
クリムロウさんも椅子に座って、講義が始まる。
旅で必要な品や注意すべき点をクリムロウさんの経験を踏まえて話していく。今日一日で覚えろということはないようで、一通り話してなんとなくでも理解してもらおうということらしい。明日から今日話したことを分けて詳しくやっていき、実践も含めて十日のスケジュールとクリムロウさんは話していた。
昼食を食べたあとも少し講義が続き、その後は旅に必要なものを買いに出る。俺はほとんどそろっていたけど、シャーレはまったくそろっていないのでどんどん買っていく。その費用は氾濫対策報酬の残り半分で十分足りた。
費用を俺が出すことにシャーレは申し訳なさそうにしていたが、シャーレはお金持ってないし必要なものだしね。こういった費用のことも踏まえてファーネンさんは奴隷のことを提案したんだろう。
買い物を終えて、今日の講義は終了になる。また明日とクリムロウさんは去っていき、俺もシャーレの荷物を持ってシャーレと別れる。奉納殿に持って帰ると好奇心の強い子供が、中身を出してしまいそうだということで俺の部屋に置いておくのだ。