86 同行者
「そうか。今のところは信じよう。それでその者がバセルテルの問題にどのように役立つ」
オルトーの問いかけにダイオンは首を横に振る。
「それに関しては今のところ私どももわかりません。現地に行けばなにかわかるのではと推測するしかないのです。もともと占いでもどのように解決できるのかまでは語っていませんので」
ダイオンの言い分にオルトーは頷く。解決策を持っていることを期待していたが、占いでも光明になるとだけ言っていたのだから、現状解決策を持っていなくても納得できた。
「わかった。君たちにはすぐに現地に向かってもらいたい。あと一人こちらから同行者をつけたいが構わんかね? その者に現地でなにがあったか詳細に記録をとってもらいたいということもあるし、なにかしらの問題があったら私の代理として権力を使って動いてもらう」
「承知いたしました。ですが一つ許しを得たいことがあります」
「なにかな?」
「私たちは領都に来る前はラーサンクルにいたのです。そこで秘密巡回騎士殿の行動に関わっていまして」
「ラーサンクルか、簡単なものだが報告書が届いている。協力者のようなものがいたと書かれていたが、お主たちだったのか」
「はい。彼から領主様へと紹介状をもらい、先日それを受付に渡しました」
オルトーはその紹介状に心当たりがあって頷いた。
「なにが言いたいのかわかった。私からの紹介状がそちらの手元に届いてないが、出発する許しを得たいということだな?」
「その通りでございます」
「うむ。出発はこちらから頼むことだ。紹介状を受け取らずに出発しても無礼とはいうまいよ。そうだな、この場で書いてしまうから、それを本来の紹介状の代わりとしようか。宰相、紙と書くものを」
宰相と呼ばれた男は頷いて、足早に謁見の間を出ていった。
宰相が戻ってくるまでの間、オルトーはラーサンクルでダイオンたちがどのように関わったのか聞き、それにダイオンは答える。
亮二の勘で事態が早急に動いて、秘密巡回騎士がはったりを使わざるを得なかったという部分にオルトーは興味深そうにしていた。その勘が城という様々な思惑が渦巻く場所では悪い方向に動くとダイオンが説明し、そんなこともあるのかと頷いていた。
宰相が持ち運びできる机とともに戻ってきて、オルトーはさらさらと紹介状を書いていく。
それが乾く間に、オルトーは同行者の名前をダイオンたちに告げ、ダイオンたちの宿に明日の朝に向かわせると言う。
同行者の名前はフィラメといった。
◇
ベンチで休んで宿に戻った俺とシャーレは先に夕飯を食べて、のんびりとする。体調を崩したということでシャーレから勉強はなしで休んでくれと言われている。ローズリットからも今日の夢の授業はなしと言われた。
二人とも心配しすぎだ。すぐに城から出て、休んだからもう大丈夫なのだ。まだ調子が悪いなら夕飯も食べることは無理だった。
だけど念のためと二人とも休むように言ってくるんで、そこまで言うならと勉強も鍛錬も休みにして、シャーレとゲームをしながら過ごす。
そうしているうちにダイオンたちも帰ってきた。
城であったことを聞き、同行者が一人追加されたことを知る。どういった人か聞いたけど、ダイオンたちも詳細は聞かされていないということだった。
「話はここまでにしましょう。体調を崩したのですから、今日は早めに寝てください」
「平気なんだけど、まあいいや。そういうことだから俺は早めに寝るとするよ」
「俺は酒でも飲んでくるついでに噂でも集めてくるかな」
「私もついていくわよ」
いってらっしゃいとシャーレが部屋の外まで二人を見送り、俺はその間に着替えていく。
寝られるかなと思っていたが、ローズリットが強制的に眠らせるということで、シャーレにおやすみと言ってからベッドに横になる。そのまま数秒で意識が沈んでいった。
翌朝、珍しくシャーレよりも早く起きた。体調が別に悪くないのに、早く寝たんだからその分早起きするわな。
といってやることもないから、そのまま二度寝でもと思っていたら、隣のベッドからごそごそと動く音が聞こえてきた。
「おはよー」
少し驚いた様子でシャーレが俺を見てくる。
「主様? もう起きたのですか」
「早く寝たからね」
ベッドから降りたシャーレは手早く着替えて、髪をといたりと身支度を整えていく。
シャーレの髪はいつもどおりのサラサラだ。櫛がひっかかかる様子がない。旅を始めた頃よりも髪質が良くなっている。イリーナも最近は綺麗な髪だ。一緒に旅を始めたばかりの頃は手入れが少し雑だったのか、くすんでいたけど、近頃はシャーレから手入れするように言われて艶やかになっている。
シャーレの身支度がある程度整ったところで、タライに水を出して渡す。シャーレが顔を洗っている間に、俺もさっさと着替えて顔を洗う。
「主様、タオルをどうぞ」
「ありがとう」
タライの水を処理して、部屋を出る。客のいない食堂で朝食を食べられるか聞くと大丈夫ということだったんで、少しばかり早い朝食をとる。
のんびりと食べていくうちにほかの宿泊客も入っていて、少しずつ賑やかになっていく。
このあとすぐに町を出るという会話や今日は休みでどうすごそうかという会話などが聞こえてきた。
そろそろ部屋に戻ろうかと思っていると、ダイオンたちが食堂に入ってくる。
「おはよー」
「おはよう。先に食べていたのか。どうりで返事がなかったはずだ」
「早めに起きてね。そのまま早めの朝食になったんだ」
なるほどとダイオンは頷いて、イリーナと一緒に朝食を取りに行く。戻ってきたダイオンは水を一気飲みして、コップを差し出してくる。それに霊水を入れる。
ダイオンは礼を言い、朝食を食べ始める。
「先に部屋に戻ってるよ」
「わかった」
「イリーナは好き嫌いせずに食べるんですよ」
シャーレからの言葉にイリーナはサラダに入っている野菜の一つに視線を向けて、渋々と頷いた。
イリーナにこう言うためか、自分が好き嫌いするところを見せてはいけないとシャーレの好き嫌いもなくなっている。嫌いなものが好きになったということはないが、残すことなくさっさと食べてしまうようになった。この調子なら成長に伴う味覚変化もあって、問題なく食べていくようになるだろう。
部屋に戻り、荷物をまとめていて、いつでも出られるようにしているとダイオンが部屋の外から呼びかけてくる。
「待ち人が到着だ。宿を出よう」
「あいよー。シャーレ、忘れ物はないよね」
「はい。大丈夫です」
しっかりと頷いてきたシャーレと一緒に部屋を出る。
食堂で待っているということなので、そちらへ向かう。
食堂には旅装の青髪の少女がいた。頭頂部に角があり、セーター、生地の厚いロングスカート、チョコレート色のブーツ。足元には大きめのトランクがあり、それに脱いだコートが畳んで置かれていた。髪と同じ色の瞳を丸くしながらこちらを見て、少し驚いた様子を見せている。
多分だけどレンシアだよな、あの子。髪型と背格好がすごく似てる。あとは声を聞けば確信が持てる。
「おはようございます。領主様から同行を指示された方で間違いありませんか」
ダイオンが近づいて声をかける。レンシアで間違いないなら領主の姪だというし、丁寧にもなるよね。
「はい。領主からバセルテルへと同行を命じられました。フィラメと申します」
「レンシアって名前じゃないの?」
思わず聞くと、短く詰まる。
「……フィラメは家名で、レンシアは名前です」
「ああ、やっぱり仮面騎士で間違いなかったのか」
俺がそう言うとレンシアはよろめいてテーブルに手を置いて体を支える。
「誤魔化せなかったっ」
「背格好も声も同じで誤魔化すのは無理があるかなって」
「い、一応目は隠れてますし」
「目だけ隠しても」
ですよねと溜息を吐いた。
「あの姿のときはあれで大丈夫と自信が持てるんですけどね。今後はあれに触れないでいただけると助かります」
「聞いてみたいことがあったんですけど。目が隠れてて周囲が見えてるのか気になったんで」
「大丈夫です。あれは錬金術で作られた道具で、そこらへんは問題ありません。ほかに疑問はありますか? 聞くなら今のうちですよ。今後は答えませんからね」
「視界が通るようになるだけなんです?」
「いえ、強くなるというのが本来の効果です」
「あれを付けたら誰でも強くなるの?」
関心をひかれたらしいイリーナが聞く。ダイオンに使わせたいのかな。
「誰でもというわけではありませんね。あれは失敗作らしいんですよ。本当は一ヶ月魔力を込め続けて、一日だけとても強くなれるというものを目指したそうです。一ヶ月魔力を込めて一日だけ効果があるという部分は達成されましたけど、強くなるという部分がおかしなことに。使用者の強さに足すはずが、一定の実力を身に着けるということになったんです」
理解できなかったイリーナが首を傾げた。
「駆け出しや一人前の傭兵になった人が使うには奥の手として役立つでしょう。でも一流どころだと逆に弱くなるんです」
「ああ、そういうこと。一定の筋力や身のこなしに固定されるのね」
「そうです。ついでに発現する身体能力は固定されているので、さらに人を選ぶものです。力強さよりも身のこなしを重視したものですから、鍛えた筋力で戦ってきた傭兵には扱いづらいでしょうね」
求めたものにならなかったこと以外にも、人を選びすぎるから失敗作と判断されたのかもな。
もう質問はありませんかと聞いているレンシアの声に、おはようという声が重なった。振り返るとコードルたちがいた。
仮面騎士についてはここまでだとレンシアの目が雄弁に語る。
わかったと返して、コードルたちにレンシアを紹介する。
「レンシア・フィラメと申します。今回はよろしくお願いします」
レンシアから育ちの良さでも感じ取ったのか、コードルたちも丁寧に自己紹介を返す。
全員集合したので宿をチェックアウトして、食料などを買い求めていく。食費や消耗品にかかる費用は領主持ちということで、レンシアが城へのつけとして店主に書類を見せて処理していく。
バセルテルまでは馬車で約三日。道中に村もあるということで、大量に買い込む必要もなかった。
必要なものを馬車に積み込んで、出発前にルート確認をして、領都外の馬房に向かう。
コードルたちは以前から乗っている魔物の背に上がり、レンシアは俺たちの馬車に乗る。
「準備も整ったし、出発するよ?」
御者台からコードルたち声をかける。隣にはシャーレがいる。馬車の中は四人でも大丈夫だけど、少しせまく感じるということで御者台に座っている。
「おう。行こう」
マプルイに合図を出して、馬車が動き出す。
旅はそれほど問題なく進んだ。道中魔物が出たりして少し時間がとられたが、コードルたちでも問題なく対処できたため、俺たちはもっぱら戦闘中に奇襲を受けないよう見張ることが役割だった。
ほかにはコードルたちがイリーナに模擬戦をよく挑んでいた。力量差があるのは承知済みで、その差に諦めを抱かず挑み続けたことでイリーナは嬉しそうだった。楽しそうなイリーナとは違い、コードルたちは必死にも見えた。漠然と強くなろうとしているのではなく、なにか成し遂げたい目的があって力を求めているのかもしれない。
レンシアはというと、仮面騎士のときみたいに行動的ではなく、おとなしく過ごしていた。もともとインドア派なんだそうだ。馬車にある本を読んだり、ゲームをしたり、ポーション作りを手伝ってみたりと俺たちの邪魔にならない程度にやりたいことをやっていた。
仕事はバセルテルについてからということで、それまでは休暇として過ごすと言っていた。
そうして四日目の午前中にバセルテルの近くに到着する。
感想と誤字指摘ありがとうございます




