84 久々の三人
詰所での手続きは短時間で終わって、それなりの金額をもらって町に入る。
この地方の中枢だけあって人が多い。でも俺もシャーレも人の多さには慣れて、少し物珍しく周囲を見るだけだ。
宿に荷物を置いて四人で外に出る。紹介状を届けに行くついでに散策するのだ。俺はまた気分が悪くなったらたまらないから、城には入らないけど。
紹介状を書いてくれた騎士からは領主の居城の受付に紹介状を渡せばいいと聞いている。その城は一番高いところにあるあれでいいのか宿の従業員に確認すると頷きが返ってきた。
大通りから坂へ、その坂を上がっていけば到着するらしいので、威勢のいい客引きの声を聞きつつのんびりと向かう。
「ラムヌに入ってからの町と同じように石の町だな」
「そうですね。アッツェンと比べると重厚感がありますね」
木材が豊富なアッツェンと違って、石材が豊富なラムヌでは建物は石造りが基本で、石壁や屋根に鉱石が材料の顔料で色を塗っている。そのため街並みは灰色や白色のみというわけではない。わりとカラフルな光景となっている。
シャーレの言うように重い感じはあるけど、息苦しさはない。リアー種たちも重苦しいのは嫌だったのかな。
町を歩いていると気づくのは、野菜や果物の値段がパーレやアッツェンよりも高めということか。平地が少なく、山も岩山が多いから、野菜とかの収穫量も総じて少ないんだろうな。かわりに装飾品や武具や金属農具とかは安い。ちらほらと見えるヒューマ種やニール種はそれらを仕入れに来ているのかねぇ。
ほかには屋台で並ぶメニューに肉類が多いってことか。キノコも同じくらいあるようだし、使われなくなった坑道でキノコ栽培でもしているんだろう。
五つの大通りの集中点、そこから曲がりくねった坂道になっていて、先を見上げると屋台はみかけない。
「こっから先は金持ちとか専用かな」
「庶民はここまで、ここから先は貴族の区画だと言っていたし、高級品店のみというふうにわけているんだろう。さあ、行こう」
ダイオンに促されて坂道を進む。店が多く並び、それらの色は似た色で統一されている。ばらばらだと雰囲気が合わないってことで、ここらで出す店は外観が一定の条件に決まってるのかもしれない。
主の使いなのか、シャーレと同じようにメイド服を着た人もたまにみかける。
しばらく進むと眼下に庶民区画が広がる。山で見たよりも町が近いから、夕方の町を行き来している人たちの様子がよく見える。
それを横目に移動して、城の前に到着した。
「俺はあそこのベンチで待ってるよ」
「わかった。イリーナ」
イリーナに行こうと誘って歩いて行ったダイオンが城の入口に立っている体格のいい兵に声をかけた。
俺とシャーレも移動して、町の様子が見られるベンチに座る。
◇
城に入ったダイオンたちは門番から聞いた受付のある場所へと向かう。
陳情や挨拶などを願う一般人が何人か並ぶ部屋に入り、最後尾に並ぶ。そろそろ一般人の城の出入りが終わる時間で並ぶ人が少ない。おかげで十分ほどで順番が回ってきて、ダイオンは騎士からの紹介状を取り出す。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「これを領主様に」
中身の確認をしていいか受付はダイオンに尋ね、了承を得て封筒を開く。
手紙に目を通し、小さく頷いた受付は丁寧に手紙を封筒に戻す。
「ご用件承りました。急ぎ領主へと届けますが、それでも多少の時間はかかります」
「ええ、それは承知しています」
騎士団に所属していたダイオンは、こういったものがすぐに届きすぐに返事があるものではないと知っていた。
「ありがとうございます。遅くとも四日後には返事を届けられると思いますので、宿泊している宿を教えていただけますか」
宿を答えて、ダイオンとイリーナは受付のある部屋から出る。
そのまま亮二たちのところへ戻ろうとして、声をかけられた。その声にイリーナはまったく聞き覚えはなかったが、ダイオンはどこかで聞き覚えがあるような気がして、声の主のいる方向を見る。
そこにはコードル、シバニア、フロスという亮二が関わった三人がいた。
「やはりダイオン殿だったな。久しぶりだ……は? イ、イリーナ・ジフリスト!?」
ダイオンの隣に立つ人物を何気なく見たコードルたちがイリーナを見て驚く。
「たしかコードル、シバニア、フロスで良かったか? 一度会ったきりなので間違っていたらすまない」
「あ、ああ、あっている。なんでイリーナ殿と一緒にいるんだ?」
「その驚き方だと、彼女がどういった立場なのか知っているのか」
「そりゃそうだ。うちの国で行われた戦帝大会での優勝者だぞ。俺もそのときに大会を見ていた」
ダイオンも準優勝者であり、名が売れているので最初に会ったとき驚かなければおかしいが、あのときの三人は落ち着いていた。
それは準優勝者にしては実力が明らかに足りないということで、同じ名前なだけだろうと考えたのだ。騎士時代と今ではそれなりにまとう雰囲気などが違うということも気づかない要因だった。
「イリーナ殿もだが、あなたにここで会えるとは思っていなかった。リョウジ君はいないのか?」
「リョウジは外で待っているよ。こういった場所とはあまり相性が良くなくてな」
相性ということにコードルたちは不思議そうにする。事情を知らなければ無理もない反応だ。
「ともかくリョウジ君がいるのなら、占いは彼を示しているのだろうな」
「そうだな。該当するのが彼だからな」
「でしょうね。現状久々に会う知人というのはリョウジだけだからね」
今度はダイオンたちが不思議そうな顔になった。
「どういうことなんだ? リョウジに用事があるんじゃないかとは思うが」
「ああ、勝手に納得してすまない……そうだな宿を教えてもらえないか? あとで会いに行きたい」
「今からでは駄目なの?」
イリーナの問いに急ぎの用事ができたからとコードルたちは答えた。
「リョウジに無茶を強いるようなことならば、宿を教えるつもりはないが」
「どうなんだろうな。規模の大きいことに巻き込むのは確定なんだが、無茶かと言われると俺たちにもわからないんだ」
その返答にダイオンは少し考え込む。
「一応答えよう。しかしリョウジが断ったら、そのときは話はなかったことにすると約束してほしいが」
「それを答える権利は俺たちにはないんだ。この領地の問題だから」
「他国の問題にかかわっているのか」
「はじめは現地のみで片付くと思ったんだよ。だけど解決のヒントを求めて占ってもらったら、こうして領都に来ることになったんだ。詳しいことはそっちの宿で話すよ」
宿の名前と場所を聞いた三人は、また後でと言ってきた道を引き返していく。
どのような問題が発生しているのか考えているダイオンとイリーナは、やや硬い表情で城を出る。
ダイオンたちと別れたコードルたちは領主のいる謁見の間に向かう。
用件を終えて帰っていった三人が戻ってきたことに、警護の兵は首を傾げた。その兵にコードルが話しかける。
「領主様に先ほど話したバセルテルの件、解決のヒントを得られたと伝えてください」
「それだけでいいのか?」
「そうですね……ヒントを得られたとはいえ、上手くいくかもわからないので、期待が無駄になる可能性もあると付け加えていただければありがたい」
「わかった。すぐに伝えるとする」
「では今度こそ失礼します」
今日はもう領主に会えないだろうと言伝を頼んで、コードルたちは謁見の間から離れる。
◇
難しい顔で城から出て来たダイオンたちになにか問題があったのか聞くと、懐かしい名前が出てきた。
「コードルたちもこの国に来てたんだね」
「どういった人たちなの?」
「パーレで一緒に仕事をした人たち。一緒にいた期間は短かったよ」
再会することになるとはね。なにか用事があるみたいだし。無茶なことじゃなければと思いながら三人と坂道を下る。
坂を下り終えて、町を少し散策し、日が暮れたので宿に戻る。
夕食が出来上がっているんだろう、シチューの匂いが建物の中に広がっていた。
食堂で熱々のシチューを食べて部屋に戻り、風呂に入る準備を整える。ここは温泉ではないし、混浴もないので、女性陣が少し残念がっていた。なおローズリットは気にせず一緒に入る。
浴場へと向かうためフロント近くを通ったとき、コードルたちが宿に入ってきた。
客かと受付にいた従業員が声をかけたけど、それに謝ってから俺たちを指差す。話がどれだけ時間がかかるかわからないし、今日は部屋で体をふくだけになるかもな。
「やあ、リョウジ君」
「どもー、お久しぶりです」
「うん。ダイオン殿から話は聞いている?」
「なにか用事があるとか」
「そうなんだ。ひとまず話を聞いてほしいんだけど」
「わかりました。部屋にどうぞ」
俺とコードルが話している間、ダイオンがイリーナに風呂に行っていいぞと言って、イリーナはすぐに上がってくると言って浴場に向かっていった。
シャーレはお茶を準備すると言って、食堂に向かった
部屋に戻って、シャーレが来てから本題に入ろうということになり、コードルたちがこの国に来るまでのことを聞く。
「俺たちはリョウジ君たちとわかれたあと、あのまま南下して、パーレの王都を経由して、砂漠の国ヤラハンに行ったんだ。廃棄領域を目指して進み、一ヶ月と少し廃棄領域のそばにある町で過ごしてからラムヌに向かった」
「俺たちもこの国のあとにヤラハンには行ってみようと思ってんだよね、砂船と廃棄領域に興味があるんだ」
「廃棄領域はわかるけど、砂船に?」
「そうそう。船は見たことあるし乗ったこともあるけど、砂の上を移動する船は乗ったことないから、どんなだろうって」
「それなら安い値段の船は止めておいたほうがいいよ。ただ移動するだけのものだから、乗り心地は悪いそうだ」
シバニアがそう言ってくる。三人も移動に砂船を使ったんだろうし、そのときに調べたんだろう。今から少しずつお金を貯めて、いい砂船に乗れるようにしようかな。
そんなことを考えたら、フロスがリョウジならそれなり以上の船に乗れるだろうと言ってくる。
「砂漠は水の補給が大変だから。水魔法が得意な者は重宝されるのよ。砂船で無償で水を提供すれば待遇はよくなるわ。私たちもそれである程度乗船賃を割り引いてもらったから」
それはいいことを聞けた。
砂船での移動にどれくらい時間がかかったとか、砂漠環境への対処など聞いていると、シャーレが部屋に戻ってきた。
お茶が行き渡り、本題に入る。
「ダイオン殿を通して君に力を貸してほしいと言った、その内容だけどバセルテルという町で困ったことが起きているんだ」
「この国で一番鍛冶が盛んな場所だったか? 行こうと思っているところなんだが」
ダイオンが少し難しい顔をして言う。
「行くこと自体はなにも問題ないんだ。でも鍛冶場が使えない状態なんだよ。あそこの鍛冶場は山の中にある。洞窟を加工してマグマを利用して鍛冶が行われているんだ。だけどマグマが引っ込んで熱が鍛冶場まで届かない状態になっている」
「洞窟じゃなくて町中で鍛冶は行われていないの?」
「炉を持っているところもある。でも小さな炉ばかりで、大物は作れないし、火力も洞窟にあるマグマを利用した炉には届かないんだ」
ここまで話して扉が開く。イリーナが本当にさっさと入浴をすませて帰ってきた。
髪もきちんとふけていないせいで、毛先からわずかだけど水滴が落ちている。それを見てすぐにシャーレが動く。
「きちんと拭かないと駄目でしょう。ほらこっちに来て」
溜息を吐いてタオルを手にイリーナを手招きする。
イリーナは気まずそうに静々とシャーレのところまでいき、背を向ける。
髪をふき始めたシャーレは、自分を見ているコードルたちに気にせず続けてくれと促した。
年齢が逆転してそうな光景に戸惑ったらしいコードルは、小さく咳払いして続ける。
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