82 事情と出発
俺が溜息を吐きつつ滞在に頷くと、ダイオンは剣を納め、イリーナもそれに続く。シャーレも俺の側で警戒を解く。
騎士はこの騒ぎを見ていた住民に顔を向ける。
「町長にいいように踊らされた住民たちよ、話は聞いていたな? これ以後彼らに迷惑をかけるようならば、罰則が発生する。それを肝に銘じておくように」
住民たちは気まずそうな表情で去っていく。
町長はわめきながら警備に連れられていき、気絶した警備も同じく連れられて行った。
その場に残ったのは俺たちとひと段落ついて安堵したらしい騎士。その騎士に命じられ門の修繕を始めた警備と、呆然となりゆきを見ていた少年だ。その少年に似たところのある男が近づき、少年を立たせ、こちらに歩いてくる。
少年の表情は焦りや恐怖や不安や戸惑いといったものがごちゃ混ぜになっていて、救いを求めるようにシャーレに視線を向ける。
おもわずシャーレを後ろにかばってしまった。
「騎士様。お聞きしたいことがあります」
「なんだね」
「うちの息子のことです。町長に従っていた警備たちと同じく、この子も町長側として動いていました。なにかしらのお咎めがあるのでしょうか」
それに少年はびくりと体を震わせた。
「事情を聞くことになるし、それによっては厳罰に処す必要もでてくるかもしれん。まあ、いいように利用されただけだと思うから、よほどのことがなければ厳重注意ですますつもりではある」
少年の父親はほっとした表情になる。
「なぜこの子が利用されたのでしょう?」
「あちらのお嬢さんに懸想していたことを町長の部下に利用されたらしいとは把握している」
「その子に好意を寄せていたことは俺も聞いていました。もともと思い込みの激しい子ですから、そこを突かれて暴走したのでしょうね」
少年の父親は少年を促して、こちらに体を向ける。
「息子が迷惑をかけました。このとおり謝ります」
少年の父親は少年の頭に手を置いて頭を下げさせ、一緒に頭を下げる。
「シャーレ、迷惑をかけられたのはお前だ。どうする?」
「謝罪はいりません。求めるのは二度と顔を見せないでほしいということです。近づかれるのも不快です」
俺の背後に隠れたままシャーレはきっぱりと言い、少年の父親はだろうなと小さく頷いた。
それを受けて少年の表情から感情が抜け落ちる。色々ととどめになったようだ。
「といった感じなので、俺たちが町を出るまで息子さんの監視というか、行動の制限を頼めますか」
「わかりました。これの自業自得ですからね」
「今日のところは話を聞けそうにないから、近々警備をそちらに向かわせる。そのときに息子さんから話を聞く」
騎士の言葉に少年の父親は頷き、住所を教えた後、少年を促して去っていく。
少年は俺の背後にいるシャーレを見ようとしたのか、ぼんやりとこちらを見ていたが、引っ張られるまま去っていく。
「私たちも役所に行きましょう」
騎士が先導して歩きながらダイオンとイリーナに礼を言う。
なんで礼を言うんだろうかと聞くと、協力の礼だと返ってきた。
「協力?」
「ええ、あなた方がこの町に来た日に、お二人に協力を頼んだのです」
「断ったけどね」
ダイオンが言い、騎士が頷く。
断ったんなら、礼は言われないんじゃ?
「どんなことを頼まれて断ったんだ?」
「町長が賄賂として使うため将来美人になる子を探しているから、条件に合うシャーレを囮として使いたいって頼みだったよ。それをするとリョウジが嫌がるから断ったんだ」
「たしかにシャーレを囮にするのは嫌だ。でもそういった話があったと聞いてないんだけど」
「囮にするのは断ったけど、そういう話をしたことは聞かなかったことにしたんだ」
聞かなかったことにしたってことは……俺に話すこともないわな。となると俺たちは町長に対して警戒しなくなるってことで、町で普通に過ごす。その間に町長はシャーレを手に入れようと動く。んでさっきの騒ぎって流れ?
「なんで聞かなかったことにしたんだ」
「俺も元騎士だからな。これ以上被害がでないように悪事を働く輩を捕えたいという気持ちはわかる。だから騎士殿が動きやすいようにしてやりたかった。でも今の俺はリョウジの護衛だからな、リョウジに不利になるようなことはしない。なので聞かなかったということにした。俺たちがなにも知らず町にいる間に町長が動いて、そこから騎士殿が情報を掴めるようになればいいってな」
聞かなかったことにしたからこの騒ぎだし、不利といったことに近いことにはなっているような?
「あなた方が滞在している間に、たしかに町長は動きを見せたのですが、ろくに策を練ることができていないと思いますよ。私もあなたたちの動きの早さは予想外でした」
「リョウジは勘がいいからな。危ないこと、厄介な奴。そういったことを感じ取り、すぐに離れようとする。その勘を信じていたから、町長のことを話さずともこの町から離れるだろうという信頼もあったんだ。事実ちょっとしたきっかけでリョウジは出発を決めたしな」
「そのきっかけとは?」
騎士に聞かれ、少年から感じられた気配について話す。
「あの少年の様子だけで、町長の思惑を見破ったのですか。それはすごい」
「いやそこまでじゃない。町長が関わってくるとか想像もしてなかった。ただ少年の変化は良くないものだと確信して、すぐに離れたかったんだ」
能力を信じて行動できるだけで、なぜそう感じるかまではわからないからな。
騎士が今も逃げたいのかと聞いてくる。
「いえ騒動が落ち着いたおかげで、そういった感じはないですね」
「それは良かった。博打を打ったかいがあるというものだ」
「博打ですか」
「町長がろくに策を練ることができず、門を閉ざして逃がすことを止めることしかできなかったように、私も町長を捕える準備が整っていなかったのですよ。騎士団が迫ってきているというのは嘘ですし、たしかな証拠はこれから町長の執務室などで探します」
「もしかして町長が門を止める指示を出してなくて、俺たちが逃げおおせていたら、町長は捕まえられなかった?」
「怪しいと睨んでいたし、かなりの確率で悪事を働いているとも考えていた。いずれは捕まえたでしょう。でもそれが遅れていたのは事実で、その間にさらなる被害者が出ていた可能性もある。町長がここに来ないで、しらを切りとおし続けていたら、今日の逮捕は無理だったでしょうね」
逮捕できてよかったと騎士は胸をなでおろしていた。
俺たちは役所を兼ねた町長の屋敷に移動し、騎士が警備を使って家人と使用人を集めさせて身分を明かし、用件を伝えた。驚く一同の中に焦りの表情を浮かべた者もいた。
すぐに騎士は町長の執務室と私室を抑えるように警備に指示を出し、町長のやらかしについて知っていたかの尋問を行う。
この町の役人には騎士の協力者がいたようで、騎士の情報源のほとんどは彼らだったようだ。騎士が尋問を行っている間に、彼らは執務室などで証拠探しを行っていた。
騎士が忙しくする間、俺たちは与えられた客室に荷物を置いて、屋敷にひかれている温泉の使用許可をもらって冷えた体を温める。ここの風呂は男女に分かれていないので、また皆で一緒に入ることになった。
俺たちがのんびりしている間に、証拠探しも尋問も順調に進んでいく。
町長の家族は悪事をまったく知らなかったようで、尋問の間始終驚きっぱなしだったそうだ。騎士はその様子を見て、家の格を落とすことを罰として監視付きで今後も町の運営を任せていいと判断した。
悪事に加担していたのは町長に近い管理職のほとんどだったようだ。彼らは騎士から司法取引のようなものを持ちかけられ、次々と白状していったそうだ。
騒動から一日たてば俺たちが町長に迷惑をかけられた側だと屋敷の人間が知っていて、申し訳ないと何度か謝られた。
「おはよう」
騎士が客室に入ってきて、挨拶してくる。それに挨拶を返し、事情聴取が始まる。
といっても昨日話したことを確認していく程度で、新しくなにかを確認されることはなかった。
書類に書き込み終わった騎士に声をかける。
「これでこの町に滞在する必要はないんですよね?」
「そうだよ。いそぐ必要でもあるのかい」
「出発のため買った食材が駄目になる前に、出発するなり狩りにでも出て昼食に使ってしまいたいなと」
そう答えると騎士は納得して笑う。
「たしかに駄目になったらもったいないね。今日にでも出るのかな」
「明日くらいでいいかなと思います。今日はどこに行くか情報を集めようかなと」
ここらに十日滞在しなきゃいけないんで、遠くに行くつもりはないんだけどな。
「特に目的地は決まってないのか」
「腕の良い鍛冶屋がいるところに行こうと仲間と話してますね」
「うちの領地ならクルーマンスって職人が一番だね。予約が多いから作ってもらうのに時間がかかるだろうけど」
「この国で一番鍛冶が盛んなところはどこなんでしょう?」
「一番ならバセルテルだろう」
即答したな。そう言えるくらいに鍛冶が盛んなんだろう。
「火山が近くにある町で、その火山は頻繁に穏やかな噴火が起きている。その熱を利用しようと鍛冶屋が集まって発展した町だ」
ハワイのキラウエアみたいな感じだろうか。あそこもわりと穏やかに噴火するとかしないとか。
火山の近くに町なんて危なくないかな。魔法でどうにかしてる?
「バセルテルはこの領地の南端にある。中央領地にもまたがった位置だけど、マグマの流れの関係でうちの領地側に町が作られた。そこに行くならうちの領主から紹介状を出せるように手続きするけど。今回の詫びにもなるだろうし、どうだい」
どうするとダイオンとイリーナを見る。紹介状を必要とするのはイリーナで、そこらへんの判断はダイオンに任せるのが一番だ。
二人は少しだけ考えて、了承する。
「領主への紹介状を書くから、それを持ってまずは領都に行ってほしい。そこで紹介状を役所の人間に渡せば、バセルテルへの紹介状をもらえる」
「領主は女好きって言ってましたよね? イリーナとシャーレを近づけて大丈夫なんです?」
二人を寄越せとか言って、また騒動とか勘弁だぞ。
「無理にどうこうするのは好きじゃない人だ。一度は声をかけるかもしれないけど、しっかりと断ればすぐに退く。そもそも成熟した色気のある女性が好みだよ」
シャーレは当然として、イリーナにも色気がないと暗に言ってるなぁ。それに気づいてダイオンが苦笑している。
「色気って今のシャーレにはほとんどないものですよね。なんで町長はシャーレを狙ったんです?」
領主に送るなら好みの女性を送った方がいいだろうに。
「領主の好みは把握していたそうだが、ほかの奴と同じだと目立てない。だから目立つように一捻りしたかったそうな。将来有望な子を送り込んで、好みの女性に育ててくれといった考えだったようだ」
ああ、光源氏の方向か。気が短い人ならめんどくさがるだけだろう。
そういや奴隷から解放する方法とかは考えていたのかな。さすがに奴隷印がついたまま送ることはないだろうし。聞いてみると騎士は首を横に振る。
「考えようとはしていたらしい。でも君たちの行動が早くて、とりあえず拘束する方向で動いたんだ。捕まえたあとどうにか解放させようってね。本来は大金で譲り受けたり、それとなくリョウジの悪い噂を流して、民衆を扇動して奴隷解放の方向に持っていくつもりだったとか」
「お金じゃ渡さないし、悪い噂が流れた時点でこの町から離れただろうなー」
「だろうね。君の勘の良さが町長たちの予想以上だったから、どうやっても上手くいかなかっただろうね」
騎士は椅子から立ち上がる。今日中に紹介状を書いて渡すといって、部屋を出ていった。
「今日はどうしようか? 行き先は決まったから特に調べることもなさそうだけど」
そうだなとダイオンは考えてから口を開く。
「とりあえず明日出発だと馬車を預けているところに知らせておこう。ついでに鍛錬をして、急ぎで消費しないといけない食材を使って昼食を作って、夕方前くらいに町に戻るとかでいいんじゃないか」
シャーレもイリーナもそれでいいということなので、出かける準備を整える。
町を歩くと、注目されたり、視線をそらされたりと一昨日までとは違った反応があった。俺たちのことを知らない住民も当然いて、首を傾げる姿も見られた。
俺たちは完全に流していたけど、住民の方は居心地が悪そうだったな。
そして予定通りに外で過ごして、屋敷に戻って紹介状と詫び金を受け取り、温泉を堪能する。今日は男女の時間にわかれていて、俺たちのほかにも温泉に入っている男がいたので、シャーレとイリーナが一緒に入ってくることはなかった。さすがに仲間以外とは一緒に入るつもりはなかったんだな。
朝になり、しばらくはここに滞在するという騎士に別れを告げて、馬車に乗って町から離れる。
馬車に乗るとき、シャーレが外壁の上を見て微妙な顔をしていたんで、俺もそちらを見てみると少年がいた。こっちの出発予定なんか知りようがないだろうし、偶然だろうな。シャーレにとっては微妙な出発になったか。
目指すは一日ほど移動した先にある大きな村だ。
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