81 騎士
「シャーレ! こっちに来るんだ! そんな奴に縛られないで! 君だって自由になりたいだろ! 俺の声が届いていたらその一歩を踏み出して! 君ならできる!」
少年が必死な様子で呼びかけているけど、内容は的外れだな。でも本気が感じられた。そうであると信じているのか?
当然シャーレはそんな声に反応せず、警備に炎を飛ばす。
住民たちは少年の必死さからなにかしらの事情があると判断したようで、シャーレには同情を、俺たち三人には非難の視線を浴びせてくる。
「イリーナ、門を斬り裂けるか?」
「余裕」
「やってくれ」
門へと駆けだしたイリーナを止めようと警備は動くが、立ちはだかる者たちはすべて地面に倒れ伏した。
そうして門の前に立ったイリーナの腕が消えたかと思うと、斬撃音がいくつも聞こえて、木製の門が崩れ落ちた。
その光景に警備たちや住民たちは唖然としていた。扉の向こうにいて締め出されていた者たちも驚いた顔でこっちを見ていた。
「自分たちがどんな相手と戦っていたのか理解したはずだ。追ってくるのなら手加減はしないぞ?」
ダイオンが警備たちに向かって言い聞かせる。門を斬らせることで実力差を見せつけたのかな。
警備たちは遠巻きにするだけで、近づいてはこない。
ダイオンが門へと歩き出し、それに俺たちもついていく。
そこに声が投げかけられる。
「待ちたまえ」
振り返るとそこには警備に両脇を囲まれた四十歳後半の男がいた。
どこからか町長という単語が聞こえてきた。
「親玉か」
嫌な感じが一番強い。思わずこぼれ出た声はシャーレにしか聞こえなかったようだ。
「好き勝手暴れてくれたようだな。これ以上罪を重ねる前に諦めたまえよ」
「不自然に門を早く閉めなければおとなしく通ったんだがね?」
ダイオンが言い、町長は真面目な顔で答える。
「早く閉めるならそれなりの理由があるというものだ」
「その理由を聞かせてもらいたいな」
「答える必要はない。と言いたいところだが、納得しないようだから答えるとしよう。君たちに犯罪の容疑がかかっている。逃がさないため閉じることを指示したのだ」
町長の言葉で住民からの非難の視線が強くなる。
「犯罪ね。聞きたいが、それはこの町で問題を起こしたかもしれないからかかった容疑か? もちろんこの場以外でだ」
「いやこの国に入ってからだ」
「ほう、そりゃすごい諜報機関を持っているようだな」
すごいと言いつつもダイオンはせせら笑う。ありもしない罪をでっちあげる諜報員なんぞ馬鹿にするわな。
それを強がりと考えたのか町長は鼻で笑う。
「なんとでも言いたまえ。君たちに逃げ場などないのだから。容疑以外にも警備員への暴行、器物破損も付け加えられる。牢獄行きではすまされんぞ」
「待ってください! シャーレはあの男に縛られて仕方なく攻撃しただけなんです! だからシャーレには罪はない!」
少年が相変わらず的外れなことを言い、町長はそれに頷く。
「承知している。安心したまえ彼女は罰しない」
慈悲深いとでも思ったのか、少年と住民から感動の声が上がった。
それに気分を良くしたらしい町長の表情が少しだけ緩んで、すぐに引き締まる。
「我が町の警備たちよっ。犯罪者どもを捕えよ!」
『はっ』
町長の号令で気合を入れた警備たちが再び武器を手に迫る。
気合を入れたところで実力差が埋まるはずもなく、ダイオンとイリーナに蹴散らされることには変わりないのだけど。
俺とシャーレはまた火魔法を飛ばして雨に濡れた警備たちを焼いていく。
住民は警備たちを応援し、俺たちには罵声を浴びせてくる。すっかり悪役だな。
そんななか、少年がいらぬ勇気を出したのか屋根から勢いよくジャンプし警備たちの頭上を越えて、俺たちの近くに着地した。その勇気に住民たちから歓声が上がった。少年は着地の衝撃による痛みを我慢しながらシャーレを確保しようと手を伸ばす。
「俺の手を取ってくれ! そうすれば君は自由だ! そんな悪人にもう従う必要はないんだよ」
少年のシャーレを想う言葉に、住民は感動した表情だ。対してシャーレはというと見たこともない冷たい表情だった。その表情のまま少年へと手のひらを向ける。求めに応じたのだと少年は勘違いしたらしく歓喜の笑みを浮かべたけど、シャーレは詠唱を紡ぐ。
「レーメ。貫きて焼け、もがっ!?」
炎の牙と続けようとしたシャーレの口を慌ててふさいで抱いて、少年から距離を取る。
やばいやばいっ雨の中でもそれは一般人なら殺せるから!?
「さすがにそれは駄目だろ」
「好き勝手言った末に主様を悪人とまで言い切ったんです。これくらいは許されます」
「少年は馬鹿なだけだから。無視しておけばいいんだよ」
「シャーレを返せ!」
足の痛みに耐えながら少年が俺を睨んで、シャーレはイラっとした表情で少年を睨む。
「少年もシャーレを刺激するな! 今死にかけたの理解してないのか!?」
「シャーレが俺を殺そうとするわけないだろう。お前が主として命じたからに決まってる!」
「んなことできるか! どこからそんないい加減な情報を仕入れたんだ」
「警備が言ってたんだ。国からの情報でお前たちを見張っているってな。国が言うんだっ間違いなんてあるわけないだろ!」
「国とはまた大きくでたな。そもそも俺たちはこの国に入って十日もたってないぞ。ただの旅人の俺たちの情報をそんな短時間で集められるわけないだろうに」
「主様後ろからきてます」
少年と話している俺を隙だらけと見た警備が背後から近づいていたが、シャーレが気づいてくれたおかげで捕まることはなかった。
この状況いつまで続くんだろうな。今やこっちが完全に悪役だから、ここに留まる意味はない。でもダイオンとイリーナに移動する気配がない。警備を全員倒して追手を出させないようにするつもりなんだろうか?
地面に倒れる警備の数がどんどん増えていき、町長にはいまや余裕の表情はない。二人の実力をここまでとは思ってなかったんだろう。
罵声を浴びせていた住民も、その力が自分たちに向けられるかもしれないと恐怖で怯える者がではじめていた。
最初よりも静かになっていた争いの場に威厳のある声が響く。
「静まれいっ」
町長側の新手だろうか。そちらを見るとコートの男がいた。
「誰だお前は?」
町長も誰か知らないのか。だったら本当に誰なんだろう。と思ったらダイオンとイリーナがようやくといった顔で剣を納めている。どうやら二人の知り合いらしい。
コートの男は町長とダイオンたちの間まで移動し足を止める。
「ようやくか来たか。手加減しながら暴れるのは疲れるんだぞ」
「ほんとにね」
「これだけ暴れてまだ手加減と言うのか。恐ろしいな」
「たいして鍛えてないこいつらに本気をだすわけもないだろう。イリーナに本気を出させていたらあっという間に警備全員の首が飛んでいた」
たしかに首がたくさん転がっていただろうな。容易に想像できる。警備たちも想像できたのか、顔を青くしている奴もいる。
「そうならずにすんでよかったよ。町長側に問題があるとはいえ、それを知らない警備もいたからな」
「問題だと? なにを言っている。というかだ、先の質問に答えてもらおう」
町長が不快そうに顔を顰めて言う。
「何者か。それはこれを見ればわかるだろうさ」
男はコートのポケットからなにかを取り出したあと、コートを脱ぐ。
男は俺たちには背を向けていて、着ているベストの背になにかの植物をくわえる猫が描かれているのが見えた。
町長にはポケットから取り出したなにかが見せられている。それを見て町長は驚いた表情に変わった。
「それは領主様の家紋!?」
「そのとおり。私は秘密巡回騎士。お前のようなこそこそと悪事を行う者を裁く者だ」
警備たちや住民に驚きがはしったのが、彼らの表情からわかる。
先ほどまで町長たちを正義と信じ、戦い、声援を送っていたのだ。それが騎士を名乗る男によって否定された。動揺しないはずがない。
「い、いい加減なことを! そいつらの仲間で、逃げるためのでっち上げだろう! そうに決まっている」
「俺が偽物だと? ならば領主様に問い合わせてもらってかまわん。逃げも隠れもせんよ」
堂々とそう言う姿からは、騙りのような不自然さは皆無だ。
「もっとも問い合わせたことが返ってくる前に、俺が呼び寄せた騎士団が到着するのが先だろうがな」
「し、信じないっ。お前たち! 恐れ多くも領主様の権力を笠にする不届きな輩を捕えるのだ!」
自分を鼓舞するかのような町長が警備たちに命令を下す。だが警備たちの反応は鈍い。動揺している町長と堂々としている騎士。その両者を見て、本当に町長に従っていいものかと迷いが生じたのだ。
その迷いは住民たちにも伝わっていて、俺たちに向けられていた非難の視線が減り、困惑の視線が多くなっていた。
「なにをしている捕えよ! 捕えるのだ!」
町長の指示に従い、数人の警備が武器を手にして動く。
騎士は彼らをジロリと見た。
「すまないがあれらは町長の指示で動く者のようだ。尋問したい、逃げられないよう気絶させてほしい」
頷いたダイオンとイリーナが武器を手にした警備に素早く接近して、叩き伏せていく。
「町長に従う者は武器を手にするがいい。だがその未来が明るいものとは思わないことだ」
落ち着いた騎士の声に警備たちはその場に座って恭順を示す。
騎士を信じたということもあるんだろうし、これ以上ダイオンたちと戦えないという判断もあるんだろう。
「お前たちっなにを勝手に!? 町長の命令だぞ! 従わないか!」
「見苦しい。いい加減諦めたらどうだ。お前には誘拐と殺人の容疑がかかっている。そちらこそおとなしく捕まることだ。そもそも不確かな情報を鵜呑みにして動いたお前が間抜けなのだから」
「不確かな情報だと!?」
「領主様の女好きは事実だ」
そんな情報があったのか。そして事実なのか。
「だがな、その詳細を調べずにそこの少女を献上しようと画策したのが運の尽きだ」
「なにを?」
「あの噂は領主様が我らに命じて流させたもの。それによって馬鹿をやる者を釣り出すためにな。お前をはじめとして幾人か動いた馬鹿がいる」
「お、お前たちが流した噂だと? そんなことがあるか! たしかな筋から得たものだっ」
「たしかな筋とはフテンベル殿のことかな、それともルべースル殿のことか。もしくはミカロッツ殿かね」
ミカロッツという名前で町長が大きく反応した。どうやらその人のようだ。
騎士は頷く。
「ミカロッツ殿か。今あげた三名は領主様の命令でそれとなく噂を流していた者だ。お前が勝手に同類と思っていた者は、お前たち馬鹿を探し出すために動いていたにすぎない」
「そ、そんなことがあるものか!? でたらめだ! お前たちなにを動かないでいる! さっさと捕えよ」
警備たちは動かなかった。捕えよとわめく町長を騎士は冷めた目で見る。そして警備たちに視線を向ける。
「領主様より賜った権限により、一時的に私が町長の仕事を代行する。警備たち、この男を捕えよ。そして君たち全員に迷惑をかけられた彼らを丁重にもてなせ」
「え? この町にはいづらいし、このまま出て行こうかなって」
俺の発言に騎士は苦笑を浮かべた。
「気持ちはすごくわかるが、迷惑をかけた詫びをしなければならないし、仕方ないとはいえ警備を相手に暴れたことと門を斬ったことについて事情を聞き、問題なかったと書類を作りたい。このまま去ると、やりすぎということで罪が発生してしまうかもしれないのだよ」
俺は不満を表情に出し、それに騎士が申し訳なさそうな表情でもう一度詫びてくる。
嫌な感じは消えたし、仕方ないか。
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