8 シャーレ
与えられた知識で奴隷に関して確認してみると、少しばかり地球のものと違った。自由の少ない社員のようなものだ。
この世界の奴隷はいくつかの権利を放棄することで、最低限の衣食住を保証される。
権利に関しては、仕事をしてもその報酬は雇い主のものとなり、奴隷のものには少しもならないといったものだ。
奴隷の主は無茶な命令も可能ではあるが、死を前提としたものは無理だし、精神が壊れる命令も無理。もしそういった扱いをしているとばれると、奴隷の主が奴隷に落ちることになる。
奴隷は額、首、手の甲のいずれかに奴隷の印が入り、その色によって状態が判断される。赤が通常状態で、青で疲れている状態。紫が主に反抗している状態で、黒が肉体的精神的に無茶をさせられている状態。奴隷の印が黒だと主が兵などに捕まるのだ。印が紫でも兵に事情を聞かれることがある。
これは奴隷本人の意思で変えられるようなものではないため、偽りの証言で主を告発などできない。
奴隷の主は、奴隷を生きていける状態に保つ必要がある。使い捨てできず、衣食住をきちんと保証しなければならないのだ。これを守る範囲内でなら、無茶をさせることもできる。
「あの子を奴隷にすると命を保証しなければならない。俺は霊水を与えなければいけないってことですね」
「その行為に費用は発生しません。主の義務ですから。しかしシャーレが受け入れる理由は、それだけはないのです。霊熱病でなくとも受け入れる可能性が高い」
「……自ら不自由になりたがるのですか」
「あの子の両親が原因です。誰かに従うようしつけられ、両親から離れて数年たった今でもそれはあの子の根底に残っています」
ファーネンさんはシャーレの事情を語る。
シャーレの両親は顔が良かったようだが性根は良いとはいえなかったらしい。
二人の子供ならば顔がいいだろうと考え、金持ちや貴族に売りつける考えだった。三人ほど生んで、その三人ともが予想通り両親の顔の良さを受け継いだ。
あとは売った相手に従順になるように育て、十歳くらいで売るはずだったが、次女のシャーレが五歳で霊熱病にかかったのだとか。病気で寿命が短い子供など売れるはずもないと考えた両親は、住んでる町から離れたこの村にシャーレを捨てた。
シャーレは村をうろついていろという両親の命令を守り、暗くなっても村中を歩き回っているところを警備兵に見つかって保護された。
親のことなどを聞いた警備兵は孤児院にシャーレを渡し、両親のことを町の代表者へと知らせる。
報告を受けた町長は両親を捕らえたが、すでに長女は売られたあとで、そのお金で贅沢をしており、長男もあと少しで売られるところだった。
長男は町の孤児院に保護されて、長女の行方は知れず、シャーレはそのまま村の孤児院で過ごすことになった。
孤児院で交流することで、少しずつ子供らしさを取り戻していったけれど、いまだ誰かに従うことに使命感や喜びを感じているそうだ。
「奴隷にしたらせっかく正常な方向に傾いた状態がまた逆戻りするような」
「かもしれません。ですがあの子にとっては生きがいを感じるかもしれません」
「この話を聞いて、あの子に霊水の件を話すことに躊躇いが生じたんですけど。少なくとも俺についてきて、精神状態がまともになることはないですよ? そこを期待していたら最初から無理だと諦めてください。連れていく場合、あの子をひどく扱う気はありませんが、あの子のすべてを背負う気もありません」
はっきりと言っておいた方がいいだろう。
さすがにカウンセラーの真似事をやれと言われても無茶だ。連れ出した場合、俺にできることは霊水をきちんと与えること。普通の子として扱うことくらいだろう。親に歪められた精神性をどうにかできる気はしない。自然治癒に期待してもらいたい。
「正直に言えば期待していたんですが」
「無理です」
「そうですよね。私も無理でした。それを他人に強制はできませんね」
正式にカウンセリングについて勉強した人ならば、これに関して正解を出せるんだろうか。俺には勉強しても無理なんじゃないかって思える。
「とりあえず事前に話すことはこれくらいでしょうか。あの子を呼んでも大丈夫ですか?」
「気が重いですけどね」
霊熱病だけならまだましだったなぁ。
ファーネンさんが部屋を出て、シャーレと一緒に戻ってきた。
俺を見て首を傾げるシャーレ。シャーレの事情を知らなければ将来の楽しみな可愛い子と旅ができるって喜べたんだろうなぁ。
ファーネンの隣にシャーレが座り、赤い瞳に好奇心の感情を含ませてこちらを見てくる。
「改めて紹介するわね。この方が霊水をあなたに与えてくれたリョウジさん」
「シャーレです。霊水ありがとうございます! 今とっても体が楽で、すごく嬉しいんです!」
明るい表情で礼を言われる。話の流れによってはこの表情が曇ることになるんだよね。やけになって笑ってしまいたい。
「それはよかったね」
「はい!」
「シャーレ、あなたにもわかっているかもしれませんが、その状態は長続きしません」
ファーネンさんの言葉にシャーレは頷く。
「そこであなたには選んでもらいます。まずは今後も霊水がほしいかどうか」
「ほしいです。こんなに過ごしやすくなったのに、また苦しいのは嫌だから」
やっぱりそうだよな。ファーネンさんも頷く。
「加護持ちはたくさんはいません。水の精霊の加護持ちと限定するとさらに減ります。だからあなたが霊水を得ようとするとリョウジさんしか伝手がありません」
わかるわねと聞かれて、シャーレはまた頷いた。
「リョウジさんは旅人です。そう遠くないうちにこの村を出ていきます」
シャーレの表情が歪む。そして縋るような視線で俺を見る。そういった表情になるだろうとは予想していたけど、実際に見ると心にくるものがある。
「あなたのためだけに滞在し続けろとは言えません。彼には彼の事情があります」
「どうすればいいんですか」
「諦めるか、彼の旅について行くか」
「……ついて行きます。ついて行けば霊水をもらえるんですよね?」
「きちんと渡す」
「だったら選ぶべくもないです。霊水をもらえないとあと三年で死んでしまう。このまま死を待つのは嫌です」
「そんなに短い……ん? シャーレ何歳?」
五歳の頃に霊熱病になったって聞いたし、あと五年くらいは猶予があると思ったけど。
「十二歳ですよ」
「体格が小さめだから十歳くらいかと思ってた」
中学生くらいだったのか。改めてそんな子を奴隷にするのはあかん気がするな。
「ついていくことにしたのなら、話しておかないといけないことはまだあります」
ファーネンさんが霊水買うお金について説明し、毎日払うことは難しいだろうと続ける。そして奴隷となればお金を払う必要はないと話す。
それを聞いたシャーレは落ち込むようなことはなく、逆に目を輝かせた。普通は落ち込むところなのにな。この子の両親は本当に馬鹿なことをしたもんだ。
「命が長らえて、誰かに尽くすこともできる。そんな好条件でいいんですか?」
「常人ならば好条件ではないのだけどね。でもあなたならそう言うだろうと思っていたわ。奴隷を選ぶのね?」
「はいっ」
「本当にいいのね? 体の調子は良くなるし、寿命も延びる。でも失うものもある」
「はいっ。奴隷になります!」
返答に迷いがない。三つ子の魂百までってこんな状態を指すんだろうか。
俺とファーネンさんはテンション低いのに、シャーレは溌剌とした雰囲気を放っている。
表情も輝かせて俺を見て、よろしくお願いしますと頭を下げてきた。
「う、うん。よろしく」
もう受け入れるしかないな。本当に嫌ならここに来ないで宿に戻ってさっさと村を出ていけた。でもそれをしなかったのは、この子が気になったからだ。そう思ってここに来た時点で、同行は決定していたんだろうな。
「ファーネンママ。メイド服ありましたよね? あれください! あれ着たいです」
「い、いいわよ。でもサイズが合わないかもしれないから手直しが必要よ」
「じゃあ自分でやりますから、取ってきていいですか?」
ファーネンさんが頷くと小走りで部屋を出ていった。
「なんでメイド服なんてあるんですか」
「たまに大精霊様のことでお偉いさんが来るの。そのときに同行していたメイドが予備を忘れていったのよ。また来たときに返そうとしたんだけど、替わりを作ったからここに寄付しますってことに」
「大人が着てたと思うんですけど、大きすぎますよね。あの子手直しできるんです?」
「器用な子だからぱぱっとやってしまうわ」
今後メイドを連れての旅になるのか。こっちに来たときに想像した旅とは違ったものになり始めたぞ。
「今後はどうされますか? 町に行って奴隷契約を結ぶのは決定ですが」
「この村には契約を結べる人はいないんですか?」
「ええ、いません。その魔法は国が管理しているもので、役所でしか使えないものです」
ああ、確かに知識でもそうなってる。騙して奴隷にしようとしているのではないと証明するために書類も必要らしいけど、それはファーネンさんが作ってくれるだろう。村を出るならそれを受け取って、いやもう少し滞在かな。
「一ヶ月くらいここに滞在した方がいいかもしれないですね」
「なにかこの村に用事でも?」
「元気になったとはいえ病み上がり、シャーレにはまだ旅をする体力がないと思うんですよ。だから一ヶ月くらい体力づくりと傭兵などから旅の知識を得ることもやろうかなと」
俺も旅に慣れてなんていない。だから傭兵か誰か旅慣れた人に、そこらへんの知識教授と実践を依頼したい。
「体力づくりは納得ですけど、旅の方はあなたがいれば大丈夫だと思うのですが」
「俺も誰かに教わってはいませんし、一人旅でしたので複数人との旅はまた違ったものがあると思います。そこを押さえてなくて、シャーレに無理させることにならないよう本格的に教わっておく必要があるかと」
ファーネンさんが感動している。これはたぶんシャーレのことを思いやっての予定に感動したのかな。でもすまない。俺自身のためでもあるんだ。与えらえた知識にある程度の旅の知識もあるけど、実践はさっぱりだし習っておきたいんだ。
「予定はそんな感じなのでシャーレに伝えておいてもらえますか。俺は依頼できる傭兵を探しておきますので」
「村を出るまではシャーレはここで預かっておきますか? それとも一緒に宿で過ごします?」
「ここでお願いします。依頼するお金も必要だから、宿泊費は節約したいので」
「わかりました」
ひとまず話さなければならいことはすべて話したはず。宿に戻って店主に先生役としてちょうどいい人がいないか尋ねてみよう。
今日の分の霊水をコップに入れて、明日の分は宿に取りに来てもらうことにして、奉納殿を出る。
宿に戻り、店主に話しかけ、用件を伝える。
「先生役にちょうどいいやつな……ああ、いるな。傭兵を半分引退して、指導を中心に活動している奴がいる」
「俺ともう一人に指導をお願いしたいんですが、いくらくらい必要になると思いますか? 手持ちがギリギリなら稼がないといけないんで知りたい」
「そうさな……金板一枚で十分足りるだろう」
それなら大丈夫だな。氾濫対処の報酬で十分すぎる。
「すぐに依頼するか?」
「一度話を聞いてみたいですね。いつから始めるかはそのときに決めようかと」
「わかった。夕方には話し合えるよう連絡をとっておく。んで、お前さん今日これからの予定はあるか?」
「いえ、ありませんよ」
「だったら一つ仕事を頼まれてほしい。畑が水浸しでな。その作業に人手を必要としているんだ」
「畑作業したことないんですけど、大丈夫なんです?」
「ああ、大丈夫だ」
だったら受けようか。お金を稼いでおいて損はない。
仲介料を払ったあとに仕事現場を教えてもらい、そこに向かう。現場は川向こうの畑だ。依頼を受けた者はほかにもいて、作業を始めていた。
監督役に依頼を受けたことを伝えると、畑に入った木の枝や石などを集めてほしいと指示を出されて、作業をしている人に混ざって早速始める。
常人以上の身体能力と体力のおかげで苦労せず作業を行うことができた。
昼食も報酬に含まれていて、昼食後に少し休んで、また作業を開始して夕日が大地を染める頃に今日の作業は終わりになる。
日当をもらい、魔法を使って簡単に泥などを落として宿に戻る。
宿に入ると店主に声をかけられる。
「連絡しといたぞ。夕食時に来るって話だから、もう少ししたら来るはずだ」
「ありがとうございます」
礼を言って部屋に戻り、服を着替えて濡らした布で汚れを落として食堂に戻る。




