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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
78/224

78 忍び寄るトラブル

 国境の町を出て四日。順調に旅は進んで目的の町ラーサンクルが見えてきたとイリーナが小窓から言ってくる。

 おまちかねの温泉だ。楽しみ楽しみ。

 町に入る前に馬車を預けて、マプルイも牧場に預ける。急激に気温が変化したので異常がでていないか診てもらうため預けるお金は多めに支払っておく。

 荷物を持って外壁に囲まれた町に入り、宿を探しているとダイオンとシャーレが周囲を気にする素振りを見せた。


「どうしたの?」

「誰かに見られている」

「はい。そんな感じがします」


 気配に鋭い二人が言うってことはたまたま見られているわけじゃないのか。

 ダイオンはイリーナに確認する。イリーナは周囲を見回し、首を横に振った。イリーナが反応しないとなると視線の主に戦意はないらしい。


「リョウジはどうだ。嫌な感じはするか?」

「んー……」


 俺も周囲を意識してみる。これといって特筆したものは感じないかな。これまでの町と似たようなもので、良いものも悪いものもある。やや悪い感情の方が多いかなとは思うけど、誤差かもしれない。

 そう言うとダイオンたちはひとまず警戒度を落とす。


「見られていたことは心の隅にでも置いて覚えておこう」


 わかったよと返し、宿を探す。五軒ほど外から見て、ここだというところはなかったから、手頃な値段の宿に決めた。

 四人部屋をとって、町の中を見てくるというダイオンとイリーナについていくことにする。その前に洗濯をするというシャーレを少しだけ手伝う。

 この気温では水は冷たかろうとお湯を桶に入れるのだ。温度の維持はシャーレができるから、お湯を作るだけでいい。

 裏庭から宿の前に移動して、まずは仕事を紹介してくれる店に向かう。

 ダイオンとイリーナは狩りの仕事を見て、俺は採取や雑用を見ていく。

 

「温泉の水を近所の村に運んでくれってのもあるんだな」


 飲む用かな。日本にいた頃、飲む温泉水について聞いたことあるし。

 これまでに見たことのないものはそれくらいで、あとはほかの町でも見たことがあるものだ。

 この町を出るときに受けたらいいかもしれないな、なんて思って狩りの仕事を見てみる。

 近所の山に行って魔物の肝を取ってきてくれとかある。受けるなら登山用具を買わないといけないか? ダイオンたちに聞いてみよう。


「二人はよさげな依頼をみつけた?」

「ん? 報酬がいいのは山に行けってのばかりだな。冬山登山の経験はないから迷っているよ」

「私もないけどやっぱり危ないかな?」

「平地とは違うから戦いづらいことはわかるだろう? そのうえさらに濡れて滑るし、着込んで動きも鈍る。イリーナは大丈夫かもしれないが、俺は難しいな」

「ダイオンで無理なら俺はもっと無理だ」

「狩りに行くとしたら山は避けようか」


 イリーナ一人で行く気はないようで、山での狩りはさっさと諦めたようだった。


「大きく儲けることは止めて、滞在費用を稼いであとは鍛錬に集中するかな。焦って稼ぐ必要はないし」

「そうしましょう!」


 うんうんと嬉しげに頷くイリーナ。ダイオンが強くなろうとするなら反対しないよな。

 遠出して半日といったところの狩りに目星をつけて、建物を出る。

 次は町にある施設の位置を確認していく。大浴場もあったけど、泊っているところは温泉を引いているので使わないかな。

 ダイオンたちはもうちょっとぶらつくということで、俺は先に宿に帰る。帰り道でみつけた石焼き芋のようなものをおやつに買って宿の近くまできたとき、宿の裏庭から表に通じる小道を出てきた少年とすれ違う。空の籠を背負い上機嫌に走り去っていった。

 なにか良いことがあったんだろうか。まあそっちよりも少し嫌な感じがしたのが気になるな。

 屋内に入り、部屋の扉を開けると、少し疲れたようなシャーレがこちらに近づいてくる。テーブルには湯気を上げるカップがある。


「お帰りなさい」

「ただいま。これおやつだよ」

「ありがとうございます」


 温かい紙袋を受け取って表情が綻んだ。

 紙袋をテーブルに置くと、俺の分のお茶も入れ始める。


「ところで疲れた感じだったけど、なにがあったんだ?」

「ナンパと言うんでしょうか。こちらの話を聞かない人と遭遇しまして。興奮して一方的に話しかけてきて、少し気味が悪いくらいでした」

「ナンパねぇ」


 シャーレは誰が見ても可愛いから人目を引く。でもまだ小学校六年くらいの見た目だから、積極的にナンパしてくる人はいないはず。もしかしてロリコンに目をつけられたか?


「どういった人だった? 俺も注意しておくよ」

「年齢は私と同じくらいで、食材をこの宿やほかの店に運ぶ仕事をしているようでしたね」

「あー、あいつか」


 宿の近くですれ違った少年だな。同年代ならナンパもまだ納得いくな。


「あの子から少し嫌な感じがしたんだ。シャーレにちょっかいかけられるからだったのかねぇ」

「嫌な感じですか。もとより相手する気はありませんでしたけど、避けるようにします」

「それがいいかもね。俺の勘は俺中心のもので、シャーレたちに降りかかる災難まで正確に当てるわけじゃない。もしかしたらシャーレにとっては大変な状況を示しているかもしれないし」


 俺にとっていい縁か悪い縁かの判明だからな。多少なりともそれに引っかかったってことは、付き合って良い方向に進みそうにない。

 それでもシャーレがその少年と付き合うことを望むなら、俺から積極的に二人を離すことはないんだけど、乗り気じゃない様子だ。

 シャーレはお茶を俺の前に置いて、買ってきた芋を二つに割ってかじる。甘さに嬉しそうな顔になった。こういった良い表情を曇らせるわけにはいかないし、少年には悪いが諦めてもらおう。


 ◇


「ただいまー!」


 元気よく裏口から飛び込んできた少年を、似た顔立ちの男が作業をする手を止めて声をかける。


「おうお帰り。クルウン、なんか上機嫌じゃないか。駄賃でももらえたか」

「違うよ。シェルザさんの宿に少し年下の新しい従業員が入ってて、その子がすっげー可愛かったんだ! 金色の髪と透き通った赤い目がすっごく綺麗でさ。お姫様っていうのはああいった感じなんだろうな。また会う約束したから次会うのが楽しみでさ」


 籠を下ろしながらクルウンと呼ばれた少年は答える。


「あそこに新しい従業員? そんな話は聞いてないがな」

「えー、でも制服っていうの? そんな感じの服を着てたぜ」


 男は首を振りながら言う。


「そりゃ違うな。あそこはエプロンをつけるくらいで、制服を従業員に与えない」

「だったらあの子はなんだったんだろう」

「客だろうさ。制服を着てるってのが気になるが。ほかに特徴はなかったか?」

「ええと」


 シャーレの特徴を思い出そうとして、クルウンはぽんと手を叩く。


「手の甲に赤い印があったよ」

「そりゃ奴隷だな。客に金持ちがいるんだろうさ。しかし年下ってことは十歳を超えるくらいか? 連れ回すのは珍しいな。よほどお気に入りなのかね」

「奴隷ってあの奴隷?」

「奴隷は奴隷だろう。親がなにかやらかして、その影響で奴隷になったんじゃないか?」

「そんなひどいことってあるのか!? 助けてやらないと!」


 出て行こうとしたクルウンの腕を、呆れた表情の男がとって止める。


「待て待て、助けるってどうやってだよ」

「そりゃ……あの子の主に解放しろって言うんだ」


 クルウンにはこれくらいしか思いつかなかった。連れて逃げるという考えも頭をかすめたが、どこに逃げるのか思いつかず今のところ実行する気はない。

 男は深い溜息を吐く。


「お前に言われたくらいで「はい、わかりました」なんて解放するわけないだろう、お前はただの下働きだ。金持ちがお前の言うことなんぞ聞くものかよ。そう遠くなくこの町を出ていくだろうし諦めろ」

「諦めたらあの子がかわいそうじゃないか!」


 そう言って出て行こうとしたクルウンの頭に今度は拳骨が落ちる。


「お前が騒いだところでどうにもならん。主人がその子に悪さしているところを目撃したら話は別だが」


 それもなかろうと男は口に出さず心の中で言う。奴隷印が赤ということで、扱いが悪くはないとわかるのだ。青だったり紫だったりしたら、男も動いただろうが、まっとうに奴隷を扱っている相手にどうこう言うつもりはない。


「でも!」

「でもじゃない。ほらっ次の配達だ。ロシテの店に行ってこい」


 まだぐずるクルウンにもう一発拳骨を落として、籠を押し付ける。

 渋々といった様子で出ていったクルウンに、男はしばらくすれば忘れるだろうと溜息を吐いて作業に戻る。



 役所にある町長の執務室。そこに一人の兵がやってきた。ノックをして、返事を聞いてから部屋に入る。


「町長、例の件で進展がありました」

「例の件というと領主様に送る女子の件かね?」


 その確認に兵が頷く。

 

「美しく育ちそうな少女を探すことを命じてましたが、この町では見つからなかったはず」

「本日、旅人が町にやってきまして、その中にとびきりの少女がいたと警備から連絡が」

「ほう、基準は厳しくしていたはずだが、それを超えると?」

「指示された基準を大きく超えていて満足していただけるはず、警備からはそう連絡が入ってきています」


 その肯定に町長は嬉しそうに頷いた。


「だとするとこちらにとってはありがたいですね。旅人ならばいなくなったところで騒ぎになる可能性は低い」

「ですが問題もあるようでして」


 町長はなんだと先を促す。


「その少女は奴隷のようです」


 途端に町長は顔を顰めた。


「奴隷か。主から離すには相当に厄介ですね。奴隷印の色は?」

「赤だと聞いています」

「扱いも悪くないか」


 どうするかと町長は考え込む。奴隷関連は国の領域だ。町長というそれなりの地位にいる自分でも手は出せないことは承知していた。上手く動かなければ、主をどうこうしてもその奴隷は手に入れられず、出身国へ送り返される。


「大金を渡して譲渡を迫る。それが駄目ならば主の方に罪をでっちあげるか」

「そうするしかないでしょう。しかし注意しなければなりません」

「どうしてです。これまで何度かやってきていることだから、手順がわからないといったことはないでしょうに」

「どうもその旅人たちは鋭いところがあるようで、我らの探る視線に気づいた節があると。慎重にいかなければすぐに逃げられてしまうかもしれません」

「そやつらはこの町に拘る必要はないですからね。危険を感じたらさっさと逃げますか。ひとまず遠くから見張る。あとそやつらに関して少しばかり悪い噂を流せたらいいな」


 特定できないが、なんとなく誰かわかる程度の悪い噂がいいと町長が言い、難しいところだと兵は返す。

 

「まあ難しいのはわかりますけどね。その少女が奴隷でなければ話は簡単なのだが」

「そう仕向けることはできませんか? 奴隷から解放されてしまえばさらうことは簡単です」

「主が簡単に手放すだろうか? 将来有望なら育て上げて貴族に送りこむといった使い方ができる。ほかにも手元に置いておいた方が有益だ」

「報酬を大きくすれば、その使い道が今だと判断しませんか?」

「報酬を大きくすると言うが、それをしてしまえば我らに入ってくる利益がその分減るということだぞ」

「今回は仕方ないと諦めましょう。領主様からの覚えをよくすることを第一に動くということでいかがですか」


 町長は考え込んで頷いた。今回の利益は諦めて、次回の利益に期待する。領主からの覚えが良くなれば、それが実現可能と判断したのだ。


「主に与える報酬はどうしますかね。金で動けば楽なのですが」

「そこは見張って情報を集めてみるということでいかがでしょう? 金以外に欲しているものがあるかもしれません」

「そうするか」


 町長たちはいきなり接触することはせず、まずは情報収集だと行動方針を決める。

 すぐに兵はそれを部下に伝えるため部屋を出ていった。


「今は一町長ですが、ミカロッツ様を通じて領主様からの覚えがよくなればもっと上に行ける。そのためにも件の少女には役立ってもらわなければな」


 そのときが楽しみだと町長は仕事に戻る。



 町をぶらついて噂話に耳を傾けたり、良さげな食堂や鍛冶屋を探していたダイオンとイリーナはそろそろ帰ろうかと話していた。

 その二人に近づく者がいる。五十歳手前のトレンチコートの男で、右側頭部には反った角のように突き出る鉱石がある。コートの男は穏やかな口調で二人を誘う。

 イリーナは怪しんでいるが、ダイオンはなにか感じたようで、話を聞いてみるだけ聞いてみようとついていく。

 誘われた先はこじんまりとした喫茶店で、その片隅で三人は話し出す。

 最初に行われた自己紹介で、大きく反応したのはイリーナで、ダイオンは納得したように頷いていた。

 その後に本題に入り、二人は渋い顔を見せ、断るというように首を横に振る。

 コートの男は困ったという顔で、頼み込む。かなり真剣な様子であり、ダイオンは溜息を吐いてコートの男に話しかけた。

 嬉しそうに頷いたコートの男に、イリーナが念を押すように話し、その内容にコートの男は驚き神妙に再度頷いた。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 早くも奴隷契約が安全装置に! 史実でも、奴隷制度(生まれ持っての身分ではないやつ)の多くは社会保障制度として機能していたという話ですしね。 (制度よりも主の性格による扱いの違いの方が大きい…
[一言] 管理者からのあそこに行って○○日滞在してというのは、あくまでもお願いだから現地の支配者層がやらかしたら、目的地に行かず即逃げるのもアリですよね
[一言] こういう金で人を買う様な奴らって 歳を取って老けたら直ぐに次の若い子を 探しそうな気がする、このロリコンめ。
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