77 出国入国
王都から南南東に移動していき、アッツェンとラムヌの国境の町に到着する。
そこでラムヌについて情報を集めながら入国準備を整えていく。
パーレとアッツェンの国境のように、ここではラムヌに多いリアー種の姿がよく見られた。リアー種は誰も彼も体の一部から角のように鉱石を生やしている。出産のとき角で母体が傷つけられそうで大変そうだなとなんとなく思ったら、心の中でローズリットが教えてくれた。生まれる前はとても小さい角で成長に合わせて大きくなっていくと。
わからないことはたまにこうして教えてくれる、最初はびっくりしたけど慣れてきた。
「主様、そろそろ合流時間です。一度宿に戻りましょう」
「あいよ」
俺とシャーレは消耗品の補充のため買い物へ、ダイオンとイリーナは入国申請のため役所へとわかれて行動している。
一緒に昼を食べられるように時間を決めていて、午後からは一緒に冬服を買うことになっている。
ラムヌはパーレと同じく四季のある国だけれど、平均気温が三度から五度下がるそうだ。だから春に近い今の時期でも冬服で行動した方がいいのだと集めた情報からわかった。
宿の部屋に戻ると、先に帰っていた二人が待っていた。荷物を置いて一緒に宿を出る。
アッツェン最後の食事かもということで、郷土料理を選んで店に入る。
食事を終えて、服を買うために大通りを歩く。
「シャーレは私服も買わないとな」
「今持っているもので十分数は足りていますよ?」
「持っている服の種類や数が足りないんじゃなくて、大きさが合わなくなってきているだろ」
身長が伸びているのだ。一緒にいるから変化がわかりづらいけど、シャーレを見るとき以前よりも少し視線が上がっている。
しっかりと食べて、しっかりと運動して、健康に過ごせているから遅めの成長期が来たんだろう。
旅用のメイド服は成長を見越して作ってあるから、それを主に着ている本人も成長に気づきにくかったのかもしれない。
「そういえば少し窮屈には感じます。でもまだ着ることができます」
「いずれ着れなくなるから、買い替えは意識していいだろうさ」
以前からの貯蓄、もらった旅費。加えてこの町に来るまでに受けた荷運びの仕事や狩りで得たお金で懐には余裕がある。高級品を買うわけでもないし、服の買い替えくらいで生活に困ることもない。
「手直しすれば大きさは合わせられる服もあるんですが」
「そういったものばかりでもないだろう?」
「それはそうですね」
「だったらいくらか追加しておこう」
わかりましたと頷くシャーレ。いつか買うものだからここで遠慮しても意味はないと思ったんだろう。
買うことは受け入れて、自分だけはなく俺たちの分も買おうと言ってきた。
でも俺たちは成長が止まっているし、ほつれなどはシャーレがすぐに直してくれて洗濯も丁寧で、いくつも買い直すほどでもないのだ。自分たちで洗濯をやっていれば、服の傷みが大きくて買い替えをしてたのかもな。
冬服を売っている店を探して入る。俺とダイオンとイリーナは鎧の上から着れるような、毛皮のマントを購入する。そのほかには厚めの肌着をいくつかだ。
簡単に決められる俺たちは自分で探し、シャーレは店員と一緒に探してもらう。
シャーレという素材の良さに店員も張り切ったのか、ほかの店員も誘って店内をあちこち移動していた。シャーレが疲れたような表情で俺に助けの視線を向けてきたが、頑張れと流す。
素材の良さという面ではイリーナも負けてはないけど、常に店員から一定の距離を保って逃げていた。
ほかの客の相手もあるため、店員たちは一時間で切り上げて五組の服を提示してきた。値段も無茶なものではなかったんで、それらを購入する。
個人的には膝まであるロングニットにフィットパンツの組み合わせが一番可愛かった。いつもとは違う緩い雰囲気が新鮮だった。
「何度も助けてほしいって見てたのに」
店を出てシャーレがぷっくりと頬を膨らませる。
「ごめんごめん。いろいろと可愛いシャーレが見れて楽しかったんだよ」
「うー」
言いながら頭を撫でると騙されないぞといった雰囲気だったシャーレも次第に機嫌を直していった。
「ダイオン、あとはなんだっけ?」
「個人的な買い物をすませて、両替くらいかな。今日中にラムヌに入ろうと思えば入れるけど、どうする」
「ここまでくれば急ぐ理由もないし、買い物が時間かかるならラムヌ入りは明日でもいいよ」
「じゃあそんな感じで」
荷物を宿に置いて、ダイオンとイリーナは買い物をすませるため出かける。
俺とシャーレは午前中に欲しいものは買ってあるんで出かけずに、錬金術の勉強でもして帰りを待つことにした。
今日は本を使っての勉強ではなく、ローズリットが表に出て来て教師役をやってくれた。これまでに集めた情報の中に錬金術もあるらしく、駆け出しの俺たちくらいなら指導できるということで、アッツェン王都を出てからたまに講義をしてくれる。
「これまで作業を行うにあたっての基礎を教えてきた。それによって駆け出しと一人前の明確な違いがわかってきたと思う。それはなんだかわかるかしら」
「知識量?」
思いついたことを口に出す。ローズリットは微笑みながらも外れだと首を振る。
「それもあるわね。でも明確な違いとはいえない。シャーレ、あなたはどうかしら」
「……道具をきちんとそろえることでしょうか」
「当たり。相変わらず可愛げがないくらい察しがいいわね」
たしか初めてポーションを作ったとき、道具にこだわるとか考えたっけ。
「どうも」
棘のあるローズリットの物言いにシャーレは感情をこめずに返す。
こんな二人だけど仲が悪いわけじゃない。俺を第一とするシャーレと俺を大事にするローズリット。お互いが俺にとって有益と認めていて、一定の信頼を置いているのだ。
「シャーレが言ったように専用の道具を揃えて、錬金術師として名乗れるわ。目分量よりも秤などを使って正確な分量で作った方がよりよいものができる。上位の錬金術師だと一つの薬を作るのに、それ専用の道具をそろえることもある。道具にほかの薬の素材の成分がしみ込んで、品質を保つ邪魔をすることがあるからね。だからあなたたちも今のうちにポーションだけを作る道具とほかの薬を作る道具はわけておきなさい」
今のところ俺たちの目標は中間品質のポーション作りだからか。これまで使っていたものはいろいろな薬を作る用にして、新しくポーション用の道具をそろえよう。綺麗に洗っているつもりだったけど、それでもしみ込んで残るものはあるんだろう。
「道具はこの町で揃うでしょうから夕食の前でも行ってくるといいわ。技術も知識も大事だけど、作る環境を整えることも大事なの。覚えておくといいわ」
「馬車の中でやるよりも、道具を揃えて専用の作業室を作った方がいいってことか」
「そうだけど、旅をしているから、そこまで求めるのは無理よね。リョウジが空間魔法を上達させれば解決するでしょうけど」
馬車の中の空間を広げて、区分けして部屋を作るって感じかな。
そう聞くと、ローズリットはよくできましたと頷いてくる。
「でも当分先のことでしょう。一時的に広げるくらいなら難しくはないけど、求めることを実現するには室内を広げて、馬車の重さも軽くして、さらにその状態を固定化しないといけない。そこまでいくと錬金術も関わってくる」
「それができるようになったら、馬車が家になりそうだな」
気に入った無人の土地に結界を張って、そこにしばらく滞在して、またどこかへ……人がいるかいないかの違いなだけで今とたいしてかわらないな。
ダイオンとイリーナの修行に適した土地に滞在したりしてね。それができるようになるまで二人が一緒に行動しているかわからないけど。ダイオンは霊熱病があるから一緒かもしれないけど、イリーナは満足して離れている可能性はある。
未来を思うことはここまでにして、講義に意識を戻す。
翌朝、荷物を馬車に入れて、ラムヌの通貨に両替をして国を越える。
今日の御者は俺で、空気の変化がすぐにわかった。いっきに温度が下がったのだ。冬用に着替えていて暑かったのだけど、今はこの服装でちょうどいい。吐く息も白く、道行く人々も寒そうだ。
ゆっくりとマプルイに移動してもらい、町を出る。
視界のあちこちに大小の山が見える。アッツェンは森が多かったけど、ここラムヌは山が多い地方だ。その山は雪解けがまだなようで白化粧にその身を染めている。
目的地は決めてあって、そちらへと馬車を進める。この町から四日ほど東に進んだところにある温泉地。そこに行って十日ほど滞在予定だ。その後はイリーナの剣を作ってくれる鍛冶屋を探すことくらいしか決めていない。せっかくなんで二ヶ月くらい放浪して、西の砂漠へといった漠然とした予定だ。
雪解けで少しぬかるんだ道を進みながら、ラムヌについて聞いたことを思い出す。
一人の王が治めるパーレやアッツェンと違って、ここは六つの地域で独立しているらしい。中央に一つ、その中央を囲んで五つにわかれていて、年に一度六つの地域の代表者が集まり、会議を開いて税などの取り決めを行うとかなんとか。
なぜ六つに分かれているのかというと、その昔この土地を統一しようとしていた六人が争い、その争いであちこちが荒れたことでラムヌの神獣様に罰を受けて、そのまま統一せず、住んでいる場所を治めた。それがそのまま今も続いている。
代表者は領主と呼ばれ、統一しようとしていた六人の血を引いた者が、その座についている。直系でなくともいいので、それなりの人数が領主交代のとき候補になれるようだ。
ラムヌの神獣様は鹿で、一番高い山を住処としているそうだ。その山はラムヌの北東にある。今は見えないけど、馬車で十日も進めば見えるだろうとローズリットが言っていた。
近づくことは勧めないとも言っていた。神獣様の住むところだから禁足地に指定されているというわけではなく、単純に危険だからだそうだ。魔物が強い場所で、その強さは世界で五指に入る。それを聞いてイリーナが興味深そうにしていたけど、人の大会で優勝したくらいでは無理だと断言されていた。
魔獣並みの魔物が何体もいて、それに準ずる魔物もごろごろとしている。そういった魔物に群れで襲われてはどうしようもないだろうと言われたイリーナは素直に無理だと頷いていた。
魔獣すら餌として食われることもあるようで、とんだ魔境だという感想しか湧かない。
なんでそんなに強い魔物がいるんだろうと疑問に思い聞いてみた。すると神獣様のせいだとローズリットは言う。
神獣様が魔物を強化して回っているんだろうかと思ったけど違った。
まれに神獣様の角が欠けて山を転がり落ちることがあるんだそうで、その角は魔物たちにとって良い餌となる。角を食べた魔物は力を増し、新たな種へと進化することもある。力を増した魔物が群れを統一し、その子供が生まれる。生まれた子供も強く、群れの平均を押し上げる。そしてまた別の魔物が角を食べて力を増す。力を増した魔物同士で争って鍛え上げられていく。そういったことが長年かけて繰り返し起こっていて、少しずつ魔物の強さが上がっていったんだそうだ。
幸いその魔物たちは、角に魅了されて神獣様の山を縄張りとして離れる気がないようで、リアー種たちが近づかなければ山から出てくることはない。だからリアー種はその山へと繋がる道を封鎖して近づく者を捕えている。藪をつついて蛇を出したくないんだろう。よくわかる。
でもこっちの方に逃げてきた残党が入り込んでいそうな気がするんだけど、大丈夫だろうか。魔物をどうこうしようとして返り討ちにあってる気もするけどね。
ローズリットの話を聞いて、神獣様の山には近づかないでおこうと四人の話し合いで満場一致した。
この先管理者からそこに行けって言われることもあるだろうけど、当分先のことだろうな。今の俺たちだと滞在ができないし。
そんな危険地帯のことは忘れて、温泉を楽しみにしよう。この寒さだ温泉はさぞ気持ちがよいだろう。
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