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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
76/224

76 南へ出発

 結界張り直しの協力を始めて二週間経過したその夜、いつものようにローズリットの二時間授業が始まる。だが途中からいつもと違うことになった。


「さあ今宵も空間魔法の講義を始めましょう。順調とは言い難いけど、その方がじっくりと教えられてやりがいがある」

「物覚えの悪さを喜ばれるのか」

「物覚えが悪いということはないわ。ごく普通のペースよ。習得が難しい魔法だから、時間がかかるの」

「時間魔法の方は空間魔法ほど苦戦してないけど」

「あっちは風と水の大精霊の加護っていう後押しがあるもの。常人より習得が早くなって当然」


 ああ、加護があったか。だったら空間魔法の方の苦戦は納得だ。

 時間魔法の習得の早さは、地球で時間経過による変化とかをテレビで見ていたからイメージしやすかったからって思ってたよ。

 ローズリットが俺の背後に移動して、後ろからくっついて講義を始める。この体勢はたしかあすなろ抱きって言ったはず。

 毎回思うのだけど、こうしてくっつく必要があるんだろうか? 自分がくっつきたいだけじゃなかろうか。

 好意という感情を表すようになったローズリットは綺麗に見えるようになった。だからこうした接触は男としては嬉しいのだけど。

 そんなことを考えていると、毎回小さく笑う声が耳をくすぐる。内心がばればれなような気がして恥ずかしいやら自身の単純さが情けないやら。

 咳払いして講義に集中しようと意識を切り替えたとき、管理者が現れた。


「あ、久しぶり」

「お楽しみのところ邪魔して悪いね」

「……これが管理者」


 ローズリットの警戒した声が聞こえる。


「用件を伝えたらすぐに帰るから、そんな怖い顔をしないでくれ」


 どんな顔かと横を見ると、ここ最近よく見る穏やかな顔だった。


「お前には怖いところを見られたくないようだな。放浪書獣と呼ばれた存在が変わったもんだ」


 面白そうに管理者が笑い、すぐにその顔に黒い渦が飛んでいき、管理者はなんでもないように手で叩き落とす。

 それを見てローズリットが小さく舌打ちした。


「すまんすまん。さっさと用件を伝えるか」

「次はどこなんだ?」

「南だ。ラムヌの北部にまた十日ほど滞在してくれ。期限は今日から二ヵ月先まで。王都から馬車でまっすぐ南に行けば二十日もかからない位置だから、今回も余裕だろう」


 パーレに戻るつもりだったけど、予定変更だな。ついでだし、このままラムヌから西に行って砂漠を通ってパーレに帰るかな。


「わかった。前回から少し間が空いたな。今後もたまにこんなことがあるのか?」

「実はアッツェンでも淀みはあったんだよ。でも俺が言わずとも来ていたから、そのまま言わずにすませた」

「あ、そうだったんだ」

「たまに期間が空いたら、同じだと思ってくれ」


 俺が頷くと、管理者は姿を消した。

 同時にローズリットの気配が緩んだ気がする。

 講義をする気がなくなったということで、俺はそのまま抱きつかれたまま、夢の中を漂う。

 ローズリットは満足といった雰囲気を放っていたけど、俺は暇なんでなにか話題がないか探し、ローズリットの作り手のことを尋ねる。

 彼女は二千七百年前のヒューマであり、錬金術師の家系に生まれたそうだ。薬作りを専門にしていた家系だったそうだが、彼女は道具作りに才を発揮した。跡継ぎはすでにいたようで、彼女は好きなことを学べるよう手配されて、その才を伸ばしていった。

 ローズリットのように、この世に残る作品が二つほどあるようだ。一つはパーレの王城の宝物庫に、もう一つはパーレ西部に古代の建築物として機能を停止した状態で存在しているそうだ。

 そういったことを聞いているうちに、眠る時間がきて俺は抱き着かれたまま意識を閉ざしていった。


 翌朝、朝食の場で三人に話があるからあとで部屋に来てくれと頼む。

 朝食後に部屋に来てくれた三人にラムヌ行きを告げる。


「昨日の夜に神様からラムヌに行ってと依頼があった。行き先はラムヌ北部で、期限は二ヵ月。というわけなんでここの仕事をきりのいいところで終わらせて出発しようと思う」

「俺とイリーナは一通り点検が終わって、専門家と交代して警備に協力しているからいつでも問題ないぞ」


 ダイオンはすぐに頷いたけど、イリーナは疑い半分といった感じ。神様からの指示って言われてもすぐには信じられないよね。それでも勘のこともあってか反対はしないでいる。


「こちらはもう少し時間がかかると言っていました。あと五日くらいでしたか」


 シャーレが確かめるようにこちらを見てくるので頷く。研究者たちの会話ではそんなところだった。一日に手伝う時間は二時間くらいと短いけど、日数がかかるらしいのだ。


「だったら六日後に出発の予定でいればいいな」

「うん、そのつもりでいてほしい。フーイン様にも出発を伝えておかないとね」

「フーイン様にも神様からの依頼だと伝えるの?」


 そう聞いてくるイリーナに首を横に振る。

 加護を与えてくれた大精霊からの依頼だと、フーイン様には言うつもりだ。その方が納得しやすいだろう。

 ダイオンたちは警備に向かい、俺とシャーレはフーイン様に会いに行く。

 警備として部屋の前に立っていた兵に、今入っても大丈夫か尋ね、許可をもらう。


「おはようございます」


 中に入って声をかけると、書類を見ていたフーイン様が顔を上げた。


「おー、リョウジか。おはよう。なにか用事か?」

「はい。近々王都を離れることになったので、お知らせに来ました」


 フーイン様は一瞬きょとんとして、すぐに何でだと言いながら椅子から立ち上がる。


「待遇が悪かったか?」

「いえ、待遇とかではなく。ラムヌに行く用事ができました」

「どうしてまた急に」

「昨日の夜中に加護をくれた精霊がラムヌに行ってくれと」

「大精霊か。そういった存在の頼みなら、行かなければなにがあるかわからないな」


 はあーっと大きく溜息を吐いたフーイン様は椅子に座る。


「このままうちで雇い入れることができるかもと思っていたんだけどな」

「精霊からの依頼がなくても、あと一ヶ月もしないで出て行っていましたよ。そろそろ自由な旅が恋しくなってきた頃ですから」


 いつまでも手伝う気がなかったのは本当のことだ。どんどん各地から人材が集まり、俺たちの手伝いはいらないなと思い、パーレに帰ることを考え出していたのだ。


「いつここを発つんだ?」

「結界の方があと五日くらいで終わると聞いているんで、それまではいます。だから六日後に出発の予定ですね」

「任せた仕事は最後までやってくれるんだな。助かるよ。出発までに報酬を準備しておかないとな。ぶっちゃけると現状全額金銭での支払いは厳しくてな。宝物庫からなにかしらの道具や武具を選んでもらいたい。それにプラスして二ヵ月くらいの旅費といった感じだと助かるんだが」


 宮殿と周辺建築物の修理や避難した人たちにかかる食費といった復興にお金が必要なのは理解できるので、価値のある品でいいと思う。


「俺はそれでいいですよ。シャーレの分は俺と一緒にいただけるでしょうから、ダイオンとイリーナに夕食頃聞いておきます。たぶん大丈夫だと思います」

「助かるよ、目録を準備しておく。明後日には渡せると思う」


 用件を終えて、執務室を出て結界の修復に向かう。

 夕方前まで荷運びなどをやって働いて、自室でシャーレとのんびりとしていると帰ってきたダイオンたちから夕食に誘われる。

 食堂で夕食のキノコと魔物肉のピザを食べつつ報酬について話す。


「金がかかるのはよくわかるから、俺も物でいいな」

「私は途中参加だし、もらえるだけありがたいわ」

「じゃああとでそう伝えておくよ」


 食事を終えて、シャーレを先に部屋に帰して、フーイン様に報酬について伝え、俺も部屋に戻ろうとすると廊下でダイオンと会う。手をふいているからトイレに行った帰りかな。

 聞きたいことがあったからちょうどいい。


「あのさ、イリーナのシャーレを見る目が少しおかしくない? 怖がっているというか少し卑屈ってのかな」

「ああ、それはシャーレが怒ったからだな」

「シャーレがイリーナに?」

「そう巨大スライムを倒したあとのことだ。シャーレがお前の怪我した理由を知りたがってな。教えたらこうパーンとイリーナの頬を叩いたんだ」

「そんなことがあったのか」

「お前が怪我をしたのは撤退を拒否したせいだからな。結果的にはスライムは倒せたが、運が良かったからってのは誰でもわかる」

「そのことをイリーナは引きずっているのか」

「気にしなくていいさ。シャーレの方は怒りを発散させたし、お前が許しているからもう気にしていないし、イリーナも少しばかり引きずっているだけだ。二人が険悪そうには見えないだろ?」

「そうだね」


 この二週間で会話をしているところを見ているし、シャーレが憎々しげにイリーナを見ているということはなかった。若干イリーナの様子がおかしかっただけだ。

 

「イリーナは強くなることに邁進しすぎて、対人関係がちょっとおろそかになっている。だからひきずっているんだ。フォローは入れているから、そう遠くないうちに元通りだろうさ」

「そっか。俺からは特にフォローとかしないで大丈夫かな」

「許しただろ。あれで十分だ」


 ダイオンに任せれば安心ってことだな。強いし、物知りだし、フォローもできる。できた男だ。

 おやすみと告げて、部屋に戻る。

 針仕事をしていたシャーレをじっと見ると、不思議そうに見返された。笑ったところも泣いたところも見たことはあるけど、怒ったところは見たことがない。俺に怒るとしたら相当にやらかしたときだろうな。奴隷契約を解除して、ほかの人に売ったりしたら、怒るんじゃなくて泣く。いやしないけど。怒らせたいわけじゃないし、考えるだけ無駄か。

 

「その服はもしかしてイリーナの?」

「はい。洗濯していたら、少しほつれているところがあったので、直しています」

「そう、邪魔して悪いね」


 いえと答えてシャーレは視線を手元に戻す。イリーナの服の洗濯や修繕を特に何か思うことなくやっているのを見るに、本当にイリーナに対して怒りの感情はないな。

 シャーレに対して俺からフォローとかしないでいいや。下手になにか言うとこじれさせる可能性の方が高そうだ。

 この件に関して触れないことにして、本を取り出して読み始める。

 予定通りに結界の修復を終えたその日の夜。夕食も終えて、俺たちはフーイン様と一緒に宝物庫へと足を運ぶ。俺はシャーレに支えられていた。宮殿内ということで体調が悪くなるんだけど、宮殿の宝物庫には興味があるから留守番はしなかった。

 宮殿は修復が始まっていて、あちこちに足場が組まれていた。これから数ヶ月かけて修復することになるそうだ。

 

「宝物庫はスライムが宮殿を包んだときに荒れなかったんですか?」


 疑問に思ったことをなんとか聞く。


「あそこは厳重に囲んだ部分だからスライムが入り込む隙間もなかったね」


 フーイン様自身の目で無事を確かめたらしい。そこから美術品や宝石などを持ち出して、復興費用にあてていると教えてくれた。

 厳重な金属製の扉の部屋に到着し、その鍵穴や取っ手のない扉にフーイン様がポケットから取り出した指輪を当てる。するとガチンという音が扉からして、ゆっくりと扉が上がっていった。

 フーイン様が中に入り、入口の近くにあったベルを鳴らすと、響いていった音に触れるように明かりが宝物庫についていった。

 宝物庫はバスケットコートほどの広さがあり、吹き抜けの上階もある。


「まずはダイオンの剣からだな」


 こっちだと歩き出したフーイン様についていく。

 いくつもの武器が並ぶ区画に到着し、フーイン様は好きに選ぶといいとダイオンに言う。頷いたダイオンは剣を一つ一つ見ていく。

 並ぶ剣は特別な効果のあるものと、上質なものとで分けられていた。

 そんな中からダイオンが選んだのは、自己修復の効果を持つロングソードだ。もとから頑丈だそうで、その上で修復もできるということで一生涯使えそうな武器だ。使い慣れた武器がいつまでも使えるというのは、ダイオンたちのような強くなりたい者にとってはありがたい代物なのだろう。イリーナも羨ましそうにしていた。


「次はイリーナの鉱石だな」


 ラムヌに行くのだから、貴重な鉱石を使って予備の武器を作ろうと考え、鉱石にしたそうだ。

 鉱石が置かれている区画で、今使っている剣と同じくらいの質のものを選ぶ。


「じゃあ最後にリョウジとシャーレが求めたものだ」


 俺たちは錬金術の道具を求めた。最初はシャーレが俺用にと防具を主張していたんだけど、目録を見ていたらこれはと思うものがあり、防具ではなくこちらではどうだと提案したのだ。

 フーイン様が先導し、到着したところに一リットルくらい入る水差しが置かれていた。見た目はガラスの水差しで、今は空だ。


「魂液集器だ。これで間違いないな?」

「はい。これでお願いします」


 魂液というものを集めるために作られた道具だ。

 魂液というのは薬の材料として使われるもので、これを混ぜることで出来上がる薬のランクが上がるのだ。今俺たちは低品質のポーションしか作れないけど、これがあれば容易にランクが上のものを作ることができる。

 フーイン様が持っていた特別なポーションにも魂液が使われていたのだ。

 魂液集器は一日に一回分の魂液が溜まり、十回分を貯めておけるという代物だ。

 怪我や病気への対応力が上がるということで、防具を主張していたシャーレもこちらをもらうことに納得した。ついでに錬金術の勉強をして、上品質のポーションを常備できるようになろうというやる気も見せていた。

 このやる気があるなら、メイドだけじゃなく錬金術師としてもどんどん腕を上げていきそうだ。

 いつの日か、家事も戦闘も治療もできる万能メイドとして完成してしまうときがくるんだろうか。

 報酬を受け取って宝物庫を出る。ちなみに宝物庫に置かれていたこの魂液集器は予備で、宮殿の外にある研究者たちの施設にもう一つ置かれているそうだ。これだけだったら目録に載せなかったとフーイン様が言っていた。

 宝物庫の扉が閉められて、宮殿から出て宿に戻る。そこで旅費ももらう。


 翌日は午前中に出発準備を整える。食べ物とかは避難している人たちに必要だろうから、一日分だけ買った。あとは錬金術の本や医療の本を探して、昼食を食べて荷物を馬車に載せる。

 見送りにフーイン様や加護持ち組や顔見知りの騎士たちが来てくれた。


「四人とも世話になった。またこの国に来てくれ、今度は落ち着いて歓迎しよう」

「湖の町とか気に入っていますからまた来たいですね。のんびり過ごすにはいいところだ」

「うちの氏族の領地にもああいった場所はある。今度はそこを案内しよう」

「それは楽しみです。でもしばらくは王都で仕事でしょうから、先の話でしょうね」

「そうなるな。まあ、二年も王として働けば交代できるだろうさ」

「順調な復興と国内の鎮静の成功を祈っています」


 いつまでも話してても仕方ないので、ここらで切り上げることにして別れを告げて馬車に乗る。御者のダイオンがマプルイに出発の合図を出す。

 後部ドアは開けたままにして、見送り続けてくれている人たちに手を振る。

 しばらく進んでフーイン様たちが見えなくなり、後部ドアを閉めた。


「最初は行商の手伝いで来ただけなのに、そこからいろいろとあったなぁ」

「そうですね。まさか国の事業に関わるとは思ってもいませんでした」


 王族と会って、国内を巡ることになるとは。すぐに帰るつもりだったのに、思ったよりも長くアッツェンにいたな。

 王様に会ったり、神獣様に会ったり、四英雄に会ったり、この国では普通に旅をしていたら会うことのない存在に会ってばかりだ。

 そうなる運勢だったのかなとこの数ヶ月を振り返っていると、シャーレとイリーナが何でもないことを話し出した。

 その会話はシャーレが母のような姉のような、そんな頭が上がらない感じをさせるものだった。以前からイリーナに私生活面で小言を言っていたけど、怒ったことで関係が決定づけられたのかねぇ。

 イリーナはやりづらさを感じていそうだけど、反感とかはなさげだからこのままの関係が続いていくのかもしれない。

誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] シャーレ「そこ! きちんと○○するっ!!」 イリーナ「イエス! マム!!」 ……と、こんな感じ(新兵と鬼教官)になってしまったりして。
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