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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
73/224

73 意味不明

 全員で一階に降りて、部屋の端に置いてあった籠からリンゴを一個手に持って、小声で魔法を使う。

 水分がリンゴから抜けて床を濡らす。手に持っているリンゴの表面にしわができている。


「やれそうだな。皆っ聞いてくれ」


 水分が減ったリンゴを見てからフーイン様が対策本部にいる人たちに声をかける。注目が集まり、俺の手からリンゴを取ってフーイン様は続ける。


「再度凍らせる策を行う。ただし凍らせる前に彼の魔法であのスライムを弱体化させる。このように水分を抜くことができる。スライムも同じように水分が抜けて縮んでしまえば、抵抗が小さくなるのではないかということだ。新たな対応策が見つかってない今、俺たちにできることはこれだと思うが皆はどうだ!?」


 反論異論を求めるように対策本部を見回すフーイン様。それに騎士や兵たちは少し考え込む様子を見せる。やがて騎士の一人が口を開いた。


「俺はやろうと思う。フーイン様が仰られたように、良い案はでない。ならばできることをやろう!」


 騎士たちは頷いて、フーイン様を見る。フーイン様も頷いて準備を告げた。即座に騎士たちは動き出す。

 俺たちは準備ができるまで自由にしていいということで一度馬車に戻り、シャーレに魔法を使うことになったと伝える。

 やはり心配そうだったけど、ダイオンとイリーナがいるから大丈夫と思う。絶対とは言い切れないから、油断も慢心もする気はないしね。それに危ないと思ったら一度退くつもりだ。


「自分の命が一番大事だしな」

「町の人たちには申し訳ありませんが、それを聞いて安心できました」


 シャーレはようやく表情を緩めた。

 この安堵を裏切ってしまうことになるとは、俺もダイオンたちも想像してなかった。あれだけ大きくても所詮はスライムと侮る考えがあったんだろう。野生の獣だって一度痛い目をみれば警戒するというのに。

 兵に呼ばれて対策本部にまた向かう。そこで作戦が説明された。俺が使う魔法は水魔法とは説明されず、弱体化の魔法とのみ説明されてフーイン様は約束を守ってくれた。

 王都が茜色に染まり始め、夕暮れという時間に行動が開始される。弱体化班は俺たちに大盾持ちが二名同行する。冷凍班は別のところからスライムに接近だ。

 スライムへの接近は、先の作戦と同じく建物を盾にして近づくことになる。

 建物から建物へ、身を隠しながら移動していき、スライムは俺たちに気づいた様子はなく動きを見せない。

 でも嫌な感じがする。スライムそのものに対して嫌な感覚なのか、スライムが起こす行動に対してなのかわからない。

 スライムまで約三十メートルという距離にまで迫る。壊れた建物の隙間から見えるスライムはもう壁にしか見えなかった。


「ここからはいっきに接近するわ。リョウジの準備ができたら行くわよ」


 イリーナが言い、俺たちは頷く。

 深呼吸して、詠唱を確認し、心が落ち着けてイリーナに頷こうとして地面のさらに下からも嫌な感じがするのに気づくことができた。


「地中に嫌な気配があるんだけど」

「地中?」


 すぐに反応したのは俺の感覚について理解しているダイオンだ。地面に耳を当てて、地中の様子を探る。


「なにかが動いているような音はしていない。でも勘が地中を示しているのは確かなんだな?」

「うん」


 ダイオンは騎士たちに、ここらに地下室があるのか尋ねる。

 騎士たちは首を振って知らないと返した。


「地下室にスライムがいるだけじゃないの?」

「リョウジの嫌な勘は当たる。スライムがいるだけってわけじゃないと思う。なにかリョウジにとって不都合なことが起こる」

「そう言っても地下室を探してそこにいるスライムをどうこうする時間はないわよ? 凍らせる方を待たせるわけにはいかないし」

「俺としては一度退くことを勧める。勘を無視してトラブルに巻き込まれた。無実なのに牢屋に放り込まれたことがある。退いて地中を調べた方がいい」

「私はこのままやってしまいたい。リョウジも退く方よね」


 聞かれ頷く。嫌な予感を無視するのはできるだけ避けたいのだ。

 イリーナは騎士たちにも聞いて、このまま予定を変更せずに進むという返事を引き出す。三人は俺の勘について知らないから、ただの勘だと思っているんだろうな。俺だって、誰かが勘が鋭いって言っても素直に従うかというとそうじゃない。

 多数決だと負けだ。だからといって進むのはな。


「策の要であるあなたに退かれると困るから、私が地中をどうにかするわ」


 できるのかとダイオンに聞かれ、イリーナは頷き、俺に嫌な予感はどこからしてくるのかと尋ねてくる。

 おおよその当たりをつけて、場所を指さす。


「私にスライムの注目が集まるだろうし、その隙に魔法を使って。いいわね?」

「なにをするのか聞かせてくれ」

「魔法で地中を攻撃するの。普通は町中で使うようなものじゃないんだけどね」


 そうダイオンに答えるとイリーナは片手を掲げた。


「ラド。岩石集いて、形と成す。振り下ろすは巨人の剣!」


 周囲の壊れた石畳や壁から石材がはがれて、上空で大雑把な剣となった。大きさは全長十メートルほどか。幅も相応にあり、それが俺の指定したところへと落ちて突き刺さった。

 石畳が壊れ、その下の土が飛び散る。その中にあのスライムと同じ赤色が混ざっていた。

 それで俺たちの居場所がスライムにばれたのだろう。つるりとした触手が俺たちへと伸びてくる。

 すぐにダイオンが前に出て、武器に雷をまとわせた。その後ろを大盾持ちが走り、大盾持ちの後ろを俺とイリーナが走る。


「これで地中に嫌な気配はなくなったでしょ! あとは本体を叩くわよ」

「いや、なくなってない」

「え?」


 依然として嫌な感じはあるのだ。でもこうなったら事前に決めてあったように動くしかない。

 ダイオンが触手を斬り飛ばす。大盾持ちにも触手は伸びたが、体全体を隠せる盾を全面に出しているため、盾の表面で触手は弾かれていた。おかげで俺たちには触手は届かない。

 剣を抜いたイリーナが大盾持ちの横を走り抜けて、ダイオンの隣で剣を振るう。

 スライムとの距離がさらに縮まり、五メートルほどまで来て、俺も盾の背後から飛び出す。

 左手を伸ばし、スライムの表面に手のひらが触れ、消化しようとしているのかジリッとした痛みが感じられた。


「ヴァス。流れ出ろ、流れ出ろ、流れ出ろ。命の水は体内に留まることはできずっ」


 手の痛みに顔を顰めつつ、詠唱を行い、魔法を発動させる。

 とたんにスライムが大きく揺れた。その巨体故にスライムのみならず、地面が振動している。

 スライムから手を放して、見上げようとしたとき、ダイオンが焦った声を上げた。


「リョウジ! 下だ!」

「やっぱりか!」


 警戒を下にも向けていたダイオンが言った直後、地面から触手が五本飛び出してきた。


「なんの!」


 咄嗟に体をひねって一本避けることに成功する。さらに迫ってきた一本は右手に持っていた棒を振って弾いた。さらに追撃として三本の触手が迫る。なんとか棒をもう一度振って二本に当てることはできたけど、一本は胴を強かに叩く。それによって体勢が崩れよろけてしまう。だが五本を対処できたと、小さく安堵したところで、新しく三本の触手が地面から現れた。

 よろけているところに、その三本の追撃は俺には対処不可能で、三本の触手に捕まり建物より高く投げ飛ばされた。回転しながら見えたのは俺よりも高い位置から振り下ろされた太い触手だ。

 回転していては防御もままならず、なにかしらの魔法を使う余裕もなかった。

 そのまま触手に叩き落とされて、迫る地面から目をそらすこともできず、勢いよく地面に叩きつけられたところで激痛に耐え切れず俺は意識を失った。


 ◇


「リョウジ!」


 縮むスライムなど見もせずにダイオンはリョウジに近づき、ぐったりとうつ伏せのまま動かない亮二に駆け寄る。

 地面から出ていた触手を斬ったあと、亮二の容態を診る。

 こういったとき大きく動かしては危ないと知っていたダイオンは、焦りながらもゆっくりと亮二を仰向けにする。

 ぐたりとした亮二は目を閉じたまま口の端からは血を流していた。呼びかけにも反応を見せず、ダイオンの焦りは増すばかりだ。

 そこにイリーナから声がかけられる。イリーナも亮二のことは心配だが、触手を放置もできず、ダイオンを呼ぶ。


「ダイオン! 触手が来るっ。自分に大打撃を与えたリョウジを一番の脅威だと判断したみたい!」


 ダイオンが亮二からスライムへと顔を向けると、半分とはいかないがかなり縮んだスライムからこちらへと百に近い触手が伸びてくるところだった。


「ちぃっ!」


 ダイオンは舌打ちして急ぎ剣を構える。これ以上亮二になにもさせるものかと剣を構える。

 そのとき背後から誰かが動く音がした。もしかしてと振り返ると亮二が起き上がっていた。


「動くな! それだけの怪我だ、無理するとあとに響くぞ!」


 意識を取り戻したことは嬉しいが、じっとしていてほしいと告げる。だがそれに『亮二』は答えることはなかった。かわりに一度聞いた声がダイオンの耳に届く。


「よくも我が子を痛めつけてくれたな」

「お前!?」

「この借りはすぐに返させてもらう」


 目に光を宿さずにスライムを見る亮二の口からはローズリットの声がしていたのだ。


「お前がなんで!? 乗っ取ったのか!?」

「問答している暇はない。触手が迫っている。我が子が大事なら今度こそ守れ」


 ローズリットが言い、ダイオンは意味がわからないまま触手に意識を戻す。


「それでいい。とりあえず傷を治療しよう。水魔法ヴァスと風魔法ヴィント融合」


 ローズリットは右手には水を生じさせ、左手には風を生じさせ、両手をパンッと叩く。


「時間魔法ティム。戻れ、変わってしまったものはあるべき姿へ」


 自身に魔法をかけ、流れ出ていた血が口の中へと戻っていき、地面に叩き落されたときについた汚れも綺麗になっていく。

 怪我などどこにもなくなったローズリットは、愛おしそうに体に触れて、スライムを睨みつける。


「火魔法レーメと地魔法ラド融合」


 今後は左右の手に火と土を生じさせて、両手を叩く。そして右手をスライムに向けた。


「空間魔法ペッス。汝の空間は我のもの、動くこと禁ず」


 とたんにスライムの動きが止まる。柔らかそうな体が震えることなく、触手の一本すら動くこともできずにいる。

 イリーナや大盾持ちの騎士は突然の停止に驚いている。ダイオンはスライムが止まったことをローズリットの仕業と確信していた。どのように止めたかはわからないが、こんなことをできるのはローズリット以外にいないのだ。

 突然動きを止めたスライムに、離れたところにいた冷凍班は疑問を抱いたが、今のうちだと表面を凍らせて、せっせと削っていく。もともと亮二が大打撃を与えて、冷凍班への注意は向けられていなかったので、彼らの消耗はゼロだった。おかげで作業はスムーズに進み、少しずつだがスライムは削れていく。

 

「……加護を受けていない魔法の融合は魔力の減りが大きい。これ以上は我が子に無理をさせられないな。そこのダイオンと言ったか」


 魔力の減り具合に表情を歪めて、ローズリットはこれ以上の魔法の行使を諦める。

 声をかけられダイオンは警戒したように「なんだ」と返す。


「我が子に体を戻すが、意識はしばらく戻らないだろう。丁重に寝床に運ぶように」

「言われずともそうする。だが体を返す前に、スライムになにをしたのか説明がほしいんだが?」


 もっと聞きたいのは我が子ということだが、それは訳がわからなすぎて聞く気もなかった。魔獣独自の価値観からくるものだろうと理解を放棄したともいえる。


「夢の中で我が子に説明しておく」

「そうか。これだけは聞きたい。スライムはいつまでこのままなんだ?」

「一時間程度だ」


 それだけ言うとローズリットは近くの壁を背もたれにして座り、目を閉じた。体から力が抜けたように、亮二の体はゆっくりと倒れていく。地面に横たわる前にダイオンが支えて、抱きかかえた。


「俺はリョウジを馬車に戻す。イリーナは冷凍させている奴らに一時間で動き出すと伝えてくれ」

「わかった。でもなんだったの?」


 イリーナにはローズリットが亮二の体を操っていると確信を持てなかったのだ。

 騎士たちがいるこの場で本当のことを言うわけにはいかず、ダイオンは遠回りな言い方をする。


「リョウジを守る精霊が一時的に体を動かしていたんだ」


 それでイリーナは納得したように頷いた。

 ダイオンは馬車へと走り出し、イリーナは騎士たちにフーインへの報告を頼んだあと冷凍班のところへと向かう。

 イリーナから制限時間を知らされた冷凍班は、ペースを上げて核があるであろう中央部位まで削りきった。これにより一時間後にはスライムは体の五分の二を削られた。また核に当たる部分も削れたようで、死ぬことはなかったが、巨体の維持はできなくなり、十ほどのスライムに分かれた。そのスライムたちは凍らされて砕かれて、大きな壺に閉じ込められた。そこまでの作業で深夜になっており、壺に見張りをつけて騎士たちは休む。そして翌日、スライムたちは炉に放り込まれて高温で焼かれることになる。



 亮二は意識を失ったその後の様子を見ていた。

 映画館のようなところで椅子に座り、大スクリーンに映る一人称視点の映像でローズリットの言動を見ていたのだ。

 そして思いっきり困惑していた。


「我が子ってなんだよ」


 一人だけの映画館に亮二の声が響いた。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 意味不明って、そういう事か。 リョウジが倒れて起きると 緑服の大魔道士みたいな強さを見せて遠くからでも 周囲に完全に霊人と気づかれたような気がする。
[良い点] 我が子ってなんだよ [気になる点] 我が子ってなんだよ [一言] 我が子ってなんだよ
[一言] ローズリットがデレた 変わりすぎてて周りがついていけてない 亮二を含めて ローズリットとの関わりがどうなるのか楽しみです
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