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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
70/224

70 依頼の終わり

「見物は大丈夫ですか?」

「かまわんよ」


 リンドーさんに許可をもらい、一緒に家を出る。

 全員で裏庭に移動し、俺とシャーレはマプルイの世話をしつつ見物しようと、櫛などを馬車から取り出す。

 最初はイリーナからのようで剣を抜く。いいのかと思ったけど、リンドーさんがまったく動じてないんで問題ないんだろう。

 

「きなさい」


 リンドーさんがちょいちょいと指を動かし、模擬戦の開始を告げる。

 すぐにイリーナが動いて剣を振る。それをリンドーさんが最小限の動きで避けていく。たまに剣が当たりかけるときもあるけど、リンドーさんは手のひらで軌道をそらしたり、拳で弾いたりして、有効打は入らなかった。リンドーさんの手には傷の一つもついていない。

 イリーナの動きは速いのだけど、リンドーさんの動きは遅いというか俺の目にも見える。それなのに攻撃は一切当たらない。漫画で見るような動きを実際この目で見ることができただけでも、ここについてきてよかったと思えた。

 五分ほど攻撃していたイリーナは、たまに頬や肩や腹に軽い反撃を受けて、判定を下すなら劣勢といえる状態だった。

 大きく下がったイリーナは剣の切っ先を地面に少しだけ刺す。


「大きいのいくよ」

「こちらも相応の技で迎え撃とう」

「ルーク。闇を纏え」


 地面から闇が生じ剣にまとわりついていく。地属性から派生する闇属性を使って、イリーナは刃を黒く染め上げた。

 対するリンドーさんは腰を落とし、右の拳を引く。


「スー。凍れよ、拳。砕けぬものはなし」


 リンドーさんの右の拳が白い煙をまとう。

 イリーナが前に出て、黒い軌跡を生み出しながら振り上げた剣を上段から振り下ろす。それに対してリンドーさんは黒い刃へと白い拳を突き出した。


「シャドウブレード!」

「凍れる拳」


 技となった刃と拳がぶつかり合い、甲高い音が周囲に響く。その直後に軽い衝撃波が俺たちの体や周囲の建物などを叩いた。その衝撃で少し驚いた様子のマプルイをシャーレと一緒に落ち着かせる。

 負けたのはイリーナの方だった。闇を散らされ弾かれた剣を離さなかったことで、体勢が崩れて隙だらけだ。

 リンドーさんは拳を突き出したままで、追撃しようと思えばできただろう。


「参りました」

「うむ。闇魔法の収束が甘かったな」


 甘かったのか。俺から見てぶれなんかなかったよ。

 イリーナさんはほかに動きのまずさを指摘されて、ダイオンと交代した。


「イリーナのあとで拙い動きを見せるのは恥ずかしいですね」

「強制的にブランク期間ができたのだから仕方ないだろうさ。この一戦を糧としてほしい」

「必ず糧にしますよ」


 剣を両手で持ったダイオンが突っ込んでいく。

 展開はイリーナのときと似たようなものだ。リンドーさんがすべて避けて、たまに軽い拳を当てていく。拳を当てる回数もイリーナより多い。

 最初から全力で動いたためか、ダイオンは五分ともたずに肩で息を始めた。


「おぬしには技はあるか?」

「あります。でも練度はまだまだですよ」


 これまで技を見せなかったのは、未熟なそれを使うよりも普通に攻撃した方がいいからかな。


「それでもいい、見せてくれ」


 頷いたダイオンは深呼吸して息を整えて、リンドーさんから距離をとった。


「本当は火魔法でやるんですけど、雷の方でやります。ニング。はしれ稲妻」


 ダイオンの大剣に稲妻が絡みつく。

 リンドーさんはさきほどと同じ魔法を使って構えをとる。

 駆けだしたダイオンは力強く地面を踏んで、大きくジャンプした。そして大きく剣を振りかぶって、振り下ろす。


衝雷落撃しょうらいらくげき!」

「凍れる拳」


 落下と自重のすべてをもって叩きつける剣と振り上げた拳がぶつかった。

 負けたのはダイオンだ。イリーナと違って剣を握り続けるのは無理だったようで、剣は離れたところに落ち、ダイオンも背中から地面に落ちた。

 少し咳き込みながらダイオンは立ち上がる。


「お前さんは本当にブランクが足を引っ張っているな。判断と予測はできているのに、体がそれについていっていない」

「ええ、その通りです。でもイリーナと模擬戦をやれるおかげでどんどん昔を取り戻せています。この調子でやっていけば一年くらいで以前よりも強くなれるでしょう」

「そうなれば、あの子も喜ぶだろう。あの子のことをよろしく頼むよ」

「わかりました。イリーナが満足できるように強くなります」

「できれば戦闘だけではなく私生活でも支えてやってほしいが」


 イリーナがどういった反応をするかとシャーレと一緒に視線をそちらに向ける。きょとんとしたイリーナがいた。

 私生活でもということは、恋人とか夫婦にといったことだと思うけど、反応が薄いな。この反応ってことは、距離感がわかってないが故に近いってことか? でも好感度は高そうだから、今後はくっつくかもしれんね。

 ダイオンのイリーナへの対応が落ち着いたものだったのは、懐かれただけだとわかっていたからなのかな。無知を利用するような悪い大人じゃなくてよかった。


「今のイリーナは競う合う相手がいて嬉しいってだけでしょうし、そこらへんは自身で気づかないと、俺からはどうにもできませんよ」

「そうみたいだな」


 気が早すぎたとリンドーさんは前言を撤回し、仲良くやってほしいと言いなおした。


「親のような立ち位置ですね」

「小さい頃から接しているし、私には妻子はいない。だから娘のように思っておることは否定せんよ。それに私に似て強さを追い求める性質だ。だからこのまま結婚せずに過ごしてしまいそうでな」

「顔は良いし、稼ぎもある。性格はちょっとばかり普通ではないですけど、そこらへんを包み込める男は探せばいそうですけどね」

「現状本人にその気がないから、一番近いお前さんに希望を持ったのさ」

「近い男っていうならリョウジもいますけど」


 おい、巻き込むな。


「あれは駄目だろう」


 目をつけられなくてよかったけど、すぐに駄目出しされるのもなんだかな。


「強さを求めてないってこともあるが、得体の知れなさがあってイリーナを近づけさせたくない。君たちの仲間じゃなければ最悪殺していた」

「怖っ!?」


 四英雄呼ばれる人に襲いかかられたら、なにもできずに死ぬわ。

 シャーレとダイオンがとっさに俺をかばうように動いた。


「言っておきますけど、現状リョウジとイリーナなら、リョウジを取りますからね俺は」

「君たちはあの気配を感じ取れないからそう言えるのだろう」


 ローズリットの気配を感じ取っていたんだろうか。達人だから? それとも魔獣との戦闘経験があるから?


「知っていますよ。そのうえで言っています」

「知っていてか」

「ええ、あなたが知らない事情を知っていて、それで近くにいるんです」

「……まあ事情を知らずに言ったことは確かだ。不快にさせたのなら詫びよう」


 俺たちに頭を下げてくる。殺気や悪意などもなく、ダイオンが警戒を解いたのを見て、俺も体から力を抜く。シャーレもあからさまに警戒はしていないけど、完全に気を抜いてはいない。


「うーむ。嫌われたようだな」

「そりゃそうでしょ。シャーレとダイオンの命の恩人だもの。そんな人を殺すって言われたら警戒しますよ」


 イリーナが言い、しまったなとリンドーさんは自身の頭をペシンと軽く叩いた。


「ほんとに事情を知らず、軽はずみなことを言ってしまったな。もっとも思わず言いたくなるくらいの気配なのだが」

「そんなにおかしな気配をしてますか? 今後も騒動に巻き込まれたりしそうですかね?」

「いろいろなものが混ざっている。混ざりすぎて一つの気配だが、注意深く探れば重なったように感じるだろう。そこそこ強いという程度じゃ、それは感じ取れんだろうな。イリーナくらいならば察知できようが」


 初めて会ったときなにも言われなかったんだけど……ああ、浮かれてたからか。ダイオンしか目に入ってなかったみたいだし、俺に何か言うことは無理だったろうな。

 イリーナくらい強い人ではないと感じ取れないなら安心だな。そうそういないだろう、あそこまでの実力者は。

 でもいるところにはいるだろうし、逃げ切れるくらいの実力か魔法がほしい。即座に効果を発揮するスタングレネードみたいな魔法をどうにか開発できないものか。それを開発しても、接近前に使えないと駄目だから、やっぱりある程度の実力も必要そうだ。

 いやそもそも自分にとって危ない相手がいるなら縁の能力が教えてくれるはず。少しは安堵できる材料があってよかった。でも鍛えることを止めはしないでおこう。いざってときに逃げられないのは駄目だしな。


「主様?」


 考え込んでいた俺の服をシャーレがちょいちょいと引っ張る。


「なにを考え込んでいるんですか?」

「達人にばれたとき逃げるくらいはできるようになりたいなって」

「私が足止めできるようになって主様が逃げられる時間を稼げるよう頑張ります」


 いやいやいや! そんな頑張りはやめてくれ。足止めになんてしないし、やりたくない。


「そのときは一緒に逃げるよ。置いてきぼりにはしないさ。逃走用の魔法を思いついたから一緒に考えよう」

「はい。ちなみにどのような魔法なのですか?」

「強烈な光と音を発生させる魔法。目と耳を潰せば逃げるのに有利になるだろうからね」


 ダイオンとイリーナはリンドーさんからまた指導を受け始めて、こっちはこっちでスタングレネードを魔法で再現するため話し合う。

 そのまま夕方になり、シャーレが夕食の準備を始め、同じように周囲の家からも炊煙が上がっていた。

 家主に許可をもらい、鍛錬をしていたところに風呂を作る。

 夕食の準備以外にも村人たちは村の中央に木を組んでいた。聞こえてくる会話から、木彫りの虎などを燃やすためのものだとわかった。近くの町からもらってきたという精霊の火も松明に移されて燃えていた。

 やがて日が暮れて、どの家庭も夕食が終わった時間に村人たちは木彫りの虎などを持って広場に集まってくる。広場の端には、この日のために準備した酒やつまみ、ジュースやお菓子が置かれたテーブルがある。

 リンドーさんを探しに行ったお礼なのか村人たちから宴へと誘われて、おやつに買いためていたビスケットやドライフルーツを提供しておいた。

 誘われたのはありがたかった。シャーレがリンドーさんに気を許しておらずまとう雰囲気が堅かったので、気晴らしになったのだ。

 村長と思われる六十歳くらいの老人が挨拶のため燃え盛っている炎の近くに立つ。


「皆、この一年よく働いてくれた。大きな問題なく過ごせたのはとても喜ばしい。最後の最後に少しばかり問題が起きたが、大事にはならずにすんでよかった。今宵は楽しんで、新たな年を迎えてくれ。では神獣様に感謝の祈りを捧げて、宴の開始だ」


 村人たちは祈りを捧げて、炎に木彫りの虎などを入れていく。そのときに感謝の言葉を口にしていた。

 すぐに村人たちは騒ぎだす。楽器を持ち出して演奏し、それに合わせて踊る若い人の姿も見えた。中年やそれ以上の人たちは踊ることはせずに酒やジュースを片手にお喋りに興じている。

 リンドーさんも村人たちと話していて、ダイオンとイリーナもその会話に加わっている。俺とシャーレはベンチの代わりに置かれている丸太に腰掛けて、宴の光景を眺めている。

 シャーレがこっちに顔を向けて口を開く。


「一年が終わります。今年の始めはこんなふうに元気に過ごせるなんて思っていませんでした」

「俺もいろいろあったわ」


 死ぬとか想像してなかった。ましてこうして異世界にくるなんてな。異世界に来てからも奴隷を持ったり、魔獣を所有したり、そのほか様々だ。


「主様には本当に感謝しています。病気のこともですが、大事にしてくれていること、いろいろなところに連れて行ってくれて、いろいろなものを見せてくれて、いろいろなことをできるようにもなりました」

「最後のはシャーレ自身の努力の成果だからね。本人にやる気があるから、できることが増えた。その増えたことで俺を助けてくれて、ありがたいよ」


 感謝の思いを込めてシャーレの頭を撫でる。嬉しそうに撫でられるままだ。


「旅を始めてまだ半年くらいか。これからもあちこちに行って、いろんなものを見ることになる。それが楽しいものばかりだといいな」


 たしか旅を始めるときにも同じことを言ったな。それに気づいたのかシャーレは笑みを深くする。


「私も楽しみです。そして今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそだ」


 宴は続く。催し物などない簡素なものだけど、一年の終わりだからこれくらいの賑やかさでちょうどいいかな。そして炎が消えてお開きとなる。

 村人たちは火の後始末をして、それぞれの家に帰っていく。

 俺とシャーレも風呂に入ったあと馬車に入る。ダイオンとイリーナはリンドーさんの家に世話になるようで、久々に二人でのんびりと過ごすことになった。


 リンドーさんに別れを告げて、フーイン様たちと合流する。町は新年を迎えて、今年も頑張るぞといった活気にあふれていた。

 俺たちも魔法の無事成功のため気合を入れて、次の予定地に向かう。

 魔法の発動は順調に進んでいく。暴れる魔物を退治したり、町のお偉いさんが悪事を行っていてフーイン様が解決したりというトラブルはあったものの、反体制派や残党による大きなトラブルはなかった。

 誰もがこのまま順調に終わると考えて、最後の予定地に到着する。王都を出発して三ヶ月が過ぎており、そろそろ四ヶ月といったパーレならばそろそろ春の接近が感じられる時期だ。

 

「魔法発動だ!」


 フーイン様が合図を出して、俺たちは最後となる魔法を発動させる。慣れたので魔法使用に躓くこともない。

 風は勢いよく、最初に魔法を使った場所へと吹いていく。

 フーイン様がファロント爺さんたちに緊張した顔を向ける。ここまで来て失敗など起きてはたまらないだろうから緊張しているんだろう。陣や魔法で起きている風を調べていた研究者たちは、大丈夫だと声に出した。

 頷いたフーイン様は真剣な表情から一転し、表情を笑みへと変えた。


「諸君! 計画の第二段階は無事終了した! あとは各地で薬をばらまいて国内に循環させるだけだ。長期間の計画への従事ご苦労だった! これより我らは王都へと帰還し、陛下に終了を報告する。帰る準備を開始せよ!」


 ようやく帰ることができると、喜びをにじませた大きな返事が上がる。

 数ヵ月ぶりの王都、そこでこれまでおとなしかった残党の暴挙を俺たちは目の当たりにすることになる。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] ロリメイドなんて性癖を押し付けてるから そんな奴は許せない。 とか言われたらちょっと擁護が大変だったかも試練。
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