67 種
「今後もやりたいようにやるなら、まだまだトラブルが集まるかもしれないのね。楽しそうな旅になりそうよ」
聞きたいことも聞けたしとイリーナさんは言って立ち上がる。トイレに行って寝るということで、俺たちも寝ることにした。
イリーナさんの部屋は俺たちと同じだ。四人部屋を三人で使っていたので、ベッドが一つ余っているのだ。
フーイン様たちがトライヘッド討伐から帰ってくるまでに、イリーナさんと一緒に生活する。その間にわかったことがある。
それはイリーナさんの生活力の低さだ。服を脱ぎ散らかしたままだったり、私物を片付けられなかったり、金勘定のいい加減さだったりと、戦っていたときには見られなかっただらしない一面がこれでもかと発揮された。
一回りは年下のシャーレにやんわりと小言を言われるところを見て、俺はイリーナさんを呼び捨てにすることに違和感をなくしていた。
帰ってきたフーイン様がイリーナさんが同行することを聞いて驚くことになるが、私生活のだらしなさを知ってさらに驚くことになるのだった。
◇
循環の魔法の使用が順調に進んでいる頃、アッツェンの王都では残党や反体制派に対する取り締まりが活発になっていた。
フードの男といった不審人物の捜査、同じような人物がほかにもいないかの調査のため、ロンジーたちは表立って行動している。
狸と狐とオウムのニールに尋問を行って、その際に取り上げたものがある。それはポケットに入っていたドングリのような木の実だ。
これに関して聞いたとき三人はなにも答えることはなかった。
その後、返還せず研究者に渡して、調べてもらいわかったのは人の精神に作用するものということだ。おそらくと前置きがついて、これを壊せば各所で百人以上のパニックが起きるだろうという報告があった。
木の実についての情報を持って尋問官は集められた三人のところに行く。情報が書かれた書類を机に置いて、指でトントンと叩いて目の前に座る三人に問う。
「研究者からの報告だ。このようなものをどうしてポケットに入れていたか聞きたいものだ。これは自然のものではなく作られたものだ。それを三人が持っていたというのは偶然ですませていいものではない」
「知らぬよ」
ずっと拘束されたままでくたびれた服の狸のニールがすっとぼけ、ほか二人も同じ反応をみせる。
「ここまで知らぬ存ぜぬを通してきたのだから、その反応は予測していた。だからお前たちの知らない情報も持ってきてやったぞ。それを聞いても同じ反応を見せることができるか楽しみだな?」
「勝手に楽しみにするがいい。我らはなにも知らない。だからさっさと解放してもらおう。拘束したままでは氏族の長が許しはせんぞ」
「氏族の長や貴族たちには陛下から詳細な連絡がいっている。疑われていることが不快だと言って、しっかりと調べて疑いを晴らしてくれと拘束に同意した」
長たちは仲間を信じていて、なにもしていないのだから解放しろと主張するのではなく、潔白を証明してもらう方向で動いたのだ。
それを聞いて三人は苦々しい表情となった。
「その表情は、解放されないからか、長たちの信を裏切ったことか、どちらなのだろうな?」
尋問官はそう言いながら、研究者から提出された資料を三人の前に置く。
そこには木の実について、もう一つの作用が書かれていた。
「読めるか? その木の実は所有者自身にも作用するのだそうだ。お前たちが操られていた可能性がある。自分の意思で動いていたかもしれないが、本当は他者の都合よく動いてた。その可能性を知ってどうだ? 操っていたと考えられるのはお前たちが気づかなかったフードの男だ」
以前亮二が木の実を指して、狼人間に変身したメイドと似ていると感じていた。あれは誰かを変化させることについて示していたのではなく、メイド自身が教育によって精神を歪まされていたという部分で似ていると感じていたのだ。亮二本人も明確にわかっていない部分だったので、説明で詳細を語れなかった。
「嘘だ。我らを貶めるため都合よく書かれた書類だろう」
「狐のとオウムのはそう言うかもしれんな。だが狸の、お前さんはどうだ? 少しでも違和感を感じていたであろうお前さんは」
聞かれ狸のニールは思い出すことがあった。それは密会に使った部屋のことだ。なぜ普段使う場所ではなく、あそこを使ったのか。その疑問は狸のニールの中に棘として残っていた。
狐とオウムのニールが、黙って考え込む狸のニールに戸惑いの視線を向けた。
「正直疑問に思うことはある。私たちが拘束されることになった原因。そのときに使った部屋をどうして話し合いの場所として選んだのか」
「なにを言っている、狸の! あそこを使うことにおかしなところなどないだろう」
「そうだ。偶然、別の部屋を話し合いの場として使うこともあるだろうさ」
「偶然。たしかにそうなのかもしれないが、妙にひっかかるんだ。あそこはひっそりと使うのに適した場所。あそこを使うことでむしろ怪しんでくれと言うようなものじゃないか。私たちは後ろ暗いことをやっていたわけではない。なのになぜ隠れるようにあそこを選んだ?」
狸のニールはなぜだと自問する。
反体制派と名乗り出る気はない。それは結果がでるまでそのつもりであり、そのためには怪しまれない行動をする必要がある。それがわかっているのに、怪しんでくださいと主張するような場所を選んだ理由がわからない。
(私たちにとっては都合の悪い場所だが、監視されていなければ隠れるのには適した場所であり、隠し通路に近い場所。私たちは覚えがないが、本当にフードの男がいたのだとしたらひっそりと宮殿の出入りを行うのに適した場所)
その考えが思い浮かんだとたん、ひもづけされたように一つの記憶が引っ張り出された。
それは声も動きもない一場面、自分たちがテーブルに宮殿の地図を広げて、宮殿の外に繋がるであろう隠し通路を指差しているところ。
この記憶は反体制派として動く際に荒事が必要とされた場合、王たちにばれないよう宮殿に味方戦力を入れる方法を探していたときの記憶。ここが隠し通路ではないかと三人で話し合っている場面、その片隅に等身大の黒い影があった。
(あのときは私の部屋を話し合いの場に使った。部屋にこのような影ができるか?)
疑いを持ち、身を隠すような影に注視する。注目したことで影は薄らいでいく、するとそこにはフードで顔を隠した誰かが現れた。
「誰だ? あれは誰だったんだ」
黙ったままった狸のニールがいきなり口を開き、戸惑い疑問を発したことで尋問官たちの注目が集まる。
「狸の、なにを言っている」
「私たちが話し合いをするとき、たしかにフードの男がいた。あれは誰だ?」
「話し合いをするときはいつも三人だったろう?」
「違う。いたんだ」
引き出したい反応を得られたことに尋問官は内心頷く。
狸のニールを残して、狐とオウムのニールは各々の部屋に連行させられていった。
「こちらとしてもその男について知りたい。どこの誰で、どうして宮殿にいたのか、どうやって出入りしていたのか。聞かせてもらおう」
「そのようなこと、こちらが知りたい」
「ふむ。今回はハードな尋問になりそうだな」
場合によっては手荒な尋問も許可されている尋問官はそう言い、狸のニールと睨み合う。
時間がいくらか流れて尋問報告書がロンジーたちの手元に届く。
そこには隠し通路について狸のニールたちが知っていて、それをフードの男が知っている可能性も書かれていた。
ロンジーたちはフードの男がそこを使用していると判断し、罠や見張りを置くことにする。
見張りを始めて三日ほどで、宮殿外の隠し通路出入口に近づく者がいた。ヒューマの男だ。そこは溜池を管理するために建てられた小屋で、管理人はヒューマ種ではなくニール種だ。
怪しい者の発見に兵が報告に走り、宮殿側の隠し通路出入口から騎士たちが入って潜む。
小屋側でもその周囲を騎士と兵が囲み、逃走を許さない配置になっている。
結論から言うと侵入者は死んだ。通路に隠していた質の良い服装に着替え、フード付きローブを着て、通路を進んでいたところ騎士と遭遇し、即座に逃走。小屋からでたところで囲まれていることを察し、言いたいことを言ってから持っていたナイフで首を掻き切ったのだ。その表情は満足そうで、死に様が残党に近いものだった。
男の人相書きを作り、町での聞き込みが指示されて、どこの誰か判明し、報告書がロンジーに届けられた。
「数ヶ月前に引っ越してきた男か。人当たりは悪くなかったと」
ロンジーはキーンに書類を渡しながら溜息を吐く。
「本性を隠してとんでもないことをやってましたね。家から残党と示す証拠もでましたか」
「証拠が出ても意味はない。今は宮殿でなにをしていたかが知りたいのだ」
「そちらの情報は載っていましたか?」
「ないな。ついでにあの三人から新しい情報が出てきてもいない」
どうしたものかとロンジーは頭を悩ませる。
「ヒントは最後に残した言葉のみですか。『すでに種はまかれた』。普通に考えられるなら不和の種とかそういったものなのでしょうが、三人に持たせていたものが木の実に似たものなので、錬金術で作ったなんらかの種を宮殿に植えた可能性もありうるのですよね」
「とりあえず庭師に指示をだそう。予定外のところに植物が植えられていないか、見覚えのない植物がないか。そういったものを見つけてもらう」
「そうですね。なんらかの策を指した言葉かもしれませんが、探さないという理由にはなりません」
「ごく少人数で動いてたいたらしいのは幸いだったな」
家に残っていた日記に仲間を呼ぶと書かれていたが、家にあった手紙に断るという別人が書いた内容のものがいくつかあったのだ。日記にはそれに対する愚痴も書かれていった。
死んだ残党はトップに忠誠を誓っていたようで仇討ちに動いたようだが、誘いを断った者たちは仇討ちよりも自分たちのやりたいことを優先したらしい。
この国から出ると手紙に書いた者もいて、ロンジーは他国へと残党の存在と動きを書いた手紙を出しておいた。
「魔法の方は順調にいってくれているのがありがたいな。場所を知る者を極力減らしたのが上手くいってくれたのだろう」
フーインの方は順調にいっていることを喜ぶ二人は身を以て知ることになる、すでに手遅れだと。
この先起こることの手がかりは宮殿で下働きする者たちが感じている。彼らも何も知らず、水がほんの少しだけ変わったなと首を傾げているのだ。
◇
主の中で、主の人生を見る。
最初は未知を知るために求めた主の生の道筋。
少しは理解を得て、理解に必要なさそうな記憶は飛ばし、同じところを何度も繰り返したりして見ていくうちに、飛ばすことがなくなっていった。
何度も見ることで新たな理解が生まれ、またそれが次の理解に繋がっていく。
たまに数年先の大きくなった主、さらにその先の主を見て、また幼い頃に戻る。
何度も何度も主の成長を見ていく。
そうしてふと思う。これほどまでに一人の人間に注視したことはあっただろうか。
人間の観察をしたことはあっても、なんとなく眺めた数年くらいが最長だったはず。
既知を行う人間に飽きて、ほかの未知を探していた。
また思う。繰り返し見ることで既知が生じているのに、飽いてはいない。なぜだろうか。
既知を見て、それに気づいても見ることは止めはしない。不快に思うことなく見ている。
見入っていることに気づいたのはいつからか、記憶の中の主がなにかをなしとげ喜んだのはいつからか、主が失敗し落ち込んだのを励ましたのはいつからか。
これは駄目だ。また感情というものに振り回されてしまっている。
でも悪い気分ではない。それが一番の問題だとわかってはいるが、見ることを止める気が湧いてこない。
感想と誤字指摘ありがとうございます
……おや!? ローズリットの様子が……!




