66 不意打ち
「それは強い魔法だぞ? 一般人にあまり使うようなものじゃない。使われるのは罪人が多い」
ダイオンが言う。
魔法をかけられること自体、あまり気分の良いものじゃないのか。人になにかを強制させるものだし、使われて嬉しいものじゃないよな。
でもそこまでするなら確かに安心もできる。
「これなら秘密をばらすようなことはしないでしょ!」
「そうだと言いたいが、解除の魔法でどうにでもなる」
自信を持って言ったイリーナさんを、ダイオンは切って捨てた。
「そ、そこは大丈夫。解除方法を二つにすればいい。事前につけた条件をこなさないと魔法を解くのが困難になるって聞いたことがある。たとえば一人で有名な魔獣を倒さないと解除は無理とか」
それ俺の不意をつけばできそうなんだよな。俺を殺してしまえば、放浪書獣を一緒に殺せてしまう可能性がある。
「条件は別のものにするとして、誓約魔法を使うなら俺は同行に了承してもいいかな」
「主様がいいのなら、私も従います」
俺とシャーレの賛同を得られてイリーナさんは期待するようにダイオンを見る。
ダイオンは本当にいいのかと確認するように俺を見てくる。
「その視線は本当にいいのかって聞いてるってことでいいんだよね?」
「ああ。秘密を知ってる奴は少なければ少ない方がいいからな」
「そうなんだろうけど、ダイオン自身も強くなりたいって気持ちはあるよね? イリーナさんが同行するならそれが叶う。その機会を見逃すのももったいない」
「正直に言えば、彼女がいてくれるのはありがたい。頻繁に模擬戦をやれるなら得られるものは大きい」
ダイオンから望まれていると知り、イリーナさんが嬉しそうにしている。
ダイオンは、だけどと続けた。
「俺は君の護衛だ。俺自身の感情を優先して、君に不利となる者を近寄らせるのもどうかと思う。ただお金で雇われているなら、また違った感想があるんだろう。でも命を救われているんだ。私情よりもリョウジを優先する」
そういった考えなのか。ダイオンはシャーレほどじゃないと思ったけど、十分すぎるほど重い。
いやまあ命を救い続けている状態なんだし、俺になにかあったら問題だよな。
「誓約の魔法ってどれくらい信じられる?」
「さっきも言ったが、解除の魔法でどうにかなる可能性はある。条件付けで困難にする方法があるのもたしかだ。秘密は守られると九割以上信じられる」
一割以下でばれると心配しているんだなぁ。
「約束を破ったら罰を与える魔法とかあるのかな。それで約束を破ったらダイオンに近づけなくなるというふうにするとか」
「ペナルティの魔法はあるが、満足したら意味がなくなるぞ」
「ああ、そっか」
どうしたらダイオンが納得してくれるのか。いやまて、なんで俺が説得する側に回っているんだ。
同情しちゃったからか? 何年も探してたって言うし、本当に嬉しそうだったもんな。
「イリーナさん」
「なにかしら」
「どうしてダイオンを求めたか、聞かせてもらってもいいですかね」
「それを話したら同行できるの?」
「ダイオンが頷く要因にはなり得ると思うんですよ。正直俺はさっきも言ったように同行もいいかなって思ってるけど、説得できる自信はないです」
イリーナさんが話し出す。鍛錬し、実力を上げ、勝ち続けて、いつしか競える人がいなくなったこと。良い勝負ができる人はいるけど、その人たちは師匠という感じで競い合うような関係ではないこと。ライバルがほしいこと。
「わがままかもしれないけど、一人でいるのは寂しいよ」
一人というのは、一人旅とかじゃなくて、切磋琢磨する人がおらず孤高になってしまっていることを示してるんだろう。
絞りだすように寂しいと再度繰り返す。心のこもった吐露だと思えた。
世界中探せば、ライバルになりえる人はいるかもしれない。けれどもこれまで探してイリーナさんの周囲には現れなかった。
再戦を約束したダイオンはたった一つの希望みたいになっていたんだろう。そしてダイオンは負けたあとも潰れず再戦をやる気があった。ようやく見つけた希望は逃したくないよな。
「言い方は悪いかもしれないけど、同情をひく理由になりえると思う。ダイオンだって何年もかけて俺を探した。イリーナさんも何年もかけてダイオンを探して、ここで別れても命の危険はないかもしれないけど、心が死ぬかもしれない」
「なんでリョウジから説得されているんだろうな?」
「俺もさっきどうしてダイオンを説得しようとしているんだろうって思ったよ。同情しちゃったんだと思う」
はあーっとダイオンは深い溜息を吐く。
「秘密をばらなさないようにすることに加えて、リョウジに害意を与えられなくする。この二つの誓約魔法を受け入れるのなら俺も了承しよう」
ダイオンの出した提案を聞いて、意味が浸透していくにしたがってイリーナさんの表情が明るくなっていった。
「受け入れる! 私にとってその二つはなにも問題ない! 早速魔法を使える人のところに行こう!」
ダイオンの腕を引っ張って町の方へと歩いていく。
「軽々と引っ張っていくねー」
「すごい力持ちです」
俺たちも帰ろうとシャーレを誘って町の方へ歩きだす。
「大人の女の人が加入したし、男の俺たちに相談しにくいことを相談するといいよ」
「イリーナさんはダイオンさんとばかりコミュニケーションをとりそうな気もします」
ありえるなぁ。
「否定はしない。でも少しくらいは話せると思うよ。完全に俺たちを無視して一緒に旅できるなら、それはそれですごいとは思う」
そういった行動をとるなら、ライバルがいなかったんじゃなくて、人付き合いの問題でできなかったということが正解になるな。
コミュ障でありストーカーでもあるとかならないといいな! もしそうだったらダイオンには申し訳ないことをしたことになる。
この心配はダイオンたちが宿に帰ってきて、同じ部屋で雑談したりゲームしたりすることで解消された。俺たちともきちんとコミュニケーションを取ってくれた。
そうして時間が流れて、皆が寝始める時間に秘密を話すことになる。風を操って声が外に漏れにくいようにしてある。
誓約の魔法は、専用の紙に禁止事項を書いて、それを魔法をかけられた当人が燃やすことで魔法が始動するそうだ。
その紙が俺たちが囲むテーブルに置かれていて、秘密をばらさないことと俺に害意を向けないことの二つの条件が書かれている。
「まず一つ目」
「一つ目っていくつもあるの?」
あるんだと頷いて、続ける。そういや国境越えはまだできないから言わなくていいよな。
「風と水の大精霊の加護持ちということ」
「おー」
「二つ目、全属性の魔法が使える霊人という存在であること」
「ふぁ!?」
「三つ目、前世を覚えていること」
「お、おう?」
「四つ目、放浪書獣の主であること」
「は!?」
この流れなら言えるっ。
「五つ目、神の指示で動くことがあるということ」
「ちょっと待て!」
「主様!?」
「神って!?」
驚く三人をスルーして続ける。
「以上五つの秘密を誰にも話さず、俺に害意を持たないことを誓約とする」
さあ燃やせとイリーナさんに蝋燭を差し出す。
うろたえながらそれを受け取り、誓約の紙に火をつけて皿の上に置いた。
燃える紙は紫の小さな光の粒を発生させて、イリーナさんへと流れていく。
「魔法はちゃんと発動したかな」
「いやいやいや! それも大事だが、神ってなんだ。聞いてないぞ」
「就寝時間だし静かにね」
「す、すまん。でもいきなり知らない情報を投げてきたリョウジにも問題があるだろ」
「あの流れなら聞き流してもらえると思った」
「無理ですからね? すっごく驚きましたよ」
「二人も知らなかったのね。いろいろと情報を渡されてなにがなんだかわからないわ。でも秘密にしたいって言った理由は、よくわかった。ひとまず最後の情報の詳細を知りたいのだけど」
ダイオンとシャーレも真剣な表情で頷いた。神って言葉を使ったから重く考えすぎてるみたいだ。
「指示で動いているって言っても、そう大きなことをしてるわけじゃないよ。夢の中でどこそこに行って滞在しろって言われるだけだしね」
「それだけなのですか?」
「うん、それだけ。辺境伯の町に滞在したろ? あの頃にパーレの北部に滞在しろって言われたんだよ。あのとき俺は特別ななにかをしていたように見えたか?」
シャーレとダイオンは辺境伯の町に滞在していたときのことを思い出している様子だ。そして首を振った。
「日雇いの仕事をしたり、観光していたり、傭兵と一緒に遠出しただけです」
「リョウジがいなければ、レイレーン発見は遅れて魔法が発動していた。あれは特別じゃないか? 町全体に被害が及ぶことだろ」
シャーレは言われてみればって顔をしているけど、そうじゃない。
「あれは命じられたからじゃない。自分から動いて、たまたま見つけたんだ。神からは何かする必要はない、そこに十日ほど滞在するだけでいいって言われた」
「滞在してなんになるのかしら」
「俺を通じて、その一帯の淀みを治めるって言ってた。世界にはいろいろな流れがあって、それが乱れ淀むと困ったことになるんじゃないかな」
「たしか風の大精霊と初めて会ったとき、そんなことを言ってたな。霊人だから知れると大精霊は言っていたが、神託を受けたから知ってたのか」
「あそこの淀みの影響で、霊獣が変質したのでしょうか?」
ダイオンとシャーレがそれぞれ思いつくことを言い、それに頷く。霊獣に関しては断定できないけど、おそらくそれで合ってると思うんだ。そうでなければ魔獣教団がなにかやったか。
「霊獣変質とか気になることが出てきたけど、あとで聞くとして今は『れいじん』ってなにってこと」
「四属性とその派生の魔法を使える生物。まれに現れるんだってさ。俺は神様関連でそうなったんだけど」
「神とどこであったんだ」
「前世から今に至る間に。これに関しては説明してわかるものじゃないと思う」
三人を納得させられる説明ができるかわからず、めんどくさいんで説明しない。
三人も前世を覚えているとだけ理解することにしたらしい。
「とりあえず最後に放浪書獣の主というのは?」
聞きながらイリーナさんは剣に視線を向けようとしたり、手を伸ばそうとしているけどできないでいる。魔獣というのは一般人にとって害悪でしかないんだなとわかる。
誓約の魔法が早速役立っているようでよかった。
「それはこの国に入る前、パーレとアッツェンを繋ぐ町の隣町で放浪書獣が出現したとき、全員が夢に捕らわれ、一人抵抗したリョウジと放浪書獣が契約を交わしたって話だ」
「魔獣と契約なんてかわせるものなの?」
「話を聞くにリョウジと放浪書獣の相性が抜群だった」
「操られたりは?」
「シャーレ、お前から見て主は変わったように見えるか?」
ダイオンは自分よりも俺のことをよく見ているシャーレに意見を求めた方がいいと判断したらしい。
「変わりありません。私の大切ですごくて自慢の主様です」
「すごい褒めるわね」
「奴隷の主としてはどうなのかと思うが、命の恩人で扱いも良く大事にしているしなぁ」
「ダイオンさんだけじゃなくシャーレの命の恩人でもあるの?」
「俺もシャーレも霊熱病だ。霊熱病ってのは属性が暴走する難病で、発症した時点で十年っていう寿命が定められ熱で体調が崩れる。それを癒せるのは霊水だ。俺とシャーレは水の大精霊から加護を受けたリョウジに毎日霊水をもらって健やかに過ごせている」
「リョウジを優先するわけだわ。話を聞いて思ったけど異常よね。トラブルの素が集まりすぎてない? 神に関わったらそうなるのかしら」
「わからないとしか言えないよ。俺としては普通というか、やりたいようにやっての現状。好んでトラブルを集めたわけじゃない」
前世を覚えていることと霊人は生まれついての体質みたいなもんだし、風の大精霊とローズリットは向こうから来たのだから。
感想と誤字指摘ありがとうございます




