65 再戦
宿にやってきたイリーナさんは早速再戦を望み、ダイオンも断ることはなかった。
一緒に行って見物していいかとダイオンに聞いてみたらOKをもらえたので一緒に宿を出る。ついでに俺たちの作ったポーションを持ってきてくれと頼まれた。
すぐ近くを歩くイリーナさんは俺とシャーレのことなんて気にならないほどに浮かれていた、そんなに楽しみにしていたのか。
町から出て、ここらでいいでしょうと言ってイリーナさんが止まり、振り返って不思議そうな顔で俺たちを見る。
「誰?」
「俺の仲間だが、ついてきていたことに気づいていなかったのか?」
イリーナさん楽しみ過ぎてダイオンしか目に入ってなかったんだなぁ。
「見物に来ただけなんで、俺たちのことは気にせずどうぞー」
そう言ってシャーレと一緒に離れていく。
そこまで楽しみなら邪魔するのは悪い。最初から邪魔する気はなかったけど。
「じゃあやりましょう!」
そう言ってイリーナさんは剣を抜いた。赤みを帯びた刃がダイオンに向けられる。
「さすがに真剣は勘弁願いたい。殺し合いをする気はないんでな」
ダイオンは持ってきていた木の剣を投げ渡す。
それを受け取ってイリーナさんは素直に剣を鞘に納めた。真剣じゃないと嫌だとか言いださなくてよかった。
「勝負にもならんと思うが、全力で頼む」
「ええっどれだけ強くなったか見てちょうだい!」
嬉しそうに頷いたイリーナさんが動く。
速い。シャーレからも「速い」と驚きの声が漏れでた。
あまりの高速に姿がかき消えるなんてことはない。でも初速から最高速度のように動いて、ダイオンに近づき剣を振った。その移動速度はオリンピックの短距離選手の世界記録を容易く塗り替えるんじゃないか。
俺だと反応できずに斬られて終わり、そんな攻撃をダイオンは防いだ。
「当然だけど昔とまるっきり違うな」
ひやりとした顔で攻撃を防ぎ、鍔迫り合いをしつつダイオンは言う。
「当然っ。あなたとの再戦のため鍛えたんだから! あなたも腕が鈍っていると言ったけど、反応できたじゃない」
「そりゃ感覚と経験までは鈍ってない。なんとか反応はできるさ、こうして反応するので精一杯だけどな」
二人は一度離れて、ダイオンが攻める。
ダイオンの放つ突きが避けられ、袈裟斬りを避けられ、斬り上げを避けられ、蹴りも避けられ、薙ぎ払いも避けられた。
一連の動作は止められることなく、流れるように行われ、それを読み切っていたらしいイリーナさんはゆっくりにも見える動きで避けきった。
「やっぱりかすりもしないか。ずいぶんと差が開いたもんだね」
「そう言うわりに、やる気は減ってないように見えるわ」
嬉しそうにイリーナさんが言う。
「挑みがいがあるってもんだよ」
「あはっ。そうでなくちゃ!」
欲しい物をもらえたといった感じで満面の笑みになったイリーナさんがさらに速度を上げて攻撃をしかける。
気づいたときには剣が振られていて、同時にダイオンの体から衝突音が鳴る。そして次々と音が鳴っていく。あれは体中が腫れるだろうな。
それにダイオンは反応できていないようだ。常にイリーナさんが正面にくるようにだけ動き、防御を固めてカウンターを狙っているように見える。
瞬きしていないはずなのに、イリーナさんの動作が見て取れない。人間あそこまで鍛えあげられるものなんだなぁ。
「シャーレ、イリーナさんの動き見える? 俺は目で追いきれなくなっている」
「なんとかです」
追えてるのか!? やっぱりスペック高いなうちの自慢のメイドは。
「こうして離れているから見えているのだと思います。ダイオンさんのように間近で攻撃されたらとても追いきれるものではありません」
「あれが有名な大会で優勝した人の動きなんだな。すごすぎて参考になりゃしねぇ。俺は無駄だけど、シャーレは得られるものがあるだろうし、しっかり見ていた方がいい」
わかりましたと答えたシャーレが、二人の戦いに集中する。
戦いはもはや一方的なものだ。防御のみのダイオン、それに対してつまらなさそうな様子なく攻め続けるイリーナさん。イリーナさんはむしろ反撃が楽しみだといわんばかりの様子だ。
「ここだっ」
なにかしらのタイミングでダイオンが動く。俺にはどんな隙があったのか、さっぱりだ。
けれどもイリーナさんはそれを問題なくかわした。ダイオンの剣は相手の服や髪に触れることなく空振りに終わり、隙だらけとなった態勢で強烈な一撃を受けた倒れた。気絶でもしたのか、そのまま動かない。
「ここまでかしらね」
「終わったのならポーションをかけたいんだけど、もういいの?」
「ええ、あとは……」
期待するようにダイオンを見ている。なにかさらに望むことでもあるのかな?
気になるけど怪我の治療が先。ボコボコにされているけど手加減はしたんだろう、大怪我といえるものはなかった。鎧を外して服の上からポーションを全身にふりかけていく。大怪我ではないけど、あちこちに打撲の痕があって動くのも辛そうだ。
あざがどんどん消えていく。残るのは土汚れと雨でもないのに濡れた服だけだ。
治療は終わったし、起こそうか。ぺちぺちと頬を叩いたり、体を揺さぶって名前を呼ぶとダイオンは目を開いた。
「あー、気絶したんだな」
「ポーションを使ったけど、どこか痛いところは?」
「少し痛みは残ってるが、もう十分だ。あとは一晩寝て起きたら治っているだろうさ」
そう言いダイオンは立ち上がる。怪我を隠している様子はなく、動いても痛そうな顔はしなかった。
濡れている服に少し顔を顰めてから、イリーナさんを見る。
「再戦の約束は果たせたかな」
「うん。ありがとう。そ、それで」
あのそのとイリーナさんは不安と期待を混ぜた表情でなにかを聞きたそうにしている。
俺とシャーレはなにを聞きたいのかさっぱりで、聞かれているダイオンも不思議そうにしている。だからかダイオンから問う。
「なにか聞きたいことでも? 答えられるものなら答えるが」
「……私に負けたわけだけど、剣を手放そうとか思うかしら?」
「なんでそういう話になるのかわからないのだが……いや、なんとなくわかった。騎士団時代に似たようなことがあったな。つまりは君と実力差を比べて鍛えることを諦めた奴がいて、俺もそうならないかって聞いたんだな?」
イリーナさんがぶんぶんと頷く。
「負けるだろうなとは思っていたが実際負けると悔しいし、このまま負けっぱなしは嫌だな。鍛えることを止めようとは思わない」
「そうなんだ」
ダイオンの返事を聞いてイリーナさんはほっとしたように力の抜けた笑みを浮かべた。
ああいった笑みがでたということは、ダイオンはイリーナさんの求める返事をすることができたんだろう。
「そっか、そっかー。また戦ってくれるんだー」
踊り出しそうなくらい浮かれた雰囲気を発してる。よほどまた戦えることが楽しみなんだな。
あんなに楽しみにするってことは、一度イリーナさんと戦うと二度と戦わない人ばかりだったんじゃないかなって想像できる。
そんな雰囲気もダイオンの発言で霧散した。
「その機会があったらだけどね」
「機会?」
「この町で会ったのは偶然で、またどこぞで会えるかどうかなんてわからないだろう?」
そうだな。こっちもあっちも旅をしてるんだから、また会えるかどうかわからない。再会の約束でもしたらいいのかもしれないけど、俺たちは目的のない旅をしているから再会場所近くにいなくて遅刻する可能性もある。
「君には君の旅の予定があるだろうし、こっちにもこっちの予定がある。再会の約束をしてもいいけど、旅の予定は俺の仲間が決めるから、再会時期に遠くにいる可能性もある」
「大丈夫! 私には予定なんてないから! ずっとあなたを探すのが目的だったから。だからあなたについていく!」
ダイオン探しが旅の目的だったかー。一歩間違えるとストーカー。勝負目当てだったし、ストーカーとは違うんだろう、きっと。
そんなことを思っているとダイオンがこっちを見た。
「仲間と相談していいか? というか俺は彼の護衛として雇われているから、勝手に同行人を増やせないんだ」
「あなたがリーダーじゃないの?」
「違うよ。そこで待っててくれ、部外者には秘密にしたいこともある」
部外者と言われてショックを受けたような表情になってるイリーナさんだけど、現状その通りだしな。
ダイオンが俺とシャーレを連れて少し離れたところまで移動する。
「彼女を連れていくんだったら利点はある。あれだけの強さだ。たいていの魔物は敵じゃない。でも俺やシャーレのように霊水をもらって生きながらえているわけじゃないから、ローズリットや大精霊の加護について知ったら秘密にするかどうかわからない。連れていくならいずれ彼女にばれると思った方がいい。そしてそこからほかの人にばれる可能性もある」
俺も二人に隠し通せないと思ったからローズリットのことを話したんだし、そう考えてもおかしくない。
「私としては主様を守る人が増えるのなら歓迎です。でもローズリットのことを知って、主様を害そうとする可能性があるなら反対です。大精霊様の加護のことは皆が知ってますから隠しとおせるものではありませんのでなんとも言えません」
「俺はいてもいなくてもいいんだけど、数年って長さでダイオンを探してたわけだし、連れて行かないって言っても無理矢理ついてくるよねと思う。二人も霊水のことがあって離れようとしないだろう? それと似た感じかな」
「似てるが、違う。執着は見せているけど、俺たちのように命に係わることじゃない。満足したら離れていく可能性も考えると、秘密をばらまかれる可能性もある」
満足したらたしかに離れていきそうだな。となると断るかな。
「私たちのように離れられない理由ができればいいのですけど」
「病気はなさそうだし、お金や権力を求められても俺たちにはどうしようもないし。うん、これはお断り案件かな。諦めるとも思わないけどね」
一度断ってみよう。もしかしたら一度の再戦で満足しているかもしれない。
「じゃあ可哀想だが、断ろうかね」
出た結論をダイオンがイリーナさんに伝えた。
「なんで!?」
「俺たちは重めの秘密を抱えているんだ。それをばらされると困る」
「ばらさないよ! 秘密をばらして喜ぶような趣味はない! 趣味は強くなることだし」
「言葉だけじゃ信用は無理かな。本当に秘密にしておきたいものだから用心したい」
そう言うダイオンの手を掴んで、イリーナは信じてくれと頼み込む。
「信じて! 私はダイオンと鍛錬できたらそれで満足なのよ!」
「その満足がいつまで続くかわからないってのも不安材料なんだよ。いつしか満ち足りる日がくる。そうしたら秘密を持って離れて行って、どこかでばらすかもしれない。そうなると非常に困る」
「ううっそうならないとは断言できない……どうしたら同行できるの?」
「それはこっちもわからないんだが」
満足できる返答がもらえずイリーナさんはなにか良い方法がないかと考える。よほどダイオンと一緒にいたいのか、必死な様子だった。すぐになにか閃いた様子でこちらを見てくる。
「あった! 秘密にできる方法が。誓約の魔法を使えばいい。秘密をばらさないように私にその魔法を使えば聞いたことを話せなくなる」
「そんな魔法もあったな」
ダイオンは少しだけ嫌そうにしている。
特定行動を禁止する魔法だろうか。魔法というか呪いな感じもする。良い魔法ではないからダイオンは嫌そうにしたのかな。
感想と誤字指摘ありがとうございます




