64 イリーナ
「あ、集団が向こうにいます」
「集団?」
シャーレの細い指が指差す方向をじっと見ると、たしかに小さく集団が見えた。
ダイオンが近づいてきて、どうしたのかと聞いてくるんで、集団がいると教える。
ダイオンもじっと遠くを見て頷いた。
「おー、本当だね。たぶん森に行った傭兵かな。赤っぽい大荷物が見える」
「ってことは討伐成功したんだ」
よかったよかったと思いつつ、採取した薬草を洗ったり、種類分けしている間に、その集団は町の近くまで来ていた。
その中の一人が帰還を知らせるためか走って町に入っていった。
走りながら討伐成功を知らせたのか、住民の歓声が聞こえてくる。あとは北の魔物がフーイン様たちに倒されたら安全に年が越せるな。
俺たちも町に入って依頼を終了させようと思っていると、傭兵たちの一人がこちらを見ている。
それはヒューマ種の女性で、年齢は二十歳半ばくらいか。濃い紫の長髪で、腰に剣を帯びていた。深い青の鎧に、白シャツと白いスリムフィットパンツという重装備には見えない外見だ。
最初はなにげなくこっちを見ていたんだろうけど、すぐにはっとした表情になってこっちに走ってきた。その行動に同行していた傭兵たちはぽかんとしている。
たぶんだけど俺に用事ではない。良い悪いの感覚が大きくしないし、加えて彼女の視線がダイオンに向けられているように思えたのだ。ということでシャーレの肩を押して、ダイオンから一歩離れる。
不思議そうなシャーレに対して、ダイオンは意外そうな表情で向こうを見ている。知っている相手だったんだろうな。
「ようやく見つけたわ! あのときの負けを今日返す!」
ビシッと人差し指をダイオンに向ける。ちょっと怒っているようにも見える。ダイオンはそんな怒りを受け流しつつ、少しだけ申し訳なさそうな顔だ。
「久しぶり。八年ぶりくらい?」
「ええ、あなたに負けてからそれくらいの時間が流れた」
「その間に大会で優勝したんだって? おめでとう」
「あなたのいない大会でね! リベンジするつもりだったのに!」
「あのときより強くなったんなら、俺が負けていたと思うよ」
「そうかもしれない。でも実際に戦ってみないと勝負の行方はわからないでしょ。それにまた戦おうって約束したじゃない!」
「それに関しては謝る。こっちにも事情があったからね」
霊熱病で約束どころじゃなかったんだろうなぁ。
「事情ってなに? くだらないことで約束を破ったのなら許さないからね」
「あの大会のあとすぐに病気になってな。五年ほど国に仕えたまま治療法を探したが、みつからなくてなぁ。どんどん体力も身体能力も技量も落ちていって、前回と前々回の大会も出場どころじゃなかったんだ。出場しても初戦負けだっただろう」
いい加減なものだったら彼女は怒ろうとしていたんだろうけど、事情を聞いてなにか言おうとして言えないでいる。本当に重い事情だったんで、怒りのぶつけどころがないのだろう。彼女は大きく息を吸って大きく吐く。怒りの感情も吐き出そうって感じだったな。
「そ、そんな理由があったら仕方ないわね。でも! 今そうして武装しているし、元気そうでもあるから、病気は治ったのよね? だったら勝負できるわ」
「いや治ってはないな」
気合を入れての発言だったんだろうけど、ダイオンの否定で、表情から力が抜ける。
「……治ってないの? でもどこか悪そうには見えないわよ?」
「症状を抑える良い薬が手に入ったんだ。おかげでこうして元気でいられる。ちなみにその薬を手に入れて半年くらいだから鍛え直している最中で、以前の実力には届いていないぞ」
「そ、そんな」
「勝負してくれるってんならありがたくはあるんだが」
ダイオンがそう言うと、彼女は不思議そうな顔となった。
「どうして?」
「鍛錬だけじゃどうにもならず取り戻せないものはある。強者との戦いの経験は錆を落とせる」
「強さを取り戻す気はあるのね?」
「ああ、ある。なんなら以前以上に強くなる気もある。今は負けるだろうが、いつかは勝つ」
彼女はぱあっと表情を輝かせた。なんだろう喜んでいるのはわかる。その喜びの中に、再戦ができるというもの以外の感情があるような気がする。
「私を倒したんだからそうじゃなくちゃ! さあ、始めましょう!」
うきうきとした表情で剣を抜いて、ダイオンに向ける。
話を聞いていた俺たち以外がこれを見たら、殺し合いを喜ぶ危ない人に見える可能性もあるなー。
「イリーナさん! なにやっているんですか!?」
仲間だろうか、男の傭兵の一人が駆け寄ってきて止めようとするけど、待ちに待ったという感じのイリーナと呼ばれた彼女は止まらない。
「私は今からダイオンさんと鍛錬を始めるの。邪魔しないで」
「いや依頼の報告に行かないと」
「それはあなたたちで行ってちょうだい。私はこっちの方が大事」
「あなた一人で倒したんだから、あなたが行かないと意味ないでしょ!」
行きますよと引っ張るが地面に根を生やしたようにイリーナさんは動かない。体格的には男の方がいいのにすごい。
「逃げたりしないし、用事をすませてきたらどうだい。さっさと報告をすませた方が邪魔が入らないだろう」
「……仕方ないわね。今度は約束を守ってよ」
剣を納め、そう言ってくるイリーナさんにダイオンはしっかりと頷いた。あとで会えるように泊っている宿をイリーナさんに教える。
忘れないように何度か宿の名を繰り返したイリーナさんは、傭兵たちと一緒に町へと足早に入っていった。さっさと報告を終わらせようって感じがすごい伝わってくる後ろ姿だった。
「あの人はどういう人なの?」
「俺が戦帝大会で戦い破った子だ。十四歳で準決勝まで勝ち進んだすごい子だよ。再戦を望まれて、それに頷いたけど霊熱病になっちゃったろ。それで約束を果たせなかったんだ。正直治療のことで頭がいっぱいで約束も忘れていた」
「治さないと十年ももたないんだし、忘れちゃうのも無理はないよね。でも十年近く前の約束をまだ忘れずにいたって、どれだけ再戦を楽しみにしてたんだろうね」
「これといって劇的な勝ち方とかしてないんだけどな。あのまま鍛錬続けたのならあの子自身、俺を超えたって自覚はありそうなんだけど」
「ダイオンさんにとってはありきたりな勝利でも、向こうにとっては衝撃的ななにかがあったのかも」
シャーレが言うことに、ダイオンはそうかと呟いて考え込む。しかし心当たりがないのか小さく首を傾げていた。
俺たちも町に戻り、仕事を終える。二つの仕事はどちらも問題なく終了を認められた。特にダイオンの点検は、細かな点もメモされていて評価が高く追加報酬がでていた。元騎士として見た意見で、傭兵からはでない意見がありがたかったそうだ。
報酬をもらい、宿に帰って少しするとイリーナさんがやってきた。
◇
邪赤虎を探す人手と消火のため連れて行った傭兵たちと一緒に依頼終了を告げるため、代表の屋敷に向かう。
傭兵たちが話しかけてきたけど、生返事になってしまうのは仕方ないと思う。今頭の中は再戦のことでいっぱいなのだ。
屋敷に入り、すぐに代表と会うことができた。最初に見たときのような切羽詰まった表情はなく、嬉しそうな顔だ。
「結果はどうだったかなど聞かなくてもわかりますね。歓声がうちにも届いていましたよ。依頼達成、ありがとうございます。こちらは報酬となります」
テーブルに置かれた報酬の入った二つの袋、その片方を示され受け取る。私とほかの傭兵たちの分は別々だ。
「北の方の魔物はどうなりました?」
再戦を優先するけど、そのあとならその魔物討伐に向かう気もある。
尋ねると代表は嬉しそうな顔で問題ないだろうと言ってくる。
「昼頃に騎士団がやってきましてな。彼らが対応してくれることになったのです。事情を聞くとすぐに北へと向かってくれました」
「へー、騎士団が。巡回の途中だったのかしら」
「そうだと聞いています。今回は巡回に力を入れているそうで、いつもより多くの騎士と兵が来ていましたよ」
だったら北を気にする必要はないわね。再戦に集中できる。
「邪赤虎討伐の祝いとお礼に食事会を開こうと思っています。準備ができるまで滞在してください」
「いえ、先約がありますので。申し出はありがたいのですが、辞退させていただきます」
「先約ですか」
「はい。ずっと楽しみにしていたことが」
「それはどれくらい時間がかかりますか? 食事会は夕食を予定していますが」
「ちょっとわかりません」
「そうですか。主役が参加できないのは残念ですが、楽しみを邪魔するわけにもいきません。こちらはあなたを手伝った傭兵たちをもてなしますから、あなたも楽しんできてください」
「ありがとうございます」
手伝ってくれた傭兵たちは食事会と聞いて、楽しみだと表情を明るくしていた。
代表と傭兵たちに別れを告げて、屋敷を出る。
道を歩きながら、子供のように楽しみで胸が弾むのが自覚できた。
再戦が本当に楽しみだ。願わくば強くあってほしいけど、最近まで病気だったというから期待しすぎてはだめね。
でもあのやる気が本物だったら、今回だけじゃなく今後も期待したい。
私の母は四英雄と呼ばれている。
魔獣を撃退した話は何度か聞いた。人伝に聞いただけでは無理な、その場にいなければわからない臨場感のある語りで母たちのなしとげたことが本当だとわかる。
その活躍ののち、母たちはあちこちから婚約をもちかけられたり、指導役として誘われていたらしい。
それらを断りつつ傭兵稼業を数年続けて、リーダーだったカミュおじさんがとある貴族の娘と恋に落ち婚約をしたことで、パーティが解散になり、母は自分も結婚を意識しつつ二年ほど旅を続けた。その旅の末に、そこそこ売れていた画家だった父と結婚することになる。
引く手あまただった母が父を選んだのは、ほかの人が母の力や家に取り込むことで発生する利益を目的にしていたのに対し、モデルとしてだけ求めた父を気に入ったからと聞いた。
結婚を機に、両親は傭兵と画家を辞めた。母が傭兵を辞めたのは腰を落ち着けるためとわかる。父が画家を辞めたのは、満足できたかららしい。母をモデルにした絵は自分が描ける最高のものだと確信をもって、筆を置くことにしたんだそうだ。
その後は、母は町の警備や傭兵の指導役になり、父は母のコネで役所で働き始めた。そして私が生まれ、弟たちが生まれて、幸せな暮らしが今も続いている。
私が傭兵をやっているのは、戦うのが好きだからだ。母の才覚と父の才覚を受け継いだ私は小さい頃から身体能力と観察力が優れていた。強くなることが楽しく、十三歳になる頃には母たち四英雄以外に負けることはなくなっていた。
あの頃私は世界で五番目に強いと本気で思っていた。それくらい調子にのっていた。
そんな私の考えを察したのか、母は私に戦帝大会出場を勧めてきた。世界の広さを知れということだったんだろう。そのときの私はその力を世界に見せつけてこいというふうに受け取った。今にして思うと恥ずかしい。
旅費や武具を母からもらって、家族と知人に応援されて優勝を宣言して故郷を出て、初めての旅を楽しみつつ、大会を主催する北の国シートビに入国。会場まで移動して、予選を勝ち抜いていった。私と同年齢は参加しておらず、勝ち抜いているから注目が集まって気分が良かった。
そしてそのまま本選に出場し、準決勝まで進んだ。
そこで戦ったのがダイオンさんだ。調子に乗っていなかったら勝ち目はあったんだと思う。本選に残った人たちの情報収集なんて必要ないとやってなかった。ほかの人たちはやってたけど、それでも準決勝まではなんとかなった。でも私はそこまでで実力をすべて見せた状態で、ダイオンさんは得た情報から私の癖とかをしっかり見抜いていた。
結果、あらゆることに対応されて負けた。
ここ二年くらいは四英雄以外に負け知らずで、久々の負けがショックだったし、母が見たら無様と言うだろう試合運びが情けなかった。
悔しさで頭がいっぱいで、再戦をダイオンさんと約束して次は勝つと決めて、故郷に帰った。
負けたと悔しそうな私を母以外は励まし慰めた。母は嬉しそうにしていた。あのまま調子に乗って成長していくことが心配で、そうならずに安堵したんだろう。
次の大会まで母に鍛えてもらったり、一人で傭兵として遠出したりして鍛えていく。すべてはダイオンさんに勝つためだ。あの頃はとても充実していた。やる気とやりたいことと才覚が一致して、一直線に目標に向かっていた。
確実に以前よりも強くなったという確信を持って、再び戦帝大会に挑む。快進撃と呼ぶのもおこがましいくらいに順調に勝ち進んで、いよいよ本選で出場しているであろうダイオンさんとの顔合わせが楽しみだった。
でも本選の組み合わせを決める舞台にダイオンさんはいなかった。予選で負けたとは考えられなかった。自分と同じように以前よりも強くなっていると思っていたし、今回の大会出場者に負けるはずないと思えた。
だから大会関係者にダイオンさんが出場しているか聞いて、していないと返ってきたときはショックだった。正直、本選の最初の方は戦いの記憶がおぼろげだ。どうしてと思いながら対戦相手を見ずに戦っていた。
準決勝の相手から叱られて、戦いに集中し優勝できたのだけど、思ったより嬉しさがなかった。
気分が浮かばぬまま故郷に帰り、母以外の家族や知人に祝われる。目標を知っていた母は慰めてきた。前回の大会から帰ってきたときとは逆だった。
その後しばらく気分が沈んだまま過ごして、なんとか落ち着き、会いに行こうと考えた。どうして約束を守ってくれてなかったのか問い詰めようと思った。
ダイオンさんは準優勝で知名度はそれなりに高い。だからどこの住んでいるかなどはわかりやすかった。パーレの王都へと向かい、そこでダイオンさんが騎士団を辞めたことを知る。どこに行ったのかわからないことも知った。
その日から私のダイオンさん探しが始まった。ヒントもなくあちこちを旅して人相などを聞いて回る。
探す間にまた戦帝大会があり、出場しているかもと主催地であるもう一つの大陸スフェルノへと足を運びもした。いなかったけど。
ポリジーア大陸に戻ってきて、探すことを続けた。
私は大会優勝後も鍛えることは止めなかった。強くなることは好きだったし、鍛錬はもう当たり前のものだった。
ダイオンさんを探し、あちこちに足を運び、その土地の強い人に挑んだ。優勝者と知ると私を倒して箔をつけようと考える人はいて、挑戦を受けてくれる。
私はその戦いのすべてに勝った。負けた人は実力差を知って、二度と挑んでくることはなかった。中には鍛えても無駄だと戦うことを止めた人もいる。
どうして諦める。実力差を感じたら、縮めようと思わないの? すべての人に負けん気を持てなどと言う気はない。でも一人や二人は挑み続ける気概があってもいいはずじゃない。なんで誰も再戦を望まないの? 競い合ってくれないの?
ライバルがほしい。ともに高みを目指す人がほしい。
いつしか私の目的は二つになっていた。ダイオンさんと会うこと、ライバルを得ること。
ダイオンさんが一緒に強さを目指してくれたら、それが一番なのに。
それを母に言ったことがある。高望みしすぎると、期待を裏切られたときがつらいよと言われた。でも期待してしまう、あの人ならって。
そんな気持ちを抱えたまま、ダイオンさんを探すためアッツェンに来て、再会できた。
本当に目の前にいることが嬉しかった。約束を守ってくれなかった事情も納得できるものだった。なにより私に勝つと言ってくれた。
再戦したあとも、その気持ちが変わらないなら最高だ。
感想と誤字指摘ありがとうございます




