63 年末近し
丘での魔法使用を無事成功に終えて、次の場所でも成功し、王都を出発して一ヶ月以上の時間が流れた。
あと一ヶ月もせずに今年が終わるということで、旅先で寄る町や村では年越し祭の準備に忙しそうな人々がよく見られた。
日本ではこたつに入って除夜の鐘をテレビで聞いたり、神社に行って年越しを祝ったりしたが、こちらではどうなんだろうか。
管理者にもらった知識では地域それぞれで異なるとなっていて、あまり参考にならなかった。
というわけで移動中の暇な時間に話題の一つとして二人に聞いてみる。
「うちではどんなふうに年越しをしていたかですか?」
繕い物の練習をいったん止めて、シャーレが首をちょこんと傾げた。ダイオンも本から目を離してこちらを見てくる。
「そうそう」
「神様と大精霊様に感謝の祈りを捧げて、いつもより豪華なご飯を食べてました。建物の掃除もいつもより気合を入れてやってましたよ」
「奉納殿にたくさん人が集まって祈ったりは?」
「祈りに来る人はいつもよりいましたけど、たくさん集まったりはしなかったです。大精霊様の祠の方角へ祈ってすませる人が多かったです」
「へー。ダイオンはどうだった?」
「王都だと盛大にやってたな。在庫処分の意味もあったんだろうが、店が安売りとかしてて、屋台もいつもより多くでていた。その分トラブルも多くてな。騎士団勤務のときはそれらの対処に追われて、祝うどころじゃなかったな」
「おー、お疲れ様です。警備がいないとさらにはっちゃる人が多そうだし、必要な仕事だったんだろうけど、忙しさも相当なものだったんだろうなー」
「正直、騒ぐ奴は誰もかれも牢屋にぶちこみたかったね。傭兵になってからはそこらへん楽でいい。元同僚たちは今年も忙しくやるんだろうと思うと同情の思いしか湧かないよ」
各地の騎士や兵の心労のため、大きく騒ぐのはよそう。俺一人が騒がないだけでトラブルがなくなることなんてないけど、余計な仕事を増やさないことが肝心だろう。
「アッツェンだとどんなふうに過ごすんだろ」
「私は知らないです」
「たしか木彫りの虎や木板に虎の絵を彫ったものを年の始まりに買って、年末に皆で持ち寄って燃やすはずだぞ。この国は木が特徴だろう? それを使って神獣様を作り、一年見守ってもらい、一年の感謝を込めて燃やす」
「神獣様を模して作ったものを壊すのは失礼だって誰か言いそうなんだけど」
「その人形には一年働いてもらって、それ以上働かせる方が駄目だという考えだったはずだ」
燃やすのは、今後は休んでくださいって意味も込められているのかな。
そういや地球でもお焚き上げって儀式があったか。それと同じ感じなんだろう。
「たしか火も特別なものを使うとかなんとか。火の精霊からもらった火を大きな町で保管して、周辺の村の若者がそれをもらいに行くと聞いた。村から出て町を見て、見識を広めさせる目的があるそうだ」
ただ火をもらいに行くだけじゃなく、いろいろ考えられているんだな。
「ほかの国だとどういうふうに過ごすんだろう」
「北のシートビでは寒さが厳しい時期だから、それに負けず鬱屈さを吹き飛ばそうと、騒がしいほどに祝うとか聞いたな。南のラムヌは山が多い土地で、山が生活の中心だから事故など起きないよう感謝と願いを込めた祭事になるとか。さすがによその大陸は知らん」
そういったことを話していると、前方の小窓から御者をしている騎士の声が聞こえてきた。町が見えてきたらしい。この時間なら昼食は町の食堂で食べることになるな。
フーイン様が次の町で馬車のメンテナンスをすると言っていたから、あそこに数日滞在することになるんだろう。
町に到着し、全部の馬車を町の外に置く。フーイン様と側近の騎士が町の代表に挨拶に行き、別の騎士と兵がメンテナンスをしてくれる店に手配へと向かった。
俺たちは馬車から出て、そこから見える町や周囲の風景を眺めて時間を潰す。
◇
代表の屋敷に向かったフーインは歓迎を受けて応接室に通される。
ここの代表も急な来訪に驚いていたが、国王からの手紙を見て納得した様子を見せた。
「あれらが荒らした国内を落ち着かせるための計画ですか、そのようなものがあったのですね。ありがたいことです」
「ここらへんは残党が暴れたことで影響など出ていないだろうか? ここに来るまで残党の仕業と思われるものがあったのだ」
「これといってなかったはずです」
「ではここらは平穏なのだな? 良いことだ」
ここで代表は困った表情を見せた。
「なにか問題があるのか?」
「はい。実は最近北と南東の森に強い魔物が住み着いて対処に困っていまして。この町にいる傭兵では対応は難しく。南東の方は旅で立ち寄った傭兵が戦ったことがあるというので、任せたのです。しかし北の方はその傭兵も知らないということで対応できるかどうかわからず、よその町の傭兵に依頼を出そうかと思っていました。どうか騎士団の力をお借りできないでしょうか」
お願いしますと代表が頭を下げた。この時期は神獣の像など作成のため木が必要で困っているのだ。
木そのものはよそから輸入すればいいが、対処せずにいつまでも強い魔物を居座らせるのも、今後に影響がでる。その魔物に率いられてほかの魔物が群れで町にくる可能性もあり、フーインも放っておけないと判断した。
ちなみにこの町に対して亮二はたいして嫌なものを感じていなかった。それはフーインたちが対応して出番がないからなのだろう。
「とりあえず北の魔物がどのようなものか教えてくれ。ついでに南東の方もな」
「わかりました。資料を頼む」
代表は近くにいた部下に執務室から資料を持ってくるように頼み、魔物について話し始める。
北の方の魔物はトライヘッドと呼ばれる大蛇だ。人など軽く一飲みにする魔物であり、体を起こすと物見櫓にも届く。毒を持つもの、持たないもの、たまに溶解ブレスを吐くものもいたりして、騎士団派遣に十分条件を満たす魔物だ。
北の森にいるトライヘッドは今のところ毒を吐いた様子などなく、動物や魔物を食い散らかしているそうだ。
「トライヘッドは俺たちに任せてもらって問題ない。戦闘経験あるからな」
「おおっそれは頼もしい! よろしくお願いいたします。討伐になにか必要なものがあれば言ってください。急ぎ準備させます」
「ああ、あとで頼むとしよう。じゃあ次は南東の魔物だ」
「あちらにいるのは邪赤虎です」
「それはまた厄介なものが」
フーインと騎士が眉をひそめる。
この国にとって相性の悪い魔物だ。赤黒い毛皮の大きな虎で、体格は獣の虎をはるかに超える。象ほどではないが、大きな体格で積極的に暴れる魔物だ。赤い炎を吠え声とともに体全体から発し、そこらにまき散らす。発せられる炎には霧状の油のようなものが含まれていて、雨が少し降ったくらいでは消えない。木が多いこの国では見つけ次第即討伐対象となるし、報酬も高くなる。たまにその報酬に目が眩んで、実力不足の傭兵が戦い返り討ちになることがある。
「邪赤虎の方を急いだ方がいいな。すでにその傭兵は出ているのか? 出ていないなら一緒に行こうと思うが」
「一昨日出発し、順調にいけば今頃は向こうで戦闘を終えて休息中かと」
延焼のことも考えて、その傭兵は火消し要員として水の魔法が得意な者を連れて行ったと付け加えられ、フーインたちは安堵の溜息を吐く。
「それはよかった。一応誰かを様子見に走らせたい。正確な場所を教えてもらえるだろうか」
「様子見は必要ですか?」
「ああ。邪赤虎がただよそから来ただけなら問題ないが、残党が手を加えたものだとしたら、万が一もあるしな」
「わかりました」
北と南東の森について詳細な情報を代表が話していく。
二つの森はどちらも徒歩で一日もかからない距離にある。馬車を使えば半日もかからず到着するだろう。
騎士団の分の馬車のメンテナンスは一時中断してもらって、北の森から帰ってきてからやってもうことに決める。
資料も届いて、それを受け取ったフーインはすぐに動くと言って屋敷から出る。
町の外に出て、そこで待機していた騎士団に魔物討伐を行うことを説明する。
集団が町の入口に集まっていれば目立つもので、町の住民は何事だと思っていたが、魔物討伐に来てくれたのだと解釈してありがたそうに騎士団を見ていた。
「北の森にトライヘッドがいて、民が困っている。騎士団の仕事の一つをこなすぞ。討伐し平穏に年を越してもらおう」
「「「はっ」」」
威勢の良い返事に頷いてフーインは続ける。
「残党が手を加えた魔物の可能性もあるため油断しないように。加護持ち組は町で待機だ」
「俺たちも手伝わなくていいのですか。戦力になると思うが」
手をあげてシャイマンが聞く。
「君たちは予備戦力だ。俺たちが駄目だった場合や南東の森から助力を乞われたときのな」
「南東ですか?」
「うむ。南東にも魔物がいて、そちらは傭兵が向かっているそうだ。順調にいったならすでに倒されているだろうと代表が言っていた」
なるほどとシャイマンが頷いた。
「では準備開始!」
その号令で騎士団が動き出す。
武具の点検を担う者、馬車の点検を担う者、森に入るため必要な道具を町で買う者。それぞれができることを素早く行っていく。
加護持ち組と研究者といった非戦闘員は、フーインからお金を渡されて、代表から聞いた良いと評判のいくつかの宿に泊まっていてくれと指示を受けた。
亮二たちは町に入り、加護持ち組と非戦闘員組の二つにわかれて宿に移動する。
◇
「ちょっと小遣い稼ぎに仕事を探しに行こうと思うけど、どう思う?」
荷物を置いて二人に聞く。食費とかは騎士団持ちで懐に余裕がないわけじゃないけど、最近仕事せずにいたから少しずつお金が減る一方だった。
この提案に二人は頷く。いつもの鍛錬や勉強じゃなく、たまには違ったこともやりたいと俺は思ったし、二人も同じ考えなのかな。待機指示でやることがないからってのもあるんだろう。
「それじゃ早速紹介してくれる店を宿の人に聞いて行ってみよう」
部屋から出ると、散歩にでも出ようとしたのか、トーローさんと護衛の騎士と廊下で会う。
「あら、あなたたちもおでかけ?」
「はい。ちょっと短期でできる仕事をやって小遣い稼ぎをと」
「お金を稼ぐ必要あるのかしら?」
「この計画に参加している間は、問題ないと思いますけど、その後旅暮らしに戻ったのときのためにもある程度のお金は持っておきたいですから。あと移動中に同じことばかりやって飽きたってのもありますね」
「ああ、たまには違うことをやりたいというのはわかるわ。気分転換がメインなのね」
一緒に宿を出て、トーローさんたちとわかれる。
仕事を紹介してくれる店に入り、依頼を見る。森で手に入る薬草などの入手依頼があり、それは高めの報酬だった。
傭兵と騎士団がきちんと仕事をこなせば、近いうちに上がった報酬が元に戻っていくんだろうな。
ほかには木彫りの虎の作成補助といったこの時期ならではの依頼もある。
「俺とシャーレはこれがいいかな」
「そうですね、ちょうど勉強の復習にもなると思います」
選んだ依頼は、町の外に出て冬の病気に対応する薬草を集めてくれというものだ。五種類ほど薬草の名前が載っていて、どれも本に載っていたものだ。
この国の冬はさほど寒くはない。半袖でも十分だけど、時期によっての病気というのはあるらしい。
「じゃあ俺は外壁の点検をやるか。安めだが、一緒に外に出られるしな」
その依頼は基本給が一食分で、壁やその付近でなにか異常を見つけたら報酬が追加されるというものだった。
もう少し高めなものがあるけど、俺たちの様子見を優先してくれたんだろう。
その二つを受けて、まずは昼食だと近くに見えた店に入る。キノコのオムレツなどを食べて町の外に向かう。
ダイオンから見える位置の草をシャーレと一緒に見ていく。
たまに探しているものとよく似たものがあって流れ作業でできる採取じゃなかった。それでも以前、旅を始める前にシャーレの体力づくりで町の外に出て野草を探していたときと比べると見分けがつくようになっている。
ダイオンがゆっくりと点検していたのは、採取時間も考えてくれたのだろう。その分じっくりと壁などの様子を見ることができて、メモに細かくなにかを書き込んでいた。
三時間ほどかけて、採取と点検を行い、外壁を一周して最初の位置に戻ってきた。
感想と誤字指摘ありがとうございます




