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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
6/224

6 氾濫

 ほかの錬金術師にも話を聞いてみようかと思ったが、客の対応をしていて邪魔にしかならないだろうと止める。

 

「さてと霊熱病については知れた。あとはファーネンさんに聞くかどうか。あの子とは良い縁がありそうだから、踏み込むのもありなんだろうか」


 ベンチに座ってどうするか考える。

 どうしたいかといえば、霊水を与えたい。あの年齢の子が苦しんでいるのを放置するのはちょっとね。与えるのは簡単だし、あの子も楽になっていいことづくめと思うんだけど、ファーネンさんは頼んでこなかった。なんでだろうな。

 霊水を与えることで生じる不利益はあるんだろうか。んー……思いつかない。もしかすると霊水がなんらかのマイナス面を持っているとか。でも俺も飲んだけどこれといった症状はでてないし。

 悩んでいるとほかの錬金術師の客足が途絶えた。あの人にも聞いてみよう。

 先ほどの彼と同じように話を切り出して、霊熱病に関して聞く。披露された知識は聞いたものとたいして変わらず、霊水を与えることによる不利益もないだろうと教えてもらった。

 礼を言ってその場から離れ、宿へと戻ることする。

 症状緩和は可能で、やることに問題はないらしい。あの子自身になんらかの問題があると考えた方がいいんだろうな。氾濫前日にファーネンさんと会うから、そのときに聞いてみるか。手に負えない事情だから頼らなかった可能性もある。勝手に霊水を与えることだけはしないでおこう。


 魔法の練習とたまに魔物に襲われて反撃しているうちに、氾濫の前日になる。

 対策所は完成していて、テントやテーブルやベッドなどの運び込みも終わっていた。

 明日は忙しそうなため練習はなしで、集合時間の夕方までゆっくりと過ごして、町が夕暮れ色に染まってから宿を出る。

 氾濫のことが知らされたため村中は慌ただしい様子だ。

 対策所のスロープを上がって、広くなっている上部を見渡す。一番目立つのは櫓だろう。お年寄りといった避難が難しい者たちが広場の一角に集まっていた。そこから離れたところにファーネンさんの姿がある。なにかを話し合っているみたいだから、挨拶はあとでいいか。

 空いている椅子に座り、周囲を見ていると話し合いが終わったファーネンさん近寄ってきて声をかけてくる。


「こんにちは、来ていただき助かります」

「こんにちは。どれだけ力になれるかわかりませんが、よろしくお願いします」

「頼りにしています。氾濫は明日の明け方ですから、それまでゆっくりとしていてください」

「わかりました。ちょっと聞きたいことがあるんですが時間ありますか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 誰かに聞かれたら困ることかもしれないと断りを入れて、対策所の隅へと移動する。


「孤児院にシャーレという女の子がいますよね」


 俺がなにを言いたいのか察したのかファーネンさんは無言で頷く。


「あの子が霊熱病と知りまして、その症状や対策を錬金術師に尋ねました。そして霊水が効果的ということも。どうしてファーネンさんは俺に霊水の提供を頼まなかったんですか?」

「それに答える前に一つ謝らなければなりません」


 なんだろう。心当たりはないぞ。


「シャーレとあなたを引き合わせたのは、興味を持ってもらうためです。もしかしたらシャーレのため動くかもしれないと期待する思いがありました」

「その通りになってますね。でもそれくらいなら謝ることにはならないと思うんですが」

「謝るのはあなたの心に傷を残すことになるかもしれないからです。あなたは旅人です。しばらくすればこの町から出ていくでしょう。そうなればあなたという霊水の提供者はいなくなります。しばらく楽になっていたシャーレはまた苦しむことになりますし、きっとあなたを引き留めるでしょう。それを振り切って旅立つとしたら、心ない言葉があなたに放たれる。シャーレは苦しみ、あなたは悲しむ。そうなることが予想できたから、あなたに頼めなかった。でもシャーレが苦しまずにすむかもと思うと、あなたとの接点を与えたくもあった」


 そういうことか。一度楽になれば、また苦しむことを恐れる。そうならないため俺を引き留めるのも考えられる。でも俺はここに留まるつもりがない。それなら癒されない方が苦しまずにすむ。気軽に霊水をくれとは頼めないなぁ。

 でも育ての親としてはシャーレが健やかに過ごせるようになってほしいという思いもある。だから接点をもたせた。

 迷惑をかけることになるとわかっているから、謝ったんだろうなぁ。


「頼まなかった理由はわかりました。たしかに俺はそう遠からずここを出るでしょう。だからこのままシャーレには黙ったままの方がいいかもしれません」

「ええ、その方がいいと思います。一度楽になってしまえば、そのことを思い出し精神的な苦しみが増すはず」


 ファーネンさんは悲しそうにしながら頷いている。

 寿命に関しても希望を与えるってことだろうし、与えてから取り上げる形になるのは残酷だよな。

 管理者に頼まれてよそに行くことが決定している以上、留まるとも言えないし。


「んー……あ」

「なにかいい考えでも?」

「一緒に連れていくという案もあるなと」

「それもありかもしれませんが、旅に耐えられるかどうかわかりませんし、また違った問題もあるんですよね」


 それはと聞いてみる。ほかにどんな問題があるのか、この際聞いてみたい。


「一つはお金の問題です」


 一つはってことは複数問題があるのか。


「旅費ですか?」

「それもあるんですが、毎日霊水を飲むことになるとその費用を払いきれるのかと」

「それくらい無料でやるつもりでしたけど」


 水を一回出すくらいならお金を取るほどでもない。

 ファーネンさんは首を横に振る。


「そこはきちんととるべきです。霊熱病は珍しい病ですが、患者はいるところにはいます。そういった人たちがシャーレに無料で与えていると知れば、自分もと言ってくるでしょう。滞在を強要してくる可能性もあり、トラブルの元になりえます」

「ああ、それは面倒だ。しかし支払いか。難しい」

「……解決策は思いつきました。ですが、あまりそれを推奨はしたくないですね。氾濫が終わったあとにまた考えましょう」

「それがいいですね。俺もどうすればいいのかさっぱりです」


 助けたいという気持ちがあるのは嘘ではない。でもシャーレのためにこの村に住居を決めるほど入れ込んではいない。劇的な出会いをしたわけでもない、出会ってそれほど時間のたっていない人物をなにがなんでも助けようという思いはないのだ。シャーレが旅を嫌がれば、多少後ろ髪をひかれる思いはあるものの置いていくだろう。

 命がけで子供を助けはしたが、あれは咄嗟に体が動いたからで、考えている暇もなかった。今のように考える時間があれば、迷いもするし躊躇いもある。

 一目惚れとかしてたら絶対助けると意気込んでいたのかな。可愛い子ではあったけど、大学生が見た目小学生に惚れるってのはちょっと犯罪チックだ。三十歳が二十歳と付き合うとかならまだ大丈夫そうだけど、二十歳が十歳とってのはな。この世界ではそこらへんどうなんだろうな。

 そんなことを考えていたらファーネンさんは別の人に呼ばれて離れていった。

 すぐに俺たち水への対処ができる人員も呼ばれる。そこで氾濫が起きて対処するときのローテーションなど連絡があった。俺は最初に配置されていた。


 連絡が終わると、その後は特にやることはなく、暇な時間を過ごす。知り合いがいるわけでもないから誰かと話して時間を潰すってこともできなかった。多少は人と話したんだけど、こっちの世界に慣れてないせいか、どうも話題が続かない。

 そんな感じで夕食を食べたあとに、地面に敷かれた布の上でごろごろしていたら、いつの間にか寝てた。そしてまだ暗いうちに荒々しいものを感じ取って起きる。硬い地面で寝ていたため体が少し痛いが、それよりも気になるものがあった。


「川の方がなんかうるさい?」


 音がしているというわけではない。空気が揺れているというのだろうか、無音の騒がしさがあった。氾濫の予兆だろうかと、櫓の上で見張りをしている人のところに行く。

 声をかけるとなんだと返事があった。


「氾濫の様子はどう? 騒がしい感じがしてるんだけど」

「今のところは水が多少増えたかって感じなだけだ」

「そっか。じゃあ気のせい、いやここまではっきり感じると気のせいでもないはず。そろそろ荒れるかもしれないから、警戒よろしく」

「おう、それが仕事だ」


 その場を離れる。眠れる気がしないから、なにか腹に入れておきたいけど、まだ準備されていない。

 テーブルに夜警用のクッキーがあったのでそれをもらい、川から感じるものに注意を向けて過ごす。

 三十分ほどで東の空がわずかに白み始めた。それくらいになると、起きだして川の方へと注意を向ける人が何名かいた。彼らは俺と同じように櫓に行って確認している。水魔法が得意で異変を感じ取ったのかな。

 対策所が賑やかになっていき、ファーネンさんも起きた。周りにいた人に何事か確認し、すぐに村へと警告を走らせる。そろそろだと判断したんだろう。

 俺たち対策要員も集められる。


「おはようございます。川の方が騒がしいと感じている人が何人もいるようで、私はそろそろ氾濫が起こると判断しました。皆さんには川へ移動してもらい、いつでも対応できるようにしていただきたい。皆さんは水への対応に集中してください。川から出てくるであろう魔物は別途雇った傭兵にお任せしています」

「傭兵が近くにいないときに襲われたら自分の身を守るが構わないな?」

「はい。さすがにその状況で水に集中しろとはいえません。自身の安全を第一に対応お願いします」


 話はこれで終わる。短いが、いつ氾濫が起きてもおかしくない状況でのんびりと話すわけにもいかないんだろう。

 俺たちは川へと移動する。川と村の間には魔法で盛り上げた土があったが、勢いよく水が押し寄せるとすぐに削られそうだった。


「もう少し強固な壁を作れなかったのかな」


 そんなことを思わず呟くと隣を歩いていた男が首を横に振る。


「村全体を守る頑丈な壁を準備するには魔力が足らなかったんだろう。だから村に寄せる水の勢いを少しでも減らせたらと考えてああなったと」

「なるほど。あれってどれくらいもつと思います?」

「俺たちがなにもしなければ一時間ももたないだろうなぁ」


 やっぱりそんな感じか。頼りなく思えるけど、村人にとっては重要な守りの一つなんだろうな。

 川近くに到着し、様子を目の当たりする。すでに決壊寸前といった様子だ。

 俺たちは準備された盛り上がった土の足場に上る。これは六人が立てるくらいの広さで、高さは三メートルほどだ。それが五ヶ所くらいある。これは簡単には崩れないよう頑丈に作られていて。こっちの準備に魔力を使ったせいもあって壁がもろくなったんだろうと推測できた。

 一ヶ所に四人が上がる。基本的にこの四人でローテーションだ。俺は同じところの担当の人たちに挨拶し、上流に目を向ける。荒々しい雰囲気は時間の経過とともに増している。そしてそれがいっきに増した。


「来る」


 確認するようにほかの三人も上流に目を向けると、ゴゴゴと低い音が遠くから聞こえてきた。

 明らかにこれまでと違った雰囲気にほかの三人の表情も険しくなる。

 一番手である俺が、いつでも魔法を使えるように上流に集中する。

 すぐに小さな波がうねりながら濁った水が押し寄せてくる。上流では水があふれて広がっている。あそこらへんは対応できないから放置だ。


「ヴァス。水の流れを意のままに」


 すぐそこにまで近づいてきた荒々しい水へと魔法を使い、こちら側に溢れないよう流れを本来の川の位置に戻す。これを維持だな。今はきつくないけど、長時間魔法を使い続けた経験なんてないから、この先どうなるやら。

 一時間が経過して、交代の時間になる。大精霊の加護ってすごいのかもしれない。一時間使い続けて少しの疲れですんでいる。今交代している人の様子を見ると、きつそうに歯を食いしばっているし、完全には水を制御しきれていない。

 魔法を使い始めて数日の俺が一時間何事もなくいられたのは加護のおかげだ。素人をここまでにさせるのだから大精霊の加護はすごいな。今後の旅で役立ってくれそうだ。

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